第35話「カッコよくなろう」
空が茜色に染まっている。冬になろうとしているからだろうか、最近は日の出ている時間帯が短い。
狭山の視線が空から隣を歩く神白に向けられる。後ろには鹿島と寅丸がいる。
本来であれば寅丸だけが神白を駅まで送って、校門で別れるはずだった。だが校門を出た時。
「一緒に帰りたいな」
神白がそう発言したのだ。狭山に断る理由は無い。完全に巻き込まれる形になった鹿島に心の中で詫びながら即座に了承した。
そこまではよかったが、隣で歩いているうちに、狭山は断っておけばよかったと後悔した。理由はさきほどの聖の言葉が、頭にこびりついて離れないからだ。
「神白さんって地味な奴が好きなんだと思って。なんというか、物好きというか相応しくないというか」
白い服に茶色の染みがついたような気分だった。こびりついた汚れはすぐに洗い落とせそうにない。
しかし聖のいうことも一理ある気がした。言われた時は「何だとこの野郎」と狭山は思ったが、よくよく考えれば釣り合わないと言われても仕方ない。
神白は文武両道の才色兼備な学校のアイドルである。それに比べてこちらは平凡な、いや、平凡以下の一般男子生徒。スポーツができるわけでもなければ、成績は中の下。勉強ができるわけでもない。
平凡以下が隣に立っていると、神白の評価も下がってしまうのではないかと、狭山は思ってしまった。
もしかしたら茶色の染みは、自分自身ではないかと自問自答してしまう。
チラと神白の横顔を見る。何を考えているかわからない、冷たさを帯びた無表情を浮かべている。執事バイトをしている時はもう少し表情豊かな気がした。
神白はどう思っているのだろう。自分と一緒に帰れていて。
いや、本当は自分と帰りたいわけではなく鹿島と帰りたかったのだろうか。それとも怖い思いをしたから護衛として男手が欲しかったのか。
考えてもわからない。狭山は視線を切ってバレないようため息を吐いた。
俺がイケメンだったら――自分の情けなさを呪いながら空に恨みの目線を投げた。
☆☆☆
神白は隣を歩く狭山をチラと見る。身長差がほとんどないため横を見れば相手の横顔が見れる。
空を見上げているその横顔を見ていると、胸が締め付けられる思いだった。
――カッコイイなぁ、狭山くん。
次いで胸が躍る。許されるなら思いを寅丸に伝えたかった。
「狭山くんと放課後一緒に帰れてる!!」
と。
自分に勇気がないため、これまで何度も断念した「一緒に帰ろう」の言葉を伝えることが今日、ようやくできた。
狭山が執事として来てから、距離が急に縮まったような気がした。あの怪しげなバイトを出してくれた義徳のことを心の中で称える。今度新しいネクタイを送ろう。
そこでハッとする。せっかくの放課後デート(?)なのにまるで会話できていないではないか。
「狭山くん」
相手がこちらを見る。驚いた表情が可愛らしい。
呼びかけるとすぐに反応してくれるのが、嬉しかった。
そこで口を開こうとして、言葉に詰まる。呼びかけたはいいが何を聞けばいいのだろうか。男子と雑談をしたことなど、まるでない。
「プリント配って」
「掃除サボらないで」
「体育祭の全体リレーの走者順教えて」
思い当たるのはこれくらいしかない。
神白の背中に冷や汗が流れる。学校内で言葉に詰まることなどなかったのに。
「神白さん?」
狭山が小首を傾げる。執事姿が重なる。
――お嬢様って呼んでくれないかなぁ。
じっと見つめると狭山の顔に疑問符が浮かぶ。
「あの……どうしたの? やっぱりさっき怖かった?」
「え? さっき?」
「ほら。女子たちに囲まれてさ」
「あ、ああ~……」
正直心底どうでもよかった。というよりもう忘れかけている。リーダーと思われる女子の顔すら思い出せない。
「ごめん。もっと早く俺らが止めに入れば」
「そんなことない。嬉しかった。ありがとう。それで、聞きたいことがあって」
「う、うん? うん。何?」
「狭山くんの……その……好きな食べ物って何?」
「……へ? 食べ物」
「う、うん」
何も知らないから相手のことを知ろうと思った、故の質問だった。
「え、ええっと……か、からあげ、とか?」
後ろから寅丸が小さく笑う声が聞こえた。頼むから今だけは邪魔しないで欲しい。
「か、からあげ。そっか……」
会話が止まった。神白はそこで視線を切った。
満足していた。
今度、家に来た時に振舞ってみようか。
神白は頭の中でシミュレーションを行いながら、義徳と沙希と、料理長に相談しようと思った。
「……?」
狭山は満足そうな神白の横顔を見て、ただただ疑問が浮かんでくるだけだった。
「……おい。タケ」
「なんでしょうか」
「前歩く馬鹿二人の後頭部殴っていいか。態度がイライラすんだが」
「いいじゃないですか。本人たちは幸せそうなんですから」
「聖の言う通り、だっせぇ奴だなぁ……狭山って男は」
寅丸が呆れ顔をすると、鹿島は頭を振った。
「いい男ですよ。彼は」
それ以上、会話はなかった。視線の先に駅が見えてきたからだ。
鹿島と寅丸の会話が聞こえていた狭山は拳を握った。庇ってくれた鹿島には感謝しかないが、寅丸のいうことはもっともだった。
今の自分では神白の隣を歩く資格がない。このままでは駄目だ。執事として神白の家でバイトしているなんてバレたら、何を言われても言い返せない。
自分に自信と、ダサいと言われないほどの気概が欲しい。
狭山はある決意を固めた。
かっこよくなる。神白のために。
その時薄く、淡い感情が、胸中を渦巻いたことに、狭山は気付いた。
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