表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
事実も小説も奇なり  作者: Guru
真実の世界で
33/38

第33話 “距離感”

 不思議な感覚だった。今までにあった謎を、二人の力で解決していく様が。


 まるで推理小説のキャラクターになった気分だ!

 名探偵の俺と、助手の相澤さんとで、謎を解き明かしていく。

 まぁ俺から言わせれば、相澤さんは助手というより犯人だったわけだけども……


「ただの国語教師であった俺が、異世界のヒーローと勘違いとは……何だか皮肉なものですね」


「えっ? 皮肉?」


「はい。この小説世界も、ある意味“異世界”みたいなものですから。そう考えると、俺は実際に“異世界転生(・・)”してはいたんですよね……」


「あぁ、そう言われればそうかもね……残念ながら、この世界はファンタジーより現実に近いし、ヒーローにはなれなかったみたいだったけど」


「ストーリーの流れ的に、ヒーローになるのは無理がありますから。俺は自分の妄想を小説に落とし込んでいました。俺の憧れといって思い浮かぶものといえば、『正義のヒーロー』もしくは『可愛い彼女』です……お恥ずかしい話ですが……」


「だからあなたは、この世界が“恋愛小説”の中だと思ったんだね。それは間違いではなかったんだけどさ」


「はい……」


 相澤さんの前で、堂々と自分の妄想を語るのが恥ずかしくて仕方がなかった。

 しかも、その『可愛い彼女』は、目の前にいる、相澤さんのことを指しているわけだし……


 それにしても、夢のような、この小説のストーリーが、俺の現実で起きていたことだったなんて驚きだ。

 あらゆる設定が、現実と小説とでリンクしていたなんて。


「作田だけの話ではなく、俺は元から国語の教師だった……そのせいだったんですね。最初こそ違和感はあったけど、すぐに俺は作田の生活に慣れていきました」


「それも当然の話だよね。それがあなたの日常だったのだから」


「もしかして俺が事前にストーリーを、未来を読めたのって、所々、実際に一度現実で起きていたことを思い出していたからなのかな?」


「そうなんだと思う。あなたからしたら、私との思い出を、“二回行っている”ことになる。現実と、小説の世界の計二回ね! だから、一回目の記憶を思い出していたのでしょうね」


「なるほど……納得です。しかし、何で死んだはずの俺が、こうして生きていられるのだろうか……それについてはさっぱりだ」


「それが、私の言う“奇跡”なんだよ!」


 “奇跡”……相澤さんがずっと言い続けていた、その奇跡の正体が、ようやく判明しようとしている。


「私は作品に想いを込めた。もっとこれからもあなたと一緒にいたい……そう願いを込めて、作品を書き始めた。きっと、その想いが通じたんだよ!」


「作品に、キャラクターに命が吹き込まれた……魂が宿った……って感じか。しかも、生前の記憶まで持っている……乗り移ったとまで言ってもいい」


 小説を書いていた俺には、その気持ちはとてもよく理解できる。

 主人公には、まるで本当の自分がそこにいるかのように想いを乗せるんだ。もう一人の自分をキャラクターに変えて、作品に登場させる。

 そうすることで、俺の妄想の世界が、現実の世界になるような気がしたんだ。 


 本来なら、それはあくまで気持ちだけの問題で、フィクションはどこまでいってもフィクションである。

 でも、この世界は違う。俺は作品内でキャラクターが動くことを知ってしまっているのだ。

 もうフィクションでは片付けられない。妄想が現実化されているのだから。


「私からしたら、キャラが生きてるって知って、少し納得した部分はあったかも」


「ん? どういう意味です?」


「小説なんて私、今まで書いたことなくて。なのに、キャラが好き勝手動き始めるんだもの。特に作田さん」


「あ、俺がこの世界で動き回ってるからか」


「うん、全然思うようにいかなくて……何回も何回も、原稿を書いては消して、書いては消して……苦労したんだよね」


「もしかして、それって……俺、この世界では何回も“時が戻った”んです! 同じことを延々と繰り返してた!」


「それ、きっと私が文章を書き直してたんだね。あなたの世界では、それが時間が戻るように感じてたんだ」


 そういうカラクリだったのか……『現実世界で原稿を書き直す』と、こちらの小説世界では『時が戻ってやり直す』ことになるわけだ。

 しかし、それを実感できるのは、小説の中の世界にいることを知っている俺のみ……か。ようやく合点がいった気がする。


 相澤さんは家の本棚を見ながら、再び語り始めた。


「よくさ、“キャラが動く”って耳にするけど、それってベテラン作家さんの話じゃない? 私みたいな初心者が、変だと思ったの。もしかして、私には才能があるのかと勘違いしちゃった!」


 仕組みが分かったことにより、俺の中でずっと謎であった部分が解決していく。

 心の奥底にあった、うやむやがやっと解消される。


「だからなんですね。野球部のタバコ事件……あれは犯人が変わっていた! あれ、本当の犯人は高崎じゃなくて、黒瀬なんですよ!」


「そうなの!? てっきり高崎君かと……あの子、結構私に付きまとってきてたから」


 現実では、あの事件の犯人を相澤さんは知らずに終わった。だから、相澤さんは犯人を間違えて書いてしまったのか。


「それは理解できますけど、あの高崎との野球対決は!? あれは俺の記憶にはなかった」


「その件は……ごめんなさい。せっかく書くなら、作田さんをカッコよくしようと、活躍シーンを加筆したというか……」


 相澤さんは俺に向かって頭を下げるも、居たたまれなかったのか、口ごもりながら話していた。


「とんでもない脚色ですね」


「まさか書いてる当時は、あなたが中で動いてると思ってないし! あの、言っておくけど、だいたいは事実通りのストーリーだからね!?」


 相澤さんは、えらく慌てている。

 分かりやすい性格だな。これは、まだ余罪がありそうだ。


「……他には、まだあるんです?」


「これは脚色とは違うけど……映画観のときとか? 中々、チケットが買えなくて……四苦八苦したのを覚えてる」


「あーー! あれか! 何度もアクション映画に誘導されるやつ! おかしいと思ったんですよね! スタッフが変な行動を取ったりして、色々と強引で!」


「それも全部、あなたが悪いんだよ? あれはダメ映画を観るのが重要だったのに、何度もあなたが別の映画を観ようとするから……」


「ダメ映画のおかげで、俺の家に来るようになるんですもんね。それにしても、相澤さんが書いたストーリーは滅茶苦茶ですよ」


「だから、全部作田さんが悪いんですって! 作品の中でおとなしく言うこと聞いててくれないかな!」


「そんな無茶な! って……さっきから何、 このやり取り!? 不毛すぎない!?」


「ほんと、どうでもいいね。ふふっ」


「ははっ! どっちが悪いとか、くだらない話だ!」


 気づくと俺達は笑いあっていた。どうでもいいミスの擦りつけ合いだ。

 俺はもう死んでしまってるというのに、そんなことも忘れ、心の底から笑っていた。


 何だか、お互いの距離が一気に近くなった気がする。

 だったら……次は、“物理的”に距離を縮めてみようか。


「あの、そっちに座ってもいいですか?」


「どうぞ」


 俺は腰をかけていた一人用の木製の椅子から、相澤さんのいるソファーの横へと移動した。

 相澤さんは確かに犯人だった……でも、こんなに心を許せる犯人はいない。

 恐らく、世界一可愛いと思える犯人だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ