第37話「押したり引いたり、甘かったり苦かったり」
ベッドの上に座り、枕を抱きかかえながらスマートフォンを見続け1時間が経過した。ため息を吐き、神白は天井を見上げる。
スマートフォンの画面には「好きな人 元気にさせる コミュニケーション」と言ったワードで検索をかけた結果が表示されていた。しかしどれもこれも彼氏がどうだのとしか書いていない。つまり付き合った後のコミュニケーションに重きを置いている。
それでもって付き合う前、だとか気になる人といった感じでワードを変えてみるが、どれもこれも陳腐な台詞しかなかった。
どうやって狭山を励ませばいいのか。神白の頭の中は混乱していた。ベッドから離れた所にある机の上には参考書や勉強道具が広がっているが、手は付けられていない。やっているふりをしているようだ。
風呂に入り食事をしている時も全然妙案は浮かばなかった。だからこそ。
「何かいい言葉はないかな、義徳さん」
朱雀院家の執事長にして神白が小さい頃から世話をしている義徳を呼んだのだ。少々失礼かもしれないが、老獪な彼ならきっと落ち込んでいる異性の励まし方くらいは知っているはずだ。
だが義徳から発せられた言葉は望んでいたものではなかった。
「事情は理解しましたが……それは同性に聞いた方がよろしいのでは? 例えば沙希さんとか」
「沙希さんはかなり少女漫画チックというか非現実的? ロマンチックさを求めすぎ、かな」
「ああ、相談はしたのですね」
ここまでボロクソに「参考にならない」という事を陰で言われていると知ったら沙希はショックを受けるだろう。どんなことを喋ったのか気にはなったが、彼女の名誉のために義徳は掘り下げるのをやめた。
「では木葉さんに相談しては?」
「こんな相談したら怒られそうだし、告げ口される」
「純様に?」
コクリと頷くと義徳は唸った。
「電話を――」
言いかけて、義徳は頭を振った。
「放置しましょう」
「え?」
「放置です」
驚く神白に対し、背筋を伸ばし人差し指をピンと立てる。
「お嬢様。恋愛とは駆け引きです」
「駆け引き」
「そう。押せ押せの恋愛もいいのですがそれは一方的な愛の押し付けになってしまい”恋愛ごっこ”になってしまう可能性が高いです。つまり気遣いというのは適度で充分なのです。相手がよほどの寂しがり屋なら話は別ですが。狭山さんにそんなイメージはないですね」
「うん。狭山くんなら、多分、行動を起こすと思う」
「であればここは黙って見守るべきですね」
義徳は得意げに鼻息を鳴らした。
「押したり引いたりが恋愛の醍醐味でございます。お嬢様は狭山さんを手玉に取る勢いで構わないかと」
「義徳さんはそれが上手だから、奥さんと仲良しなんだね」
む、と義徳の口が曲がった。恥ずかしさと驚きをなんとか止めようとしたのか、変な顔になっていた。神白から静かな笑い声が上がる。
「手玉かぁ。私だったら、逆に手玉に取られたいかも」
「……お嬢様は慕う方なのですな」
「重たいかな?」
「男というのは自分を慕う女性がいるとわかると、いつもの5倍力を発揮する単純な生き物でございます。存分に慕われるとよいでしょう」
「うん、わかった」
神白はクスリと笑うと、まったく手つかずだった勉強を進めようと、ベッドから降りた。
☆☆☆
「本当大牙はどうしてああいう態度しか取れないんですかね」
鹿島は呆れながら座布団の上に腰を下ろした。テーブルを挟んだ向かい側にはブスっとした表情の寅丸が肩肘をついて座っている。視線は窓の外に向けられている。
「俺の親友なんですから優しくしてほしいのですが」
「はぁ? お前の親友だからって優しくする意味ねぇだろ」
「神白さんの思い人でも?」
「んぐっ」
寅丸は言葉に詰まる。神白と絡められると、寅丸の行動や言動はある程度抑制できるのは昔からだ。たしか中学生くらいからだろうか。
「さっきも言ったかもしれないけど、狭山って野郎のことは過小評価してねぇよ。見た目がダサいのは事実だろうが。磨けば光るってこと」
「ならそう言えばいいのに。素直さが足りないんですよ」
「うるせぇうるせぇ。人から好かれたくて性格なんか直すかよ」
「直そうと思っても直せませんものね」
寅丸が顔を赤くして鹿島を睨む。
「まぁ雑談はここまでにしましょうか。それで? 何か用があったんですよね?」
さきほど一緒に帰っている時、相談したいことがあると寅丸に持ち掛けられた。家が隣同士の幼馴染であるため断る理由もない。鹿島はそれを二つ返事で了承した。
思い出したように寅丸が手を叩く。
「それなんだけどさ、明日放課後時間あるだろ。ちょっと面かせ」
「いや、部活があるのですが……」
「ばっか。何も長時間拘束するわけじゃねぇよ。休憩かトイレ行くフリして10分くらい抜けだしてほしいんだ。抜けて欲しい時間は」
「待ってください。詳細を語ってくれないと了承できません」
「綾香を守るために必要なんだよ」
鹿島は眉間に皺を寄せる。
「え?」
「簡単に言えば警戒というか監視というか。とりあえずお前は来て欲しい」
「狭山くんは?」
「あれがいると、バレた時に話がややこしいことになる。お前と私だったらまぁ、友達同士みたいな感じで行けるだろ」
「……友達ですか」
「なんだよ。友達じゃねぇのかよ。それとも”カレカノ”の方がよかったか?」
ニヤニヤとした表情を浮かべたかと思うと、上目遣いで見られた。
鹿島の表情がふわりと和らぐ。
「そっちの方が嬉しいですけど」
「えっ」
寅丸が面食らったように押し黙る。鹿島がじっと見つめ続けると、溜まらず視線を反らした。
「嘘ですよ」
「んがっ……」
「煽っといて返り討ちになるのやめましょうよ。意外とチョロいなぁとか思われますよ」
「だ、黙れ馬鹿!! 死ね!!」
「とりあえず神白さんを守るんですよね? なら手を貸しますよ。狭山くんにとっても大切な人ですからね」
鹿島はそう言ってコーヒーが入ったペットボトルを手に取り、蓋を開けた。
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