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異世界スイーツ物語 ~魔王さまはパティシエ!~  作者: 足軽三郎
第五章 大いなる菓子の祭典
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53.第三試合 シュー・パリゴーとソルベ その二

 二人の男がコートの端に立つ。若い方の男は、黒緑色の目を左右に走らせる。


「おーおー、立ち見席まで出来てらあ。そこまでして、勝負の行く末を見たいかなあ?」


 もう一人の男が返答する。ベージュ色のフードの奥から、くぐもった声が響く。


「さもありなん。今日の勝負によって、大いなる菓子の祭典(グランドスイーツ)の結果が決まるのだからな。それに」


「それに?」


「純粋に第三試合の様子を、目で見てみたいというのもあろう。紫眼の勇者ではなく、一般人が審判役であるしな。自分達の代表が至高のスイーツにどういう反応をするのか」


「なるほどね、それに対して興味津々ってわけか。単純に羨ましいってのもありそうだけどな」


「フフ、その方が可能性としては高いかもしれんな」


 男は微かに笑い、フードを外した。

 顔が表れる。その両目は呪印付きの布で覆われていた。


 エーゼルナッハとグーリットである。シーティアとルー・ロウの二人は、ここにはいない。

「運営が大変だから貸してくれ」というロゼッタに連れ去られたのだ。

 今頃はスイーツと共に出すお茶の準備や、皿を運ぶ為に忙しいだろう。


「しかしよお。仮にもリシュテイル王国側が運営してんだろ。うちのメイドと執事見習いが手伝う必要あるのかよ」


「一理あるがな。私はこの件については良いと思う。ここでただ待つより、体を動かした方が良かろう。私達と違って、まだ精神が未熟だからな」


 エーゼルナッハの言い方は、若干きつい。

 けれどグーリットは「はっ、わざと突き放したような言い方してるけどさ。エーゼ翁って、ほんとは優しいよな」と笑った。


「......気のせいだろうよ」


 エーゼルナッハは顔をそらす。

 グーリットはそれに対して突っ込むほど、子供ではない。

 黙って運営側の人々を眺めることにした。


「ああ、それ! そこの長い机を二人で運んでくれ! そう、その大理石の!」


「あの、赤髪の女騎士さん。聞いていいですの? 何でわざわざこんな重い素材の机なんですの!?」


「ルー・ロウも聞きたいですね。普通の木の机でいいじゃないですか」


 言い争いが聞こえてくる。


「バカを言うな。この権威ある祭典に使う机だぞ。木の机では見映えがしないだろう。ほら、私も手伝うから!」


「くっ、これは貴女の精気をいただかないと割りに合わないですわあああ!」


「ねえ、だったらルー・ロウも一緒にやらせてもらうよ。ほんとは楓さんがいいんだけど、こっちで我慢しよう」


「そこのロリサキュバス、願い下げだ! あと、そっちのショタインキュバス、我慢しようって何だどういうことだああ!?」


 ギャーギャーとやかましく響くのが誰の声なのか、それは言うまでもない。

「見えずともよう聞こえおるわ」とエーゼルナッハは皮肉っぽく呟いた。

 グーリットは肩をすくめる。


「あいつらさ、本当にこれでお互いの運命決まるって分かってるのかね?」


「分かっていてやってるのかもな」


「んだな。アランと嬢ちゃん待つ以外出来ることねーし」


 グーリットはコートの端を見る。そこに開かれた空間魔法の向こうでは、二人が奮闘しているはずだ。



† † †



 木べらを持ち上げる。そこからゆっくりと黄色い生地の塊が落ちた。

 後を追うように、ぽたーっと次の生地が続く。その一連の流れを、楓はじっと観察する。


「うん、これなら理想の固さね」


 シュー・パリゴーの要は、中身のクリームではなくシュー生地だ。

 これがふっくらと、そして香ばしくならなければならない。

 そのため、楓はシュー生地の柔らかさに最も気を使っていた。


 "昨日アランと確認した通りだ"


 今日の湿度、温度も計算に入れている。その上で、この生地の柔らかさがベストと判断した。

 絞り袋を手にして、そこに丸口金を取り付けた。ここにシュー生地を入れる。

 天板の上に、直径4㎝の円を作成していった。リズミカルに、そして慎重に。


 "こっちは順調ね。アランの方は"


 ちらっと視線だけを、キッチンの向こうに投げた。

 コックコート姿のアランシエルが、黙々と作業をこなしている。

 ソルベは凍らせて作る必要があるから、自分より早めに取りかかっていた。だから工程としては、そろそろ終盤のはずだ。


「どうした、カエデ?」


「ん、ライチのソルベって初めて見るから。透き通るように白いのね」


「凍らせる前だから、ちょっと色は違うがな。ライチ自体もほとんど無色であるし、ほぼ真っ白になる」


 返答しながら、アランシエルはライチのソルベの材料を思い出す。

 ライチのピュレ、グラニュー糖、サワークリーム、レモン果汁、転化糖(トレモリン)、そしてライチリキュールだ。

 転化糖(トレモリン)には吸湿性があるため、ソルベにより水気をもたらすことが出来る。

 氷菓を作る際、アランシエルが用いるテクニックの一つであった。


 "ライチのピュレが生命線だが、ここは一番気を使った。後は、これをアイスクリームマシンにかけて――"


 ボウルを持ち上げ、中身をアイスクリームマシンの中に投入した。

 ロゼッタとのスイーツ決闘(デュエル)の時に使った、あのアイスクリームマシンだ。

 あれがもう十ヶ月以上も前かと思うと、色々と感慨深い。


 ウウウン、とマシンが動き始める。ソルベの材料が高速でかき回され始めた。

 アランシエルはその様子を、赤い瞳を通して見つめる。マシンの蓋が透明であるため、途中でも分かるのだ。


 "空気を含んでどんどん白っぽく"


 仮にも魔王である。

 ソルベの色の変化を、その目は常人の数倍の細かさで捉えていた。

 透明から白へ、高速回転する羽根がソルベを変えていく。どこが最適の状態なのか。


 "完璧に見極めた"


 マシンを止めた。ゆっくりと羽根の回転が落ちていく。

 先程まで透明だったソルベは、真っ白へと変わっていた。

 固さを確認すると、こちらもちょうどいい。マシンの羽根にくっつく程度の、柔らかすぎず固すぎない状態だ。


「よし、これで基本的に出来たぞ」


「後は冷やすだけよね?」


「いや、成形する。普通に丸く盛り付けても、面白くない。小さな立方体に切って、それを組み合わせて出す」


 楓に答えつつ、アランシエルは作業台にOPPシートを敷いた。

 菓子作りによく使うこの透明なシートの上に、ソルベを乗せ、さらに上からシートを乗せた。

 ソルベがシートに上下から挟まれた形だ。


「そこからどうするの?」


「これを麺棒で厚さ1㎝にまで薄くする。ぎゅっと平たくしていき、それから冷凍庫に入れるのだ。四角に切るのは、その後だな」


「初めて見るかも」


 楓は感心しながら、自分の作業を進めていく。

 さっき絞った生地には、卵を刷毛で塗っていた。つやのあるこの生地をよく見れば、絞り終わりの尖った部分が残っている。


「これをフォークで平たく押さえて」


 見た目の問題だけではない。尖った部分が残っていると、それが原因となりきれいに丸く焼けないのだ。

 それを防ぐために、フォークで軽く抑える。


 "終わったら、アーモンドダイスを振りかけて"


 細かい粒子状になったアーモンドダイスは、シュー・パリゴーの大切なアクセントとなる。

 この香ばしさと歯応えがないと、味が単調になるのだ。

 これでもかとばかりに、たっぷりと生地に振りかけた。


「よしっ、あとは200℃に予熱したオーブンにいれて、25分焼き上げます」


「それから?」


 アランシエルが問いかけてきた。

 一つ頷き、楓は「温度を180℃に下げて、そこから6分焼いて終わり。温度を下げる理由は、200℃のままだとアーモンドが焦げるから」とすぐに答えた。


「正解。理由についても、完璧に覚えているな」


「当たり前じゃない。あなたの部下なんだから」


 最後の試合だというのに、不思議と怖くはない。程よい緊張感はあっても、体が震えるような恐れはない。

 なんでかな、と楓は自問する。答えは目の前にあると知りつつ、あえて自問したのだ。


 "アランと二人なら負けるものですか"


 それを心底信じているからだ。

 手も震えることはなく、頭も十分に冴えていた。

 ベストコンディションだと言えるだろう。


「ここまでは順調だな。油断せずにいこう」


 アランシエルが声をかけてきた。

「そうね」と簡潔に答えながら、楓は少しだけ表情を緩めた。

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