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異世界スイーツ物語 ~魔王さまはパティシエ!~  作者: 足軽三郎
第五章 大いなる菓子の祭典
48/64

48.第一試合 アシェット・デセール その四

 ユグノーは固まっていた。

 彼の目の前には、ピレスが作ったアシェット・デセールがある。

 それは赤、白、ピンクでまとめられた華やかなスイーツだった。


「ずいぶんと可愛らしい作りだな」


 上から順に見てみる。

 ピンク色のふわっとした花びらは、ホウセンカの花びらだ。

 その下は、ピンクがかった白い泡だ。丸くまとめられたそれのおかげで、スイーツ全体の雰囲気が柔らかい。


「それはいちごの泡だね。大豆レシチンパウダーとグラニュー糖を溶かし、そこにいちごのピュレを加えた。空気を入れて泡立てると、そのようになるんだ」


「なるほど。その下に敷き詰められているのは、シャーベットか? 真っ赤な色をしているけれど、これもいちご?」


「いちごとバジルのソルベだね。バジルはちょっとした香り付けだから、ほとんどいちごと思っていい。その下にいちごのコンフィチュール......ジャムのようなものがある」


 ピレスの解説を聞きながら、ユグノーは喉を鳴らした。

 仄かに漂ういちごの香りに、もう我慢出来なくなっていた。

 見た目も素晴らしい。

 霜模様(フロスト)の入ったプレートが、このスイーツの存在感を引き立てている。凍りついた世界の中に、赤い花が咲いている――そんな錯覚を覚えた。


「いただきます」


 まずソルベから一口。口の中に広がるのは、程よく冷たい甘さだ。

 いちご独特の透き通るような甘さが冷やされることにより、より引き立てられている。


 "極小の氷の粒、いや、結晶。その中にいちごの味が、これでもかと閉じ込められ"


 キン、と舌に冷たい。

 その冷たさが心地よい。バジルの爽やかさも加味されている。爽快感のある甘さと言っていい。


 "なんという"


 言葉を失いつつ、その上のいちごの泡をすくう。

 これは舌休めだろう。

 ふわりと空気を含んでおり、ゆったりとした甘さがあった。穏やかな気持ちになれる。


 さらにスプーンを進めていく。

 ソルベの下には、白く丸まったムースがあった。

 ピレスから「マスカルポーネチーズのムースです」と聞いてから、これも食べてみる。そこにかかっていたクレーム・パティシエールも一緒にである。


「聞いていいか、ムッシュ・キャバイエ」


「どうぞ、ユグノーさん」


「このスイーツで俺を殺そうとしているだろ?」


「気に入っていただけたようで何よりです」


 おかしいだろ、とユグノーは無言で毒づいた。

 何をどう作れば、こんな美味しい菓子が出来るのだろうか。

 マスカルポーネチーズのムースが、まろやかなこくを提供する。

 クレーム・パティシエールのまったりとした甘さが、心地よい。

 ソルベの爽快感溢れる甘さとは違い、こちらは穏やかな感じだ。


「見事なコントラストだ。いちごをこれだけ贅沢に使いながら、上下で全く違う甘さを作り出している。だが、それがきちんとまとまっている」


「自信作ですからね」


 事も無げに言いながら、ピレスは微笑した。その笑いは、隣のアランシエルにも向けられている。


「どうかな、アランシエル君。私のアシェットも中々の評価のようだよ」


「中々どころか極上の、だろう。余が自分で味わえないことが残念だ。心の底からそう思う」


「それは私も同じだね。君のサヴァランは、本当に美味しそうだ。飾り付けも春の庭のようで、とても綺麗だった」


「そうか。だが、勝者は」


「ただ一人」


 二人の会話が途切れた。

 観客席はしんと静まり返っている。

 アランシエルとピレス、この二人の卓越した技量は、観客にも十分伝わっているようだ。

 そして、それは楓も同様だ。


「どちらが勝ってもおかしくなさそうですな」


「エーゼルナッハさん、見えたの?」


「ユグノーの気配で何となく察しただけです。どちらのスイーツに旗を上げるか、相当迷っている様子」


 そこでエーゼルナッハは口をつぐむ。

 しぃんと空気が張り詰めた。

 拘束約定(ギアス)がかかっているため、ユグノーは自分の舌に嘘はつけない。

 それでもこれだけ迷っているということは、純粋に両方のスイーツが素晴らしいということなのか。


 永遠とも思われる時間が過ぎた。そしてユグノー・ローゼンベリーが口を開く。


「勝者、ピレス・キャバイエ。彼の作ったいちごとバジルとフロマージュのコンポジションに、俺は一票を投じる」


 その瞬間、二人のパティシエは勝者と敗者に分けられた。

 一人は天を仰ぎ、もう一人は小さくガッツポーズを取った。


「――及ばなかったかっ」


 アランシエルはその赤い瞳を歪め。


よし(サイエ)!」


 ピレスは歓喜の声をあげた。



† † †



「嘘ですよね、カエデさん。アランシエル様が負けるなんて。う、そ」


「シーティアちゃん、しっかりして」


 シーティアが小刻みに震えている。

 彼女の小さな肩を抱きながら、楓はアランシエルの方を見た。コック帽を取りながら、魔王はこちらに歩いてくる。


「アランシエル様、あの」


「ルー・ロウ、慰めはいらん。余は負けた。恐らく僅差ではあるが、負けた。それが唯一の事実だ」


 目を閉じ、首を振りながら、アランシエルはルー・ロウに答える。見慣れた二本の角も、どこかしおれて見えた。

 どう声をかけるべきなのか、楓は迷った。結局「残念だったね」という無難な言葉しかかけられなかった。


「ああ。一番大事な初戦を取られた。全て余の責任だ。言うまでもないが、相当不利になった」


「うん」


「お前にプレッシャーを与えるような事態にしてしまい、すまない」


 アランシエルが頭を下げる。

 その声は震えていた。敗北の痛みがどれほど彼を責めているのか。

 そして、それだけではない。


「次の試合は、お前とユタカ・スズムラだ。兄弟子を相手にしては、流石にきつかろう。それだけに余が勝っておきたかったのだが――」


 責任を感じていたのだろう。

 楓が負けることを計算に入れた上で、第一試合、第三試合で勝利しての二勝一敗。 

 それがアランシエルの描いていたシナリオだった。

 楓はそれを察した。気持ちは分かる。彼の考えは分かる。


「やめてよ、そういう気遣い」


 だけど、感情が納得しなかった。とくん、と心臓が鳴り、体の奥底が熱を帯びる。


「しかし、お前に重責を負わせるわけには」


「だから、いらないわよ。そんな気遣い。なによ、あたしが負けることが前提で考えてたの? 一人で全部背負う気だったとか、そんなこと言わないでよね」


 バン! と大きな音が鳴った。

 楓がアランシエルの右肩を思いきりはたいたのだ。いや、勢いからすれば殴ったに近い。

「お前たち、仲間割れか?」と思わずロゼッタが声をあげたほどだった。


「相手が鈴村先輩? 一敗したから崖っぷち? そうね、だから何だって言うの。あたしが勝てば問題ない、そうでしょ。だから、アラン。顔をあげて」


「カエデ、お前」


「しょげてるんじゃないわよ、魔王様。この一年であなたにどれだけ鍛えられたと思ってるのよ。次の第二試合、絶対取り返してくるから。だからそんな顔しないで」


 軽く、楓はアランシエルの肩を抱いた。身長差があったから、まるでしがみつくようになったけど。

 それでも、そうせずにはいられなかった。

 アランシエルの「頼む」という呟きに「任せといて」と答え、そして背後を振り向いた。


 視線の先、そこにいるのは自分に仕事を教えてくれた先輩だ。


「という訳で、鈴村先輩。次のビスキュイ・ショコラ、勝たせてもらうから覚悟しといてね!」


「ふん。やれるもんならやってみろよ、里崎。こっちも簡単には負けてやらないからな」


 二対の黒い瞳が視線を交錯させ、見えない火花を散らす。

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