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異世界スイーツ物語 ~魔王さまはパティシエ!~  作者: 足軽三郎
第五章 大いなる菓子の祭典
55/64

55.第三試合 シュー・パリゴーとソルベ その四

 ため息か歓声か、そのどちらかが二十一人の口から漏れる。


「これはまた美味しそうなお菓子だねえ」


「こんなものが食べられるなんて、審判役に選ばれて良かったわー」


 彼らの前に置かれたのは、二種類の菓子のセットプレートだ。

 最初はリシュテイル王国側からなので、シュー・パリゴーとカシスのソルベである。


「前にシュークリームという菓子を食べたことがあったけど、このシュー・パリゴーというのは?」


「基本的にはシュークリームと一緒だよ。パリゴーというのは、パリ野郎って意味。地球の都市のパリにかけた、一種の愛称だね。アーモンドダイスがふりかけられているのが、特徴かな」


「ほほう」


 審判役の一人が、鈴村の説明に頷いた。かりりと焼き上がったシュー皮を持つと、そのままかぶりつく。

 香ばしさがまずは口の中で溢れた。それから間もなく、クレーム・パティシエールのまろやかな甘さが広がる。


「すごいね! こんなお菓子、食べたことない!」


「見た目は地味だけど、美味しい!」


 ここまでは上々と言うべきか。

 そして、カシスのソルベにも手が付けられる。


「どうすれば、こんなに綺麗な紫色になるんだワン。それにこの綺麗な球形。崩すのがもったいないくらいだワン」


 コボルトの審判役が、不思議そうにソルベを観察している。

 犬耳をピクピクさせつつ、そのコボルトはソルベを一口すくった。

 果物の匂いに酔いそうになりながら、それをぱくり。


「ひゃっ! 冷たくって、こう、パアアッと爽やかな感じっ!美味しい、このカシスという果物!」


「大人のお菓子って感じだね。お酒が効いてるのかなあ。溶けていく時に、余韻が広がる」


 全員が好意的な反応だ。

 ピレスは当然ということなのか、表情を変えない。


「喜んでいただければ幸いです。判定のことは忘れ、どうか存分に召し上がってください」


 かけた言葉はこれだけだ。このあたりは、鈴村とはキャリアが違う。

 審判役は皆満足そうな顔である。

 自分のカシスのソルベも、鈴村のシュー・パリゴーも堪能したらしい。

 組み合わせとしても、この二つは良かったのだろう。


 "これで満足ではないが、パティシエとして一定の成果は収めたか"


 ピレスが振り向く。

 その視線の先には、大小二つの人影がある。背の高い方が口を開いた。


「それではこちらの番だな。この大いなる菓子の祭典(グランドスイーツ)の最後を彩るセットプレートだ」


 癖のある金髪が風に揺れる。

 白いコックコートにより、男の褐色の肌は一層精悍さが引き立てられていた。

 観客席の視線が、その男――魔王アランシエルに集中する。


「精一杯作ったから、皆で楽しんでね!」


 その横で声をあげたのは、里崎楓だ。

 肩までの黒髪を払いながら、アランシエルの横に立つ。小柄ではあるけれど、それを感じさせない凛としたたたずまいだった。


「では用意いたしましょうね。ルー・ロウ、そっちからお願いですわ」


「承知してるよ、シーティア」


 シーティアとルー・ロウの二人が、手際よくプレートを並べていく。

 ライチのソルベの器は、菓子には珍しい黒である。

 しかし、これが純白のソルベを見事に引き立てていた。


「やりおるな、アランシエルめ」


 むぅ、とジューダスは唸る。


「良い器のセンスですね。ああ、しかし美味しそう」


「お前、何見てもそればっかりじゃないか」


「うるさい! 審判役として美味しい思いをしてきたユグノーには、言われたくはない!」


 ロゼッタとユグノーがにらみあうが、それは長くは続かなかった。

 プレートが全部並べられた後、アランシエルがそこに近づいたからだ。


「おい、あいつの手にあるのって鍋か?」


「そう見えるけれど、中に入っている金色のものは何だろう」


 ユグノーとロゼッタだけではない。この闘技場(コロシアム)の全ての人間が、アランシエルを見つめていた。

 あとは審判役が食べるだけなのに、一体何をしようというのか。


「あれはまさか」


 その行動の真意に気がついたのは、ピレス・キャバイエだった。

 左手には鍋を持ち、その中には黄金色の液体が沈んでいる。まず間違いなく、あれは火にかけて溶かした砂糖だろう。

 右手に持つのは、泡立て器の先端を切り落としたものだ。とすると、何をするのかは明白だ。


「飴細工だと!?」


「ご名答だ、ムッシュ」


 にやりと笑い、アランシエルは右手の器具を鍋の中に付けた。

「最後の仕上げだよ」と言い放ちながら、それを素早く振り抜く。


「わあっ、綺麗」


 誰かの歓声、その一言だけで十分だろう。溶けた金色の糸が空中に引かれ、それは一瞬で固まっていく。


 細い飴細工の糸を数本ごとにまとめ、アランシエルは白いライチのソルベにかぶせた。

 黄金色の糸の下から、純白のソルベが透けて見える。


「この祭典のフィナーレだ。華やかに飾らせてもらったよ」


「粋な真似を......」


 お互いの言葉が聞こえたかは分からない。

 けれども、アランシエルとピレスの視線は切り結ぶ。

 その間にも、審判役の二十一人は目の前のスイーツに取りかかっている。


 楓の作ったシュー・パリゴーに歓声が上がる。


「うわっ、このシュー皮、すごいパリパリで香ばしいね!」


「中のクリームもしつこすぎなくて、美味しいっ! ほんの少しだけラム酒を効かせてて、それもまた良し!」


「ほわっと、口の中で焼いた皮とクリームが混じっていくねー」


 口々に感想を言いながら、シュー・パリゴーを食べていく。

 観客席からは羨望のため息が漏れた。そして、それは観客席からだけではない。


「あああ、羨ましい羨ましい羨ましいいい!」


「お前はもうちょい理性を覚えろ、ロゼッタあああ!」


「とは言いつつ、勇者ユグノーよ。あなたも物欲しそうな顔をしているがな」


「大司教様には言われたくないねえ。そっちも似たような顔だよなあ!?」


 ロゼッタ、ユグノー、そしてジューダスの三人がわいわいと騒ぐ。

 その間に審判役達は、次の菓子へと進んでいた。

 いくぶんまったりとしたシュー・パリゴーの甘さに、この白いソルベがどう働くのか。それは食べてみなければ分からない。


「いや、それにしても綺麗な菓子だねえ。この金色の糸は、砂糖なんだろ?」


「飴細工っていうらしいけど、砂糖を溶かしただけでこんな風になるんだね」


「金糸を散らした雪原みたいでお洒落!」


 見た目のインパクトは抜群らしい。

 最後の菓子ということもあり、いやでもムードは高まる。

 最初の一人のスプーンが入る。さくりと軽くソルベが砕け、スプーンに乗った。それがゆっくりと舌の上に落ちていく。


「――これは、何と言っていいのか」


 ライチという果物を、ナノ・バースの民は知らない。

 けれど、その透き通ったような甘さは、この上なく美味だった。


「凍らせたおかげなのかな。軽くて、けどきちんと存在感のある冷たい甘さ!」


「軽いけど、味気ないんじゃなくて、純粋に甘い! 自分の言語能力の乏しさが悔しいっ!」


「果物の純粋な甘さを、氷に封じ込めてるよねー。これ好きー」


 次々に聞こえてくる賞賛に、アランシエルは表情を緩めた。

 小さな立方体を積んだ形もまた、興味を引いたらしい。

「すごく面白い形してる。パズルみたいだね!」と誰かが叫んだのだ。


 "狙い通り、だが、これで勝ちきれるか"


 勝利を確信するには至らない。

 ピレスと鈴村のプレートも、こちらが作ったそれに比肩する。

 もし自分が審判役でも、どちらに一票を投じるかは迷うだろう。それだけハイレベルの勝負である。


「二十一人全員の菓子を、全く損じることなく作ることが出来ているかどうか」


 鈴村豊はコック帽を取る。里崎楓の方を見れば、彼女もまたコック帽を取っていた。


「ダメだわ、全然分からない。うう、どうしよう、自信なくなってきたなあ」


「ここまできて、今さらそれか。あとは審判役に委ねるしかなかろうが。なあ、ピレス・キャバイエ?」

 

 楓をなだめながら、アランシエルはピレスに声をかけた。

 砂色の髪をかきあげながら、ピレスは「そうだね。互いに死力を尽くしたのは間違いない」とだけ答えた。


 その蒼氷色(アイスブルー)の目には、驕りも無ければ悲観も無い。



† † †



 全ての審判役が菓子を食べ終わった。

 ソルベもシュー・パリゴーもまったく残っていない。残っているのは、微かな甘い匂いだけだ。


「さて、どちらが勝つやら」


「ここまで来てそれはなかろう、グーリット。嘘でも魔族領(ゼノス)が勝つと言わねば」


「けど、相手もかなりのものだったからなあ」


 グーリットも、好きでこんなことを言っているわけではない。

 エーゼルナッハが指摘したように、絶対にこちらが勝つと言いたい。

 だが、容易な勝負でないのは確実だ。


「だ、大丈夫ですわ! あのアラン様の飴細工、あのインパクトがあれば!」


「そもそもカエデさんがあんなに頑張ったのに、負けるわけないのです」


 その横で、シーティアとルー・ロウは必死に祈る。

 その姿を見ている内に、グーリットも反省した。


「んだな。俺らが信じてやんねーとな」


「......さて、投票が始まったようだぞ」


 エーゼルナッハの声に従い、皆が視線をコートの中央にやる。

 ロゼッタが持った箱に、審判役達が紙を入れている。より美味だと感じた方の名前を、あの用紙に記入しているのだ。


 全ての投票用紙が箱の中に収まる。ロゼッタがそれを取り出し、集計をしていくのが見えた。

 シン、と静まり返った闘技場(コロシアム)に、紙がかすれる音だけが響く。

 ごく短い時間ではあったが、待つ者には殊更に長く感じられた。


 ロゼッタが席を立つ。周囲を見渡しながら、彼女は口を開いた。


「アランシエルとカエデ・サトザキ、十票」


 リシュテイル王国の国民が喜びの声をあげた。

 反対に魔族領(ゼノス)の民は、落胆の声をあげる。

 審判役は二十一人。つまり十一人以上の票を取らなければ、その時点で負けだ。


「よおしっ! 俺たちの勝ち――え?」


 勢い込んだ鈴村だが、そこで気がついた。ロゼッタの表情が固いままであることに。


「ムッシュ・キャバイエとユタカ・スズムラ、十票」


 ガタッと音を立てて、ジューダス大司教が立ち上がる。「まさか」と呟くその顔色は蒼白い。


「白紙、一票。よって、大いなる菓子の祭典(グランドスイーツ)は引き分けだ」


 赤髪を払いながら、ロゼッタは高らかに宣告した。

 静寂は一瞬だった。闘技場(コロシアム)の全ての観客が立ち上がる。


「白紙っ!?」


「引き分けだとっ! そんなことが!?」


「こ、この大いなる菓子の祭典(グランドスイーツ)が勝負無しだなんて、そんなことがありうるのか!」


 どう受け止めていいのか、全員分からないらしい。

 だがその異様な空気の中で、楓は大きく息を吐いた。その黒い瞳は微かに潤んでいる。


「よかった、負けなくて......本当によかった」


 それだけを強く思った。

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