63. そして二人は再び出会い
「ええと、ええと、ええと」
楓の不明瞭な発言に、アランシエルはおかしくなった。これほどあわてふためくとは、予想以上だ。
「ほんとにお前は退屈させないな。とりあえず食べたらどうだ?」
「言われなくてもいただきます! あ、待って。今日って半額セール中?」
「いや、違うが。別に一個くらい余のおごりにしておいてやる」
「その格好で言われると違和感あるよね」
そう答えつつ、楓はワッフルの包み紙を取った。
失礼は承知で、それにかぶりつく。
甘酸っぱさの後に、トロリとしたコクがある。
酸味の正体は、柑橘系の果物だ。爽やかでスウッとする。砂糖で酸味を中和しているので、食べやすい。
「これ、珍しい味よね。もしかしてレモンバター味のワッフル? 爽やかなのに、これだけ後を引くコクって反則でしょう」
「良く分かったな、正解だ。一年ぶりに会うのだから、手土産くらい用意せねばと思ってな」
「待って、アラン」
「どうした?」
アランシエルの問いに対し、楓はすぐには答えなかった。
まずは落ち着こうと、ワッフルを食べ終える。
サクサクと焼けた生地に、レモンバターの甘酸っぱさが絡みつく。最後の一口を終えた時には、少しは余裕を取り戻した。
「質問、いいかしら」
「構わんよ」
キャンピングカーから下りながら、アランシエルは腕を組む。
久しぶりのコックコート姿が、楓の目に眩しい。
いや、見とれている場合ではない。
「今の発言からすると、あなた、会いにきてくれたってこと?」
「それ以外の何かに聞こえたか?」
「聞こえてないから聞いてるんですが」
「一年ぶりに会ったのに、ずいぶんと喧嘩越しではないか。そう怒るとシワが増えるぞ」
「あ、あ、あなたねえええ!」
何をどう言えばいいか分からず、楓は髪を乱暴にかきあげた。
一言では言えない感情が暴走しそうで、自分でも怖い。それを何とか制御する。
「こ、こっちがどんな思いでこの一年過ごしてきたと思ってるのよ!? 絶対二度と会えないと覚悟してたのに、こんなあっさりと会いにきたよーとか。何なの、一体!?」
「何だ、嬉しくないのか。じゃあ戻ろうか?」
「嬉しくないわけないじゃない! 単にどんな反応していいか分からなくて、困ってるんでしょ、このバカ魔王!」
「バカ魔王!?」
アランシエルは目を剥いた。
何か言い返そうと口を開きかけ、そして閉じる。
楓の顔を見ると、何も言えなくなった。
「この一年、すごく長かったよ」
独白のような言葉が流れた。背筋を伸ばし、楓はアランシエルの目を見る。
「あなたや皆のことを懐かしく思いながら、仕事に打ち込んでた。前よりずっと上手くなっていたから、評価されるようになった。この間ね、若手対象のコンクールで優勝したんだ。今度は全国大会に出るの」
「おお、すごいではないか。おめでとう」
「ありがと......でもね、そうじゃなくて。きっとアランが色々教えてくれたから、そこまで上手くなれたのに。それを伝えることも出来ない、お礼を言うことも出来なくって」
自分の気持ちを表現しきれず、言葉に詰まる。
そのもどかしさを無理やり押し流すように、楓は。
「だから、こうして会えて良かった。ありがとう、アラン!」
涙を指で払って、笑った。
「そうか。実のところ、余も嬉しい。本音を言えば少し怖かったからな」
「怖かったって何が?」
「いや、お前が余のことを忘れていたらと思うと、会わない方が幸せかなとも考えたのだ。ただ、それが取り越し苦労で良かったよ」
アランシエルの息は白い。けれど、その寒さを気にする様子もない。
視線を微妙にそらしながら「余も会いたかったしな」とそれだけ何とか言う。
「ほんと?」
「嘘を言ってどうする。お前が帰ってから、色々と大変でな。クッキーやらビスケットなども、余が一人で作らねばならなくなった。仕事自体はこなせても、誰にも相談さえ出来ない。だんだん菓子作り自体が、つまらなくなってしまった」
「えっ、アランがそうなるなんて想像出来ないんだけど」
「グーリットやエーゼルナッハにも同じことを言われたよ。余を見かねたのだろうな。さっさと地球に行って、カエデに会ってこい。そう脅迫――いや、助言されたのもあり、今ここにいるというわけだ」
「物騒な単語が聞こえた気がするけど、きっと気のせいよね。というか、それは重要じゃなくて」
頭をぶるぶると振りながら、楓はアランシエルの顔を覗きこむ。
さっきから気にかかっていたのだ。
「あなたいなくて、魔族領は大丈夫なの? 回ってるの? というか、どれくらいこっちにいるつもり?」
「大丈夫で回っていて、お前が望むだけ」
「――今、何ておっしゃいましたか」
「何故敬語になる」
「意表を突かれ過ぎて、こう、おかしくなりました」
流石に説明が必要と判断したのだろう。アランシエルは真顔になった。黄金の髪が微風に揺れる。
「魔王としての全権を、グーリットとエーゼルナッハに委譲した。あの二人に任せておけば、大抵のことは回る。どうしようもない場合だけは、余に連絡がくる予定だ」
「そこは分かったけど、その後」
「お前が望むだけ、と言ったのだが。何だ、不服か?」
「そうじゃなくて、その、それって例えば、あたしがアランにいてほしいって言えば」
「あたしがアランにいてほしいって言えば」
「ちゃ、茶化さないでくれる!? ずっとこっちにいてくれるってこと?」
楓の問いを、アランシエルを肯定する。一つ頷きながら「ああ。魔族の寿命は長いからな。仮にこちらの時間で百年くらいいても、どうにでもなるし」と笑った。
「で、でもアランって多分見た目若いままよね? 寿命がそれだけ長いんだから。きっとあたしと一緒にいたら変に思われ」
「見た目と体の機能くらいは、老いたように出来るが。余は魔王だぞ、それくらいは簡単だ」
「つつつつつまり、アランとあたしがそれなりに長い間一緒にいても、おかしくないということなのかな」
「多分大丈夫ではないか。少なくとも、今のお前の目がぐるぐるした顔よりは、おかしくないだろうな」
「それだけ動揺してるんだから、見逃してよ!?」
駄目だ。
急展開過ぎて、頭が上手くまとまらない。
嬉しいはずなのに、それが一気に過熱されて変な気分だ。
「うわあ、どうしよぅ」と呟くと、アランシエルが呆れたような顔になる。
「どうしようもこうしようも、余とお前が再会したならやることは一つではないか。そんなことも分からぬのか?」
「ごめん、何か色々処理できなくて」
「はぁ、仕方のないやつだな。基本の基本。美味しいスイーツを楽しく作り、食べた人を笑顔にする。それしかなかろう?」
ハッと気がついた。
アランシエルと過ごした時間が、急に脳裏を駆け巡る。
そうだ。
いつだって彼は、真剣に楽しそうにパティシエとしての仕事に取り組んでいたじゃないか。
"そして、あたしはその姿に惹かれて"
好きになっていったのだろう。
足元が確かになる。
アランシエルに近付きながら、楓は彼を見上げた。頭二つ高いところに、優しい魔王の顔がある。
「そうね。きっとあなたとなら上手くやっていけるよね。これまでもこれからも」
お菓子作りの技術で、食べてくれる人を幸せにすることを。
「ああ、カエデとならきっと大丈夫だろうよ」
その短い言葉と共に、アランシエルは身を屈めた。意図を察して、楓はそっと瞼を閉じる。
今夜はクリスマスイブ。それぞれの夢が叶えられる夜だから。




