第百二十一話『解離』
余計な色が無くなった白黒の世界は僕に安らぎを与えた。
アイが流した真っ赤な血も、この世界では黒に溶け込む。
床に転がったアイの頭を僕は優しく抱き抱える。
アイの死が原因なのか、ソラ、リーフ、イーリス、フレアの四人の少女達も意識を失い、その場に倒れ、完全に動きが止まっていた。
前線の四人が動かなくなったことにより、残りの六本の首が一斉に僕の方へと向かってくる。
アイの頭を抱えた僕の両手はふさがり、退路は残されていない。しかし、不思議と焦りは無い。僕はすでに、失敗しているのだから。
一を取りこぼした僕には、残りの九を考える余裕は残っていなかった。
退路は要らない。
覚悟も要らない。
常識も要らない。
秩序も要らない。
後はもう、奪うだけだ。
「ねじ切れろ」
それはきっと、僕が発した言葉だ。
正面から向かってきた六本の巨大な首が、勢いよく引き千切れた。
千切れた首は倍に増える。当然だ、僕に炎は使えない。
「ねじ切れろ」
再び僕は命じる。
これで二十四本。
「ねじ切れろ」
四十八本。
「おい、やめろ、フィロス!!」
リザがよくわからないことを言う。
「少し、静かにして」
僕は穏やかにそう言った。強く言っては殺してしまうから。
すると、リザはすぐに口を閉じてくれた。
はやく、続きをしなくては。
「ねじ切れろ」
九十六本。
「ねじ切れろ」
百九十二本。
あぁ、部屋中が蛇の首で埋め尽くされれば、アイはきっと寂しくないよね。
「ねじ切れろ、ねじ切れろ、ねじ切れろ、ねじ切れろ、ねじ切れろ」
あれ? もう増えないの?
どうして? いっぱいいっぱいなのかな?
なんだ、僕とお揃いじゃないか。
「じゃあ、殺しあえ」
僕のお願いを聞き入れたヒュドラ達は、互いの首を貪りあう。
「はは、仲良しさんだね」
複雑に絡み合う巨大な蛇の首達。なんだかそれは、永遠そのものを感じさせる。
「うーん、難しいことはもういいや」
ゲームの配線みたいに絡まった蛇さん達が、動かなくなっちゃったんだから、次を探さないと。
「あっ、みっけ」
後ろを振り向いたら、腰を抜かしたおじさんがいた。
「ば、化け物め!!」
白黒だからわかりにくいけど、なんだかこの人、怯えているみたい。
誰だっけ、えーっと。
〈そいつはアルヴァロ、アイを殺した人間だ〉
頭の中に僕の声が響く。
それは違うよ、アイを殺したのは君の甘さだ。君があの時、あのおじさんを殺しておけば、アイは死ななくて済んだ。
〈黙れ、僕の所為じゃない〉
そうだ、僕の所為じゃない。だから……。
「舌を噛み切れ」
お前がアイの命を奪ったのだから。
目の前の男が自らの舌を噛みちぎっている。
何やら、言葉にならない絶叫を上げている。それもそうか、彼の言葉は僕が奪ったのだから。
〈他人の所為にしちゃダメだよ?〉
黙れ、黙れ、黙れ!
「首を外せ」
僕の罪をその首で贖え。
自身の首に両手を添えるアルヴァロ。そしてそれをそのまま持ち上げるようにして、力を込める。命乞いは聞こえない、最初に言葉を奪ってあげたから。
黒い液体が白の世界を彩る。
〈仕方がないな、しばらくは、僕が君の面倒を見る事にするよ〉
まったくもう、世話が焼ける僕だ。
さて、じゃあ次の階におりよーかな。
あれ、なんで、下に向かっているんだっけ?
まぁいっか、行けばわかるさ。
「フィロス君、こっちを見て……」
部屋の隅から声がした。
発信源を辿るとそこには、白黒じゃない少女がいた。
あぁ、こんな世界でも君だけは色を持っているのか。それは危険だ。
だってそれじゃあ、僕が消えて、つまらない僕が帰って来ちゃうよ。今だって少し、正気に戻っているのを感じるのだから。
「リザ、ラルムを連れて逃げて」
僕がそう言うと、リザは首を振りながらも、ラルムを抱えて、来た道を戻っていく。ラルムはその小さな身体で抵抗するが、リザの力に敵うはずもない。
彼女達を逃したんじゃない。きっとこれは僕が逃げたんだよね?
光を遠ざけた僕は、モノクロの階段をゆっくりと下りる。
下りる。
落ちる。
堕ちる。
下へ下へとゆっくり落ちる。世界の底もきっと白黒。だから僕は落ち着いて堕ちる。
きっとこの先には永遠がある。




