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episode1-1~9  ワイバーンって食べれるんですね…。

episode1を、まとめて読めるようにしました。

※episode1-1~9を合わせた内容です。

俺は今何処にいるのだろうか…。

辺りを見渡す限りの草原と、それを掻き分けるようにして、何処に辿り着くのかも分からない一本の小道があるだけだ。

「困ったなぁ…。」

この、途方もなく続く小道をひたすら歩かなければならないという現実に、思わず溜め息が溢れた。


どうして俺はここに居るのだろうか…。

確か俺は、何時もと同じ時間に家を出て会社に向かう為電車に乗り、会社の最寄り駅で降りた。

…のだが、そこは、何時もの見慣れた風景ではなく、一面に広がる大草原だったのだ。

間違えた所で降りてしまったのだと焦り、急いで電車に戻ろうと後ろを振り返った俺は、愕然とすることしか出来なかった。

「電車が…ない…。」

焦って気が動転した俺は、草原をひたすら走り、見慣れた景色を必死に探す。

いくら探しても草原以外見当たらず、そのうち体力も無くなり、その場に膝から崩れ落ちた。

どうしようどうしようどうしよう…。

考えれば考えるほど、今の状況が理解できず焦るばかりで、正気を保てそうにない。


額から大量の冷や汗が流れ落ち、スーツの下に着たカッターシャツがじっとりと湿っている。

カタカタと震えが止まらない両手を抑え込むようにぎゅっと手を握りしめる。

どぐどぐと嫌な音を立てる心臓を落ち着かせるため、深呼吸を繰り返す。

そうしているうちに、だんだんと呼吸も落ち着いてきて、少しだけ冷静さを取り戻すことが出来た。


頭が冷静になってくると視野が広くなり、先程までは目の前しか見えていなかったのだと思い知った。

よくよく遠くを眺めていると、草原を掻き分けるように一本の細い道が見えた。

もしかすると、あの道を辿れば何処か町に辿り着けるかもしれない。

そう思った俺は、取り敢えずその小道へと歩を進めた。

(……っとその前に会社に電話しておこう。)

今から会社に向かおうとしても、自分が何処にいるのかも分からない為、遅刻する旨を電話することにした。


左手に持った黒い革の手提げカバンを開け、スマホを探す。

スマホを起動させ、会社に電話をかけたのだが、電話が繋がらない。

恐る恐る電波状況を確認する。

「うわぁ…。圏外か…ここ…。」

そうすると?ここは電波が届かないくらい田舎で誰とも連絡をとることが出来ないということか…。

(…………ん?もしかして詰んでるのでは?)


いや、いやいやいや。まだ諦めるのは早いぞ俺。

電波が届かなくてもGPSは作動するだろう。

自分が何処にいるのかさえ分かれば、何かしら対策が出来る。


電車に乗っていた時間を考えてもそこまで遠くにいっていない筈だ。

自分の位置情報を確認するため、マップを開く。

GPSは正常に作動するようで、マップが現在地を示していた。

画面を拡大させ、自分が今何処に居るのか確認する。


「…………レッドウィングビレッジ?」

レッドウィングが赤い羽根……赤羽?

ビレッジは、村だから…。

赤羽村?


何でカタカナで表示されているんだろう。

俺の住んでいる市の周辺にそんなこ洒落た店みたいな名前の村なんて無かった筈だ。

それとも、自分が知らなかっただけで新しく作られた村なのか、それとももしかしたらレジャー施設のようなものなのかもしれない。


その考えに至った俺は、取り敢えず小道のある方へと足を進めた。


小道まで辿り着いた俺は、その横に木製の看板があることに気付いた。

そこには『ようこそレッドウィングビレッジへ!』と、印刷されていたのではなく、彫刻刀のようなもので文字を彫っているようだ。


取り敢えず誰かしら人が住んでいそうで、少しだけ胸を撫で下ろした。


アスファルトで舗装された道よりは安定していないが、先程までの草を掻き分けるように進んでいた時とは違い、普通に歩ける。


これならすぐにでも村に辿り着けるだろうと、たかをくくっていた少し前の自分に忠告したい。そんなに道のりは甘くないぞと。


何せ、看板を見つけてから一時間は歩いているのだが全く村が見えてこないのだ。

そろそろ足も疲れてきた。少しここら辺で休憩でもするかと、小道にあった、人が座ることが出来るくらいの大きさの岩に腰かける。


ほっと一息ついていると、バーッバーッバーッと、スマホから災害時に鳴る着信音のようなものが聞こえ始めた。

少しだけ嫌な予感がしたが、恐る恐るスマホを起動させると、先程のマップから通知が来ていた。

通知を開くと『緊急速報 現在地周辺にワイバーン一頭確認 至急避難もしくは、討伐準備を。』と表示されていた。


「……ワイバーン?」

ワイバーンって、ゲームとかファンタジーの世界に出てくるあのワイバーンのことか…?


思わず笑いが込み上げてくる。

「ふっ…、ふはっ!ワイバーンって!そんなもん実在する訳ないのに?避難もしくは討伐準備をだって?これは面白案件だなぁ…。友達に話したらその年で厨二病かよって、引かれるかもしれないなぁ。」


口元を押さえ笑いを堪えていると、少しだけ風が強まるのを感じた。

何だか天気も悪くなってきたし、もしかしたら雨が降ってくるかもしれないと思った俺は、休憩を終え、再び歩き始めた。


歩いている間、再びバーッバーッバーッとスマホが鳴る。

スマホを起動させるものの、表示されるのは同じ内容の通知だけだ。


「なんだってこんな内容の通知がくるんだ?ゲームアプリの通知ならまだしも…。これはマップだ……ぞ?」

マップを開いた俺は、マップ上に先程まで無かった赤い丸印がウロウロと動いている事に気付いた。


「なんだ。この丸印は…。どんどんこっちに近付いてきてるじゃないか…。」

どんどんと、その赤い印が俺の現在地へと近付いて来て、あと少しで印が重なると思った時、一際強い風が吹いたと同時に、頭上からグギャグァ"ア"ア"ア"ア"ア"と、耳をつんざく爆音が響いた。


あまりにも強い風圧に地面の砂が舞い上がり目に入ってくる。

目の痛さに涙目になりながらも恐る恐る上空へと視線を向けると、そこには、ここにいるはずもない、まるでゲームの世界からそのまま飛び出てきたのではないのかというほどの、大きくそして気高く美しいワイバーンの姿があった。


深紅の鱗に覆われた身体、鋭く尖り湾曲した漆黒の爪。

空を覆うように広い翼を力強く羽ばたかせる姿に思わず息を飲む程目を奪われた。


今すぐ逃げなければいけないのに、まるで金縛りにあったかのように足がピクリとも動かない。

早く逃げようともがいている間に、そのワイバーンは助走をつけるように一旦更に上空へ飛行していくと、そのままの勢いで俺の方へと降下して来た。

やっとのことで一歩足を踏み出せたかと思ったら、地面から飛び出していた石に躓き、思い切り転倒してしまった。


死にたくない。


こんなよく分からない所でなんて死にたくない。

こんなところで死ぬならもっと自分のやりたいことをやっておけばよかった。

頭の中で走馬灯のように今までの記憶がザアザアと流れていく。

最近仕事が忙しくてなかなか実家に帰れなかったけれど、父さん母さん元気かなぁ…。

親より先に死ぬなんて親不孝だって怒られそうだな…。


俺が死んだら部屋も引き取って貰わないとな…。

…そういえば自室のパソコンって電源消したっけ?

電源消えてたとしても意味がないんだった。

パスワードを長く設定したせいで覚えきれずにメモした紙をモニターに張りっぱなしだった…。

え?じゃあ今、誰でも俺のパソコン開けるってこと?

え…?死んじゃ駄目なやつだ…。


そうだ…。俺は…。俺は、こんなところで死んじゃだめだ。

俺は!

「パソコンに保存してある秘蔵ファイルを消すまで死ねないんだぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"!!!」


目をぎゅっと閉じ、両腕で頭を守るようにうずくまる。

こんなことしてもあのワイバーンから身を守れるとは思えないが、今の俺には、ワイバーンに対抗できるほどのものを持ち合わせてはいなかった。


頭上のワイバーンがグギャァ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"と咆哮し、死を覚悟した瞬間、ダッダッダと、勢いよく地を蹴る音が聞こえた。


そっと目を開けるとそこに銀色の鎧を全身に纏った男が一人、大きな剣を構えワイバーンと対陣していた。


ワイバーンとその男は、相手の出方を探るように睨み合う。

ピリピリとした緊張感が俺にまで伝わってきて、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


男がジャリッと足を踏み込んだ瞬間一気にワイバーンとの間合いを詰め斬りかかる。鉄同士がぶつかり合うような音が響き、その衝撃でワイバーンの鱗がパラパラと剥がれ落ちていくのが見えた。


たとえ鱗が剥がれ落ちようとも、全く怯む様子のないワイバーンは、からだの鱗より鋭く刺々とした鱗で覆われた尻尾をブンブンと勢いよく振り回し攻撃している。


男はそれを軽々と躱していき、その立ち回りからは余裕すら感じさせる。

「すごい…。」男の華麗な剣捌きに思わず感嘆する。


先程から尻尾を振り回し続けていたワイバーンは、徐々に疲れてきたのか動きが鈍くなってきている。

ゴォ"ァ"ア"ア"ア"ア"ゴォ"ァ"ア"ア"ア"ア"と、口から灰色の煙を吐きながら男に噛みつこうとしたワイバーンの下に潜り込むようにスライディングした男は、ワイバーンの鱗が剥がれ落ちて柔らかい肉質をめがけ剣を突き刺した。


グギャ"ァ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"と、咆哮したワイバーンは、翼を広げすぐさま上空へと飛び立つと、逃げるようにしてその場を去っていった。


逃げていったワイバーンを確認した男は、剣を背中に背負った鞘に収めると、俺の方へと近付いてきた。


「ハハッ!大丈夫か?ぼうず。」と兜越しに渋いハスキーボイスが聞こえてきた。その男は、腰を抜かしている俺に手を差し伸べ、ぐいっと勢いよく引っ張り起こしてくれた。


「あ、ありがとうございます…。助かりました…。」

「ハハッ!礼なんていらねぇーよ。か弱い女子供を守れねぇーで男が廃るってもんだ!ガハハハ!!」


ひとしきり笑った男は、「それはそうと、ぼうず。おめぇさん、ここら辺の奴じゃねぇーな?その身なりを見るに、良いとこの貴族の坊っちゃんってとこか?」と、顎に手を添え考えるような素振りをする。


「貴族…ですか?僕は一般庶民ですけど…。あ、すみません…。お金もこの通り5千円ちょっとしか手持ちに無いんです…。」と、財布の中身を男に見せると、訝しげにひょいっと財布から五千円札を抜き取りまじまじと見つめている。


「あ、あの…。僕の五千円に何か?」と、恐る恐る男に聞くと「なんだぁーこりゃ…。こんな小さい紙にこんなに緻密な絵が描いてあるなんて…フリードの奴が見たら、驚きすぎて腰を抜かしちまうだろうよ。ハハッ!」


そう笑いながら五千円札を俺に返す男が言っている意味が理解できない。

言われてみれば、確かに細かく絵が描かれているが、見慣れすぎて今さら感想を述べることは無いだろう。この男、まるでお金を見たことが無いような反応をするな…。いや、まさか…そんなはず…。


「あの…これ、絵ではなく、お金なんですが…。」と、言うと男は再びガハハと笑うと俺の肩をバシバシと叩いた。


「あのなぁー、ぼうず…。俺がオッサンだからと言ってからかっちゃいけねぇ。いくら俺でもこれが金じゃねぇーことくらい分かるぞ?それより、ぼうずがさっき言っていた"ゴセンエン"ていうのは、通貨のことか?ここら辺じゃ"メリー"以外聞かねぇーな。もしかしておめぇーさん、外の国から来たのか?」


「メリー…ですか?しかも…外の国って…。」

知らない通貨の名称に、頭が混乱しそうになる。目の前の男が嘘を言っているようには思えないが、だからと言ってここが外国だとも思えない。


俺はここに電車で来たのだ。電車は、外国に繋がっていないし、言葉だって通じるのだ。そう考えると、やはりここは日本で間違っていないと思う。

しかし、目の前の銀色の鎧を着た男といいワイバーンといい。

摩訶不思議体験過ぎて、現実ではなく夢の中だという方がしっくり来る。

(…ん?夢?そうか!これは夢なんだ!きっと電車の中で寝てしまってこんな変な夢を見ているに違いない!それなら早く夢から覚めないと!)


夢から覚めるため頬を思い切りつねってみるが、ただただ痛いだけだった。

俺の様子をおかしく思ったのか、男が心配そうに「ぼうず、調子が悪いのか?それなら早く村に帰って薬師に診てもらおう。」と言う。


心底心配してくれる男に少しだけ罪悪感を感じたものの、俺の調子は全く悪くない。むしろ、精神が崩壊しそうな為、今すぐ精神科に行きたいくらいだ。


俺が夢から覚めないのは、もしかしたら自分で頬をつねったから知らず知らずのうちに手加減していたからかもしれないと思い、思いきって目の前にいる男に向かって「俺の頬を叩いてくれ!」と、大きな声で懇願した。


俺の鬼気迫る様子を見て何を勘違いしたのか、男は「おめぇーさん、もしやワイバーンの毒にやられたんじゃねぇーのか!?さっきのワイバーンはまだまだ子供だからって油断ならねぇんだ。あいつの唾液には毒が含まれていてな、少し触れただけで吐き気・腹痛・めまい・幻覚が見えたりと、とにかく厄介なものなんだ…。そうと決まれば………。」よいしょっという掛け声と共に視界がぐるんと回転し、男に担ぎ上げられていることに気付いた。

「ぼうず、もう少しの辛抱だ…。安心しろ、絶対に大丈夫だ。俺が死なせねぇ。村まで走ればすぐに着く。しっかり俺に掴まっておけよ?」

「い、いや、別に毒を食らったわけじゃな!い!ぐはっ!!」


勢いよく走り出した男の肩に担がれているせいで、衝撃が固い鎧から直に伝わってきて、まるで固い鉄板で腹パンされている気分だ。



男が言うように、男の驚異的な脚力により、直ぐに村まで辿り着くことが出来た。まあ、俺はと言うと、腹を殴られ続けたのと、何分もの間担がれ揺れていたせいで乗り物酔い…もとい、オッサン酔いがひどく満身創痍である。


村に到着したところで肩から降ろされたは良いものの、オッサン酔いでフラフラしていた俺を見たオッサンが何を勘違いしたのか、「お、おめぇーさん!さっきよりも死にそうな顔じゃねぇーか!!急いで薬師の所まで連れてってやるからな!!」と、お次はお姫様抱っこで活気のある村を走り回ったオッサンを一発殴ってやりたい。


(もう…俺、お婿にいけない…。めっちゃ見られた…。恥ずか死する…。)


オッサンの動きが小さな2階建ての家の前で止まり、ドンッと大きな音を立て扉が開きズカズカと中に入る。

家の中は、薬品の臭いで充満し、病院の臭いを凝縮させたような臭いだ。床から天井までの高さがある棚が、壁一面に置かれ、そこには見渡す限り瓶に入った様々な色の薬品らしき物が並べられていた。


「ライナス!ライナスは何処だ!」オッサンが大声で呼ぶと、バタバタと家の奥から栗色の髪の小学生くらいの少年が出てきた。薬師の子供かな?と、微笑ましく見ていると、「ライナス!今すぐにワイバーンの毒に効く薬をこいつに飲ませてくれ!」と、オッサンは言った。


(いやいやいや。なに言ってんだオッサン!こんなに小さい子供に薬なんか作れる訳無いだろ!)


「ワイバーンの毒に効く薬ですね…。分かりました!待っててください今すぐに作りますので!!」


(いや、作れるのかよ!)


こんなに小さい子供が薬を作れることに驚愕したものの、このままではよく分からない薬を飲まされると思い、「ちょ!ちょっと待ってください!」と、大声で少年を呼び止める。……勿論、未だに俺はオッサンにお姫様抱っこされている状況だ。カオス過ぎる…。


「分かっています…。僕みたいな子供が作った薬なんて飲めないですよね……。でも…、でも!僕、薬を作る腕には自信があるんです!なので、安心して僕に任せてください!」と、キリッととした表情でこちらに拳をつきだし親指を立てニッコリ笑うと、少年は身を翻し、店の奥へと入っていk「って!グッドラックじゃねぇーんだよぉー!!そんなに純粋な瞳向けられても俺にとっては全くグッドじゃねぇんだよぉー!!」俺の悲痛な叫びが店内に木霊する。


「大丈夫だ、安心しろ。ライナスはまだまだ小さいが、立派な薬師だ。」

と、俺を諭すように優しい声音で言うオッサン。


「それなら…安心出来…るわけねぇだろ!!!俺の話を聞いてくれよぉ!!俺、ワイバーンの毒、食らってねぇーから!!!」

鼻水を垂らしながら半泣きで訴える30歳成人男性の本気の懇願を目にしたオッサンと少年は、目を大きく開けぱちぱちと瞬きして驚いている。


プルプルプルと、オッサンが震えているのか振動が伝わってきた次の瞬間ガッハッハッハッハ!!!と、大きな声で笑い始めたオッサン。

それにつられるようにふふっと、小さく笑うライナス。


「ガッハッハッ、ぼうず…毒を食らってなかったのなら始めからそう言ってくれれば良かったじゃねぇーか。俺はてっきり、ワイバーンにやられたもんだと…。」

(くッッッッッそ!なんだこのオッサン!俺は、一言も毒を食らったなんて言ってねぇーのに!勝手に勘違いしやがって!!)


「もう…、どうせまたガストさんが早とちりしたんでしょ?いっつも人の話を聞く前に僕のところに連れてくるんだから!」と、ライナスは少し呆れ笑いをして言う。


オッサン改め、ガストさんは「いや~、すまんすまん。」と、苦笑している。人の話を聞かないところは直した方が良いと思うが、何だかんだで良い奴なせいで憎めない所が憎い。


俺の方に近寄ってきたライナスさんは、「毒は食らっていないと仰っていましたけど、ものすごく顔色が悪そうに見えるので普通のポーションだけでも飲んでおきましょうか。」と、棚に置いてある薬を取りに行くライナスさん。


「あ、あの…。ポーションってどんな薬なんですか…?」

「ポーションですか?うーんと、軽い傷、やけど、腹痛、吐き気等…まぁ軽い症状のものなら大抵ポーションを飲んでおけば一瞬で治りますよ!」


(ポーションってすげぇ……。)

あまりにもポーションの万能さに驚愕していると、薬を手に持ったライナスさんが戻ってきた。


「はい、それではこれを一気に飲み干してくださいね!えーっと、あ!まだ名前をお聞きしていませんでしたね!」


「えっと、吉田しげるです。よろしくお願いします。」

「ヨシダシゲリュさんですね?」

「えっと、あの…、しげるです。」

「シゲリュ?」

「し・げ・る。」

「シ・ゲ・リュ。」

「…………しげでいいです。」

「すみません、シゲさん…。」と、眉尻ををハの字にさせ、申し訳なさそうに謝るライナスさん。


「シゲ!これからよろしく頼む!」と、バシバシと俺の背中を叩きながらガハハと楽しそうに笑うガストは、もう少し"しげる"と言えるように努力しろと思う。


ライナスさんから手渡されたポーションをまじまじと見つめる。

三角フラスコのような瓶に透明感のある黄緑色の液体が入っている。

見た目はメロンソーダだと思えば飲めそうだが、問題は臭いと味だろう。


「あの…、俺、ポーションを初めて飲むんですけど、どんな味ですか?」と、ライナスさんの顔色を伺うように聞いてみると、彼はクスクスと微笑し、「そこまで苦くないですよ?小さな子供でも飲めるように色々改良しているので…。まぁでも、結局は薬ですので。あんまり美味しいものでは無いかもです。美味しすぎて飲みすぎても身体に良くないですから。」と言う。


再びポーションへと視線を戻し、ゴクリと唾を飲み込む。

思いきって瓶のコルクを抜き取り臭いを嗅いでみると微かにリンゴのような匂いがした。

この匂いなら飲めると思い、意を決してポーションをイッキ飲みする。

(あ、甘い!!!果物の爽やかな甘さでも、スイーツの甘さでもない!これは、なんとも人工的な甘さだ…。甘さの後に口に残る苦味…。苦いというより、渋柿でも食べた後のような後味だ。)

ゴクゴクと喉を通っていくポーションはまるで、とろろのような少し粘りけのある喉ごしだ。


おそらく300ml程入っているであろうポーションを最後まで飲みきり口元を手の甲で拭う。すると、すぅーっと身体の痛みや気持ち悪さが引いていき、長年の社畜人生で溜まりにたまった疲労すら消えていくようだ。


「はい、シゲさんお疲れ様です。最後まで飲みきれましたね。お体の調子はどうですか?」

「いや…。驚くほど効いているみたいです。腹の痛みも気持ち悪さも全くありません…。」

「それなら良かったです。また調子が悪くなったら店まで来てくださいね?」


「あの…、薬代って…。」本当にライナスさんには申し訳ないのだが、俺は今、日本円しか手持ちにはなく、"メリー"と言う通貨は持ち合わせていない。このままでは無銭飲薬だ。


「お代は結構ですよ。初めて来店して下さったお客様には、僕の薬を信用してもらえるようにお金は頂いていないんです。その代わり、僕の薬を気に入ってもらえたらまた来て欲しいですけどね。あ、だからと言って調子悪くなって欲しいと言うわけではないですよ!健康なのが一番ですから!」と、微笑む彼は薬師の鑑のようだと思った。

初めて会った時、子供だからと言って正直信用していなかった自分が恥ずかしくなった。


「それでは、シゲさんお大事に~。」

「あ、はい。ライナスさん、今日は、本当にありがとうございました。」



薬屋を後にした俺は、ガストさんが「シゲ!俺の家で夜飯でも食って行かねぇーか?」と提案してくれたため、有り難く夕食を御馳走になることにした。


「あそこが俺の家だ。」とガストさんが指差した方へと視線を向けると、レンガ造りで平屋の可愛らしい雰囲気の家が見えた。

庭には、畑や様々な草花が咲いており、全く知識の無い俺でも、手入れが行き届いているのが分かる。


まさかガストさんがこんなに可愛らしい家に住んでいるなんて思わなかったですよ…という気持ちでガストさんの方へ視線を戻すと、彼は少し気恥ずかしそうに「…まぁ、言いたいことは何となく分かるんだが、嫁さんの趣味でな…。」と言った。


あのガストさんが言葉にせずとも俺の言いたいことが分かると言うことは、おそらく色んな人に俺が考えていたような事を言われているに違いない。


家の中央に立派に構える大きな木製の扉を開けると、パタパタと足音が聞こえ、ブロンドの髪を後ろで結ったスタイルの良い綺麗な女の人が出迎えてくれた。


「お帰りなさい!お父さん。えっと、……隣の人は?」

「ただいまフローラ。こいつはシゲって名前だ。外の国から来たらしくてな、あまりこの国について詳しく知らねぇーようだから、色々と教えてやってくれるか?」

「ええ!もちろんよ!!よろしくね?シゲさん!」

「こ、こちらこそよろしくお願いします…フローラさん。」眩しいくらいの笑顔を向けられた俺は、思わずたじろいでしまった。


こんなことを言うと会社の同僚にボロクソ言われてしまいそうだが、こんなにも綺麗な女性を見るのは生まれて初めてだった。


「そういえばティーナは何処にいるんだ?」と、キョロキョロ部屋を見渡すガストさんはまるで、飼い主を探す犬のようだ。

「お母さんなら、買い忘れたものがあるって言って急いで出ていったけど?」と言うと、ガストさんは焦ったように「な、何だと!?一人で行ったのか!?……俺も少し出掛けてくる。フローラは、シゲをもてなしてやっていてくれ。」と言い残し、どこかへ出掛けていってしまった。


フローラさんといきなり二人きりにさせられた俺はと言うと、緊張で彼女と目を合わせることが出来ず、ただただ目を泳がせていることしか出来ずにいた。


「ごめんなさいね、シゲさん…。お父さん、お母さんのこと好きすぎてちょっと過保護なの。まぁ、そのうち一緒に帰って来るからシゲさんも家の中に入って?」

「は、はい。お邪魔します…。」


家に入ると、暖かみのある北欧風の家具で統一した部屋が、家の外観とマッチしていてこれまた可愛らしい印象だ。

部屋の中心には、大きな暖炉まである。


「可愛らしくて良い家ですね。」と、ポツリと呟くと彼女は心底嬉しそうに「ありがとうシゲさん!」と、笑顔を向けてくるのだが、余りの眩しさに俺は、暫くは目を開けられないでいた。


大きなダイニングテーブルへと俺を案内した後、キッチンへと向かった彼女が、木製のトレーにお茶をのせ、こちらに戻ってきた。

「はいどうぞ~。」と、グラスに注がれたお茶を受け取る。

緊張で喉も渇いていたため、お茶を一口口に含む。

(………リンゴ?)

普通のお茶だと思っていたら、思いもよらずリンゴの風味が鼻を抜け驚いた。これは、アップルティーだったようだ。


「このアップルティーすごく美味しいですね。こんなに美味しいフレーバーティー飲んだの初めてです。」と言ったあと、少しの間沈黙が流れる。


(や、やばい。どうしよう…。フローラさん驚いたみたいにポカンとしてる。俺、知らないうちに何か気に触ることでも言ったのかもしれない…。)と、オロオロとしていると、我に返ったフローラさんは、真剣な顔を俺の方へ向けると「シゲさん…。アップルティーってなに?」と、質問した。

「………え!?すみません!てっきり俺、アップルティーだと思って!!これ、違ったんですね!?知ったかぶりしてすみません!!」と、机に額が付くスレスレまで頭を下げ謝罪する。


「もう~シゲさん!私質問しただけですよ?シゲさんって外の国から来たんでしょ?なら、この国にある食べ物や、物の名前や価値だって違うかもしれないし…アップルティーもあながち間違っていないかもですよ?」と、俺を気遣うようにそう言ってくれるフローラさんは何て優しいのだろう。


「えっと、実はおれ…。日本っていう国から来たんですけど…、ちなみにここは日本ではないんですよね…?」

内心、いまだにここが日本であって欲しいと願っている自分がいるが、確実と言って良いほど日本ではないだろう。


「ええ。ここは、フロンティーネ王国の領地に属しているレッドウィングビレッジよ。ちなみに私が知る限り、私達の住んでいる世界には、ローレンス王国・フロンティーネ王国・シャローレン王国の3っつの国しか無いはずだけれど…。もしかしたらギルド長のフリードさんなら何か"ニホン"について知っていることがあるかも知れないわ…。」


フローラさんの説明を聞いた俺の推測が正しければ、おそらくここは異世界のようだ。


ローレンス王国は、通称"機械の国"と呼ばれ、最新技術が次々に開発され、腕の良い職人が多く、商業や工業に特化した国らしい。

フローラさんいわく、三大国の中で一番国が潤っていて、都会的なローレンス王国に憧れて移住する人も少なくないとか…。


シャローレン王国は、通称"魔法の国"と呼ばれ、生まれつき膨大な魔力量をもって産まれてくる子供が多いため、自然と魔法が生活に取り込まれていった結果、魔力無しでは生活に大変苦労するそうだ。

ローレンス王国に技術を提供して貰えばすぐに解決するような事でも、歴史を重んじる国の風潮からか新しい技術を取り入れるのではなく、全て魔法で解決しようとする、少し封鎖的な所があるらしい。


最後に、僕達が今いるフロンティーネ王国は、三大国の中で一番武力に長けている事から通称"力の国"と、呼ばれている。

他の国と比べ、特別な技術や魔法が有るわけではないが、人と人の繋がりを大切にする人情深い人が多いらしい。

また、生まれつき身体能力が優れた子供が多いため、時に超人的な腕力や脚力の持ち主も現れるらしい。

ちなみにガストさんは超人的な脚力の持ち主だそうだ。


それぞれの三大国は、平和条約のようなものを結んでいるらしく、人と人同士の争いは起こらないらしい。まぁ、あんなに大きいワイバーン級のモンスターが生活と常に隣り合わせだったとしたら、人同士で争っている暇なんか無いのだろう。


「魔法を使える国があるなんて、少し憧れるなぁ…。魔法で空を飛ぶことだって出きるんだろうなぁ。」

「シゲさん!私達だって、訓練すれば2段階ジャンプ位なら誰でも出来るようになるよ!」

「ち、ちなみにフローラさんは既に修得しているんですか?」と、おそるおそる質問すると、「もちろん!」と、元気良く答えてくれた。


「あ、でも2段階ジャンプは、8才の頃修得して、今では3段階ジャンプくらいなら普通に出来るよ!」と、平然と答えるフローラさんの言葉は、聞かなかった事にしようと思う俺だった。

ちなみにガストさんは5段階ジャンプ出来るらしい。


「あ!そうだ。私、そろそろ"アップルティー"について聞きたいなぁ~。」と、少し上目遣いで見つめられ、心臓が激しく音を立てる。


「あ、えっと…。俺の国…というか世界では、紅茶というものがあって、その中でも様々な種類の紅茶があってその中のひとつにアップルティーがあるんです。リンゴという果物のエッセンスや干した皮を茶葉に加えたものをアップルティーと、俺の住んでいた世界ではそう呼んでいました。」

俺自身、そこまで紅茶に詳しいわけではないけれど、知りうる限りの情報をフローラさんに教える。


「"リンゴ"かぁ~。やっぱり聞いたことは無いけれど、作り方はほとんど一緒みたい。私が作ったお茶は、ルゴラっていう、赤ちゃんの拳くらいの大きさの赤い木の実を使っているの。このルゴラっていう木の実は、すごく甘い爽やかな香りがするんだけど、生で食べるとものすっごく渋いの!だから、木の実がカリカリになるまで干さないとお茶には使えないんだ~。とっても手間がかかるけれど、手間をかけた分だけ美味しく出来上がるから、私はルゴラのお茶が大好きなの。この村では、ルゴラの木の実が豊富にとれるから、各家庭で茶葉を手作りしてる人が多いかな。それが面倒くさい人は、雑貨屋でもルゴラの茶葉が売っているから、それでお茶を淹れて飲んでいる人もいるよ。」


何かを思い付いたかのようにしてキッチンへと向かうフローラさんが、小さいリンゴのような物を手に持ち、戻ってきた。


「もしかして…それがルゴラですか?」と聞くと、彼女はニヤリと悪戯な笑みを浮かべ「試しに食べてみる?」と言う。


すごく渋いとは聞いていたものの、異世界の食べ物という魅力的なワードに心を揺さぶられ、理性より好奇心の方が勝ってしまった。


ルゴラの木の実を手に持ち口に近付けると、フワッと熟れたリンゴのように甘く爽やかな香りが鼻をぬける。

こんなにも良い香りのする木の実が渋いはずがないと、カリッと一口口にした瞬間ブッと吹き出していた。

(渋い!渋すぎる!!昼間飲んだポーションの苦味を凝縮させたような!人が口にしては駄目なやつだ!!)


「ハハハハッ!言ったでしょ?渋いって、ふふっ!」と、大きな口を開け楽しそうに笑うフローラさんは、しっかりとガストさんの血を受け継いでいるようだ。


「からかわないでくださいよ、フローラさん…。」

「え~?別にからかって無いけどなぁ~?」と彼女は言うと、晩御飯の準備をするためキッチンへと向かって行った。


彼女の明るさのお陰か、ルゴラの兵器的な渋さのお陰かは、分からないが、先程までの緊張感はいつの間にか消え、落ち着きを取り戻しいていた。



暫くすると玄関扉が勢いよく開き、ガストさん達が帰って来た。

ガストさんは、先程まで被っていた兜を外し小脇に抱えていた。

声と同じ様に渋く彫りの深いダンディーな顔で、髪の色と同じ枯れ葉色の立派な無精髭を貯えている。

ガストさんと仲良く帰って来たのはティーナさんだろう。

フローラさんはお母さん似だ。ティーナさんは、大きい子供が1人いるとは思えないくらい若々しく、可愛らしい女性だった。


「あら…?」と、俺の存在に気付き小さく声をあげたティーナさんは、ガストさんの方へ向き直りガストさんの頬を思い切りつねった。それはもう頬が千切れてしまうんじゃ無いかというくらいに。


突然の事に戸惑いを隠せない俺をよそに、ティーナさんはガストさんを叱り、ガストさんは何故だか少し嬉しそうにされるがままになっている。


やっと説教が終わったティーナさんは「ごめんなさいねぇ?お客さんが来ることを前もって家の旦那が知らせてくれていれば、もっと豪華に出来たんだけど…。」と言いながらキッと、ガストさんを睨み付けるティーナさんは、俺に笑顔を向けると「何もないところだけど、自分の家だと思ってゆっくりしていってね?」と言い、キッチンへと向かった。


「よっこいせっと。」と言いながら俺の隣の椅子へ腰掛けたガストさんに、「急に俺がお邪魔してしまったせいですみません…。」と、少し申し訳なさそうに謝る。


「ガッハッハッ!こんなのいつもの事だから気にすんな!!ティーナに怒られるのも悪いことばっかりじゃねぇーんだよ。ここだけの話、ティーナが怒ると俺を睨み付けてくるんだが…俺の方が身長が高いせいで、上目遣いで見つめてきてるようにしか見えねぇーんだよ。ガッハッハッハッハ」


夕食が出来るまでの間、永遠と惚気を聞かされた俺は、謝らなければ良かったと少しだけ後悔した。


「おまちどおさま~!」というティーナさんの声と共に、スパイシーかつ、香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。匂いを嗅いだ瞬間、お腹がぐるるると鳴り響き、俺は今、腹が減っているんだと思い知らされる。


思えば、今日は朝からろくな食べ物を食べていなかった。朝飯は食べ損ね、昼はポーションしか飲んでいない。そりゃ腹も空く筈だと、1人納得していると、目の前には大きな肉の塊が入ったグリーンカレーのような料理と、拳二つ分くらいの大きさの木製ボールに入った色とりどりの野菜。それとライ麦パンのような茶色いパンが人数分食卓に並んだ。


異世界飯というくらいだ、とんでもないゲテモノでも出てきたらどうしようかと考えていたのも杞憂だったようだ。


全員が席に着くと、ガストさん達は皆で手を繋ぎ始めた。

「ほら、シゲも一緒に!」と言われ、食卓を囲むように皆で手を繋いだ。

今から何の儀式が始まるのだろうかと、1人ソワソワしていると、皆が目を閉じ、頭を下げていることに気づき、俺もすぐさま同じ様に動く。


静かな食卓にガストさんの声だけが響く。

「我らの偉大なる神よ、神の創造せし尊い命を頂けることに感謝を。全ての生命に感謝を。」


ガストさんの言葉が終わると同時に手が離れ、目を開けると、みんな手元の透明な水のようなものに白くきめ細やかな泡が乗ったグラスを手に持って俺の方を見ている。

急いでグラスを手に持つと「我らの偉大なる神とフロンティーネ王国に永遠に幸あれ!」と言うガストさんの掛け声と共にグラスを掲げた後、グラスに入ったものを口に含むと、やっと食事が始まるようだった。


俺もみんなの後を追うようにしてグラスに入った飲み物を口にする。

(!!!こ、これは!何て良い喉ごしなんだ!ビールサーバーで淹れたかのようなキメの細かい繊細な泡!それを追うように喉をかけめぐる爽やかな爽快感。しかし、これは絶対にビールではない…。何故ならあの、ビールの唯一の欠点ともいえる独特な苦味が一切無いのだ。苦味の代わりに、バターのような、まろやかなコクが加わり、ここに今、ビールの完全体が生まれた。)


「あ、あの。ティーナさん。この飲み物って何ですか?」

「ああ、これはね、"シューテ"といって、"ウル"という穀物から作られているお酒なのよ。」

「もしかして、ウルって主食になったりします?」

「いいえ?ウルは、シューテを作る以外にはあんまり使わないのよ…。」


それを聞いた俺は、少しだけ落胆する。

シューテを見た瞬間、日本酒のような透明度に既視感を覚えた。

案の定穀物で作られているシューテはおそらく、原材料は米に限りなく近い穀物の筈だ。

と言うことは、この異世界でも米が食べられる可能性もあるということだ。

主食はパンより米派の俺は、既に米が食べた過ぎて禁断症状が出てきそうだ。

聞いたところによると、この国の人達は、主食はこのライ麦パンに似ている"ザルート"という穀物を使用して作られた、モンロックというパンが一般的な家庭の主食らしい。


(この、モンロックという食べ物も、見た目は固そうなのに外はさくさくで中はモチモチとしていて美味しいけれど、やっぱり米には敵わないなぁ。)


米に未練を感じながらも、グリーンカレーのような料理を口に運び入れる。

(うわぁ~!この緑色のルーがとてつもなく濃厚でコクもあり美味しい。口に入れた瞬間濃厚かつ赤ワインのように芳醇で、それを損なわない少し甘めのスパイスの香りが鼻を抜ける。グリーンカレーのような見た目をしているのに、味はビーフシチューの方が近いな。)


ルーの中央に乗せられた巨大な肉の塊に、思わずゴクリと喉をならす。

異世界に来る前ですら、こんなに大きな肉の塊を食べたことが無かったため、何て贅沢な料理なのだろうと、思わず見惚れてしまった。


フォークとナイフを使い、巨大な肉を一口大にするため、ナイフの刃を入れた瞬間スッと、まるで、俺は今肉ではなく豆腐を切ったのかと思うほどノンストレスで肉が切れた。

これは、肉が豆腐位柔らかいのか、それともこのナイフの切れ味が良すぎるのか…。


一口大にした肉の断面を見ると、レアのように肉の中心部が色鮮やかな赤色をしていた。

こんなにも美味しそうな肉を食べられる幸せを噛み締めながらそっと口へと運ぶ。


(な、なんだ…この、肉は……。口に入れた瞬間無くなった…だと…?い、いや…そんな筈はない。確かに俺は今、一口大にカットした肉を確実に口に入れた。)


もう一度肉を一口大に切り口へと運ぶ。

(なるほど……。テレビのグルメ番組で、芸能人が高級肉を食べた時「うわぁ~!口の中でとろけちゃいましたぁ~!」とかわざとらしく言っていたのは、こういう事だったのか…。あの時は、正直そんなとろけるほど柔らかい肉なんてこの世にある筈がないと馬鹿にしていたのだが…。あった…。今目の前に、その、口に入れた瞬間とろける肉が…。)


見た目の肉質は牛フィレ肉のようだが、口に入れた瞬間、その圧倒的な違いに愕然とした。

どう言えば、この肉の柔らかさを説明出きるのだろうか。

しかし確実なことは、牛フィレ肉の細かい肉質よりも、更に更に細かく繊細な肉質ということだ。


口に入れた肉は、口内に溶け出すようにとろけ、その後じゅわーっと肉汁が口へと広がる。

その肉汁も油濃くなく、色んな旨味が凝縮されたスープのような深くコクのある味わいだ。


「ティーナさん、俺、この料理を食べることが出来て幸せです…。」と、感謝を伝えると、彼女は嬉しそうに微笑み「あら、私達の村の郷土料理を気に入ってもらえるのは、何だか嬉しいわね~。ワイバーンの肉は、好みが別れるから口に合ったならよかったわ。」と言った。


ん……?

今、何か聞いてはいけない言葉が聞こえた気がするのだが…。

いや、いやいやいや…。

多分これは幻聴とかの類いで、おそらく俺は知らず知らずのうちにワイバーンの毒をくらっていたため、幻聴が聞こえるに違いない……うん。


「やっぱりティーナが作るワイバーンのポルネージュが一番美味いな!!!」


(やっぱり聞き間違えじゃなかったぁ"あ"あ"あ"!!!)


「え、あ、あの…ワイバーンって毒があるんですよね…?食べても大丈夫なんですか…?」

「それなら安心して!ワイバーン専門の解体師がいるから、完璧に毒が含まれる部位を取り除いてくれるの!」と、フローラさんが説明してくれた。

もしかしたらワイバーンは、日本で言うところのフグと同等の扱いなのかもしれない。それなら安心して食べらr「まぁ、時々ワイバーン毒にあたって薬師の所に運び込まれる奴もいるけどな!ガッハッハッ!!!」


(オッサンのせいで全く安心して食べられないのだが………。)


「でも、ワイバーンの肉質ってこんなにも柔らかいんですね…。臭みも全く無いし。こんなに美味い肉食べたの初めてですよ。」


「シゲさん、このワイバーンのお肉がこんなにも柔らかくて、臭みがないのは、お母さんが、手間ひまかけて作ったからですよ!普通に焼いたり煮込んだりしただけのワイバーンなんて獣臭くて食べれたもんじゃないんだから!」


「え!?そうなんですか?じゃあ、どうやってここまで臭いを消しているんですか?」とティーナさんの方へ視線を向けると、彼女はふふっと笑い「フローラは、少し大袈裟に言いすぎよ。ワイバーンの独特な獣臭さは、ルコリーの葉と一緒に調理すれば、すぐに無くなるんだから。」


ティーナさんによると、ルコリーの葉はとても万能らしく、獣臭さのある肉と一緒に調理すると、ルコリーの葉に獣臭が吸収されるだけではなく、肉本来の旨味がぎゅっと凝縮され、肉質も柔らかくなるそうだ。


ちなみに、消臭剤のような効果もあるらしく、麻袋にルコリーの葉を詰めて、トイレや、靴の中など臭いの気になるところへ置いておくだけで臭いが消えるらしい。



夕食を食べ終え、ほっと一息ついていると、「シゲ!おめぇーさん、どうせ何処にも行くあてなんかねぇーんだろ?なら、家に帰る手段を見つけるまでの間、俺の家に住むか?どうせ1部屋物置に使っていた部屋が残ってんだ。ちと、汚ねぇーが掃除すれば綺麗なもんよ!ガッハッハッハッハ!」


「え…あの、良いんですか?俺にとっては大変ありがたい提案なんですけど…。大切な娘さんがいる家に、今日初めて会った男を一緒の家で住まわすなんて…。俺が言うのもなんですけど、不用心すぎじゃ無いですか?」


「あのなぁ…。シゲ。フローラのことは確かに大切な一人娘だ…。でもな、フローラは、おめぇーさんより確実に強いぞ?何なら、今日おめぇーさんが見たワイバーン位なら一人で討伐出来るくらいには強い。そんな俺の娘に、お前がどうこう出来ると思うか……?」と、珍しく真剣に言うガストさんに、思わず尻込みする。


「い、いや。思わないです…。というか命の恩人の娘さんに手を出すわけがないですよ。」


「ガッハッハ!なら、気にするこたねぇー。自分ちだと思ってゆっくりしてくれや!」バシバシッと俺の背中を叩いた後ガストさんは、「フローラ、シゲに部屋まで案内してやってくれるか?」と言い残し、家から出て行ってしまった。


「じゃあシゲさん、私に付いてきて。」

「あの、ガストさんは、どうしたんですか?外に行っちゃいましたけど…。」


「あぁ、お父さんは夕食を食べた後、必ず村の見回りに行くの。最近は特に、ワイバーンの被害が増えてきて見回りを強化ているらしいわ。」

困ったものねと苦笑するフローラさんに、俺は何も言葉を返せなかった。


フローラさんが木製の扉を開けると、およそ八畳分位の広さがある部屋に案内された。

扉を開けたらすぐ正面に正方形の腰窓があり、その前に長方形のシンプルな木製の机が置いてある。そして、机を挟むようにベッドと本棚が置いてあった。


「ここが今日からシゲさんに使ってもらう部屋ね!一応簡単に掃除はしたけれど、残りの片付けきれていない荷物は、明日片付けるね。」

「あ、俺も手伝いますよ。」

「ありがとうシゲさん。じゃあ私は隣の部屋だから、何か困ったことがあったら呼んでね?お休みなさい。」

「あ、はい、お休みなさいフローラさん。」


フローラさんが部屋から出ていくのを見送り、ふぅ…っと一息付いた後、ゴロンッとベッドに横になった。


今日は、本当に色んな事があった…。

まさか自分が急に異世界に放り込まれるなんて…。

親切な人達に出会えたから良かったものの、あのまま誰にも会えず、ワイバーンの餌食になっていたとしたら…と思うと、ガタガタと身体が恐怖で震えてくる。

いや、こんなもしもの事なんか考えても仕方がない。

今生きているというだけで幸運なことだ。


いろいろ考えすぎて頭が痛い。

今日はもう寝て、これからの事は明日考えよう…。


寝る前の習慣になってしまっている、スマホのメールや通知の確認をするためスマホを起動させる。

会社や、親、友達からは何も連絡は来ていないみたいだ…。

通知を確認すると、また、マップのアプリから通知がきていた。

それをタップし確認すると『アプリケーションを、最新版にアップデートしてください。』と、書いてあった。


電波が届いていないのにアプデなんて出来ないよな…と、思いつつも物は試しでアップデートをタップする。


すると、ピコンッという音と共に『アップデートが完了しました。アプリケーションを開き、アップデート内容を確認してください。』と、表示された。


指示通りマップのアプリを開くと、それは、今まで使っていたアプリの仕様と、大分変わっていた。

今まで"ナビマップ"というアプリを使っていた筈なのだが、"異世界ナビマップ"に、変更されていた。


(なんだこれ…。異世界ナビマップ?どういうことだ…。)


マップ画面の右上にあるアイコンがピコンッと点滅を繰り返している。

それをタップしてみると、通知が表示された。


『アプリケーションのアップデートが正常に完了しました。これからの異世界での新生活をお楽しみください。』

『新機能としてモンスター追跡機能が追加されました。』


「モンスター…追跡機能………?」




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