第29話 “対峙”
相澤さんは俺の発言に、驚きを隠せずにいた。
「今日は、そんな話をしに来たわけでないですから。二人きりなら、誰にも邪魔をされずに話せそうですからね……ねぇ、相澤さん」
「犯人……何の話ですか?」
とぼけているつもりか!? それとも……
だったら一旦、これを試してみるか。相澤さんが犯人かどうか、一目瞭然になる。成功すれば、“証拠”にだってなりえる。
「こう言えば分かりますか? 相澤さんは、俺の書いた小説に手を加えて改変した! そして、俺をこの小説の世界に閉じ込めた……その犯人だと言っているんです!!」
「あの……さっきから、何を言っているのかさっぱり分かりません! それに、“小説の世界に”って、一体何のことか……」
もし、まだ誤魔化そうとしているのならば、それはいくら何でも無理がある。
今の発言こそが、動かぬ証拠になっているのだから。
「認めてください! 相澤さん! この世界には、絶対言ってはいけない禁句、タブーがあった。その言葉を口にしている時点で、もう言い逃れはできないんです!」
「タブー……?」
「えぇ、『ここが俺の書いた小説の中の世界』ということ。この事実は、絶対他人には話すことはできないんです!」
相澤さんは黙り込んだ。
もう逃げようがないと悟っているのか? ここは追い討ちをかけるチャンスだ!
「それなのに今、言葉にできているということは、“外部の者”と繋がっているという証拠です。外の世界の者は、ここが小説の中の世界と知ってますからね! 手段こそは分かりませんが、相澤さん……あなたは外の世界の人間と何らかの関わりがある!」
これでどうだ……もう絶対、言い逃れはできないはずだ! さぁ、認めるんだ!
「やっぱり……今日の作田さんはおかしいです……私には意味がさっぱり……」
未だに分からないの一点張りか……それに、この反応……
これは本当に、相澤さんは知らないのかもしれない……
そうなると、目の前にいる相澤さんは、まだ小説の“中”にいる人間ってことになるのか……?
こちら側の世界のキャラに、いくら言ったところで通じるわけがない……
だったら、“外にいる相澤さん”に話しかければいい!!
「今も見てるんだろ? 監視してるんだろ? 正直に答えてくれ! 犯人は、あんたなんだろ? 外の世界にいる、相澤美幸さん!」
俺は目の前にいる相澤さんではなく、外の世界の相澤さんに語りかけた。
「あの……さっきから外の世界の私とか、どういう意味なんです? 一体、何が起きて──」
相澤さんは話の途中であったにも関わらず、突然頭を抱え始める。
「うっ……急に頭が……」
「──相澤さん!?」
相澤さんはその場でしゃがみ込んだ。
どうやら相澤さんの身に、異変が生じ始めているようだ。
「うっ……うっ……」
相澤さんは苦しそうにし、うめき声をあげている。
しかし、その数秒後。何事もなかったかのように、相澤さんは勢いよく立ち上がった。
「……相澤さん?」
俺の呼び掛けに反応した相澤さんは、薄目でこちらを見ている。
そのまま数秒間、俺を見続けたのち、相澤さんの目は突如として見開いた。
「──うそ!? 信じられない!? あなたなの!? 作田明なの!?」
「……あなた?」
相澤さんは、俺のことを『あなた』なんて呼び方をしない……もしかして!?
俺が何かを察するも、目の前にいる相澤さんは、俺に抱きついてきた。
「会いたかった! あなたに……ずっと、ずっと……」
「ちょっ……相澤さん!? 俺達、まだ手を繋いだこともないのに、いきなりハグなんて……」
なんで急にこんな積極的なんだよ! 犯人を追い詰めて、今それどころでは……あれっ?
「もしかして……相澤さん、泣いてる……?」
顔を見なくても分かる。これは泣いてるなんてもんじゃない……もう号泣レベルだ。
「だっで、うぐっ、ずっと会いだかっだから……」
間違いない……今、目の前にいる相澤さんは、“外の世界にいた”相澤さんだ!
一体、どんな手を使ったんだ!? 外にいた相澤さんの意識を、こちらの世界に乗り移らせることが可能なのか!?
それにしても、うまく喋れないほど相澤さんは泣いている。
彼女は俺をこの世界に閉じ込めた犯人だったはず……違うのか?
それとも、この喜びよう……元の世界に帰れなくなった俺を、ずっと外から助けようとしてくれていたとか……
いや、だめだ!! 見た目に騙されてはいけない……そう簡単に信用してはだめだ。
「すみません、相澤さん。お気持ちは嬉しいのですが……今はそんな雰囲気でもありません。離れてくれませんか?」
「は、はいっ、そうだよね……ごめんなさい」
そう言って相澤さんは、そっと俺の体から離れた。
少し俺は距離を取り、相澤さんの様子を伺った。
相澤さんは俺に背を向けながらも、まだ泣いている。
詳しく話を聞きたいが……これじゃ無理だろうな。しばらく待とうか。
・・・
結局、相澤さんが泣き止むまで五分ほど時間がかかった。
ようやく相澤さんも冷静さを取り戻しているように思える。そろそろ話を聞き始めようか。
「相澤さん、聞きたいことがあります。ゆっくり話を」
「──はい」
「さっ、こちらに座ってください。相澤さんの家で、俺が言うのもおかしな話ですが」
まずは相澤さんをソファーに座らせる。
隣は空いているが、まだそこまで気を許したわけではない。
俺はソファーとは別の、一人用の木製の椅子へと座った。
「さて、どこから話しましょうか。分からないことが多すぎる」
「私もです。なぜ私が今“ここ”にいるのか。この世界で、一体何が起きていたのか……非常に興味がある」
相澤さんは、“ここ”が小説の中の世界であることを分かっているような発言だな。
こっちは敵意剥き出しで、この家に乗り込んだが、案外相手はそうでもない……
一旦、詳しく話し合おうか。俺と相澤さん……両方の身に、一体何が起きているのか。




