第25話 “ルール”
次の日から、本格的な犯人探しが始まった。
朝の歯磨きをしながら、作戦を練る。
「さて、どうやって犯人を捕まえるかな……ん? 待てよ」
しかし、出鼻を挫くように、俺は大切なことを思い出す。
この世界は、俺が作り出した世界なんだ……だとしたら、作田を含めた登場人物は皆、架空のキャラクターなんじゃないか!?
そう考えると、この世界に犯人がいるとは限らないのか……
いや、もしそれが本当ならどう捕まえる!? 外の世界のどこかの誰かなんて、無謀すぎる! 第一、俺はここから出られない訳だしな……
もしくは俺みたいに、実は犯人も中の世界に入り込んでるパターンもあるのか?
それなら捕まえることも可能に……
あーっ! くそっ! 分からないことを考えても仕方がない!
とにかく、この世界に犯人はいる線で考えないと話にならない! 仕切り直しだ、仕切り直し!
・・・
スーツに着替えながら、改めて俺は考え始める。
まず考えられることは、犯人は俺に反感を買っている人物ってことだ。
この作品は、作田明と相澤美幸の恋物語なんだ。そこから導き出されるものといえば……犯人は“相澤さんのことを好きな人”だ!
俺に相澤さんを取られては困る人物。そう考えるのが、妥当な線だろう。
──よし、これで行こう。あとは職場に向かって、犯人探しスタートだ!
・・・
いつも通り、俺は国語教師として、一日の業務をこなしていく。
改めて、疑いの眼差しで見てみると……何だか不思議とすべてが怪しく見えてくる。
そして、放課後を迎えたときのことだ。
有力候補の一人が……俺の前に姿を現す。
「作田先生!」
「おう、一輝か」
廊下で、テニス部部長の久保一輝と出会う。
「今日の練習メニューについてなんですけど……」
一輝は部活動に熱心に取り組んでおり、顧問の俺によく相談に来ていた。
テニスの本や動画で学んだ、新しい練習方法を取り入れるなどして、とてもテニスに熱い男である。
一輝か……ほぼ毎日のように、一輝とは会話をしているな。こうして廊下だったり、職員室の中だったりと……
いや、でもこいつが相澤さんを好きだなんて話……聞いたことがない。
「──面白いメニューだな。いいんじゃないか! 先生もあとで行く」
「ありがとうございます!」
やはり違う……一輝は関係ない……
俺が一輝と別れ、職員室に行こうとすると、誰かが遠くの方で、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
「──作田!! 作田はどこだーー!!」
「な、なんだ!?」
バカでかい声で、誰かが俺の名を叫んでいる。もはや、呼んでいるなんてもんじゃない。その声には狂気すら感じられるほどだ。
俺は恐る恐る、声のする方角を振り向いた。
「──高崎!!」
その声の主とは、野球部エースの二年一組の生徒、“高崎”だったのだ。
高崎と言えば……確かこいつは、本気で相澤さんのことが好きだったな! まさかおまえが犯人か!?
高崎は怒り狂い、今にも俺に殴りかかってきそうな勢いだった。
その高崎を体を張って止めてくれている人物がいる。野球だけでなく、高崎の友人としても相棒を務める……野球部キャッチャーの“黒瀬”だ。
「先生!! 今すぐ逃げろ!!」
「えっ……逃げるって……」
「探したぜ、作田!! さぁ、今すぐここで説明しろ!!」
高崎は完全に頭に血が上っている。教師に対して、なんだその口の聞き方は。
それに……説明してほしいことがあるとするならば、むしろ俺の方だ!
「やめろって! 相手は先生だぞ? 何考えてんだ!」
「うるせーー! 関係あるか! 離せよ! 黒瀬!!」
俺がここで熱くなったら、食い止めてくれてる黒瀬が可哀想だ……一旦ここは、冷静そうな黒瀬に話を聞こう。
「黒瀬、一体何なんだ? 何をこんなに高崎は怒っている!?」
「それは……ある意味先生のせいですよ!」
「俺?」
「ほら、あったじゃないですか。作田先生と相澤先生が、付き合ってるんじゃないかって噂になってたやつ! あれが原因ですよ!」
そのことか……なんだか話が大きくなってるな。
デートしてたって話だろ。似たようなもんか?
それにしても、その噂が出たのは随分まえじゃなかったか? 何で今頃……
「おら! なんとか言え! 作田!!」
「す、すまねぇ、先生。こうなるんじゃないかと、薄々みんな思ってたんだ……だからずっと高崎にはみんな黙ってたんだけど、今日ついに野球部のやつが喋っちまって……」
なるほど。みんな高崎には口止めしてたんだな。高崎が相澤さんのこと好きなのは、バレバレだったしな。
「ぐっ……いい加減、離せよ!!」
執念とは恐ろしいものだ。身長はさほど二人に差はないが、高崎よりも黒瀬のが遥かに体格がいい。
高崎はその黒瀬を投げ飛ばすような形で、振りほどいたのである。
「ぐわぁっ! 何すんだ! 高崎!」
黒瀬の巨体が廊下へと叩きつけられる。
うまく受け身を取っていたようにも見えたが……大丈夫だろうか。
「黒瀬!! 平気か!? 怪我はないか!?」
「えぇ……なんとか大丈夫そうです……」
単なる黒瀬の痩せ我慢に思えるけども、大怪我に繋がらなかったのは、どうやら事実らしい。
せっかく体を張ってくれた黒瀬には申し訳ないが、今は俺は高崎の相手をしなければならない。
「はぁ……はぁ……おまえが邪魔するから悪いんだぞ、黒瀬!! で、どうなんだよ!? はっきりしろ!! 作田!!」
何がはっきりしろだ……それはこっちのセリフだ、高崎!!
俺にも、白黒つけなきゃならない、重要なことがあるんだからな。
激昂する高崎に、俺はあえて挑発をかました。
「そうだな、高崎。もし、俺と相澤先生は付き合ってる……と言ったら、おまえはどうする?」
「て、てめぇ! だったら……とりあえず一発ブン殴らせろ!!」
「やめろ!! 高崎!! 先生も煽ってないで止めてくれよ!?」
黒瀬は慌てふためいている。必死に手を伸ばしているが、床に這いつくばる黒瀬が、高崎に届くはずがない。
「──悪いな、黒瀬」
「えっ!? 先生、何やってんだ! だめだ! とにかく逃げろ!!」
黒瀬は先程から逃げろと言い続けていたが……俺には逃げる気など、更々なかった。
その場に留まり、俺は両手を広げる。このまま真正面から高崎を迎え受けるつもりだ。
いいよ、高崎。殴りたいなら殴れ。それで気が済むならな……
その代わり、認めろよ? おまえが……犯人ならな……
血走るような目、乱れる呼吸……猛スピードで高崎が近づいてくる。
殺気にも近い感覚だな……よほど俺のことが憎いらしい。
高崎が俺の目の前まで来た……そのとき。
俺は静かに呟いた。
「──そうか……やはり、“おまえ”なんだな?」
高崎は俺の言葉を理解したのか、それとも知らないフリを決め込んだのか……
どちらかは分からないが、左手に握りこぶしを作り、俺の顔面目掛けて、全力で殴りかかってきた。
「はっ? なんのことだよ! 知るかよ、そんなこと!!」
さぁ、来い。高崎。俺はいつでも殴られる準備はできている。
俺は国語教師、“作田明”だ。何があっても生徒には……手を挙げない!!
俺は目を瞑った。果たして、このあと、どんな痛みが待っているだろうか……
「──あれっ!?」
覚悟を決め、歯を食いしばっていたのにも関わらず、一向に痛みは襲ってこない。
不思議に思った俺は、ゆっくりと目を開けた。
すると、高崎の拳は、俺の顔面に触れる直前で止まっていたのだ。
「えっ……寸止め……?」
一瞬、高崎の根っこの部分にある優しさが現れたのかと考えたが、そういうわけではなかった。
「──違う! 時が止まっている……時間が戻るのか!?」
停止していたのは高崎や黒瀬、人物のみにあらず。その他、周りにあるものすべてだった。
飽きるほど見てきた、色が失われていく現象が始まっていたのだ。
「もしや……高崎が犯人だからか!? だから時間を戻すのか!? 都合悪くなったから逃げるのか!?」
止まった時の中で話しかけたところで、誰も応答するわけがない。
今、この世界で動けるのは、俺一人だけなのだから。
くそっ……正解だったのか!? それとも別の理由で巻き戻したのか!? どちらにせよ、やり方が汚いぞ!
俺はこの世界にある様々なルールに関して、独自の解釈をしてきていた。
なにせ、そのルールが正しいのか、間違っているのか、確認する術がないのだ。
この“時間が巻き戻る”現象は、てっきり俺が書いたストーリーと異なる際に、発生するものだと思っていた。
しかし、今俺が直面しているのは、俺が書かなかった、未来のストーリーだ。
だとしたら、このストーリーに正規ルートも間違いルートも存在しないはず。
「──なるほどね。分かったよ。時間を戻すのにルールもへったくれもない……すべては“アンタ”の気分次第……いくらでもアンタの好きにできるってことがね!!」




