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乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない ~やらかすまえの、性格以外は完璧なスペックの悪役令嬢に転生しました~  作者: 緋色の雨
一章

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エピソード 3ー1

「ソフィア、聖女候補の試練で優秀な成績を残したそうだね、おめでとう」


 魔導具の灯りに照らされたウィスタリア邸宅のリビング。

 ローテーブルを囲うようにソファが配置されている。そこでいつものように家族の団欒を楽しんでいると、向かいのソファに座っていたお父様からお祝いの言葉をいただいた。続けて、隣に座るお母様と、斜め横に座るお兄様からもお祝いの言葉をもらう。


「……ありがとうございます」


 複雑な表情を見せれば、お兄様から「あまり嬉しそうじゃないな」と指摘された。


「そうなのか?」

「あら、治癒魔術で無理をしすぎたのかしら?」


 向かいに座るお父様が不安そうな顔をして、隣に座るお母様は私の手を握った。私は「体調は平気ですが……」と、どこまで話したものかと言葉を濁す。


「そういえば、ソフィアは自分が聖女ではないと言っていたな。それが理由なのか?」

「それもあります。ただ……」


 事情を打ち明けて迷惑を掛けることを恐れる。そんな私の内心を見透かしたように、お兄様が「なにかあれば俺を頼れと言っただろう」と微笑んだ。


「……ありがとうございます、お兄様。……では、聞いていただけますか?」


 私が覚悟を決めて問い掛けると、三人は神妙な顔で頷いてくれた。私の家族は優しくて頼りになる。私は実はと、表彰式の場で知ったことを口にした。


「……瘴気溜まりが発見された、だと? そのような情報は入ってきていないが、ソフィアの聞き間違いなどではないのか?」

「そうだったらいいのですが……」


 陛下に耳打ちした騎士の様子は脳裏に焼き付いている。声は聞き取れなかったけれど、そのときの唇の動きはたしかに、『瘴気溜まりを発見』という単語を紡いでいた。


「……あなた。瘴気溜まりということは?」

「ああ。神のお告げ通り、この大陸に危機が訪れたということだ」


 二人は思ったより冷静に現実を受け止めている。だが、まだ若いお兄様は実感がないのか「瘴気溜まりなど、実際にあるのですか?」と口にした。


「……お父様、つまり先代当主から伝え聞いただけだが、瘴気溜まりが過去にも発生したことは間違いない」


 お父様はそう言って、伝え聞いたという当時のことを話してくれた。そのときは当代の聖女が騎士団と魔術師達を率い、多大な犠牲を出しながら、いくつもの瘴気溜まりを消し去ったらしい。それを聞いたお兄様が眉を寄せる。


「聖女は瘴気溜まりを簡単に消すことが出来ると伝え聞いていますが?」

「それも間違いではない。だが、瘴気溜まりを消すことが出来ても、瘴気溜まりに近づくことが困難なんだ。周辺には瘴気溜まりの産んだ魔物で溢れかえっているからな」


 お父様はそこで声を潜め「民に混乱を招くような情報は伏せられているのだ」と続けた。それを聞いたお兄様が太ももの上で拳を握りしめる。


「――お父様は、それを知っていながらソフィアを聖女候補に推薦したのですよね? お父様はソフィアが危ない目に遭ってもかまわないとお考えなのですか?」

「アルノルト、なんてことを言うの!」


 反射的にお母様が声を荒らげる。だけどそれをお父様が遮った。


「クレア、いいんだ。アルノルトが怒るのも無理はない。だが、私はソフィアを推挙した訳ではない」


 意外な事実だった。私はてっきり、親馬鹿な感じで『うちの娘は聖女に違いない!』なんて騒いだのだと思っていた。それは兄も同じようで、「ならばソフィアが聖女候補に選ばれたのはなぜですか?」と尋ねる。


「半年前の一件でソフィアの知名度が上がった結果だ」

「だとしても、危険だと知っていたならば辞退すればよかったではありませんか!」

「私とて、出来ることならばそうしていた。だが、聖女候補を辞退することなど出来ぬ。そのようなことをすれば、ソフィアは臆病者と罵られることになっただろう」


 お兄様は息を呑み、それから「疑って申し訳ありませんでした」と口にした。


「いいんだ。私がおまえの立場でも、同じように怒ったはずだからな」


 家族が私のためを思って喧嘩をした。その事実に申し訳ないと思いつつ、幸せだなと思ってしまう。私は不意に前世のことを思い出した。


 お父さんとお母さんはいつも私のことで喧嘩をしていた。

 もしかしたら、その理由の中にも、少しは私を思うがゆえのことはあったのかな? もうたしかめることは出来ないけれど、そうだったらいいのになと不謹慎にも思ってしまう。


「ソフィア?」


 お兄様に呼ばれて顔を上げる。ソファから立ち上がったお兄様が私を覗き込んでいた。淡いブルーの瞳が心配そうに私を見つめている。


「……お兄様、どうしたのですか?」

「それはこっちのセリフだ。もしかして、聖女候補であることが重荷なのか?」

「いえ、それは……」


 重荷というよりも、私は自分が聖女じゃないと知っているだけだ。それを口にしようとした直前、隣に座るお母様が私を抱きしめた。


「ソフィア、嫌だったのなら、聖女候補を辞退してもかまわないのよ」

「……なにを言っているのですか?」


 すごくびっくりした。

 聖女候補を辞退して名誉が失墜するのは私だけじゃない。ウィスタリア公爵家の名誉も地に落ちる。


 ましてや、私が本物の聖女だったなら、人類が滅びることになる。それを理解してなお、辞退してもかまわないなんて言えないはずだ。

 そう思った私は、お母様の腕の中からお父様を盗み見た。


「ソフィア。ウィスタリア公爵家の当主としては、おまえには聖女候補としての役目を果たして欲しいと思っている。だが、父親としては別だ。おまえがその役目から降りるのなら、後のことは私が全力でなんとかしてやろう」

「……お父様」


 本当にそれでいいのかと、意見を求めて視線を彷徨わせるとお兄様と視線が合った。彼もまた、父の意見を肯定するように頷いた。

 きっと本気で言っているのだろう。周囲に叩かれることを軽く見ている訳じゃない。石を投げられる覚悟で、私を護ろうとしてくれているのだ。

 本当に優しい家族だ。幸せすぎて失うのが怖くなってしまう。

 でも、だからこそ――


「私は、聖女候補としての役目を果たします」


 私はお母様の腕の中からそっと抜け出した。私を見つめるお母様の瞳がゆらりと揺れた。目の端にはわずかに涙がにじんでいる。


「……ソフィア、貴女はそれでいいの?」

「私は、お母様やお父様、お兄様が大好きです。許されるなら、この家でのんびりとした毎日を送りたいって思います。でも、このままじゃそれが出来なくなっちゃう」


 私の言葉を聞き、お母様は目を見張った。


「だから、逃げないというの? 貴女が、聖女だから?」

「いいえ、私は自分が聖女だとは思っていません」

「だったら……」


 逃げればいいと、お母様がそう口にするまえに首を横に振った。


「私が逃げれば、きっと他の人も逃げてしまうでしょう。だから、私は逃げません」


 世界を救うのに必要なのはセシリアだ。だけど、彼女一人で世界を救える訳じゃない。だから、未来を知る私がセシリアを支える。それは義務じゃなくて、私が自分の幸せを護りたいからだ。そんな決意を露わにすれば、お母様はウィスタリアの瞳に涙を浮かべた。


「……分かったわ。貴女が決めたのなら、私はそれを応援するわ」


 お母様が私をぎゅっと抱きしめた。直後、向かいの席から立ち上がったお父様が、私とお母様を一緒に抱きしめる。私は二人に抱きしめられて身動きが取れなくなった。

 でも、それが嫌だなんて少しも思わない。


「ソフィア、おまえは自慢の娘だ。だが、無理はしなくていい。もし嫌になったらいつでも逃げなさい。そのときは、私が全力で護ってやろう」

「……はい、ありがとうございます」


 私は両親の愛情を噛みしめながら、近くにいるお兄様に視線を向ける。


「……お兄様も一緒に抱きしめてくださいますか?」


 コテリと首を傾げると、頭を優しく撫でられた。そうして家族の絆を確かめ合った翌朝、運命を変える聖女候補への召集のお手紙がアラン陛下より届いた。

 

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