第34話「見抜かれた二つの弱点」
狭山と鹿島は口を開けてその姿を見つめるしかなかった。それは神白を囲っていた西条たちも同様だった。
「と、寅丸……さん」
「あ? ああ。「さん」なんて付けなくていいぜ」
寅丸はクツクツと喉奥を揺らす。だが声色は威嚇するように低く、目元は獰猛な肉食獣を思わせるほどの睨みを利かせている。
「教室とか部活で言っているみたいによ。クソみたいな不良、って言ってくれよ。あ? 不良品とかもほざいてたか」
「い、いや、それは」
「狼狽えてんじゃねぇよクソ女が」
手に持っていた木刀を一度大きく縦に振り、切先を西条に突きつける。
「もう一度聞くぜ。私の親友に、何しやがる」
咎めるような視線は西条が持つハサミに向けられている。それを察した西条は、バツが悪そうな表情を浮かべハサミを陰に隠す。
「……別に、何もしてないわよ」
「「今は」何もしてないってか? 二度と人前に立てないくらい顔面グチャグチャにしてやろうかコラ」
チンピラのような脅しの言葉だった。鼻で笑い飛ばされてもおかしくない語句であったが、西条にとっては恐怖そのものだった。寅丸にまつわる数々の噂話を彼女は知っているからだ。
西条の取り巻きたちもいつの間にか神白から手を放し、借りてきた猫のように大人しくなってしまっている。
「失せろ」
木刀を下ろして寅丸は言った。
「もう二度とこんな下らねぇ真似すんじゃねぇぞ。わかったら失せろ」
西条は何も言わず、横目で神白を一瞬睨んだ。
「わかったか? ああ!?」
それを許さないように寅丸が一歩詰め寄ると、西条は後退り口惜しそうに視線を切った。
「……クズの友達もクズってことね」
「いい捨て台詞だ。いいぞ、もう帰って」
西条はこれ見よがしに舌打ちすると背を向けて二人から離れた。取り巻きたちも慌てて西条についていく。
慌ただしい足音が教室内から出ていくと寅丸はため息を吐いた。
「あいつらの方が私よりよっぽど陰湿な不良じゃねぇか」
「トラちゃん」
「ん? おお。怪我とかねぇか?」
「うん、大丈夫」
神白が微笑みを浮かべて頷く。
安堵した寅丸はうんざりしたような表情を浮かべた。
「お前さ、二ヶ月くらい前にも絡まれてただろ。あの時も相手が女子だったか」
「そうだっけ?」
「そうだよ。3年の先輩。頼むからもうちょっと自己防衛の意識持てよ。いつまでも私が守れるわけじゃないんだから」
「うん、ありがとう」
「いいって。まぁ私が助けなくても――」
寅丸は親指で教室の入口を指した。
「あの野郎どもが助けてくれただろうよ」
「え?」
視線を向けると、呆然としている狭山と、顔を引きつらせた鹿島が立っていた。
☆☆☆
「大河は何で木刀を持っているんですかね?」
「ん? ああ、私のクラス、再来週の文化祭で劇やるからさ。これは私の役で使う小物。8月からずっと準備進めていたんだぜ? 絶対成功させたくてさぁ、練習しようと思って人気のないところ来たらこの状況に出くわしてよ」
「……あの、何やるんでしたっけ?」
「あ? ロミオとジュリエット~和風バージョン~」
「何でロミオとジュリエットで木刀が出てくるんですか!!」
「だから和風バージョンだっつってんだろ! ちなみに私はロミオに果敢に挑むも斬られてしまうモブBを演じる」
胸を張って楽しそうに言い張る寅丸を見て鹿島は項垂れた。
そんな二人を尻目に狭山は神白に声をかけていた。
「大丈夫ですか? おじょ……神白さん」
「うん。大丈夫。トラちゃんが助けに来てくれたから。ちょっとビックリしたけど」
神白は掴まれていた腕を摩った。かなり強めに握られていたのが見えていた。もしかしたら、赤くなっているかもしれない。狭山の腹の中にふつふつと、赤い色をした感情が沸き起こる。
「そんな怖い顔しないで、狭山くん」
「え? あ、ああ……怖い顔してた?」
「うん。私は大丈夫だから」
小さな笑みを浮かべると、両手を鼻先の前で合わせる。
「ありがとう、狭山くん。助けに来てくれたんでしょ?」
「……まぁ。助けに入るタイミング遅かったし、寅丸さんにいいところ取られちゃったけどね」
「本当だよ!! 男共さっさと止めに入れや!!」
背後から寅丸の大声がかかり、肩が上がった。
「トラちゃん。やめて」
「はぁ。お前ももっと怒れよ」
ぶつくさと文句を言いながら寅丸が神白の隣に立つ。
「とりあえずコイツ送ってくわ。私の家、同じ方向だし。練習は家でやるよ」
狭山は頷いた。本当は自分が送りたかったが、寅丸の言う通り自宅は反対方向だ。無理してついていくとなると変に警戒されて神白に近づくことすらできなくなってしまうかもしれない。
そんな思いを察したのか神白が寅丸に「よろしく」と声をかける。
「昇降口までは一緒に行きましょう」
鹿島の一声で4人は教室を出た。その後、木刀を片し荷物を持った寅丸と一緒に昇降口へ向かう。
狭山はふと寅丸を見た。神白に話しかけて楽しそうに話している彼女は非常に可愛らしい少女のようであった。とてもじゃないが、さきほど暴言を吐いていた不良と同一人物とは思えない。
「ああいう風にしていれば可愛いのに」
鹿島の小さな呟きが耳に入る。視線を向けると鹿島は肩をすくめた。
「聞かなかったことにしてください」
「……わかったよ」
もしかして鹿島は寅丸のことが気になっているのだろうか、と思っていると昇降口が見えてくる。
そこで前を歩いていた女子二人が足を止めた。寅丸が舌打ちする。
「神白さん!!」
呼びかけと共に近づいてくるのはサッカー部の聖だった。ジャージ姿で爽やかな笑みを浮かべている。
「今から帰る感じ?」
「そうだけど」
「いいよ綾香。こんなのに構うな」
「本当!? じゃあちょっと待っててよ。こっちも文化祭近いせいか、火曜と木曜は部活切り上げてもいいって言われてるからさ」
そう言ってチラと狭山を見る。
そして鼻で笑った。
「この人たち、友達?」
「そうだとしたら?」
「いや。神白さんって地味な奴が好きなんだと思って。なんというか、物好きというか相応しくないというか」
小馬鹿にするように言うと、聖は狭山に対し手を差し伸べた。
「よろしく。地味男くん」
勝ち誇ったような、それでいて馬鹿にするような、とにかく舐めた態度で握手を求めてきた。
狭山は突然のことに困惑していたが、不快という気持ちだけは胸中にすぐ沸き起こった。だがここで無下にするような度胸はない。というより、相手は特に悪いことをしていないのだから。
右腕を上げようとしたとき、神白が割り込みその腕を払った。
「私の友達を馬鹿にしないで」
「おっと。ごめんよ。怒らないで欲しいんだけど」
「一人で帰って」
ぴしゃりと言い放つと狭山の腕を引いて神白は聖の横を通った。
聖は驚いたが口角を上げて言った。
「女に守られて羨ましいよ」
わざと狭山に聞こえるような声量だった。4人はその言葉を無視して昇降口から出ていく。寅丸だけが最後まで睨みを利かせていたが、鹿島に咎められその場を去る。
聖は視線を遠ざかっていく4人に、特に狭山の背中に注いでいた。
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