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38.両陣営揃い踏み

 楓はため息をつく。

 ここは一体何だろう、とは言わない。それはさっき教えてもらったから。

 けれど、自分がこうして場の中心にいると奇妙な感じだ。


「スイーツの競技会場(コンテスト)というより、闘技場(コロシアム)みたいね」


 ぽつりと呟く。

 観客席が円形に連なり、この会場の中央を見下ろす形だ。野球場を縮小したような形だが、グラウンドは無い。

 その代わりに、正方形の石造りのコートがある。地面から石段一つ分だけ高く設置されており、そこには幾つかの卓や椅子が用意されていた。


「その理解で間違いねえよ、嬢ちゃん。剣の代わりに菓子を競う。大いなる菓子の祭典(グランドスイーツ)の発想自体が戦いだからな」


「収容人数は約三千人だそうですわ。今はガラガラですけれど、当日はいっぱいでしょうね」


「なんだか緊張してきたなあ。あたし、今日ここで採点するんでしょ? それに、本番では実際にこの場に立つわけだし」


 グーリットとシーティアに答えてから、楓はぶるりと身震いをする。

 この会場は、ヘスポリスの西側に隣接している。アクセス抜群であり、当日は満員御礼間違いなしだろう。

「国の命運を決める祭典なのよね、当然か」と自分を納得させるように言うも、そうそう簡単には緊張はほぐれない。

 だが、今はとにかく目の前のことだけに集中しよう。


「正午まであとどれくらい?」


「半時間と少しですわ。むー、あの仮面の男、遅いっ......あら、来たようですよ」


 シーティアの視線を追う。

 闘技場(コロシアム)の反対側に、ぽかりと空いた通路がある。

 ボクシングや相撲のように、控え室と会場をつなぐ選手専用の通路だ。

 そこに見覚えのある二人が姿を現した。


「やあ、おはよう。俺のタルト・オ・シトロンはこちらだ」


 仮面の男は右手に持った皿を差し出した。

 なるほど、きちんとラップをかけられて黄色いタルトが鎮座している。丸々一個分あるが、まさか全部食べるわけではないだろう。

 彼の着る銀色のコックコートが、まるで騎士が鎧の上に着るサーコートに見えた。さらさらとした薄茶色の髪が仮面にかかる。


「よぉ、逃げずに来ただけでもたいしたもんだな。ところでアランシエルはどうした?」


 そしてもう一人の男、ユグノー・ローゼンベリーも声をかけてきた。腕組みをして、背中を壁にもたせかけている。


「もうすぐ来るわよ」


「逃げるなんて思っちゃいないが、遅くないか? 俺が出迎えに行ってやろうか」


 あからさまなユグノーの挑発に、グーリットが殺気立つ。

「ち、言いたいこと言いやがって」と苛立ちをあらわにするが、シーティアになだめられた。代わりに楓が答える。


「別に遅くないんじゃない。転移魔法使えばすぐなんだし」


「了解。で、その魔王様が来る前に、一つだけ断り入れておく。今日の決闘(デュエル)、ジューダス大司教とロゼッタも立ち会う。問題ないな?」


「ジューダスって誰か知らないけど、試合に影響しないなら」


 首をかしげながら、楓が答える。

 その時だった。闘技場(コロシアム)の空気が明らかに変わったのは。

 ヒュウ、と風が鳴る。

 ジワリ、と空気が引き裂かれたような音がした。


「許可をいただけたようだな。そちらのお嬢さんのご厚意に感謝を」


 男性の声が響いたと同時に、仮面の男とユグノーの近くの空間が歪んだ。見えないガラスをひしゃげさせたかのようだ。

 空間自体が不透明になり、黒と白の風が巻き起こる。二つの人影が現れたところまでは、楓は確認できた。


 けれど、それ以上の詳細を知るより前に、楓の注意力は別の方に向かった。

 何故なら、同じ現象が自分の近くにも起こったから。


「ふん、こちらも二人連れてきたからな。文句は言うまいよ。久しいな、ジューダス」


 ザン、と鋭く音が響く。

 楓の隣に現れたのは、見慣れた白いコックコート姿だ。

 二本の黒い角は天を突き、その右手にはやはり黄色いタルト・オ・シトロンがある。


「アラン!」


「三日ぶりだな。元気にしていたか?」


 アランシエルの大きな手が、楓の頭をなでた。「ちょっと、子供扱いしないで」と一応抵抗するが、楓も別に本気ではない。というか内心嬉しい。


「やれやれ、ルー・ロウ達はお邪魔虫でしたか? せっかく来たのに」


「こら、アラン様が来いと言ったのだ。文句を言うでないわ」


「あら、ルー・ロウもエーゼ翁もいらっしゃったのですね。これは本気で」


「アランが本気で潰しにかかってるって感じだな? 結局、皆揃い踏みってことかよ」


 やや遅れて到着したルー・ロウとエーゼルナッハに、シーティアとグーリットが話しかけた。

 試合前の緊迫した雰囲気が、少しだけ和む。

 誰が意図した訳でもないのに、自然と息が合った。互いの顔を見合わせる。


「よし、やるか」


 一声だけ、アランシエルは発した。石造りのコートに足を踏み出し、中央に進み出る。


「いい顔だ。流石は魔王といったところか」


 仮面の男も負けてはいない。

 タルト・オ・シトロンを捧げるように持ち、アランシエルと真っ正面から対峙した。

 仮面の中の表情は見えないが、魔王に圧倒されていないだけでも大したものだ。


「では準備が整い次第、始めるとしようか。カエデ・サトザキ嬢でしたな。私はジューダスと申します。今回の決闘(デュエル)にて執行官を務めさせていただく故、拘束約定(ギアス)を汝にかけたい」


 先程現れた二人の内、一人がゆっくりと楓の方に歩いてきた。白い法衣を着込んだ初老の男性だ。

「あ、はい。よろしくお願いします」と軽く礼をしながら、楓はコート中央を見る。

 あの二人の決闘(デュエル)の審判を自分がするかと思うと、緊張してきた。


 "舌に嘘はつけないから、素直に言わなきゃ。それだけよね"


 自分に言い聞かせながら、ジューダスの前に頭を差し出す。

 自分の隣では、あの赤髪の女騎士ロゼッタとグーリットが睨み合っていた。さっき現れた二人の内の一人は、彼女だったらしい。

「一方的にそっちに有利な拘束約定(ギアス)かけるなよな?」とグーリットが詰めれば、ロゼッタも「技術的にも不可能だ。言いがかりをするな」と負けていない。それはともかくだ。


「え、あの私、審判役やるのは初めてなんですが。拘束約定(ギアス)って体に害とかないですよね?」


「何も無いですよ、カエデ嬢。正直に自分の感じた感想を言う。心に嘘をつかなければよろしいのです。であるな、エーゼルナッハ殿?」


「違いない。万が一、おかしな真似をこの大司教が行えば、私が阻止いたします。カエデ殿はご安心を」


 エーゼルナッハの厳しくも暖かみのある声を、楓は信じることにした。

 盲目のダークエルフに「ありがとう、エーゼルナッハさん」と礼を言う。

 その素直な態度に、ジューダスが目を瞬かせた。


「ずいぶん信頼されておるのだね。盲目のダークエルフ」


「仮に異世界の者といえども、菓子を通して仲良くなったのだよ。カエデ殿は芯のある娘と認めておるが故、な」


「そう言われるとこそばゆいなー。あ、拘束約定(ギアス)ってやつ、ちゃちゃっとやっちゃってください。大丈夫なんですよね?」


「......安全とは言いましたが、軽すぎませんかな?」


 肩をすくめつつ、ジューダスはその右手に魔力を集めた。その口から小さな詠唱が紡がれ始める。



† † †



「タ、タルト・オ・シトロンッ! レモンの甘酸っぱい風味がたまらないタルト・オ・シトロンがっ、二つもっ! あああ、羨ましいいいい! 替わってくれ、後生だからあああ!」


「うるさいですわ、ロゼッタ・カーマインッ! カエデさんに替わりたいのは、私も同じですわああっ!」


「何だろう、すっごく緊張感ないんだけどっ!?」


 スイーツ決闘(デュエル)、それもただの決闘(デュエル)ではない。魔王アランシエルと仮面の男の一人による、祭典の前哨戦とも言える一戦である。

 だが、騒ぎまくるロゼッタとシーティアのおかげで、うるさい、もとい華やかな一戦となった。


「まあ、無理もないけどね。こんな美味しそうなタルトが二つもあったら」


 楓は自分の皿に目をやる。向かって右がアランシエルの作ったタルト・オ・シトロン。左が仮面の男の作った方だ。どちらから食べるかは、楓の判断に任されている。


「このレモンの果汁の僅かな香り。うん、どっちもいい感じよね。見た目も完璧かあ......よし、左、仮面の職人さんのタルトからにするわ」


 決めた。

 フォークを手に取り、楓はさくりとタルトに差し込んだ。いい感じの焼き上がりだ。そして一口分を切り取る。


 仮面の男は「どうぞ」とだけ呟き、アランシエルは「後攻か、まあどちらでもいい。というか、そこの二人うるさいぞ! 後で余ったタルトをやるから、静かにしろ!」とロゼッタとシーティアを叱りつけている。


 そんな周囲の喧騒は忘れることにして、里崎楓はタルト・オ・シトロンを口に運んだ。

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