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召喚され損ねたこの世界で、ありのままに生きてみる  作者: オオマンティス
迷宮都市ランパード編

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究極の組み合わせ

取り残された私とエリスさん。  

エリスさんが、ぽかんとした顔で私を見る。


「……ねえ、リィア。今の、勇者パーティの賢者よね? 一体なんの話をしてたの? すごくシリアスな顔してたけど」


「お醤油の保存方法について、熱く語り合っていました」


「嘘おっしゃい! 絶対違うでしょ!」


 私は誤魔化すように笑って、壺を抱え直した。


(高坂静流……。彼女は、敵にはならないかもしれませんね)



「さあ、エリスさん! 難しい話は終わりです! お醤油と白い宝石を、一刻も早く胃袋に収めなければなりません」


「……またその話?」


「ええ。宿を探しましょう。それも、厨房を貸してくれるような、融通の利く宿を!」


私は鼻息荒く宣言する。  

エリスさんは「はいはい」と肩をすくめた。




私たちは大通りを外れ、少し落ち着いた雰囲気の宿屋街へと足を向けた。  

数軒の宿を品定めし、私がビビッときた一軒の宿――「陽だまりの猫亭」という看板が掲げられた、こぢんまりとしているが清潔そうな宿の前で足を止める。


「ここです。ここから、家庭的で温かい気配を感じます」


「……単に、看板猫が可愛かったからじゃない?」


 入り口で昼寝をしていた三毛猫を撫でつつ、私たちは扉を開けた。



 ◇



受付に出てきたのは、人の好さそうな恰幅のいい女将さんだった。  

私たちは部屋を二つ取り、さらに私は厚かましくも交渉を持ちかけた。



「あの、追加料金はお支払いしますので、少しだけ厨房をお借りできませんか? どうしても、自分で作りたい故郷の料理がありまして」


「厨房かい? まあ、夕飯の仕込みも終わったところだし、火の元に気をつけてくれるなら構わないよ」


「ありがとうございます! あと、新鮮な卵を二つ、譲っていただけますか?」


女将さんの快諾を得て、私は意気揚々と厨房へ乗り込んだ。  


エリスさんも「お手並み拝見といこうかしら」とついてくる。



鍋に研いだお米と水を入れ、火にかける。  ここが勝負どころだ。


火加減の調節は、魔法使いの腕の見せ所。  


強すぎず、弱すぎず。お米の一粒一粒が立ち上がる、完璧な炊き上がりを目指して――。


「……あんた、魔獣と戦うときより真剣な顔してるわよ」  


入り口で腕を組んで見ていたエリスさんが、呆れたように呟く。


「当然です。一瞬の油断が命取りになりますからね」

「大袈裟ねぇ。で、何ができるのよ?」


「ふふふ……見ていてください」



数十分後。  鍋の蓋を開けた瞬間、湯気と共に、甘くふくよかな香りが厨房いっぱいに広がった。


「わぁ……!」


 艶々と輝く、真っ白な炊きたてのご飯。  それは、この世界の硬いパンや麦粥とは違う、どこか懐かしくて優しい輝きを放っていた。



 ◇



 私たちは部屋に戻り、テーブルに向かい合って座った。  


目の前には、ほかほかの白米が盛られた器。  そして、新鮮な生卵と、例の黒い液体――お醤油が入った小瓶。


「……リィア。本当に、これを食べるの?」


 エリスさんが、生卵とお醤油を交互に見ながら、まだ疑わしそうな目を向ける。


「ええ。騙されたと思って、私の真似をしてください」


私はまず、白米の中央に小さなくぼみを作る。  

そこに卵を割り入れ、黄金色の黄身をぽとりと落とす。  

そして――仕上げに、お醤油をひと回し。


 黒いしずくが熱々のご飯と卵に触れ、香ばしい匂いがふわりと立ち上った。


「……あら、いい匂い」  

エリスさんが、くん、と鼻を鳴らす。


「でしょう? さあ、よく混ぜて……いただきます!」


 私はスプーンで全体をかき混ぜ、黄金色に染まったご飯を口へと運んだ。


 ――っ!


 口の中に広がる、濃厚な卵のコク。お米の甘み。  

そしてそれらをまとめ上げる、芳醇な塩気と旨味。  

単純なのに、奥深い。


「……おいしい……!」


思わず頬が緩む。  


「そ、そんなに?」


私のあまりの幸せそうな顔を見て、エリスさんも恐る恐るスプーンを手に取った。  

一口すくって、パクり。


もぐもぐ、と口を動かし――。  

カッ、とエリスさんの目が大きく見開かれた。


「……な、なにこれ!?」


「どうですか?」


「美味しい! 嘘でしょ!? 生卵ってこんなに濃厚なの!? それにこの黒い汁……ただしょっぱいだけじゃなくて、すごく深い味がする!」


 エリスさんのスプーンが加速する。  さっきまでの疑いはどこへやら、夢中になって口に運んでいる。


「ふふん。でしょう? 私の鼻に狂いはないんです」


「悔しいけど、認めるわ! あんたの食い意地は伊達じゃないわね!」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 二人並んで、夢中でご飯をかきこむ。  窓の外からは地上の街の喧騒が聞こえてくるけれど、今の私たちにはこの食卓が世界の全てだった。


 あっという間に器を空っぽにして、私たちはふぅーっと満足げな息を吐いた。  女将さんが出してくれた食後のお茶を飲みながら、ゆったりとした時間が流れる。


「……はぁ、美味しかった。まさか異国の調味料でこんなご馳走ができるなんてね」


 エリスさんがお腹をさすりながら笑う。


「ええ。良い買い物をしました」


私はお茶を啜りながら、昼間の出来事を思い返していた。  

高坂静流の言葉。王国の嘘。そして、これから待ち受けるであろう陰謀。  シリアスな問題は山積みだ。


 でも――。


「……ま、難しいことは明日考えましょうか」


「そうね。明日はどうするの? リィア」


「そうですね……。お腹も心も満たされましたし」


 私は窓の外、夜空にそびえる迷宮の入り口を見上げた。


「明日は、転移装置で戻って、第21階層へ行ってみましょうか」


「確かに、路銀も稼がないといけないし……なにより、深層の魔物の素材は強力な武器にもなるしね」

しばらくご飯パートだったので、次回より迷宮攻略編です。

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― 新着の感想 ―
卵かけご飯を国民食として王国に根付かせよう(過激派)
その卵は生食用なんですかね。日本の卵は厳しい衛生管理によって賞味期限が切れてたり、卵の殻が割れてでもいない限りは食中毒になりませんが、海外では日本のように卵を生食で食べる文化が一般的なものではありませ…
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