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事実も小説も奇なり  作者: Guru
真実の世界で
35/38

第35話 “思い出”

 お互いが不思議な緊張感に包まれていた。

 一歩間違えれば、俺と相澤さんが、ここで巡り会うことはなかったのかもしれないのだ。

 そしたら俺は今もきっと、犯人が誰か分からず、小説世界をさ迷い続けていただろう……


 俺はいつの間にか滲み出ていた額の汗を、右手で拭った。

 相澤さんは険しい顔をしながら、大きな溜め息をつく。


「ふぅ……よかった……私、初めてかも。こんなにもミスをしていてよかったって思えたの。あのときの自分を、褒めてあげたい気分!」


「ははっ、本当ですね。相澤さんが、おっちょこちょいで助かりました」


「もう! そこまで言わなくてもいいでしょ!」


 俺は場を和ますために冗談を交えたつもりだった。しかし、それも逆効果だったようだ。

 相澤さんは口を膨らませ、拗ねてしまっている。


「それで、そのあとは……どうしたんだっけ?」


 ご機嫌ななめな相澤さんは、早急に話を元に戻した。

 あまりからかってばかりいたら、本気で怒られそうだ。 


「えっと……どこまで話したんでしたっけ……?」


「私に『小説を書いてる』と言えたのがおかしいって話でしょ。忘れちゃったの?」


「そうでした! すみません!」


 もうふざけてる余裕もない。ここからは真剣モードだ。

 俺は気持ちを切り替え、途中で終わっていた話の続きを始めた。


「俺は犯人探しの際、無意識のうちに相澤さんを候補から除外していました。ですが、今度は相澤さんに疑惑の目を向けてみることにしたんです」


「状況が大きく変わったものね。そうは言っても私、怪しまれるようなことなんてしてたかな?」


「よくよく考えてみたら、不自然なことだらけでしたよ。高崎との野球対決や、映画館デートのアクション映画に誘導されてしまう現象……こういったものは、時が何度戻っても、結果的に“いい方向へ”流れている!」


「そっか、私は作田さんと結ばれるよう、外からアシストしてたから。その流れになるのは当然なのかも」


「ずっと俺は、二人を引き裂こうとする人物ばかりに目星を立てていた……でも、もしかしたら、その考えも全部が“逆”なんではないかと思うようになったんです」


「引き裂くではなく、結ばれるように仕向けているってことね……常に私は、イベントの中心として作田さんと一緒にいるわけだし、気づけば私が一番怪しい人物に……」


「はい、あとは二人きりの誰もいない場所へ誘導して捕まえるだけ。一応、相澤さんが犯人かどうか、“試す”ことはしたんですよ?」


「試すって……どうやって?」


「相澤さんに『ここは俺の書いた小説の世界だ』というタブーを伝えたんです! これこそまさに、今まで誰にも言うことはできませんでしたが、唯一、家で“一人きり”のときは口にすることができた……だから、この事実を知る者なら、もしかしたら話せるのではないかと考えたんです」


「それで犯人だと思う私と、二人きりになる必要があったのね」


「えぇ、周りに誰かいたら、きっとタブーとして扱われ、言葉にはできませんから。そして、実際に試してみたところ、見事に言えたので、あぁこれは間違いないなと」


「こうして私が外の世界から、この世界の相澤美幸として来れてるってことは、“二人は繋がっている”証拠だもんね。もしかして、あなたがタブーを壊したことが原因で、私がこの世界に来れるようになったのかな?」


「さぁ、そこまでは分かりません……」


 外の世界に住む相澤さんがここにいること、死んだ俺が、この世界で生きていること……

 すべてを理解することなど、不可能なのだろう。もはや人智を越えている。

 だから人はそれを──“奇跡”と呼んでいるのかもしれない。


「いずれにせよ、私はそうやって、あなたにバレちゃったわけだ……バレないのも困る話なんだけど……あぁーあ、せっかくなら、もう少しだけ小説書いていたかったな」


 相澤さんは気だるそうに背伸びをし、ソファーにのけ反り返った。


「不満げですね。まだまだ書き足りなかったんですか?」


「うん。この作品、私はそのまま続ける予定だったんだよ? 学校のみんなに私達が付き合うことを広めて、みんなに認めてもらって堂々と付き合って……」


「そんな噂話のイベント、確かにありましたね」


「それでも高崎君が暴走しちゃってさ。一時はどうなるかと思った。そんなストーリー書くつもり全くないのに、不思議とスラスラ話が進んじゃって」


「それも俺の影響か……高崎、本気で相澤さんのこと好きみたいだったから」


「あなたは殴られそうになっちゃうし、まずいと思って慌てて書き直したりして……」


「あぁ……あれは相澤さんの優しさだったのか。俺を助けようと」


「そう。でも、問題はそのあと。ねぇ……知ってる?」


「えっ? 知ってるって、何を……?」


 いつの間にか、相澤さんの目は潤んできていた。 


「いつ、あなたが亡くなったのか……」


「……いつなんです?」


「私が学校に朝早く来るよう、メッセージを送ったじゃない? あの日……なの」


「──!!」


 正確には、この日だったのか……俺が亡くなったのは……


「あなたは朝の車での通勤途中、不運にも大事故に巻き込まれ、命を落としてしまった……何台も車を巻き込んだ、玉突き事故だったみたい……ニュースでも取り上げられてた」


「も、もしかして……俺が危険な運転を……」


「いえ、そこは安心して。あなたは完全に被害者だから。私は今でも、その加害者を許せない」


「相澤さん……」


「こんなことしたって意味ないって分かってるし、小説はフィクションだから関係ないのだけど……何か嫌でね……私はあなたの通勤時間を変更させた」


「それで……朝早くに来いと……」


「えぇ、もちろん無意味だよ? いくらでも私がストーリーを作れるのだから。でも、そうすることで、現実も変わるんじゃないかって思えてきて……」


 決めていたストーリーを、作者の都合よく変更する。そんなこと、小説の中でやろうと思えばいくらでもできる。

 しかし、現実は揺るぎないもの。俺が死んだことは……何をやっても変わることはない。


「あなたの事故の知らせを聞いて、私は急いで病院に駆けつけた。けれど、そのときすでに、あなたは亡くなっていた……」


「それほどの大事故だったんですか?」


「えぇ……車内の段階で、ほとんど助かる見込みはなかったみたい……頭を強くぶつけていたらしくてね……それほど激しい衝突だったようなの……」


「頭を……!!」


 俺がこの世界に一番初めに訪れたとき……

 意識が目覚めたと同時に、頭部に激痛が走った。


 てっきり主任の梅野先生が、俺の頭を強く叩いたのだとばかり思ってたけど……

 俺のここでの“最初の記憶”は、人生の“最後の記憶”だったのか……


 相澤さんは、当時を思い出してしまったのか、再び泣き崩れてしまった。

 もう何度目だろう。相澤さんが涙を流すのは。


「私達の思い出……これで全部なの! たったこれっぽっちしかないの! 私達、これからだったじゃない! なんで、それなのになんで……私達はこんな目に遭わなきゃいけないの!!」


 相澤さんの言う通りだ。

 俺達の幸せは、まだまだこれからだった。


 何やってんだよ俺。なんで死んでんだよ。

 なんで、彼女をこんなに悲しませているんだよ……

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