第34話 “ミス”
せっかくお互いの距離は縮まったというのに、相澤さんは話をぶり返す。
「やっぱり私の書いてたストーリーって、無理があったかな?」
「またその話ですか? もうやめましょうよ」
あまりその話を深くするつもりは俺にはない。
喧嘩に発展することは、まずないだろうけども、相澤さん自身だっていい気分はしないはずだ。
俺の気持ちを相澤さんは汲み取ったのか、ゆっくりと首を横に振った。
「大丈夫。傷ついてたわけじゃないから」
「そういうつもりなら……まぁ。でも何でまた、言い出したんです?」
「分かったような気がしたの。一度も小説を書いたことのなかった私が、あんな上手に小説を書けていた理由がね。これも全部、あなたのおかげだったんだって」
「あぁ、主人公の俺を中心にして物語は動く……それに釣られる形で、他のキャラ達も自然と動いていた。みんな俺同様、しっかりと生きてましたから!」
「へぇー……あなたは間近でみんなを見てきたんだもんね。何度聞いても不思議な話ね。それにしても、どうして私が犯人だと分かったの? 今までのことを聞いている限りだと、絶対分からない気がする」
どうしても、そこは気になるよな。
相澤さんは犯人は犯人でも、良い犯人だったし……
全部話しても、問題ないよな。
「その手口ですか。それは“小説”です。俺は犯人を見つけるために、“小説を書いた”んです」
「小説を書く……とは? それのどこが手口なの?」
「俺も相澤さんと同じことをしたんですよ。この世界で俺の身に起きたことを、振り返って書きだした」
「すごい。偶然にも同じことを……“私小説”を書いたんだね。あなたの場合は、自伝に近いかも」
「はい、そしたら見えてきた。あれは相澤さんが俺の家に来たときの話です。俺、言いましたよね? “小説を書いてる”って」
「えぇ、覚えてる。実際にあなたは書いてるわけだし」
「いえ、作田は小説を書いていませんでした。俺の家のパソコンをいくら探しても、見つからなかったんです。中身は国語の授業に必要な資料くらいで」
「あっ……」
相澤さんは何かを思い出したようだった。
少し興奮気味に、説明を始める。
「私、“作田明”のキャラクター作りに、そんな細かいとこまで設定してなかったかも! もちろん小説が好きなのは入れたけど、パソコンの中身か……そんなとこまで考えなきゃだめなんだ!」
「まさかキャラが自由に動くとは思いませんから。仕方ないです」
「ううん、その結果、あなたの趣味を奪っていたんだもの。失礼なことしちゃった……私が他に入れたものといえば、職業は国語の教師とか、今まで彼女はいないとか……そういう設定くらいかも!」
「その初期設定から、俺が小説内を自由に動くことにより、作田の他の設定も自然と生まれていったのか? 面白い仕組みだな。 それにしてもですけど……俺彼女いないなんて話、相澤さんにしたことありましたっけ?」
「上原先生に聞いたの。もしかして……まずかった?」
あの野郎……余計なことを……
「き、気にしないでください! それで、相澤さんに“小説を書いてる”って言えるのが、おかしいと思い始めたんです。なにせ、他の人には一度も言ってこなかったのに、すんなりと言葉にすることができた」
「別に“小説を書いてる”だけなら、話せるんじゃないの? タブーだっけ? その件には、こっちは触れてないんでしょ?」
「えぇ、恐らく。ただ、言っても“どうせ時が戻る”と考えていた。なぜなら、作田は“小説を書いていない”から。矛盾が生じてしまう」
「なるほど。だけど、結果は違った。私に告げても時が戻らなかった?」
「はい。相澤さんが絡むメインイベントを、犯人が外で監視していない訳がない。当初の俺は、犯人は外と中の世界を往き来出来ると考えていました。だから、相澤さんに話しても違和感なかったんだろう……そう思ったんです」
「犯人である外の世界の人間は、作田さんが現実では小説を書いている事実を知ってるものね」
「そうなんです。知っているがゆえに、俺の発言が気にもならなかった。でも、まさか犯人である相澤さん自身が、作田のパソコン内の自作小説を入れ忘れるミスをしているとは、思いもしませんでした……」
「ごめんなさい。作田さんが小説を書くのが好きなことを知ってたのに、それなのに私は……」
「いえ、相澤さん、謝らないで大丈夫です。結果的に、これでよかったんですよ。逆に相澤さんが“ミス”をしてくれて助かったんですから!」
「えっ? どういうこと!?」
相澤さんは自分の非を責めていた。
しかし、本当にこれでよかったんだ。
「もし相澤さんが決めた設定が完璧なら、俺は何も怪しまず、犯人を見つけることができなかったもしれないんです」
「そうなの? 小説を書いてる話をした際に、たまたま居合わせたのが犯人の私だったから、時が巻き戻らずに済んだのかと……」
「それもありますが、あの場で相澤さんに言わなくても、いつか俺は誰かしらに『小説を書いてる』と話したでしょう。上原かなんかにね。そのとき、作田が小説を書いていないことを相澤さんが知っていたとしたら……」
「あ、そうか。そこで矛盾が発生してしまう! 『作田さんが小説を書いてると発言するのはおかしい』と私は思い、きっと現実世界で原稿を書き直す……即ち、時を戻すことになる!」
「そうなんです。そしたら、完全に答えは闇の中に消えていました……」
相澤さんは、ひとつのミスを犯した。
それは『作田がパソコンで小説を書いてる』という設定を入れ損ねること。
キャラクターが動くとは微塵も考えていない相澤さんからしたら、些細なミスであった。
しかし、そのたったひとつのミスが、運命を大きく変えていたのだ。
後に作者である相澤さんが、そのミスに気づき、設定を追加する可能性もあったが………それも困難な話だったであろう。
なぜなら、何のイベントも起きない仕事後の作田が家にいるシーンを、あえて相澤さんが書き残すわけがない。
学校での二人の出来事やデート、それらイベント発生までストーリーは省略し、カットするはずなのだから。
そのため、“小説を書く”という趣味を取り上げれた作田が、家で何をしているのか、相澤さんは外の世界から見ることはできなかったのである。
メインストーリーから外れた、小説世界におけるキャラクターの自由時間は、ある種の神とも呼べる作者ですら、介入することはできないのだ。
「危なかった……本当に危なかった!
ほんの思い付きで行った、“小説を書くこと”……この行為自体が、まさにヒントとなっていた! そして、偶然が重なりあった結果、俺は何とか答えに辿り着くことができたんです!!」




