第24話「不良(なんちゃって)×不良(口悪い系)」
前後にステップしながら脱力した構えを取る、空手着の男二人が画面に映っている。二人は向かい合っているが息は切れていない。試合開始と同時に動画撮影を始めたらしい。
手の位置は低い。顔面手技無しの、フルコンタクト空手の基本的な構えだ。
両者の動きを見ながら、鹿島は茶色の前髪を掻き上げる。空手を嗜んでいるというのにこの頭は問題だろう。また黒に染め直さなければ。イヤホンから聞こえてくる布擦れの音と足音。次いで打撃音が聞こえた。片方の左下突きが深々と空手義にめり込んでいるのが見える。
「強いな」
俺ほどじゃないけど。
自信を胸に更に試合に集中しようとしたその時だった。
スマートフォンの画面が一瞬黒色になり、次いで「寅丸大河」と書かれた白文字とシベリアトラの顔アイコンが映し出され、スマートフォンが振動し始めた。
鹿島は目を見開いた。めずらしい相手からの着信だったからだ。
『あ、タケ?』
「もしもし?」
画面をタップして通話に出ると、声が重なった。相手がムッとしたのが電話越しに伝わる。
『今暇か? 聞きたいことがあんだけど』
「いきなりですね」
『んだよ。文句あんのか。つうか被せてくんじゃねぇよ』
「まずはこちらの応答を聞くべきでは?」
『知るか。私の方が優先度高いだろ。わざわざ電話してんだから』
こちらもわざわざ出ているのですが、とは言わなかった。言い返せば向こうはイライラしてガオガオと吠え始める。からかいすぎると、下手したら家まで来る危険性もある。
「めずらしいですね、大河が電話してくるなんて」
流れを変えようと発言すると、寅丸が鼻を鳴らす声が聞こえた。
『だろぉ~? 大河ちゃんのコールだぞ~。ありがたいだろぉ』
相手がニヤニヤしているのは丸わかりだった。鹿島は声を押し殺して笑う。
『笑っただろ』
「笑ってます」
『お前なぁ』
「嬉しいですよ」
『んがっ……』
今度は赤くなったな。丸わかりだった。
「それで? 聞きたいこととは?」
『ああそうだった。お前さ、あれと知り合いなんだろ?』
「あれ?」
『あれだよ。あいつ。ホラ、お前の大親友の陰キャ』
「……人の友人を不名誉な渾名で呼ばないでください」
『なんで? 事実だろ。ていうか陰キャって不名誉なの?』
「受け取り手によっては」
『そうなんだ~、へ~。知らねぇ~。まぁ別に構わねぇだろ。その陰キャなんだけど』
「狭山。彼の名前です」
ここにいない彼の名を告げると、寅丸がため息を吐いた。
『知ってるわ。で、その狭山についてなんだけど』
「はい」
『単刀直入に聞くぜ』
「よくそんな難しい単語知ってましたね。偉い偉い」
『えへへ~。もっと褒めろ! って馬鹿か、殺すぞ。話の腰を折んな!』
「これは失礼」
『で、狭山って野郎は女遊びは激しい奴か?』
一瞬、疑問の意味がわからなかった。鹿島が眉をひそめる。
「はい?」
『いやだから。女遊び。見た目によらず意外とモテモテだったりするわけ? もしかして彼女いるとか』
「な、なぜそんなことを聞くのでしょうか」
意味がわからなかった。そんな質問が来るとは微塵も思っていなかったからだ。
「よく話してますし一緒にいますが、そういう色恋沙汰は聞いたことがないですね。異性の友達もいないようですし、彼女ができたらすぐに舞い上がって報告してくる性格です」
『うわぁ。うぜぇ。じゃあ趣味とかは? モテるためにテニス部か軽音楽部か?』
「なんでそのチョイスなんですか。部活は入ってませんよ。よく一緒にゲームするくらいです」
『絵に描いたような陰キャオタクだなぁ』
「それ、悪口に取られますからあんまり言わない方がいいですよ」
『悪気はねぇよ?』
「なお悪いですよ」
そこで会話が途切れる。寅丸は興味が失せたように「ふ~ん」と嘆息する。
『じゃあ大丈夫かなぁ……』
「何の話ですか?」
『いやこっちの……待てよ』
寅丸が声色を変えた。
『今まで彼女いたこととかないよな』
「小中と一緒でしたが、いないですね」
『あ~? えぇ? じゃあ逆に問題じゃねぇかこれ』
「さっきから何の話をしているんですか。これをダシに狭山くんを虐めようとか」
『するかよ!! そんなクソダセェこと。むしろ見かけたら助けるわい』
「じゃあ何のためにこんなことを聞いているのですか」
相手がため息を吐く。
『まぁこっちの話だよ。悪かったな。邪魔して』
「いえいえ。こうやって大牙と話すのは好きなので、構いませんよ」
『すっ!!!!?????』
「はい?」
『あ、ぐぬっ……!! なんでもねぇよ!! じゃあな!』
「あ、大牙」
『なんじゃい!!!』
相手の怒号が聞こえた所で鹿島は立ち上がり、部屋の窓に近づきカーテンを開ける。
外は雨が降っていた。窓ガラスを水滴が濡らしている。
視線の先には隣家の二階。電光がカーテンの隙間から零れている部屋が映る。
鹿島がカーテンを開けた音を聞いたのか、向かい側の部屋のカーテンが開く。
パーカーに生足というラフすぎる恰好に身を包んだ寅丸が、顔を真っ赤にして睨んでいた。
「お隣なんですし。遊びに来て聞いたらどうですか? お茶もお菓子も出しますよ?」
挑発するように聞くと、寅丸は口角を上げ、鹿島に向かって中指を立てた。
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