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事実も小説も奇なり  作者: Guru
偽りの世界で
25/38

第25話 “ルール”

 次の日から、本格的な犯人探しが始まった。

 朝の歯磨きをしながら、作戦を練る。


「さて、どうやって犯人を捕まえるかな……ん? 待てよ」


 しかし、出鼻を挫くように、俺は大切なことを思い出す。


 この世界は、俺が作り出した世界なんだ……だとしたら、作田を含めた登場人物は皆、架空のキャラクターなんじゃないか!?


 そう考えると、この世界に犯人がいるとは限らないのか……

 いや、もしそれが本当ならどう捕まえる!? 外の世界のどこかの誰かなんて、無謀すぎる! 第一、俺はここから出られない訳だしな……


 もしくは俺みたいに、実は犯人も中の世界に入り込んでるパターンもあるのか?

 それなら捕まえることも可能に……


 あーっ! くそっ! 分からないことを考えても仕方がない!

 とにかく、この世界に犯人はいる線で考えないと話にならない! 仕切り直しだ、仕切り直し!



・・・



 スーツに着替えながら、改めて俺は考え始める。


 まず考えられることは、犯人は俺に反感を買っている人物ってことだ。

 この作品は、作田明と相澤美幸の恋物語なんだ。そこから導き出されるものといえば……犯人は“相澤さんのことを好きな人”だ!

 俺に相澤さんを取られては困る人物。そう考えるのが、妥当な線だろう。


──よし、これで行こう。あとは職場に向かって、犯人探しスタートだ!



・・・ 


 

 いつも通り、俺は国語教師として、一日の業務をこなしていく。

 改めて、疑いの眼差しで見てみると……何だか不思議とすべてが怪しく見えてくる。


 そして、放課後を迎えたときのことだ。

 有力候補の一人が……俺の前に姿を現す。


「作田先生!」


「おう、一輝(かずき)か」


 廊下で、テニス部部長の久保一輝と出会う。


「今日の練習メニューについてなんですけど……」


 一輝は部活動に熱心に取り組んでおり、顧問の俺によく相談に来ていた。

 テニスの本や動画で学んだ、新しい練習方法を取り入れるなどして、とてもテニスに熱い男である。


 一輝か……ほぼ毎日のように、一輝とは会話をしているな。こうして廊下だったり、職員室の中だったりと……

 いや、でもこいつが相澤さんを好きだなんて話……聞いたことがない。


「──面白いメニューだな。いいんじゃないか! 先生もあとで行く」


「ありがとうございます!」


 やはり違う……一輝は関係ない……


 俺が一輝と別れ、職員室に行こうとすると、誰かが遠くの方で、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。


「──作田!! 作田はどこだーー!!」


「な、なんだ!?」


 バカでかい声で、誰かが俺の名を叫んでいる。もはや、呼んでいるなんてもんじゃない。その声には狂気すら感じられるほどだ。

 俺は恐る恐る、声のする方角を振り向いた。


「──高崎!!」


 その声の主とは、野球部エースの二年一組の生徒、“高崎”だったのだ。


 高崎と言えば……確かこいつは、本気で相澤さんのことが好きだったな! まさかおまえが犯人か!?


 高崎は怒り狂い、今にも俺に殴りかかってきそうな勢いだった。

 その高崎を体を張って止めてくれている人物がいる。野球だけでなく、高崎の友人としても相棒を務める……野球部キャッチャーの“黒瀬”だ。


「先生!! 今すぐ逃げろ!!」


「えっ……逃げるって……」


「探したぜ、作田!! さぁ、今すぐここで説明しろ!!」


 高崎は完全に頭に血が上っている。教師に対して、なんだその口の聞き方は。

 それに……説明してほしいことがあるとするならば、むしろ俺の方だ!


「やめろって! 相手は先生だぞ? 何考えてんだ!」


「うるせーー! 関係あるか! 離せよ! 黒瀬!!」


 俺がここで熱くなったら、食い止めてくれてる黒瀬が可哀想だ……一旦ここは、冷静そうな黒瀬に話を聞こう。


「黒瀬、一体何なんだ? 何をこんなに高崎は怒っている!?」


「それは……ある意味先生のせいですよ!」


「俺?」


「ほら、あったじゃないですか。作田先生と相澤先生が、付き合ってるんじゃないかって噂になってたやつ! あれが原因ですよ!」


 そのことか……なんだか話が大きくなってるな。

 デートしてたって話だろ。似たようなもんか?

 それにしても、その噂が出たのは随分まえじゃなかったか? 何で今頃……


「おら! なんとか言え! 作田!!」


「す、すまねぇ、先生。こうなるんじゃないかと、薄々みんな思ってたんだ……だからずっと高崎にはみんな黙ってたんだけど、今日ついに野球部のやつが喋っちまって……」


 なるほど。みんな高崎には口止めしてたんだな。高崎が相澤さんのこと好きなのは、バレバレだったしな。


「ぐっ……いい加減、離せよ!!」


 執念とは恐ろしいものだ。身長はさほど二人に差はないが、高崎よりも黒瀬のが遥かに体格がいい。

 高崎はその黒瀬を投げ飛ばすような形で、振りほどいたのである。


「ぐわぁっ! 何すんだ! 高崎!」


 黒瀬の巨体が廊下へと叩きつけられる。

 うまく受け身を取っていたようにも見えたが……大丈夫だろうか。


「黒瀬!! 平気か!? 怪我はないか!?」


「えぇ……なんとか大丈夫そうです……」


 単なる黒瀬の痩せ我慢に思えるけども、大怪我に繋がらなかったのは、どうやら事実らしい。

 せっかく体を張ってくれた黒瀬には申し訳ないが、今は俺は高崎の相手をしなければならない。


「はぁ……はぁ……おまえが邪魔するから悪いんだぞ、黒瀬!! で、どうなんだよ!?  はっきりしろ!! 作田!!」


 何がはっきりしろだ……それはこっちのセリフだ、高崎!!

 俺にも、白黒つけなきゃならない、重要なことがあるんだからな。


 激昂する高崎に、俺はあえて挑発をかました。


「そうだな、高崎。もし、俺と相澤先生は付き合ってる……と言ったら、おまえはどうする?」


「て、てめぇ! だったら……とりあえず一発ブン殴らせろ!!」


「やめろ!! 高崎!! 先生も煽ってないで止めてくれよ!?」


 黒瀬は慌てふためいている。必死に手を伸ばしているが、床に這いつくばる黒瀬が、高崎に届くはずがない。


「──悪いな、黒瀬」


「えっ!? 先生、何やってんだ! だめだ! とにかく逃げろ!!」


 黒瀬は先程から逃げろと言い続けていたが……俺には逃げる気など、更々なかった。

 その場に留まり、俺は両手を広げる。このまま真正面から高崎を迎え受けるつもりだ。


 いいよ、高崎。殴りたいなら殴れ。それで気が済むならな……

 その代わり、認めろよ? おまえが……犯人ならな……


 血走るような目、乱れる呼吸……猛スピードで高崎が近づいてくる。


 殺気にも近い感覚だな……よほど俺のことが憎いらしい。


 高崎が俺の目の前まで来た……そのとき。

 俺は静かに呟いた。


「──そうか……やはり、“おまえ”なんだな?」


 高崎は俺の言葉を理解したのか、それとも知らないフリを決め込んだのか……

 どちらかは分からないが、()手に握りこぶしを作り、俺の顔面目掛けて、全力で殴りかかってきた。


「はっ? なんのことだよ! 知るかよ、そんなこと!!」


 さぁ、来い。高崎。俺はいつでも殴られる準備はできている。

 俺は国語教師、“作田明”だ。何があっても生徒には……手を挙げない!!


 俺は目を瞑った。果たして、このあと、どんな痛みが待っているだろうか……


「──あれっ!?」


 覚悟を決め、歯を食いしばっていたのにも関わらず、一向に痛みは襲ってこない。

 不思議に思った俺は、ゆっくりと目を開けた。


 すると、高崎の拳は、俺の顔面に触れる直前で止まっていたのだ。


「えっ……寸止め……?」


 一瞬、高崎の根っこの部分にある優しさが現れたのかと考えたが、そういうわけではなかった。


「──違う! 時が止まっている……時間が戻るのか!?」


 停止していたのは高崎や黒瀬、人物のみにあらず。その他、周りにあるものすべてだった。

 飽きるほど見てきた、色が失われていく現象が始まっていたのだ。


「もしや……高崎が犯人だからか!? だから時間を戻すのか!? 都合悪くなったから逃げるのか!?」


 止まった時の中で話しかけたところで、誰も応答するわけがない。

 今、この世界で動けるのは、俺一人だけなのだから。


 くそっ……正解だったのか!? それとも別の理由で巻き戻したのか!? どちらにせよ、やり方が汚いぞ!


 俺はこの世界にある様々なルールに関して、独自の解釈をしてきていた。

 なにせ、そのルールが正しいのか、間違っているのか、確認する術がないのだ。


 この“時間が巻き戻る”現象は、てっきり俺が書いたストーリーと異なる際に、発生するものだと思っていた。

 しかし、今俺が直面しているのは、俺が書かなかった、未来のストーリーだ。

 だとしたら、このストーリーに正規ルートも間違いルートも存在しないはず。


「──なるほどね。分かったよ。時間を戻すのにルールもへったくれもない……すべては“アンタ”の気分次第……いくらでもアンタの好きにできるってことがね!!」 

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