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事実も小説も奇なり  作者: Guru
真実の世界で
34/38

第34話 “ミス”

 せっかくお互いの距離は縮まったというのに、相澤さんは話をぶり返す。


「やっぱり私の書いてたストーリーって、無理があったかな?」


「またその話ですか? もうやめましょうよ」


 あまりその話を深くするつもりは俺にはない。

 喧嘩に発展することは、まずないだろうけども、相澤さん自身だっていい気分はしないはずだ。


 俺の気持ちを相澤さんは汲み取ったのか、ゆっくりと首を横に振った。


「大丈夫。傷ついてたわけじゃないから」


「そういうつもりなら……まぁ。でも何でまた、言い出したんです?」


「分かったような気がしたの。一度も小説を書いたことのなかった私が、あんな上手に小説を書けていた理由がね。これも全部、あなたのおかげだったんだって」


「あぁ、主人公の俺を中心にして物語は動く……それに釣られる形で、他のキャラ達も自然と動いていた。みんな俺同様、しっかりと生きてましたから!」


「へぇー……あなたは間近でみんなを見てきたんだもんね。何度聞いても不思議な話ね。それにしても、どうして私が犯人だと分かったの? 今までのことを聞いている限りだと、絶対分からない気がする」


 どうしても、そこは気になるよな。

 相澤さんは犯人は犯人でも、良い(・・)犯人だったし……

 全部話しても、問題ないよな。


「その手口ですか。それは“小説”です。俺は犯人を見つけるために、“小説を書いた”んです」


「小説を書く……とは? それのどこが手口なの?」


「俺も相澤さんと同じことをしたんですよ。この世界で俺の身に起きたことを、振り返って書きだした」


「すごい。偶然にも同じことを……“私小説”を書いたんだね。あなたの場合は、自伝に近いかも」


「はい、そしたら見えてきた。あれは相澤さんが俺の家に来たときの話です。俺、言いましたよね? “小説を書いてる”って」


「えぇ、覚えてる。実際にあなたは書いてるわけだし」


「いえ、作田(・・)は小説を書いていませんでした。俺の家のパソコンをいくら探しても、見つからなかったんです。中身は国語の授業に必要な資料くらいで」


「あっ……」


 相澤さんは何かを思い出したようだった。

 少し興奮気味に、説明を始める。


「私、“作田明”のキャラクター作りに、そんな細かいとこまで設定してなかったかも! もちろん小説が好きなのは入れたけど、パソコンの中身か……そんなとこまで考えなきゃだめなんだ!」


「まさかキャラが自由に動くとは思いませんから。仕方ないです」


「ううん、その結果、あなたの趣味を奪っていたんだもの。失礼なことしちゃった……私が他に入れたものといえば、職業は国語の教師とか、今まで彼女はいないとか……そういう設定くらいかも!」


「その初期設定から、俺が小説内を自由に動くことにより、作田の他の設定も自然と生まれていったのか? 面白い仕組みだな。 それにしてもですけど……俺彼女いないなんて話、相澤さんにしたことありましたっけ?」


「上原先生に聞いたの。もしかして……まずかった?」


 あの野郎……余計なことを……


「き、気にしないでください! それで、相澤さんに“小説を書いてる”って言えるのが、おかしいと思い始めたんです。なにせ、他の人には一度も言ってこなかったのに、すんなりと言葉にすることができた」


「別に“小説を書いてる”だけなら、話せるんじゃないの? タブーだっけ? その件には、こっちは触れてないんでしょ?」


「えぇ、恐らく。ただ、言っても“どうせ時が戻る”と考えていた。なぜなら、作田は“小説を書いていない”から。矛盾が生じてしまう」


「なるほど。だけど、結果は違った。私に告げても時が戻らなかった?」


「はい。相澤さんが絡むメインイベントを、犯人が外で監視していない訳がない。当初の俺は、犯人は外と中の世界を往き来出来ると考えていました。だから、相澤さんに話しても違和感なかったんだろう……そう思ったんです」


「犯人である外の世界の人間は、作田さんが現実では小説を書いている事実を知ってるものね」


「そうなんです。知っているがゆえに、俺の発言が気にもならなかった。でも、まさか犯人である相澤さん自身が、作田のパソコン内の自作小説を入れ忘れるミスをしているとは、思いもしませんでした……」


「ごめんなさい。作田さんが小説を書くのが好きなことを知ってたのに、それなのに私は……」


「いえ、相澤さん、謝らないで大丈夫です。結果的に、これでよかったんですよ。逆に相澤さんが“ミス”をしてくれて助かったんですから!」


「えっ? どういうこと!?」


 相澤さんは自分の非を責めていた。

 しかし、本当にこれでよかったんだ。


「もし相澤さんが決めた設定が完璧なら、俺は何も怪しまず、犯人を見つけることができなかったもしれないんです」


「そうなの? 小説を書いてる話をした際に、たまたま居合わせたのが犯人の私だったから、時が巻き戻らずに済んだのかと……」


「それもありますが、あの場で相澤さんに言わなくても、いつか俺は誰かしらに『小説を書いてる』と話したでしょう。上原かなんかにね。そのとき、作田が小説を書いていない(・・・)ことを相澤さんが知っていたとしたら……」


「あ、そうか。そこで矛盾が発生してしまう! 『作田さんが小説を書いてると発言するのはおかしい』と私は思い、きっと現実世界で原稿を書き直す……即ち、時を戻すことになる!」


「そうなんです。そしたら、完全に答えは闇の中に消えていました……」


 相澤さんは、ひとつのミスを犯した。

 それは『作田がパソコンで小説を書いてる』という設定を入れ損ねること。


 キャラクターが動くとは微塵も考えていない相澤さんからしたら、些細なミスであった。

 しかし、そのたったひとつのミスが、運命を大きく変えていたのだ。


 後に作者である相澤さんが、そのミスに気づき、設定を追加する可能性もあったが………それも困難な話だったであろう。


 なぜなら、何のイベントも起きない仕事後の作田が家にいるシーンを、あえて相澤さん(作者)が書き残すわけがない。

 学校での二人の出来事やデート、それらイベント発生までストーリーは省略し、カットするはずなのだから。


 そのため、“小説を書く”という趣味を取り上げれた作田が、家で何をしているのか、相澤さんは外の世界から見ることはできなかったのである。

 メインストーリーから外れた、小説世界におけるキャラクターの自由時間は、ある種の神とも呼べる作者ですら、介入することはできないのだ。


「危なかった……本当に危なかった!

ほんの思い付きで行った、“小説を書くこと”……この行為自体が、まさにヒントとなっていた! そして、偶然が重なりあった結果、俺は何とか答えに辿り着くことができたんです!!」

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