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事実も小説も奇なり  作者: Guru
真実の世界で
32/38

第32話 “勘違い”

 ひとつ謎が解決しても、今度は更に別の謎が発生してしまう。

 今はひとつずつ、地道に謎を解いていくしかなそうだ。それがきっと一番の近道なのだろう。


 俺は相澤さんに訪ねる。

 なぜ、ここが自分の小説の世界と勘違いしてしまったのか……その理由を。


「相澤さん、どうして俺は、このストーリーが自分の書いた小説なのだと思い込んでしまったのでしょうか?」


「あぁ、それね。きっとこのせいかも」


 何やら相澤さんには心当たりがあるようで、ソファーから立ち上がって移動を始めた。


 相澤さんは部屋の壁際まで歩き、そこに置かれている収納棚の前で立ち止まった。

 そして、棚の引き出しを開けて、中から何かを取り出し、こちらへと戻ってくる。

 

 相澤さんの手をよく見てみると、メモ用紙とペンを持っているのが分かった。


「──これ……見覚えないかな」


 そう言いながら、相澤さんは机の上で文字を書き始める。

 いくつかの文字を書き終えた相澤さんは、メモ用紙を手に取って掲げ、俺に見せつけた。


『源田 光』


 メモ用紙には、そう書かれている。俺にはさっぱり思い当たる節がなかった。


「これは何ですか?」


「そう……分からないなんて、残念ね。“源田光”(げんだひかる)。これはあなたの本名なの」


 俺の名前!! “作田”ではなく、“俺”の……本当の名前!!


「あっ、この漢字って……」


「そこには気が付いた? “源光中学校”。小説の世界で私達が通う学校の名前は、あなたの本名から、もじられせてもらった」


「知らなかった……何度も目にしたはずなのに、自分の本名とは全く結びつかなかった……」


 相澤さんは俺の本名を、じっと見つめていた。


「私ね、小説には私の名前や、実在する人達の名前を付けたけど、あなたにだけは本名を付けたくなかったの……」


「何でです? 別に、俺にも本名を付けてくれればよかったのに」


「だって、悔しかったんだもん」


「悔しかったって、どういうことですか?」


「それ……言わなきゃだめ?」


 相澤さんは体を横に揺らし、もじもじとしている。


「気になりますよ。教えてください」


「どうしても?」


「はい、どうしてもです。ここまで全部話してきたんです。今更、教えないもないでしょう」


「……分かった、分かったよ! 教えるから、その代わり絶対に笑わないでね?」


「ん……? はい、笑いません」


 相澤さんは、謎の保険をかけていた。

 そして、足を小刻みに動かしながら、その理由を打ち明ける。


「だって、あなたを独り占めしたかったんだもん! いくら小説の中と言えど、あなたともう一人の私が、いちゃいちゃしてるのなんて見たくない! 嫉妬しちゃう!」


 そ、そんな理由だったのか……まるで子供のわがままだ。

 でも……自作小説って、案外そんなものなのかもしれない。


 俺だって、人に見せたら笑われてしまいそうなほどの自分の妄想を、小説にして書いていた気がする。

 何を書こうが作者の自由だ。何にも縛られず好き勝手書けるのが、自作小説のいいところでもある。

 

「やっぱり笑った? ねっ、しょうもない理由だったでしょ!?」


「正直、笑いました」


「ほら、だから言いたくなかった──」


「いえ、相澤さんの気持ちが嬉しかったからです。俺、相澤さんにそんなに大切にされてたんだなって」


 相澤さんの顔が、真っ赤に染まっていくのが分かった。


「そ、そもそもがさ、あなたが小説の中で動き回るなんて思ってないし! 最初からそれを知ってれば、偽名なんて使わなかったのに!」


 よほど恥ずかしかったのだろう。相澤さんは話を先に進めようと必死だった。

 大急ぎでペンを手に取り、メモ用紙の『源田光』の下に、別の文字を書き始める。


「──つ、次行くよ!? 話進めるからね! それで、それでね! 私は主人公には別の名前を付けることにしたの」


 その名前は、俺には馴染み深いものとなっていた。

 もはや、本名の源田光よりも、しっくりとくる。 


「その名前が──“作田 明”……なんですね」

 

「そう、その名前を借りたの! あなたが現実で書いていた、小説の物語から取ってきて。源田光の分身とも呼べる、最も近い存在の“作田明”を」


「この“作田明”が、俺の書いていた作品の主人公というのは、俺にも分かっていました」


「気づいてたんだ! あなたには悪かったけど、私と上原先生で、あなたが亡くなったあと、あなたの部屋に行ったの。そこでいくつか読んじゃった。書いてあった小説」


「恥ずかしいな……まさか死後に読まれるとは……」


「その中でも、直近で書かれていた小説の主人公が、作田明だった。まだ書いてる途中の作品だったみたいだけど……」


「完成させるまえに、俺は死んでしまった……ってことですよね。俺がこの世界のストーリーを未完成だと思ったのは、その記憶を思い出していたからだったんだ」


「あ、だから私に『書き途中だ』と言ってきてたんだね! ようやく意味が分かった! それにしてもさ、そこまで分かってたのに、小説の内容には疑問を持たなかったんだね!」


「──内容? どういうことですか?」


「あなたが書いてた小説って、“恋愛小説”だったと思う?」


 俺は自分の家にある本棚を思い返していた。

 確か、うちには一般的な推理小説や、ライトノベルが置いてあった。

 特にラノベの数が多く、その中でも異世界転生モノが好みで……


「あれっ? 俺って恋愛小説なんて、一冊も持ってないかも! 俺の好みじゃない!?」


「そう。あなたが書いていた作品は、ごく普通のサラリーマンや中年男性達が異世界に行って世界を救う、ファンタジーの作品ばかりだった。作田明が主人公の作品も似たようなもので、『どこにでもいるような冴えない男性が、異世界で大活躍する話』だったよ」


 言われてみれば……そうだったかも!

 俺はヒーローに憧れていたんだ! そんな妄想を小説にしていた!


「だって、あなた、恋愛モノの映画をレンタルしてきても、退屈して寝ちゃうじゃない?」


 俺の嫌な記憶、忘れたい記憶が瞬時に甦る。


「あっ、本当だ……その節は、大変失礼いたしました……」


「今更謝られてもね。それでも、ハーレムは好きだったみたいだけど……まさかそれを恋愛小説とは……言わないよね?」


 相澤さんの目付きが、一気に鋭くなった。


「──違うと思います! この世界のような、一途に一人を好きになる純愛を、恋愛小説と呼ぶのだと思います!」


 もしかして……まだ根に持ってる……?


「とにかく! あなたはなぜか、以前の記憶を持ったまま、この世界に入ってしまった」


「そして、俺がここで目を覚ましたとき、周りから“作田明”と呼ばれるが、違和感を覚える……」


「あなたの本当の名前は源田光だからね! それにも関わらず、刷り込みにより、あなたは自分が作田なのだと“信じ込んで”しまった。作者の私が付けた、名前の設定の影響も大きかったのかもしれないけど」


「その影響を受けた俺は、そのまま作田として過ごし、ひょっとしたことから、自分が“小説を書いていた”ことを思い出す……」


「そこで、あなたは気づいた……この世界が、小説の中だということを」


「そのとき、俺に勘違いが生まれる! 『俺は作田明が主人公の小説の世界に入り込んでしまった』……と、そう思うようになっていたのか!!」

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