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23.王女の右腕


-レグノ王国 王国城内 応接室-



「……レム王。ただいま、アリー殿から通信が。まもなくフィヨーツへ到着するとのことです」

「そうか。御苦労」


 応接室にてアリー達からの一報を待っていたレム王とユスティ。

 先発隊からの無事の報告を今か今かと待ち続け、ようやく届いた連絡に胸をなでおろす。


「このまま、生命の樹の転生が終わるまで、何事もなければいいのですが」


 しかし、安堵するのもつかの間。すぐにユスティは(うれ)わしげな表情を浮かべ、右手に握り締める通信用の魔道具をじっと見つめる。


「いまは、ただただ無事を祈ろう」


 そんな配下の様子を見るレム王も、両手を前に組み、先発隊の安寧を一心に願う。


「ユスティ、今すぐ後発隊の人員に出発の準備を行うよう伝えておくれ」

「かしこまりました」


 レム王からの命を受けたユスティ。長椅子から立ち上がり、レム王に向かって一礼すると、勢いよく部屋を出ていく。


「…………頼んだぞ、ローミッド」


 一人残ったレム王。長椅子に座りながら、組んでいた手を自身の両ひざの上に乗せては強く握りしめ、物も何も置かれていないガラス造りのテーブルの上を静かに見続けるのだった。




-エルフ国 フィヨーツ 正門前-



「っ! そこの馬車、止まれ!」


 一つ見上げれば天にまで届きそうな巨大な木造の門。

 森林深くに囲われたその防壁門の周りを警護する複数のエルフ達が、ゆっくりと近づいてくる一台の馬車に気付き、制止するように命ずる。


「私だっ! エルフ国の皆様方!」


 エルフ達に囲まれた馬車から姿を現したのはアリー。敵意がないことを示しながら馬車から降りると。


「同盟国、レグノ王国より。レグノ王国軍エルフ国防衛部隊部隊長、ツェデック・アリー。レム国王の書状を持って、ただいま御国へと帰還いたしました」


 レム王から預かっていた書状をエルフ達の目の前に掲げながら、口上を述べる。


 暫しの間。


「書状をこちらに」


 一人の若いエルフの青年がアリーの下へと駆け寄ると、アリーに書状を渡すように命ずる。


「どうぞ」

「” Verify(ベリファイ) “ -照合せよ-」


 アリーから書状を受け取ったエルフの青年は書状に手をかざし魔法を唱え始めると、手の平に収まるほどの、淡黄色に光る小さな魔法陣を浮かべて書状が本物であるかどうかを確かめる。そして。


「ツェデック・アリー様。こちらの書状、本物であることを確認いたしました。この度は無事の帰還、御苦労様です」


 かざした掌から放たれた淡黄色の光が淡青色へと変化したと同時、その書状が本物であると確認したエルフの青年は検閲を終え、アリーへ頭を下げると門の中へ通そうとする。


「待て」


 だがその時。


「そこにいる者。何者だ」


 先ほどからアリー達の馬車をじっくりと観察していた別のエルフが、ある人物を一点に指差し、案内を行おうとするエルフの青年を止める。


 指差した方向にいた者は、エレマ体を装着した彩楓。アリー達とは違い、一人だけ淡緑色のモビルスーツを着た彼女の姿は浮いて目立ってしまっていたのだ。


「彼女は我々レグノ王国との同盟国先の兵士であり、もう一つの世界、地球から来た者になります」


 彩楓の存在に懐疑的な態度を見せるエルフに対し、直ちにアリーが彩楓のことを紹介する。


「口上、遅れて申し訳ございません。わたくし、レグノ王国と同盟関係であります、もう一つの世界、地球より、日本国から参りました。エレマ部隊所属、左雲彩楓と申します。この度、エルフ国フィヨーツ及び生命の樹への魔族襲来に備える為、ツェデック・アリー氏と共に同行させて頂きました」


 彩楓も馬車から迅速に降りては、自身を指差すエルフに向かって頭を下げ、口上を述べる。


「地球? エレマ部隊?」


 しかし、聴き慣れない言葉にエルフは両腕を前に組み、更に眉を吊り上げ彩楓のことを睨みつける。


 すると。


「っ! 待てよ、たしかエレマ部隊って……」


 今度は金髪ロングの女エルフが、何かを思い出したかのように顔をハッとさせると。


「こいつ……前に人族に化けてアタイ達の軍を襲おうとした奴らじゃないかっ!」

「「っ!?」」


 声を張り上げながら、唐突に手に持っていた長槍を彩楓に向ける。


 女エルフが思い出したのは、かつてエレマ隊員に化けたエセク達が戦場を大混乱へと陥れ、レグノ王国と日本国の国交が一時的に断絶することとなった戦のこと。


 女エルフの言葉にその場の空気が一変し、他のエルフ達も一斉にアリー達に武器を向け始める。


「ま、待てっ! 彼女は違うっ!」

「皆様、落ち着いてください!!」


 エルフ達が取った行動に、慌てたアリーとローミッドが彩楓の前に立ち弁明する。


「エルフの皆様方っ! この方は決して害をなす者ではありません!!」


 オーロも二人に続いて懸命に説得を試みようとするが。


「黙れっ! まさか貴様達も魔族の手先っ!!」


 人間に化けたエセクを見破る事が出来る彼女の言葉ですら、エルフ達は耳を貸そうとせず、武器を突きつけながらジリジリとアリー達との距離を詰めていく。


「くっ!」


 流石に身の危険を感じた四者。

 自衛のため、咄嗟にローミッドが腰に下げる剣に手を掛け戦闘態勢に入ろうとした。


 その時。


「やめないかっ!!」

「「「っ!」」」


 突然、正門が開いたと同時、辺り一帯に低く轟く声が発せられる。


「全員、今すぐに武器を降ろすのだっ!」


 大声を上げながら現れたのは、周りのエルフ達よりも幾段と老けた顔をした男エルフ。

 周りのエルフ達と比べ一段と立派な服装を着ては、険しい表情を浮かべながらゆっくりと、正門の内側からアリー達の下へと歩んでいく。


「マルカ殿……」


 目の前に現れた年老けた男エルフの顔を見て名を口にするアリー。


「話はある程度、ユスティ殿から事前に聞いている。そなたら、今すぐに彼らを中へと通して差し上げよ」


 アリーからマルカと呼ばれた男エルフは、すぐに周りの同族達へ指示を出し始め、その場を取り仕切ろうとする。


「し、しかし……」


 それでも納得がいかない表情を見せ、なかなか構えた武器を降ろそうとしないエルフ達。


「……なら、これならどうだ」


 刹那。


「” צורה(ズオー)אמיתית(アミティーツ)”-真の姿を-」

「「「っ!?」」」


 ほんの一言、マルカが技を唱えた瞬間。マルカを中心に白く描かれた巨大な魔法陣が地面に現れ、そこから眩い金色の光が放たれる。


「こ、これはっ!?」


 あまりの眩しさにアリー達と門番のエルフ達は目を瞑り、両腕で顔を覆う。


「っ!? なにごとだっ!?」


 いまこの時まで、一人平然と馬車の中で寝ていたザフィロも異様な魔力の高まりに驚き、飛び起きる。


 暫くして。


「……見ろ」


 辺り一帯を金色に染め上げた光は徐々に弱まっていき、最後は魔法陣と共に消え去ると。


「たった今、高密度のマナをこの場全員に浴びせたところにしても、誰一人として姿を消された者はおらん」


 マルカは辺りを見渡し、ローミッド達の誰一人として姿かたちが変わっていないことを伝える。


「い、いまのは……」


 初めてエルフによる技を見た彩楓。口をぽかんと開けてはその場に立ち尽くす。


「さぁ、急ぎなさい」

「あっ。は、はいっ!」


 彩楓と同様に、門番のエルフ達もマルカによる技に圧倒され呆気に取られていたが、再びマルカからアリー達の案内を命ぜられると、急いでアリー達の下を離れ、半端に開いた門を馬車が通れるぐらいにまで開き直しに掛かる。


「あの御歳でまだこれほどの力があるとは……」

「流石は、()()()()()……」


 馬車に乗り込みながら、門番達とともに正門へと向かおうとするマルカの背をまじまじと見つめるアリーとローミッド。


「す、すごかったですね……」

「……ふんっ、あれくらいの技、わたしでもできるわ」


 同じく馬車へと乗り込もうとするオーロとザフィロ。

 オーロもアリー達と同じようにマルカに羨望の眼差しを送るが、ザフィロは眠りを邪魔されたことと、マルカが放った技に対する嫉妬心でご機嫌斜めになる。


「っ! いかん、私も行かねば」


 そんな中、ようやく我に返った彩楓。

 馬車へ乗り込むオーロ達の様子を見て、自身も急いで乗り込もうとその場から駆け出した。


 その時だった。



 久方ぶりだな――



「っ!? 誰だ!!」


 突然、彩楓の耳元で囁かれたのは謎の声。

 驚いた彩楓がすぐに周りを見渡すも。


「……誰も、いない?」


 辺りにはそれらしき人物はおらず。

 あるのはオーロ達が乗った馬車と、フィヨーツを囲う森林のみ。


「い、いや……。確かにいま」


 誰もいない森林を見つめる彩楓。


「……? 何をしていらっしゃるのです。また魔族が攻め入る前に、早く結界の中へ」


 そんな彩楓の様子に痺れを切らし、声を荒げるマルカ。


「は、はいっ!」


 マルカに呼ばれた彩楓は慌てて返事をし、動き出す馬車に乗り込もうと再び駆け出す。


「さぁ、こちらへ」


 馬車に全員乗り込んだことを確認したマルカが、完全に開かれた正門の側でアリー達を丁重に迎える。


「(先ほどのは、一体……)」


 マルカのお陰により、何とか入国することが出来た先発隊。

 皆がフィヨーツの景色を見つめる中、ただ一人。彩楓だけが徐々に閉まりゆく正門の隙間から見える森林の奥を、ただ静かに、じっと凝視し続けるのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます

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