第26話 “小説”
時間が巻き戻る現象も、思い返してみれば、不思議なことだらけだった。
あれは数日前に起きた、俺と相澤さんのデート現場を見た生徒がいると、クラス中が大騒ぎになったときの話だ。
あのとき、俺は精彩を欠いて、授業内容を間違えた……しかし、俺が“ミス”をしたにも関わらず、そこはスルーされ、時間が戻ることはなかった。
かといって、俺が給食の時間に考え事をし、ボーッと突っ立ってることは許されず、時間が戻る現象は起きた……
些細なことで戻ったり、ミスでは適応それなかったりと、明確なルールなんて存在しなかったんだ。
機械的なシステムではなく、かなり“作為的”ものを感じる……つまり、“外”の世界にいる犯人が、自分の都合のいいときだけ、時間を巻き戻していることになる……
そのことに俺は気づき、一歩、真相に近づいたはずだが、そうしたところで、“今の”問題が解決するわけではない。
すでに、高崎の叫び声が聞こえ始めている。
高崎か……まずは、この場を片付けよう。
「──作田!! 作田はどこだーー!!」
事情を知る俺は、高崎に分かりやすいように返事をし、手を挙げてアピールした。
「高崎! 俺はここだ! ここにいる!」
「そこにいたのか作田! 今すぐここで説明しろ!!」
「あぁ、分かってる。安心しろ。俺は相澤先生とは付き合っていない」
本当だ。高崎。今は……な。いずれ付き合う。
高崎は呆気にとられていた。俺がエスパーのように、高崎が言いたいことの回答をしたのだから。
「えっ、何でそれを……それより、今の話、本当なのか!?」
高崎の怒りの熱も、少し帯びている気がする。
「あぁ、先生の目をよく見ろ。これが嘘をついている男の目に見えるか?」
嘘はついてない。断じて、俺は嘘はついていないぞ。
「……あぁ、本当なんだな……? 分かったよ、信じるよ。違ったなら別にいいんだ。どうやら俺は、噂に踊らされてただけみたいだ……」
遅れてやってきた黒瀬が、高崎を怒鳴り付ける。
「おい! どうでもよくなったからって、おまえ都合よすぎだ! ちゃんと作田先生に謝れ!」
「あ、あぁ……作田先生、呼び捨てにして、すみませんでした!」
高崎は深々と頭を下げている。さすがに今回は土下座までとはいかない。
「気にすんな。あまりカッとなって周りを見失うなよ?」
「は、はい!」
高崎は元気のいい返事をして、黒瀬と共に去っていく。
いいのかこれで? 今回は時を戻さないのか? 犯人さんよ……まったく、気まぐれなもんだな。
しっかし、今回はうまく高崎を撒けたが……本当に相澤さんと付き合ったら、あいつはどう対処すればいいんだよ……
・・・
結局、高崎が犯人かどうかは分からずじまいで終わってしまった。
とりあえず有力候補で、間違いないだろう。
それにしても、よく考えたら相澤さんに好意を抱く人って、学校内にもかなりいる気がする。
なにせ、美人教師だからな……俺が知らないだけで、隠れファンはたくさんいるんじゃないか!?
高崎みたいに、俺に強烈な敵意を剥き出しにしている人物がいても、何ら不思議ではない。
待てよ……一応、俺のファンがいるって可能性もあるのか。
女子生徒が実は俺のことを好きで……って、あるわけないか。こっちのパターンは、まるで考える必要はないな。
・・・
俺は部活に向かうため、職員室に入った。
職員室には、机の上で作業する上原の姿がある。
「おう、作田。これから部活か?」
「あぁ、荷物を取りに戻ってきた」
そういえば……上原も前、相澤さんを好きとか言ってなかったか!?
まさか上原が……? こいつは俺と仲がいいし、一緒に行動することも多い……まさか、まさかな……
俺は上原のことを、黙ってじっと見つめていた。その視線に、上原が気づく。
「なんだ? 俺の顔に何かついてるか?」
「いや、別に何も……」
「最近おまえ、元気なくないか? それに、今も顔色が悪い気がするな」
「そうか? 俺は普通だけどな……そろそろ部活行ってくるわ」
「おぉ、あまり無理すんなよ!」
こんなに優しい上原が犯人なわけは……いや、実はとんでもない裏の顔があって──何言ってんだ俺は! 上原を疑ってどうする!
・・・
部活を終えて俺は家に帰るも、疲労はピークを迎えていた。身も心も疲れきってしまったのだ。
部屋に寝転がり、意味もなく天井を眺めている。
こんな日々が続くものなら、精神崩壊の恐れだって十分にありえる。
「俺が上原を……あの上原を一瞬たりとも疑ってしまった……」
俺は完全に人間不信に陥っていた。
とうとう親友の上原にまで疑いをかけたのだ。
俺はその事実に、多大なるショックを受けていた。相当追い込まれてしまっている。
「ごめん……ごめん……上原……」
犯人以外は、何一つ悪くない。みんな俺をいつでも優しくサポートしてくれているのだ。
そんな大切な友人を、仲間を、これ以上疑惑の目で見たくはない。
「考えろ! よく考えろ! 一から全部だ! この世界に来たときから、今に至るまでのすべてを!」
俺は力を振り絞って立ち上がった。
そして、今までの軌跡をメモする意味も含めて、俺はこの世界に来てから一度も手をつけてこなかった──“小説”を書き始める。
「俺は書けたんだ……小説を! だったら作田にだって、必ず書けるはずだ!」
自作小説がどの程度のデキだったのか、今の俺には分からない。
きっとクオリティは低く、小説のコンテストに応募しようにも、一次審査すら通過しないレベルであろう。
だが、世の中には話をまったく作れない、書けないという人は、ごまんといるのだ。
それを思えば、俺にだって多少の才能とやらはあるはずだ。
「そっちが小説を改変してくるなら……俺だって小説で挑んでやる!! 小説VS小説!! 望むところだ!!」
俺は書いた。ひたすらに書いた。
この世界に来たときのこと……そこから、俺が作田へとなったこと……ほんの僅かな出来事も逃さず、覚えている限りのすべてを。
その行為は、ストーリーをただなぞるだけに過ぎないかもしれない。しかも、憎き犯人が手を加えたストーリーをトレースするという、苦汁を舐める形になるかもしれない。
それでもいい……とにかく書くんだ。
誰に見せるわけでもない、俺だけが分かればいい、俺だけのための小説を!
これがヒントに繋がるかは、正直分からない。ただ、教師として、俺は生徒達に口を酸っぱくして言ってきた。
『とりあえず書きなさい。書くことから始めなさい』
勉強だって何だって、書かなきゃ覚えないんだ。分からないんだ。
頭の中でずっと考えてたって──何も始まりやしない!!
初めは犯人探しのために書いていたのに、次第に楽しくなっている自分がいる。
筆が乗っていく。勢いが止まらない。書くのが楽しくて楽しく仕方がない!!
・・・
完成した頃には、すっかり外は明るくなり、朝を迎えていた。
「──出来た!!」
あまりにも、ぶっ続けで書きすぎたせいで、さすがに疲労困憊だ。
俺は再び、部屋の床へと寝転んだ。
「あーー疲れた……でも、無駄じゃなかった」
“小説を書くこと”……何の意味もないことのように思えたが、決して無駄ではなかった。やってよかった。
俺はこのことから、ある“ヒント”を得ていたのだ。
「──分かったぞ。犯人が! やっぱりいたんだ。犯人は……この世界の中に」




