第27話「三白眼メイドさん、嫌がらせを必死に考えてました」
「ふわぁ……」
大きな欠伸をした狭山は、吊革を握る手に力を込めた。揺れ動く車内はゆりかごのようであり、眠気を誘う。
しょぼしょぼする目元を擦り、なんとか目を開ける。
――気になる子っています?
窓の外に映る景色を見つめながら鹿島からの言葉を思い出す。昨夜はこの言葉のせいで眠れなかった。
普段であれば鼻で笑い飛ばせる話であった。だがタイミングが悪かったのだ。神白のことを考えていたせいで、深く、その言葉が頭の中に染み込んでしまった。
その結果寝不足である。ソーシャルゲームや動画サイトの閲覧で気を紛らわせようとしたのが運の尽き。寝たのは午前3時を過ぎていた。
そして今は午前8時。5時間しか眠れていない。クラスには3時間睡眠で充分だという強者がいるが、何をどうしたらそんな短い睡眠時間で満足できるのか教えて欲しい。
ため息を吐く。鹿島の言葉が脳内を反芻する。
気になる子。それと同時に浮かんだ神白の顔。
そう、顔だ。顔が浮かんだだけ。つまり俺は神白の美少女顔面に一時的に惚れているだけ。彼女いなかった時期と年齢がイコールである陰キャの自分特有の、惚れやすさというものだ。
あれだ。隣の女子に消しゴム貸してもらっただけで「あ、この子俺のこと好きなのかも」って勘違いしちゃうあれだ。
どういうことだよ。
狭山は頭を振って眉間に皺を寄せる。睡眠が足りないせいで思考回路がおかしくなっている。
こんなので今日仕事できるのか。一抹の不安を抱えながら、景色は白金高輪へと近づいて行った。
☆☆☆
「本日の業務なのですが、狭山さんの指導役が私ではなくなります」
朱雀院家の更衣室にてネクタイを結んでいる時だった。義徳が軽く頭を下げて狭山にそう告げた。
「え、えっと?」
狭山の顔に疑問符が浮かぶ。今日は執事業務ではないのだろうか。
「言葉が足りなかったようですね。しっかりと執事としての業務をこなしてもらいますよ、ご安心ください」
相手の心情を察した義徳は右手を胸元に当てて腰を曲げた。
「ただ単に、私がサポート役ではないということです。今日は別の方が担当になります」
「はぁ。じゃあその人も執事ですか」
「いいえ。メイドです」
「へ?」
執事業務なのにメイドが教えるのか、と首を傾げる。
「執事業務もこなしたことのある、メイドでございます」
「なるほど。元執事さんですね」
「さようでございます。当家に勤め早5年。執事歴は2年でございますが、その実力並びに心意気は立派な物です。そのせいか、向こうから「狭山さんを指導したい」と打診をいただきました」
「あ、そうなんですね。……向こうからなんだ」
「私も最初驚きました。きっと狭山さんの内に潜む、光る何かを見つけたのかもしれません」
クスリと笑う老紳士に、狭山は懐疑的な瞳を向ける。
「そんな目をしないでください、狭山さん。応援してますよ」
「……かしこまりました。そのメイドさんとはどこで会えば」
「ああ、もう部屋の前にいます」
義徳が背を向け扉を開けると、メイド服に身を包んだ女性が姿を見せた。
茶髪のロング、前髪をアシンメトリーにしており、毛先にはカールを巻いている。神白より背が低いが、腰が高いからだろうか、意外と大きく見える。
顔は美人系であるが、三白眼のせいか妙な力強さがある。小顔で鼻も高く、唇の色が薄い。どことなく幸が薄そうにも見える。
「泉沙希さんです。今日は彼女が、狭山さんに「窓拭き業務」を教えます」
紹介された沙希は膝下まで伸びたスカートの裾の、両端を少し持ち上げ深々と頭を下げる。
「泉沙希です。ご機嫌よう、狭山さん」
「あ、う、え、えっと、狭山春樹です! よろしくお願いします!」
狭山は精一杯の声を出し頭を下げる。顔を上げたのは両者同じタイミングだった。
「普段はこのような、仰々しい挨拶は致しません。ただ狭山さんとは初見であるため、しっかりとご挨拶をさせていただきました」
「えっと、どうもです。いや、こちらこそ初めましてといいますか」
わたわたし始める狭山に対し、沙希は柔らかな笑みを浮かべる。
「緊張なさらないでください。今日は顔合わせも含めて、気楽に参りましょう?」
「は、はい!」
狭山は差し出された手を握り返す。
沙希の片眉がピクリと動いたが、狭山は気付いていない。
「では準備はすでに終わっておりますので2階へ向かいましょう」
「はい、よろしくお願いいたします!」
一挙一動の所作が綺麗であるメイドの後ろ姿についていく。
義徳は、不気味な笑みを浮かべる沙希と そん彼女の後ろ姿をついていく狭山を見て、心の中で手を合わせた。
「さて、泉さんと狭山さんが仲良くなれればいいのですが」
どこか楽しげな声で、そう呟いた。
☆☆☆
沙希の胸中には下種な笑い声が木霊している。
そう、ようやくこの狭山とかいう男子をいじめることができるのだ。昨夜からずっと考えていた嫌がらせの数々を浴びせることができると思うと、心が躍る。
狭山を何としてでも追い出さなければならない。泉は前を歩きながら、肩越しに狭山を見る。視線だけを向けているため狭山には気づかれていない。
何故だか知らないが、神白お嬢様は、綾香ちゃんはこの男に惚れているらしい。昨日部屋の掃除を行っていた時、彼女はこんなことを言っていた。
「狭山くんに綺麗だって思われたくて」
ちょっと頬を赤らめて言っていた。
――な、なんて可愛い事を可愛い顔で言ってんすか綾香ちゃん抱きしめるよ!!!?
と言って思いっきり両手を広げて抱擁したかったが、それはなんとか踏みとどまった。奥歯が砕けるのではないかと思うほど力強く歯を噛み締めはしたが。
何事にも氷のように冷たかった、異性関係は特に氷柱のように鋭く冷徹な反応しか見せなかった神白の照れ顔。あれはいけない。反則。というか兵器。
そんな希少な存在を、この男に汚されるわけにはいかない。
沙希の狭山に対する評価は”最悪”の一言だった。
似合っていないぺったりとした、ワックスなどつけたこともなさそうな黒髪。中肉中背で執事服が似合っておらず、自信なさげな表情を常に浮かべている。
さきほどの喋り方も最悪だった。舌打ちをしないように必死だった。まさかリアルであんな気持ち悪い喋り方をする男がいるとは思わなかった。中学、高校時代にいたオタクそのままだ。
恐らく、いや、絶対的に確定的に、異性と付き合った経験などないだろう。あったらもう少し身だしなみをチェックするはずだ。
――綾香ちゃん~。こんな男駄目だよぉ。もっといい男いっぱいいるよぉ。
狭山にバレないようため息を吐く。自分が神白を守るしかない。
沙希は熱い決意を胸に2階の階段を昇った。
「……」
そんな二人の後ろ姿を、神白は陰からコッソリと見つめていた。
お読みいただきありがとうございます!
狭山くん、いじめられてしまうのか!
次回の投稿は3/13(土)です。
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