第21話「聞こえてくるのは雨音か、恋の足音か」
「っは~!! やっと倒せた!」
「強かったね」
二人は安堵のため息を吐いた。体の緊張がほぐされ、爽快感が全身を駆ける。
スマートフォンの画面には巨大なドラゴンが突っ伏し、その前で決めポーズを取る二人のキャラがいた。可愛らしい女の子が狭山の操作するキャラ、高身長でダンディな髭面の男性を、神白は操作していた。
「神白さん、おじさんキャラ好きなの?」
「うん。髭が好き。カッコいい」
髭か。狭山は鼻の下を撫でる。ツルツルしていた。産毛すら生えていないのではない綺麗な肌だった。
「武器もキャラも渋めが好きなんだね」
「むっ。ぬいぐるみとか、可愛い系も好きだよ」
「ごめんって。別に馬鹿にしたわけじゃないよ」
少しだけ唇を尖らせて、細目で睨んできた。無表情が基本であった彼女は、もしかしたら、とても表情豊かなのかもしれない。
「狭山くんのキャラは可愛いね」
「うん、結構気に入ってる。あ、あれだよ。見た目よりも俺は性能で選んでて」
「おっぱいが大きいから使っているじゃないの?」
「ち、違うよ!!」
確かに露出度が高いキャラではあるし、谷間もがっつり見えているが。というかソーシャルゲームの女性キャラのほとんどが、男の欲情を刺激する見た目をしているのが悪い。
「本当かな~?」
狭山の本心が透けて見えていると言うように、神白は意地悪な笑みを浮かべた。口許をスマートフォンで隠しているのは、彼女の癖なのかもしれない。
その時、視界の隅に現在の時刻が映った。
「あ……」
既に夕方近くになっていた。いつまでも長居していては神白の迷惑になる。
「神白さん、そろそろ俺帰るよ」
「そう」
神白はコクリと頷く。若干悲し気な表情を浮かべていたのは気のせいだろうか。
「次のバイトはいつ?」
狭山はスマートフォンをしまい、立ち上がりながら答えた。
「あ~、来週の土曜日になりそう。ただ、来週三連休だから、土日月で出てもらうって義徳さんから聞いた」
「そう。待ってる」
淡々とした声だった。神白の表情に笑みなどはない。ただ言葉は優しかった。
やばい、ずっとここにいたくなる。狭山は胸が締め付けられる思いだった。あの氷柱姫である神白と一緒にゲームができる。おまけに相手の私室で。言葉だけ見ると強烈なインパクトだ。まるでデートではないか。
デート。
その言葉が、F1カー並みのスピードで脳内を一瞬駆けた。
狭山は頭を振って神白から視線を切る。
「じゃ、じゃあそういうわけで、来週もよろしく!」
「うん、わかった」
神白がスマートフォンを持って立ち上がった。
「玄関まで送ってく」
「え、いや、悪いよ」
「どうして? そんなに距離離れていないよ」
言い切ると神白はドアを開け、狭山を捉える。早く行こうと言っているようだった。
「ありがとう」
一度頷き礼を述べ、二人は廊下へ出た。
そこで狭山は、ようやくあることに気づいた。
「あ、雨」
神白とゲームの画面にしか目が行ってなかったため、ようやく雨が降っていることに気づいたのだ。
「参ったな、雨が降ってるなんて」
「折り畳み傘とか持って来てないの?」
狭山は頭を振った。
「だって今日晴れてたし」
「天気予報で雨って言ってたよ」
「マジかよ」
天気予報などまともに見ていない。ため息を吐くしかなかった。どうやら濡れ鼠で電車に飛び込むことは確定らしい。
「それは俺が悪いな」
「どんまい、狭山くん」
顔を覗き込まれるようにして小首を傾げた神白に、狭山は胸が高鳴った。
「まぁ濡れるくらいなら別に大丈夫だよ」
「でも、もう秋だし、最近は寒くなったよ」
「あ~、そうだね。朝方とか超冷える」
二人は軽く雑談を交わしながら玄関へやってくる。ドアの前には義徳が立っていた。黒い傘を一本、腕にかけている。
「義徳さん? お疲れ様です」
「こんにちは、狭山さん。ご気分はどうでしょう?」
「……晴れました」
チラと神白を見て言った。
「それはようございました。お嬢様とご一緒に過ごしていたのですよね?」
「は、はい」
「迷惑とかかけませんでしたか? ゲームが上手くいかず台をこうバンと叩いたり――」
「義徳執事長」
鋭い声が神白から上がった。氷柱姫の本領発揮と言わんばかりの冷ややかな声だった。狭山はあまりの寒気に肩を上げ、義徳は含み笑いを噛み殺し頭を下げた。
「これは失礼を」
「早くお仕事に戻ってください」
「いえいえ、綾香お嬢様。これも仕事のうちなのですよ」
義徳は顔を上げ、黒い傘を狭山に差し出した。
「狭山さん。お持ちください。今日の雨は冷たいですよ」
「え、本当ですか!? ありがとうございます! 来週持ってきますね」
「いいえ、差し上げます」
「え」
義徳は紳士的な微笑を浮かべる。映画のワンシーンで出てきそうな、非常に絵になる笑みだった。
「お詫びの意味も込めております。執事、並びにメイド一同、そして私のお気持ちとしてお受け取りください」
「……は、はい」
「皆が狭山さんのことを気にかけておりました。どうか来週、元気な姿を見せてくださいね」
「……わかりました!」
やはりこの家は、暖かい人が多い。頭を下げて礼をすると、義徳は小さく頷いた。
次いで視線を神白に向ける。神白は玄関近くにある棚を開け、中から傘を取り出した。
「お嬢様?」
「送ってく」
「え!? いや、悪いよ神白さん!」
「駅に用があるの思い出したから」
「そ、そうなの?」
「行ってくるね、義徳さん」
有無を言わさない、と言わんばかりに神白は狭山の腕を掴んだ。
「うぇ!!? か、神白さん!?」
「お車にお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「うん」
神白は玄関の扉を開けた。
「いやいいのこれ!?」
「狭山さん。時間外ではありますが、お嬢様の我儘に付き合ってくださいね」
「は、はい! あの、お邪魔しました!!」
言い終えると同時に扉が閉まり、雨の音が飛び込んできた。
「行こう」
「う、うん」
狭山と神白は同時に傘を広げた。
これから雨の中を、神白と一緒に歩く。
これではまるで、デートではないか。
狭山は邪鬼を振り払うように、頭を振った。
雨音が、強まっていく。
お読みいただきありがとうございます~!
次回の投稿は1/30(土)です!
次回もよろしくお願いします~。




