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乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない ~やらかすまえの、性格以外は完璧なスペックの悪役令嬢に転生しました~  作者: 緋色の雨
二章

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エピソード 3ー6

 マクシミリアンの率いる第二騎士団と共に瘴気溜まりへと向かう。ほどなく、遠くに浮かぶ黒い点――瘴気溜まりが見えてきた。

 そこは奇しくも、アンチュリスの花が咲いていた花園だ。シリル様から聞いていたとおり、いまは荒れ果てて、花の一本も咲いていないけれど……と、目を伏せる。


「ソフィア嬢、魔獣はあそこにいます」


 マクシミリアンの声を聞いてはっと我に返る。目をこらせば、瘴気溜まりの向こう側に、カースドファングが伏せている姿が見て取れた。


「……少し待てば、ここから離れるでしょうか?」

「難しいでしょうな。とはいえ、現存の戦力での交戦も避けたいところですが……」

「そう、ですよね」


 マクシミリアンの返答に相槌を打ちつつ、周囲に展開している騎士達に目を向ける。いまここにいるのは、私を含めて十一人しかいない。


 これは、王都から聖女を迅速に迎えるために、騎士を道中に配置したためだ。そして、本来なら聖女と共に帰還する予定だった彼らは、魔術の光で合図を送る要員の護衛として待機している。


 いまの戦力は十全ではない。

 避けられるなら避けるべきだと、私達はその場で様子をうかがうことにした。


 夜の帳が下りる森の中。私達は木の陰に身を隠しながら、瘴気溜まりの側に伏せるカースドファングの様子をうかがう。目に見える傷は塞がっているが、周囲を取り巻く闇――瘴気は最初と比べて明らかに少ない。浄化された瘴気が回復しきっていないのだろう。


 だが同時に、ある程度は回復していると考えることも出来る。多少なりとも瘴気を纏っているのなら、攻撃には幻影蝶と同じ毒の効果があるはずだ。


 もう一度浄化することが出来れば……と、私は胸元で輝くネックレスに手で触れた。

 いまの私は、二つのネックレスを身に着けている。一つはお兄様からもらったナビア製の護りの魔導具で、もう一つはセシリアが研究の手伝いで作った失敗作のお守りだ。

 それに気付いたマクシミリアンが口を開いた。


「それは聖女の魔力が込められた魔石ですか?」

「ええ。お兄様とセシリアからもらった魔石です。浄化用の魔石は別に確保しているので、これらはカースドファングに使うことが出来ます」

「その点については、こちらでも魔石を確保しているのでご安心を」


 マクシミリアンが答える。

 どうやら、セシリアの魔力が込められた魔石の在庫に関しては心配する必要がなさそうだ。なら、いざというときは、遠慮なく魔石を使おうと、二つのネックレスを握る。


「……ソフィア嬢?」

「いえ、なんでもありません」


 私は頭を振って、カースドファングに意識を向ける。

 だが、カースドファングは瘴気溜まりの近くに伏せたまま、まるで動こうとしない。瘴気溜まりで力を回復しているという予想が真実味を帯びてきた。


 早く浄化しなければ、シリル様を救う機会が失われる。

 でも、焦って失敗しても同じだ。


 焦燥感と争いながら待機していると、やがて満月が空の頂点へと達した。

 もうすぐ日付が変わる。

 それまでに瘴気溜まりを浄化しなければシリル様が死ぬ。


「これ以上は待てません。マクシミリアン隊長、お願い出来ますか?」

「無論、アラン陛下の許可が下りた作戦に否はありません。しかし、カースドファングはわずかながら回復しているように見えます」


 カースドファングの体表にわずかに闇が纏わり付いている。瘴気が復活しつつある証拠だ。つまり、いまのカースドファングの攻撃には幻影蝶と同じ毒の効果がある。

 その様子を見たあと、マクシミリアンは気遣うような視線を私に向けた。


「我ら騎士団の者、特に前衛は魔力がそう多くありません。ですから、毒に侵されても死ぬことはないかもしれません。ですが、ソフィア嬢は……」

「……ええ、分かっています」


 解毒ポーションの在庫はなく、供給が始まるまでも最短で数週間。魔力量の多い私が毒に侵されれば、確実に死ぬことになるだろう。

 それでも、私は諦めたくない。


 ここで諦めれば、シリル様は確実に死ぬ。

 セシリアの心にも傷がつくのは必然だ。エリザベスも、瘴気溜まりの浄化に失敗し、間接的な被害を出した者として攻撃されるだろう。

 そのどれか一つだって、私は受け入れたくない。

 だって、私が望むのは原作の、誰かの犠牲のうえに成り立つハッピーエンドじゃない。

 誰も犠牲にしない、誰もが幸せな未来だ。


 だから、私は諦めない。私の望む幸せな未来を、この手で掴み取るために。


「マクシミリアン隊長。私に、力を貸してください」

「……かしこまりました」


 マクシミリアンは私の願いに応じて立ち上がり、周囲で待機する騎士達に視線を向ける。


「これより、聖選の癒し手であるソフィア嬢が、瘴気溜まりの浄化をおこなう」


 声量を抑えた、けれど厳かな声が夜の森に響いた。騎士達の注目が集まる中、彼は静かな声で告げる。


「そのために、あの忌まわしき魔獣を排除しなくてはならない。それが出来るのは我ら第二騎士団だけだ。恐れるな! だが決して侮るな! あの忌まわしき獣に我らの威を示せ!」

「「「――応っ!」」」


 マクシミリアンの号令で、騎士達が展開。魔術を使える者が周囲に光源を放った。宵闇の中に、カースドファングの巨体がはっきりと浮かび上がる。

 と同時、こちらの動きに気付いたカースドファングが一直線に向かってきた。


「まだだ、もう少し引き付け……っ。――斉射!」


 マクシミリアンの号令で遠距離攻撃の手段を持つものが攻撃を開始する。カースドファングは慌てて回避するが、そのいくつかがダメージを与えた。

 カースドファングが咆哮を上げる。


 そうして、カースドファングと第二騎士団の命を懸けた戦いが始まった。

 カースドファングの動きは前回と比べても遜色がない。だけど、騎士団も負けてはいない。一人一人が獅子奮迅の活躍を見せ、一進一退の攻防を続けている。

 それを私は、五十メートルほど離れた場所で一人の護衛騎士と共に見守っていた。


「正面に立った者は防御に徹しろ、決して爪の攻撃を食らうなよ!」


 マクシミリアンが指示を出し続け、カースドファングにダメージを負わせていく。このまま何事もなければ、問題なく倒せるだろう。遠目にもそれが分かった。

 だけど次の瞬間、私の背筋に悪寒が走った。


 遠くで戦っているカースドファングと目が合ったのだ。


 もちろん、距離を考えればあり得ない。普通に考えて気のせいだろう。だけど次の瞬間、カースドファングは全力で私に向かってきた。


 そう思った瞬間、魔獣と私の距離はなくなっていた。わずか数秒、その一瞬で、カースドファングが五十メートルの距離をゼロにした。


「ソフィア嬢!」


 刹那、護衛の騎士が私を突き飛ばそうとしているのが目に入った。それに気付いた瞬間、私もまた護衛の騎士を突き飛ばす。


 互いに互いを突き飛ばし、二つに割れるように反対方向に倒れ込む。その瞬間、カースドファングがあいだを駆け抜けた。

 カースドファングは私の横すれすれ、騎士の身体を掠めて弾き飛ばした。


 反応速度、そして体重の差によって、騎士の体がわずかにその場に残った結果。

 騎士は地面の上をゴロゴロと転がり、近くの木の幹にぶつかって動かなくなった。


 すぐに治療が必要だ。

 けど、いまはそのタイミングじゃない。

 さきにカースドファングをどうにかしなければと起き上がる。

 刹那、私の視界に一輪の花が映った。


「あれは――」

「――避けろ!」


 マクシミリアン隊長の声、私はとっさに身体を捻る。

 私の視界の隅から、カースドファングの前足が襲い掛かってくる。

 避けきれないと思った瞬間、お兄様がくれた護りの魔導具と、ローブの護りが同時に発動。攻撃にわずかな遅延が発生する。

 私はその猶予に全力で身体を捻り――ギリギリで回避する。


 その瞬間、私の目の前にカースドファングの巨体があった。いましかないと、胸元で輝く金色――人工魔石をネックレスから引きちぎり、カースドファングに叩きつける。

 刹那、魔石は砕け散った。


 まだ魔力を込めていない。

 セシリアのくれた脆い魔石の方だった。それに気付き失敗したと焦るが、カースドファングは苦しげに咆哮、私から逃げるように飛び下がった。そこに、「ソフィア嬢、無事か!」とマクシミリアン達が駆けつけた。


「え、ええ、無事ですが……」


 なにが起きたのかと混乱していると、マクシミリアンが「あの状況で瘴気を浄化するなど無茶が過ぎる。まあ、そのおかげで助かりましたが……」と口にした。

 それに驚いて視線を向けると、カースドファングを覆う闇が消えていた。


 ……どうして? 魔石は砕けたのに。いや、砕けたときに魔力が零れたから、私の魔力で追い出すのと同じ効果が生まれた、ということ?

 そんな推測をするが、それを確認する時間はない。


「マクシミリアン隊長」

「分かっている! 敵は弱体化した! 今度は、絶対に逃がすな!」


 マクシミリアンの号令のもと、騎士がカースドファングを取り囲む。

 再び繰り広げられる壮絶な戦い。騎士達は一人、また一人と負傷していく。だが瘴気が浄化されたことで毒を受けないのが幸いした。

 彼らは少しずつカースドファングにダメージを負わせ、森に獣の慟哭が響き渡った。

 それが途切れたとき、騎士達から歓声が上がる。


「安心するな! 周囲の警戒。治癒魔術を使える者は負傷者の治療だ!」


 マクシミリアンの指示が飛び、騎士達はすぐに気持ちを切り替えて動き始めた。その様子に、私はほっと一息――して息を呑んだ。

 恐る恐る、右腕に視線を向ける。服の袖が破れ、そこに一筋の傷が残っていた。


「ソフィア嬢、その腕は、まさかっ!」

「……ええ、カースドファングの爪を避けきれなかったようです」

「くっ、浄化するまえか。すぐに手当を――!」


 女性の騎士が駆け寄ってきて、傷より上のところで腕を縛る。それから、私の服の袖を裂いて傷口を露出させると、水で傷口を洗い流した。


「……ソフィア嬢、体調はどうだ?」

「熱があるように思います。恐らく、あまり猶予はありません」


 カースドファングの攻撃を受けた場合、毒の症状はすぐに現れる。

 それは前回の戦闘で確認済みだ。

 私は覚悟を決め、魔力が動くうちに瘴気溜まりを浄化すると口にする。


 マクシミリアンは痛ましい顔をしながらも、「了解した」と口にした。そうして、マクシミリアン達に護られながら、私は瘴気溜まりのまえに立つ。


 セシリアからもらったお守りの魔石は砕け、お兄様からもらった護りの魔導具はその力を使い果たし、魔石の色は透明に戻っている。私はマクシミリアンから受け取った魔石を握り、その魔石ごと瘴気溜まりに手を押しつけた。

 沼に手を突っ込んだような抵抗があり、ゆっくりと手が沈み込む。


「これで、魔力を溢れさせれば……」


 右手に魔力を流す。既に毒の影響が現れているのだろう。いつもよりも魔力が動きにくい。それでも、魔石の魔力を追い出す程度ならなんの問題もない、はずだった。

 だけど――


「魔力が、瘴気溜まりに吸われている?」

「エリザベスもそう言っていました。やり方が違っているのかと思いましたが……」

「……いえ、いまにして思えば、前回私が浄化したときもそうでした」


 瘴気溜まりに魔力を吸われ、魔石の魔力を追い出せない。浄化できない理由はそれだ。

 エリザベスの予測が正解。


 だとしたら、全力で魔力を流せば、前回と同じように浄化できるはずだ――と魔力を動かそうとする。だけど、思ったように魔力が動かず、なけなしの魔力は全部瘴気溜まりに吸い込まれていく。

 あと少し、もう少し流せばきっと!


 そう思って必死に魔力を流し続けるけれど、瘴気溜まりは消えてくれない。


「ソフィア嬢、顔が真っ青だ!」


 肩を引かれる――けれど、私はその手を払い除けた。


「邪魔、しないでください! 私がこれを浄化しなきゃならないんです!」

「ソフィア嬢っ、冷静になれ! このまま続けて、浄化できるのか? そなたが倒れたら、それこそ本当にあとがないのだぞ!」

「――っ」


 マクシミリアンに一喝されて我に返った。

 私は瘴気溜まりから手を離して深呼吸をする。一度に多くの魔力を失った反動か、急に意識が遠くなる。このまま目を瞑れば楽になれるのだろう。――けれど、私は歯を食いしばってその誘惑に抗った。


「ソフィア嬢、大丈夫か?」

「……ええ、おかげで、冷静になりました」


 そう答えながら、私はどうするべきかを必死に考える。


 たぶん、前回と同じ方法で浄化はできる。だけど、毒を受けたいま、前回と同じ方法は使えない。あのとき、私がカースドファングの攻撃を躱せていればと唇を噛む。


 ……まただ。

 私は、また後悔してる。


 だけど――と、私は自分の頬を叩いた。

 諦めない。

 いま出来ることを考えるべきだ。


 まず、いまの状態で、膨大な魔力を使って魔石の魔力を追い出すのは不可能だ。

 だけど――と、考えるのは、原作の設定。


 原作の聖女候補達は、聖女の魔力を使って瘴気溜まりを浄化した。

 私以外にも出来るはずなのだ。

 聖女候補達に出来ることが、その中でも優秀なエリザベスに出来ないはずがない。

 だとしたらと考える私の脳裏に、わずかな希望の光が見えた。


「……方法が、違う?」

「なにか分かったのか!?」

「確証はありません。けど……」


 マクシミリアンに答えつつ、油断すれば落ちそうな意識で必死に考えを纏める。


 聖女候補達に出来ることが、その中でも優秀なエリザベスに出来ないのはおかしい。

 なら、私のやり方が原作と違っていたら?


 原作と違う、私にしか出来ないやり方で浄化していたのだとしたら、エリザベスに出来ないのは必然だ。そしてそれは、他にもっと簡単なやり方がある、と言うことでもある。

 そして、私はその答えを既に目にしている!


「マクシミリアン隊長、砕ける寸前まで、魔石にひびを入れることは出来ますか?」

「それなら、ちょうど戦闘でひびの入った魔石がある」


 マクシミリアンがそう言って、人工魔石を用意してくれる。金色に輝く人工魔石は、彼が言うように多くのひびが入り、いまにも砕けてしまいそうだ。


「これでいいか?」

「はい、これなら、きっと」


 私はその魔石を受け取り、再び瘴気溜まりに手を沈めた。この状態でも、自分の魔力で聖女の魔力を追い出すことは出来ないだろう。

 だけど――


「お願い、砕けて!」


 瘴気溜まりの中でギュッと手を握る。けど、上手く力が入らない。魔力を使いすぎたからか、それとも毒の影響か、恐らくその両方だろう。私は歯を食いしばって、右手を必死に握りしめた。直後、手のひらの中でパキンと崩れるような感触があり、拳が綺麗に閉じる。

 そして、闇の塊そのものだった瘴気溜まりに光の亀裂が走り、光に侵食されて砕け散った。


「浄化、された……瘴気溜まりが浄化されたぞ!」


 背後で見守っていた騎士達から歓声が上がる。だが、隣にいたマクシミリアンの顔は引きつっていた。


「ソフィア嬢、いまのはいったい……」

「聖女の魔力で、瘴気溜まりを浄化しました」

「……ですが、いまのは……」


 隣にいた彼には、私が魔石を砕いたのだと分かったのだろう。

 信じられないと言いたげな顔。でも、気持ちは分かる。魔石を砕くだけなら、聖選の癒し手がおこなう必要なんてどこにもない。むしろ、力の強い騎士の方が適任だ。

 なのに、原作ではどうして元聖女候補達が……と、思考の海に沈みかけた私は他に優先するべきことを思い出した。


「まだ、日にちは変わっていませんよね?」


 重い身体に鞭を打って空を見上げる。頂点にあった満月は少し傾き始めたが、時間を確認したマクシミリアンが「大丈夫です」と口にする。


「なら、合図を――魔光を空に打ち上げてください」

「それが、さきほどの戦闘で負傷して……」


 マクシミリアンが向けた視線の先には、私を庇って負傷した騎士の姿があった。

 彼が護衛に選ばれたのは、合図を送る役割も担っていたから、なのだろう。


「他に、魔術師は?」

「……合図を上げられるものはいません。聖女を迎える上で、部隊を大きく分けましたから」

「そう。なら、私が最後の希望、というわけね」

「大丈夫、なのですか?」


 その問いには微笑みだけを返し、気力を振り絞って空を見上げた。

 疲れた。このまま倒れて眠ってしまいたい。

 でも、まだダメだ。合図を送るまで倒れる訳にはいかない。

 そう自分に言い聞かせ、右腕に魔力を集めようとした。だけど、驚くくらい魔力が動かない。

 カースドファングの毒が全身に回り始めている。


「――あと少し、なのよっ」


 魔力に意識を集中させると、わずかな反応があった。だけど、わずかな魔力を手のひらに集めただけなのに、前世の身体で走ったときのように苦しくなる。魔力を感じ取るのが難しく、魔術が上手く構成できない。


「ソフィア嬢、いま部下を森の入り口へ向かわせました。そちらに到着次第、合図を送りますので、どうかもうお休みください」

「それじゃ、間に合わない」


 ここで諦めたら、いままでの努力がすべて水に泡だ。


 前世の私は、何度も何度も諦めてきた。

 そうすることしか出来なくて、そのたびに悔しい思いをさせられた。

 私は、その悔しさを誰よりも知っている。

 だから――


「こんな、こんな苦しさくらいで、負けるもんかっ!」


 自分の中にある残った魔力すべてを右腕に流し込もうと全力を込めた。全身に激痛が走り、目がチカチカするし、胸が苦しい。

 それでも、右腕に魔術を発動するだけの魔力が集まったのを感じる。


「――お願い!」


 私は右腕を空に向け、最後の力を振り絞って魔術を打ち上げる。

 空に、小さな、小さな光が生まれる。

 合図の光と全然違う。そもそも気付いてもらえないかもしれない。でも、もう一度、魔光を打ち上げる余力はない。

 だから、どうか――


「……気付いてっ」


 ふらふらになりながら開けた場所に足を運んだ。ここからなら、王都へ続く空が見える。

 祈るような気持ちで空を見上げるが、いくら待っても次の光が上がらない。


「……気付いて、もらえなかった?」


 絶望に打ちひしがれて下を向いた、直後。

 周囲が急に明るくなった。


「ソフィア嬢!」


 マクシミリアンが声を上げ、周囲からも歓声が上がる。

 私が顔を上げると、近くの空に合図の光が浮かんでいた。そして、一瞬遅れで、もう少し向こうの空にも光が上がる。それが二つ、三つと続き、空に光の道標が現れた。

 それは王都に向かって、森の木々で見えなくなるまで続いていた。


「……アイリス、貴女なの?」


 最初の光、明らかに近くだった。それもたぶん、森の中程くらいの位置。


 私の消えそうな魔術を見て、成功の合図だと理解してくれた相手を思い浮かべて笑みを零す。

 次の瞬間、気の抜けた私は意識を失いそうになってへたり込んだ。


「ソフィア嬢、大丈夫ですか!?」

「あはは、少し、無理をしすぎちゃった、みたい」

「失礼――すごい熱だっ。伝令を先行させろ。彼女を最速で王都まで運ぶ!」


 マクシミリアンはすごい剣幕で部下達に命令を下している。

 私はそんな彼の腕を掴んだ。


「……ソフィア嬢?」

「一つ、お願いがあるの」

「――っ。伝言なら、自分の口でお伝えください!」


 遺言を残そうとしていると思われたらしい。それに気付いた私は、違うわと力なく苦笑して、さっき魔獣の攻撃を回避して飛び込んだ辺りを指さす。


「……あの辺り、で……アンチュリスの花を、見たわ」


 あとはお願いねと呟いて、私はゆっくりと意識を手放した。

 

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乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない2巻、8月25日発売予定

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