表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/64

34.ヘスポリス探索

 深呼吸を一つ。足踏みを二つ。眠っていた体を呼び起こし、楓はギュッと両の拳を作る。

 吐いた息は白く溶け、ヘスポリスの街へと流れて消えた。


「よっし、行きますか。グーリットさん、シーティアちゃんお願いね。アランシエルに頼まれたんだもの、絶対見つけてみせよう!」


 ぶん、と右手を軽く振りながら、見習いパティシエールは二人の魔族へ振り向いた。

 グーリットが「おうよ、嬢ちゃんの言葉に従うぜ」と右目をウインクすると、シーティアは「頑張りましょうね!」と可憐にその場で微笑んだ。

 二人の返事に励まされ、楓の表情が明るくなる。


「よーし、じゃあヘスポリス探検にしゅっぱーつ、目指すはもう一人の仮面の菓子職人ね!」


 ふわりと外套の裾を翻し、楓は歩き出す。街の人々の好奇の視線は気になるが、そんなことも言ってられない。


 "決闘(デュエル)まで実質二日しかないんだもの。もたもたしてられないよ!"


 自分に喝を入れながら、楓は表情を引き締めた。肩まで伸びた黒髪がぱっとなびいた。



† † †



 仮面の男とユグノーが去った後、早々にアランシエルは帰ってしまった。

 来た時と同じように、転移魔法を使ったのである。 

 残していったのは「では三日後にな」という簡単過ぎる一言だけ。

 けれど、楓はそれを前向きに捉えていた。


「えーと、もう昼を回るのよね。よし、今日はもうお休みにして、明日から探そう。中途半端に探しても疲れるだけだし」


 意外に思いきりがいい。というか、そうするしかなかったのだ。

 仮面の男の日本語に揺さぶられ、自分自身が動揺してしまった。そんな状態で見知らぬ街を歩きたくなかった。


「じゃあ今日はちょっと散歩程度にしましょう。カエデさん、一緒にアクセサリーのお店でも見ません? グーリットさんはどうするんですの?」


「俺ぁ、そういう場所は苦手だからよ。久しぶりに酒場でも行ってくるわ。先に寝てなよ」


「じゃ、決まりね。シーティアちゃん、後で一緒に行こう。グーリットさんには悪いけど、ここは女同士で」 


 そんな軽い会話の通り、三人は初日を思い思いに過ごした。

 そして一晩明けた翌日、こうして街角に出たというわけである。



† † †



 勢いこんで街へと繰り出したものの、早々簡単にはお目当ては見つからない。「この街広いからなあ。見つかったら儲けもんぐらいでねえと、へこむだけだぜ」というグーリットの言葉を、楓は噛み締めている。


「ヘスポリスって文化レベル高いのねえ」


「そうですわね。特に建築技術に関しては、私たちの魔族領(ゼノス)よりも明らかに秀でてますわ......あ、あら、カエデさん? 目が泳いでますよ?」


「無理ねえよ。気張って歩き回ってるところに、あれ見たらよお。俺だって何回見てもすげえなと思うもん」


 シーティアとグーリットの声をぼーっと受け流しながら、楓は目の前の光景に目を奪われていた。

 自分の拙い表現力を呪いながら、目に映る光景を言葉にしてみる。


「すごいわねえ、ガラスの滝って感じ。どうやって水を持ち上げてるんだろ。周りの空気まで輝いてるみたいで、ほんと素敵」


「ははん、ガラスの滝ね。確かにそうも見えるよな。これな、数百年前に作られたらしいぜ。噂じゃ、リシュテイル王国の建国時にはすでにあったんだとよ」


「超古代文明の遺物なの?」


 グーリットの説明に答えつつ、楓はあらためてゆっくりと視線を上下に動かした。 

 自分達が今いるのは、三階立ての喫茶店の三階部分だ。壁の一部が開け放たれており、そこから外を覗いている。

 街並みを見下ろすだけかと思いきや、意外な建築物に釘付けになってしまった。


 高い。水平に見ただけでは、その頂上までは分からない。

 ぐっと上へと首を上げれば、ようやく頂上が見えた。透明なガラスが丁寧に積み重なっている。

 これは建築物というよりは、アートと呼ぶべきだろうか。


 ありえない高度から、清流が溢れている。

 それが白い飛沫となりながら、大きなガラスの塔を流れ落ちていた。

 建物の高さで測るなら、頂上は六階建てに匹敵するだろう。優雅というよりは、むしろ豪華な水のきらめきが舞う。


「落水硝子の塔と呼ぶんですのよ。あの塔の中心を水が通って持ち上げられて、頂上から流れ落ちる。ガラスの透明な輝きに、更に清流が加わる。敵ながら素晴らしい芸術ですわね」


「素敵な名称ねー。あー、ダメだあ、このままこの席に居座りそうな自分が怖い」


「おい、嬢ちゃんしっかりしろよ? まだ半日程度しか探してねえぞ」


「そうですわ、カエデさん。アラン様のためにも頑張らねばですのっ!」


 二人の励ましと共に、楓はお茶を喉に流し込む。

 果物の風味を効かせているらしく、かなり甘い。だが、歩き疲れた体には効果がありそうだ。

「ふう、そうね。疲れたなんて言ってられないわ」と自分を叱る。

 けれど、視線は落水硝子の塔へと吸い寄せられていた。


 "ほんと綺麗ね、これ"


 パシャリパシャリと水が落ちていく。硝子の表面を伝い、その冷たい輝きを和らげるように。

 二重の透明が冬の弱い日光をはじき、光の粒を霧散させていた。サアアアとその粒は水滴を含むかのように流れ落ち、一気に地上の静かな水盆を叩いていた。


 それを見つめる。

 目を閉じる。

 音と光景を自分の中に封じ、また一口お茶を飲んだ。

 心が落ち着いていく。


「よし、元気出た。行きましょうか」


「待ちな、嬢ちゃん」


 立ち上がりかけた楓の動作が止まる。

 グーリットの方へ振り向くと、彼は「右側だ。目だけゆっくり動かしな」と囁いた。

 シーティアの方を見ると、彼女も何か気がついているようだ。


 そろそろと椅子に座り直しながら、楓は視線を店の中に通す。

 女給が軽食の盛られた皿を運び、客達はそれぞれの会話を交わしている。

 室外からのガラスの光が斜めに射し込み、時おり影を揺らしていた。どこから見ても平和な光景だ。

 けれど、その中の一点に楓の注意力は引き付けられた。


「あの赤い髪の女の人、もしかして」


 記憶が刺激された。

 あの時とは違い、小綺麗な服装をしている。けれど、楓はその女性の印象的な赤髪を覚えている。

 約八ヶ月前、アランシエルのケーク・マーブルと楓のココナッツアイスクリームの前に、完膚なきまでに叩きのめされたあの女騎士だ。


「ロゼッタ・カーマインですの。偶然ですわね」


「んで、俺らには幸運の女神さまってやつだよなあ。嬢ちゃん、シーティア。そのまま静かにしてな」


「えっ、何なの」


 楓の小さな抗議を無視して、グーリットは自分の髪の毛を一本抜いた。

 小さな声で「捕捉しろよ」と呟くと、それを指から離す。

 髪の毛一本だ。楓の視界からすぐに消えた。

 けれどもシーティアにはその行方が見えていたらしい。


「あぁ、なるほど。そういうことですのね」


「おう。細かい説明は後でするさ。嬢ちゃん、引き上げだ。明日には俺らの獲物に出会えそうだぜ?」


 楓は目をぱちくりする。だが、グーリットが嘘を言っているとは思えない。

 席をそっと立ちながら、ロゼッタの様子を伺った。

 赤髪の女騎士はまだそこにいた。時折窓の外を見ながら、時間を潰しているようだった。



† † †



 グーリットの「全部明日には分かるからさ。とりあえず戻ろうぜ」という言葉を信じ、三人は樫の木亭に戻った。

 彼が言うには「仮面の男の探索は今日はもう終わりさ」ということらしい。けれども楓は全く理解が出来ていない。


「説明を求めまーす、グーリットさん」


「だよなあ。ちゃんと説明しますって。俺さ、耳がいいんだよ。だからロゼッタとあれだけ離れていても、女給との会話が拾えたわけさ」


 大きく伸びをしながら、グーリットは笑う。偶然がもたらした幸運は最大に生かせ、だ。


「あいつな、明日その仮面の男と会うんだってよ。名前は言ってなかったけど、アランと仕合う方じゃねえと思うんだ。俺らが会った方は、アランとの決闘(デュエル)に手一杯だろうから」


「そこまでは分かったよ。でも何でさっさと退散したの? 尾行とかしなくてよかったの?」


「その尾行をするのが、グーリットさんが抜いた髪の毛ですわ。でしょ? 探知魔法をかけて、あの女騎士に放ったんですわね」


 シーティアが口を挟む。

 楓が「あっ、そういうこと」と驚くと、グーリットは「正解。何にもしなくても、あのロゼッタ・カーマインが俺らを連れてってくれる。そういう訳さ。だからあくせく歩かなくていいってこと」と肩をすくめた。


「つまり明日まで待てば、その髪の毛の魔力を追えばいいってこと? あたし、魔法はよく知らないんだけど」


「そんだけ分かってりゃ十分さ」


 これだけグーリットが自信ありげなのだ。信用していいと判断して、楓は肩の力を抜いた。

 そのほっとした背中に、シーティアが覆い被さる。


「ねー、カエデさーん。暇になったから、またお買い物行きませんかー? 中々リシュテイル王国までは来ないですもの、行きましょうよー」


「元気ねー、シーティアちゃんは」


 困ったなと思いつつ、それでも楓は思う。自分はいい仲間に恵まれたなあと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ