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第23話「不器用メッセージ」

 雨が降っていようとお構いなしの、軽快な足取りで神白は坂を上っていた。

 行きはかなり時間をゆっくり使って歩いていた。ただ狭山と、少しでも長い時間、一緒にいたかったからだ。

 雨が好きだった。いや、正確には好きになった。神白は目の前に広がる水のカーテンを見つめる。狭山を好きになった時が、雨だったからかもしれない。


 彼は覚えているだろうか。いや、覚えているわけがない。

 あの時の私は、”醜い姿”をしていたから。


 家が見えてくる。門は開けられてた。恐らく遠巻きに見ていたボディーガードが、家に連絡をしたのだろう。

 いつもボディーガードがついているわけではない。確かに金持ちのお嬢様と言われる存在ではあるが、普段外に出る時はいないのだ。

 今回は恐らく、母親である純の指示だろう。理由は狭山と一緒にいたから。

 違う、異性と一緒にいたからだ。


 庭に入ると後方から大きな音を立てて門が閉まった。静音型に改良しろと、純が義徳に言っていた。

 雨水が石畳を打つ。水滴が跳ね上がり神白の靴を濡らす。

 塵一つない。綺麗なものだった。掃除の業者や庭師の方々が手を加えているのだが、狭山のおかげで綺麗になっていると神白は思った。


「ただいまぁ」

「おかえりなさい」


 気分を高揚させて玄関の扉を開けると、冷ややかな声が耳に飛び込んできた。

 自分とよく似た声。この世でもしかしたら、一番苦手な声かもしれない。

 神白は無表情で顔を正面に向ける。パンツスーツ姿の神白純が立っていた。恐らくこの後また出かけるのだろう。家に帰ってくる時など、仕事の準備か着替えか、寝る時くらいだから、当然と言えば当然である。


「この雨の中、散歩?」


 成長した自分が目の前で喋っているような感覚に襲われる。神白は年齢を重ねていくにつれ、自分の母親が不気味に見えていた。


「そうだよ」

「嘘をつかないで。誰かと一緒に出て行ったでしょう」

「……友達の送り迎えをしていたの」

「友達? ああ、あれね」


 純が鼻で笑った。明らかな侮蔑が混じっていた。


「庶民の、それも異性と友達なんて。綾香。あなたは人を選ぶ目がないわね」

「そっくりそのまま返すよ」


 神白が目を細める。傘の先から滴り落ちる雨水が、神白の靴を濡らす。


「自分だって目がなかったせいで、いろんなものに捕らわれているくせに」

「なんですって?」

「盲目になるよ。そのままだと」


 吐き捨てるように言うと沈黙が流れた。二人の間に、親子とは思えない、険悪な雰囲気が漂い始める。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 そんな空気を切り裂くような声が玄関に響き渡った。義徳だ。

 靴の音をわざとらしく鳴らしながら黒い傘を持った義徳は神白の隣に行くと、手を差し伸べる。


「傘をお預かりいたしましょう」

「……ありがとう」

「おや、お嬢様。少し濡れておりますね。風邪をひいては困りますので」


 傘を受け取った義徳は言葉を続ける。


「お風呂場の準備はすでに整っております。お部屋に行く前にぜひ」

「うん」


 それは「この場は私が受け持ちます」という言葉のように聞こえた。

 神白はコクリと頷くと純を一目も見ようとせずその場を離れた。

 遠ざかっていく娘の後ろ姿を純は黙って見つめていた。


「純様。お時間が迫っておりますよ」

「……義徳、あなたが雇ったの?」

「はい?」


 純はわざとらしく首を傾げる義徳に視線を向けた。


「あの少年よ。庶民の」

「いけませんでしたか? 先日純様がまた執事をクビにしたので、募集をかけたのですが」

「だからってなんであんなのを雇ったの。それに、メイドを雇うという発想はなかったわけ?」

「おや、それは盲点でした。ですが、お嬢様は狭山さんを大変気に入っているようですよ」

「狭山? あれの名前ね」


 苛立ちを隠さず吐き捨てるように言うと、純は義徳とすれ違う。


「綾香のために今は見逃してあげる。ただ、すぐにクビにすることもこっちはできるからね」

「はい。承知しております」

「義徳。あなたも例外なくよ」

「ご冗談を」


 義徳は頭を下げた。

 きっと口許は笑みを浮かべているだろうと純は推察する。義徳という男はどこか人を小馬鹿にしたような、いや、相手の心を見透かしているような態度を取る。

 顔を上げた義徳が言った。


「純様。異性がどうの、というお考えは、あまりお嬢様の前で出さない方がよろしいかと」

「主の考えを否定する気? たいした執事ね」


 袖をめくって腕時計を確認する。一言だけいう時間があった。


「異性も、恋も。妨げよ。人生のね」


 それだけ言って純は手を出した。


「傘」

「はい、こちらに」


 神白から預かった傘とは別のを差し出すと、純は頭を振った。


「綾香が使った方でいいわ」

「承知いたしました」


 濡れている傘を嫌がらず、純は受け取ると扉を開け外に出て行った。

 その後ろ姿に頭を下げる。扉が閉まる音が鳴り響いたところで顔を上げた。


「不器用ですねぇ。本当に」


 義徳は純専用の傘を見つめながらフッと笑った。




★★★

 


 

 母はいつから庶民と異性に嫌悪感を示すようになったのだろう。

 わかっている。

 自分の父親のせいだ。

 父には確かに問題がある。けどそれは父親の人間性であり、庶民だからとか男だからとかそういうのは関係ない。


 たとえそれが原因だとしても、全員が全員酷いわけでもない。

 自分の考えを押し付けないで欲しいと、神白は心の中でつぶやいた。


 シャワーを頭から浴びる。暖かい。さきほどまでの冷たさを拭っていくように水が全身を流れ、塗り替えるように狭山の姿が思い浮かぶ。


「ふふ」


 一緒にゲームをした時のことを思い出して笑ってしまう。これで少しは仲良くなれたと言ってもいいだろう。

 胸を張って寅丸に自慢してやろう。

 そう思いながら神白はシャワーを止めた。




★★★




『そりゃよかったね~』


 部屋に戻って髪を乾かし、部屋着に着替えた神白は早速寅丸に電話をした。

 しかし返ってくるのは生返事ばかりであった。


「不機嫌?」

『いや、別に? たださぁ……なんつうか、お前女として見られてんのか?』

「どういうこと」

『綾香の部屋にいてそんな普通にゲームするとか。狭山ってやつは男として大切な部分が欠けている可能性があるな』

「なにそれ」

『へっ。スケベ心がないつまらない奴ってことさ』


 神白が唇をへの字に曲げる。


「もう切るね」

『怒んなって。まぁとりあえずよかったじゃん。これで気になる相手と急接近できたな』

「……うん」

『にしても好きな相手が自分の執事か。なんかドラマみてぇな設定だな』

「何。設定って」

『ぶぇっつに~? エロいこととか要求すんなよ綾』


 そこで通話を切った。 

 虎丸はどこか親父臭い所があるのがたまにキズだ。けど相手が言うように急接近できたのは確かなのだ。


「明日は……何しようかなぁ」


 また自分の部屋に案内して遊ぼうか。

 ハッとして神白は自分の部屋を見回す。


「そ、掃除しようかな」


 いや汚れという汚れはないのだが、恥ずかしい気持ちが湧き出てきた。

 神白は自分で掃除をすべく、メイドを呼ぼうと廊下に出た。




★★★




 床に置いた、通話が切れたスマートフォンを見つめながら、寅丸は首を傾げる。

 まさか神白がそこまで積極的なことをするとは思わなかったのだ。

 相手の狭山が余計なことをしなければいいがと今更ながら思う。

 本当に大丈夫な奴なのだろうか。本当は裏で女遊びが激しい男でないのか。


 昇降口で狭山を見た時のことを思い出す。

 いや、あの見た目で女遊び激しいはないか。あってもゲームの中だけの話だろう。

 だが万が一ということもある。親友が泣く姿を見たくはない。


「しょうがねぇなぁ」


 寅丸はスマートフォンを手に取りとある番号にコールする。

 2コール目で、通話に出た。


「あ、タケ?」

『もしもし?』


 昔はどうも思ってなかった友人の声が、変にこそばゆく聞こえてしまった。


「今暇か? 聞きたいことがあんだけど」



お読みいただきありがとうございます!


次回もよろしくお願いします~!


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