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第33話「呼び出し」

「ねぇ、神白さん」


 廊下を歩いていると背中から声をかけられた。神白は聞き覚えのない声に内心首を傾げつつ、肩越しに後ろの人物を見た。


「ちょっと時間いい?」


 立っていたのは艶のある茶髪のロングヘアが特徴的な女子生徒だった。足が長く身長もある彼女は、気の強そうな顔で腕を組んでいる。その後ろには取り巻きと思われる数名の女子がいた。全員派手に遊んでいるという見た目ではないが、決して"大人しい子"という感じでもない。


「何か用?」


 女子生徒に振り向きつつ神白は冷ややかに言った。名前も知らない、初対面の相手に対し睨むような視線を投げる。

 しかしそれでたじろぐ相手ではなかった。相手は鼻で笑い、細目で神白を睨んだ。


「部活とかもバイトとかもしてないからどうせ暇でしょ? ちょっと時間ちょうだい」

「あなたに私が暇かどうか決めて欲しくないのだけれど」

「いいから付き合いなさいよ」


 それが合図だったように取り巻きが一斉に動き出す。軍隊とまでは言わないが統率された動きで神白を囲む。逃げ道はなくなったが内情は冷静だった。

 女性生徒は背を向けて歩き始める。そのまま見送るつもりだったが取り巻きの一人に肩を押された。「ああ、またか」という呆れの感情が沸き起こる。

 神白はため息を押し殺し、名前もまだ教えられていない相手の背中についていった。




☆☆☆




 狭山は頭を下げながら職員室から出た。失礼しますという声に、先生たちは見向きもしなかった。

 心の中で悪態を吐きつつ、コーヒーの匂いが充満していた空間を遮断するように扉を閉める。同時に隣から鹿島のため息が聞こえた。


「進路表の提出日忘れているなんて。先週出すって言ってたじゃないですか」

「う、うるへー。バイトでそれどころじゃなかったんだよ」

「バイト……ああ。それでですか」


 何がだよ、と言うように狭山は眉をひそめる。


「授業中もスマートフォンいじってますし、今日もお昼ご飯食べている時、ずっと熱心に画面を見ていたじゃないですか。ゲームなら横画面にしているなぁと思って気になっていたんですよ。なるほど。執事の勉強ですか」

「まぁな。ネット知識だけど結構勉強になるんだぜ?」

「変な情報に踊らされないでくださいよ。その努力が報われることを祈ってます」


 そんな雑談を交えながら階段を下りていると、女子の集団が通りかかったのが見えた。昇降口へ向かっていた足を止め、狭山はその集団を注視する。


「どうしました?」


 隣にいた鹿島が首を傾げて同じ方向に視線を送る。集団の先頭を歩いている女子生徒を見て「あ」と声を出す。


「バスケ部の西条(さいじょう)さんだ」

「知ってんの?」

「結構人気のある子ですよ。美人だし、バスケ部のエースでもありますし」

「ふ~ん。じゃあ周りの子も」


 そこで狭山は気付いた。集団の中心に神白がいることに。その足取りと表情は仲のいい者同士のそれではない。

 ひしひしと緊迫した空気が伝わってくる。まるで憎き相手を捕らえて歩いているようだ。


「嫌な予感がしますね」

「だよな」

「どうしますか?」


 以前までだったらその問いに対する答えは「なんか怖いし面倒だから無視しよう」だった。

 だが今は違う。確かに学校内では男子生徒と女子生徒の関係ではある。

 だが、執事と主という関係を無下に投げ捨てるわけにはいかない。


「……ちょっと気になる。何事もなければそれでいいし」

「付き合いますよ。何かあれば止めましょう」


 鹿島が笑みを浮かべて言った。自分にはもったいない友人だと思いつつ、狭山はバレないように集団の後ろをついていった。


 集団は空き教室に入った。6月まで「囲碁研究会」という同好会が使ってい教室だ。

 連れて来られた神白は、黒板の前に立たせられた。狭山と鹿島は教室の入口に身を潜め、ひっそりと顔を出す。声が聞こえるように黙りながら視線を向ける。

 女子たちが神白を囲う。神白の目の前に立つのは長身の茶髪、西条だ。


「私のこと知ってる?」

「さぁ?」


 囲いの隙間から西条と神白の横顔が見える。即答された西条が柳眉(りゅうび)を逆立てているのに対し、神白は無表情だ。


「西条。よろしくしなくていいわ。私、あんたのこと大嫌いだから」

「そう」

「本当に……孝はこんな女のどこがいいのか」

「たかし?」

「飯島孝!! 今日の昼、あんたに告白した男よ!!」


 神白は顎に手を当てて首を傾げる。そして思い当たった節があったのか、相槌を打った。


「神白さん、あんな事でもすぐ忘れちゃうんですか」

「物事の取捨選択ができるんだろ。いらない記憶は覚える必要ないっていうかさ」

「お、狭山くん頭いいじゃないですか」

「でしょ」


 頭の悪い会話をしていると、西条が舌打ちした。二人は黙って再びやり取りに耳を傾ける。


「あんた調子乗ってない? ちょっと顔がいいだけでさ」

「そんなことはないと思うけど」

「どうだか。知ってるわよ。あんた裏でいろんな男と寝てるんだってね」

「何それ?」

「うちのクラスでもバスケ部でも噂になってるわ。神白綾香は男遊びが激しい奴だって」


 西条の声が教室内に木霊する。神白は目を見開いた。狭山と鹿島も同様だった。相手が何を言っているのかまったく理解できない。


「言ってる意味が、わからないのだけれど」


 神白が言うと、西条は鼻で笑った。


「ずっととぼけてなさいよ。それにあんたさぁ、告白切るの楽しいかもしれないけど、傍から見てるとすっごい不快なの。わかる?」

「わからない」

「人の気持ち考えろって言ってんの!! まったく……孝は本当どこに惹かれて……」


 ブツブツと小声で文句を言い始めた。神白が口を開きかけると、西条がキッと睨みをきかす。


「とりあえず孝には今後一切近づかないで。あと他の男子生徒にも! わかった?」

「どうして」

「迷惑なのよ。あんたが男を誘惑しているのが! ミナの彼氏なんて、あんたに告白するために別れ話切り出したのよ!!」


 西条が視線を向けた先に、涙を浮かべている女子がいた。神白のちょうど斜め前にいる、ミナと呼ばれた女子は、わざとらしく目元を擦り始めた。


「あんたのせいで私たちは迷惑しているの。今後一切男子と話さないで。それが嫌なら学校に来ないでちょうだい」

「あなたにそんな決定権ないでしょう」


 冷気を纏った吐息が言葉と同時に零れ落る。神白が西条を睨む。


「だいたい、迷惑しているのは私。文句を言うなら男子の方に文句を言うべきじゃない?」


 神白はミナに目を向ける。


「綺麗な女性がいたら心移りする男子なんて、やめておいた方がいいよ。私がいなくなっても別の誰かが来るだけだし」

「なっ……」

「それに」


 絶句したミナに対し神白が冷ややかに言った。


「私がいなくなっても、あなたの魅力は上がらないよ」


 一瞬の沈黙。直後、ミナが両手で顔を隠し、膝を折って泣き始めた。


「うわぁ、きっつぅ」


 鋭利なナイフのような言葉を聞いて、狭山は口元を隠した。手の平の内には笑みが隠れている。見ていて凄い楽しいが、あの言い方は鋭すぎる。


「神白さん本当凄いですねぇ」

「いや感心している場合じゃねぇや。これ多分マズいことに」


 果たして狭山の予感は当たった。

 西条が神白の体を押した。神白の細身な体が黒板に叩きつけられ、ドンという音が響いた。


「もう許さないわあんた。下手に出てれば調子に乗りやがって」


 暴力的な言葉と態度を露にしながら、西条はポケットからハサミを取り出した。


「みんなコイツのこと押さえて!!」


 その号令と同時に女子たちが神白の腕や体を乱暴に掴み拘束し始めた。


「丸坊主にしてやる!!」


 怒り狂った西条は神白の髪を掴んだ。


「ちょ、これは駄目ですよ!!」

「止めよう!!!」


 狭山が物陰から姿を見せた。同時だった。

 狭山の隣を、小さな影が通り過ぎた。


「おい、このブス共」


 金髪のサイドテールを靡かせる小さな影の右手には木刀が握られていた。


「私の親友に何してやがる」


 校内一の不良女子、寅丸大牙は大きな舌打ちをして集団に歩み寄った。



お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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