第33話 “距離感”
不思議な感覚だった。今までにあった謎を、二人の力で解決していく様が。
まるで推理小説のキャラクターになった気分だ!
名探偵の俺と、助手の相澤さんとで、謎を解き明かしていく。
まぁ俺から言わせれば、相澤さんは助手というより犯人だったわけだけども……
「ただの国語教師であった俺が、異世界のヒーローと勘違いとは……何だか皮肉なものですね」
「えっ? 皮肉?」
「はい。この小説世界も、ある意味“異世界”みたいなものですから。そう考えると、俺は実際に“異世界転生”してはいたんですよね……」
「あぁ、そう言われればそうかもね……残念ながら、この世界はファンタジーより現実に近いし、ヒーローにはなれなかったみたいだったけど」
「ストーリーの流れ的に、ヒーローになるのは無理がありますから。俺は自分の妄想を小説に落とし込んでいました。俺の憧れといって思い浮かぶものといえば、『正義のヒーロー』もしくは『可愛い彼女』です……お恥ずかしい話ですが……」
「だからあなたは、この世界が“恋愛小説”の中だと思ったんだね。それは間違いではなかったんだけどさ」
「はい……」
相澤さんの前で、堂々と自分の妄想を語るのが恥ずかしくて仕方がなかった。
しかも、その『可愛い彼女』は、目の前にいる、相澤さんのことを指しているわけだし……
それにしても、夢のような、この小説のストーリーが、俺の現実で起きていたことだったなんて驚きだ。
あらゆる設定が、現実と小説とでリンクしていたなんて。
「作田だけの話ではなく、俺は元から国語の教師だった……そのせいだったんですね。最初こそ違和感はあったけど、すぐに俺は作田の生活に慣れていきました」
「それも当然の話だよね。それがあなたの日常だったのだから」
「もしかして俺が事前にストーリーを、未来を読めたのって、所々、実際に一度現実で起きていたことを思い出していたからなのかな?」
「そうなんだと思う。あなたからしたら、私との思い出を、“二回行っている”ことになる。現実と、小説の世界の計二回ね! だから、一回目の記憶を思い出していたのでしょうね」
「なるほど……納得です。しかし、何で死んだはずの俺が、こうして生きていられるのだろうか……それについてはさっぱりだ」
「それが、私の言う“奇跡”なんだよ!」
“奇跡”……相澤さんがずっと言い続けていた、その奇跡の正体が、ようやく判明しようとしている。
「私は作品に想いを込めた。もっとこれからもあなたと一緒にいたい……そう願いを込めて、作品を書き始めた。きっと、その想いが通じたんだよ!」
「作品に、キャラクターに命が吹き込まれた……魂が宿った……って感じか。しかも、生前の記憶まで持っている……乗り移ったとまで言ってもいい」
小説を書いていた俺には、その気持ちはとてもよく理解できる。
主人公には、まるで本当の自分がそこにいるかのように想いを乗せるんだ。もう一人の自分をキャラクターに変えて、作品に登場させる。
そうすることで、俺の妄想の世界が、現実の世界になるような気がしたんだ。
本来なら、それはあくまで気持ちだけの問題で、フィクションはどこまでいってもフィクションである。
でも、この世界は違う。俺は作品内でキャラクターが動くことを知ってしまっているのだ。
もうフィクションでは片付けられない。妄想が現実化されているのだから。
「私からしたら、キャラが生きてるって知って、少し納得した部分はあったかも」
「ん? どういう意味です?」
「小説なんて私、今まで書いたことなくて。なのに、キャラが好き勝手動き始めるんだもの。特に作田さん」
「あ、俺がこの世界で動き回ってるからか」
「うん、全然思うようにいかなくて……何回も何回も、原稿を書いては消して、書いては消して……苦労したんだよね」
「もしかして、それって……俺、この世界では何回も“時が戻った”んです! 同じことを延々と繰り返してた!」
「それ、きっと私が文章を書き直してたんだね。あなたの世界では、それが時間が戻るように感じてたんだ」
そういうカラクリだったのか……『現実世界で原稿を書き直す』と、こちらの小説世界では『時が戻ってやり直す』ことになるわけだ。
しかし、それを実感できるのは、小説の中の世界にいることを知っている俺のみ……か。ようやく合点がいった気がする。
相澤さんは家の本棚を見ながら、再び語り始めた。
「よくさ、“キャラが動く”って耳にするけど、それってベテラン作家さんの話じゃない? 私みたいな初心者が、変だと思ったの。もしかして、私には才能があるのかと勘違いしちゃった!」
仕組みが分かったことにより、俺の中でずっと謎であった部分が解決していく。
心の奥底にあった、うやむやがやっと解消される。
「だからなんですね。野球部のタバコ事件……あれは犯人が変わっていた! あれ、本当の犯人は高崎じゃなくて、黒瀬なんですよ!」
「そうなの!? てっきり高崎君かと……あの子、結構私に付きまとってきてたから」
現実では、あの事件の犯人を相澤さんは知らずに終わった。だから、相澤さんは犯人を間違えて書いてしまったのか。
「それは理解できますけど、あの高崎との野球対決は!? あれは俺の記憶にはなかった」
「その件は……ごめんなさい。せっかく書くなら、作田さんをカッコよくしようと、活躍シーンを加筆したというか……」
相澤さんは俺に向かって頭を下げるも、居たたまれなかったのか、口ごもりながら話していた。
「とんでもない脚色ですね」
「まさか書いてる当時は、あなたが中で動いてると思ってないし! あの、言っておくけど、だいたいは事実通りのストーリーだからね!?」
相澤さんは、えらく慌てている。
分かりやすい性格だな。これは、まだ余罪がありそうだ。
「……他には、まだあるんです?」
「これは脚色とは違うけど……映画観のときとか? 中々、チケットが買えなくて……四苦八苦したのを覚えてる」
「あーー! あれか! 何度もアクション映画に誘導されるやつ! おかしいと思ったんですよね! スタッフが変な行動を取ったりして、色々と強引で!」
「それも全部、あなたが悪いんだよ? あれはダメ映画を観るのが重要だったのに、何度もあなたが別の映画を観ようとするから……」
「ダメ映画のおかげで、俺の家に来るようになるんですもんね。それにしても、相澤さんが書いたストーリーは滅茶苦茶ですよ」
「だから、全部作田さんが悪いんですって! 作品の中でおとなしく言うこと聞いててくれないかな!」
「そんな無茶な! って……さっきから何、 このやり取り!? 不毛すぎない!?」
「ほんと、どうでもいいね。ふふっ」
「ははっ! どっちが悪いとか、くだらない話だ!」
気づくと俺達は笑いあっていた。どうでもいいミスの擦りつけ合いだ。
俺はもう死んでしまってるというのに、そんなことも忘れ、心の底から笑っていた。
何だか、お互いの距離が一気に近くなった気がする。
だったら……次は、“物理的”に距離を縮めてみようか。
「あの、そっちに座ってもいいですか?」
「どうぞ」
俺は腰をかけていた一人用の木製の椅子から、相澤さんのいるソファーの横へと移動した。
相澤さんは確かに犯人だった……でも、こんなに心を許せる犯人はいない。
恐らく、世界一可愛いと思える犯人だ。




