第24話 “領域”
俺はこの世界で、常に受け身になっていた。
何も考えず日々の生活をしていけば、イベントが近づき、脳内にイメージが入ってくる。
そのイメージを利用して未来を読むことで、イベントを攻略していく。
このやり方が一番効率がよく、簡単だったからだ。
しかし、相澤先生との映画デートをしたのを最後に、俺にイメージが入ってくる現象は起きなかった。
もうかれこれ、一週間以上が経過している。
今までも数日間来ないことはあったが、ここまで長いこと期間が空いたのは初めてだ。
また、数日前にあった、授業中に起きたクラスでの相澤さんとの噂話……
この件が、イベントとして扱われていなかったことも気がかりではある。
──それから数日後。
そろそろ受け身でなく、何か自分から動くべきではないかと考え始めていた。
俺は自宅にて、しばしの休息を過ごしていると、携帯にメッセージが届く。
「──相澤さんからだ!」
ついに停滞していたストーリーが、動き出したのである。
相澤さんの方からメッセージが送られてくるのは、初めてな気がする。急いで俺は中身を確認した。
「えっと……『明日の朝、少し早く学校に来て話しませんか?』……だって?」
まるで学校内で、こそこそと付き合うカップルの学生みたいだな。もちろん俺達はまだ付き合ってはいないが……
「嬉しいな。相澤さんの方から誘ってくれるなんて!」
もちろん嬉しかった。相澤さんからのメッセージなんて、嬉しいに決まってる。
だが、心中は穏やかではない。
このメッセージが届いたことにより、散々考え込んでいた、あの“疑惑”が──“確信”へと変わったからだ。
確実に、これは相澤さんとのイベントだ。
なのにも関わらず、事前に俺はストーリーを見ることができなかった……
数日前の噂話の件に続き、これで二回連続である。
しかも、今回は相澤さん本人が絡んでくるイベントのため、言い逃れはできない。
もう、“間違いない”と考えていいだろう。
「やはりそうか……だから、俺は事前にストーリーを見ることをできなかったんだ……俺は自身の書いたストーリーを──追い越してしまっている!!」
自作の小説は未完成だった。書き途中だった。
俺は今、志半ばにして書き上げることのできなかった、ストーリーの先を歩んでいる……俺の知らない“未知の領域”に足を踏み入れているのだ。
「一体どうなってるんだ? 俺はこの世界にいるのに……なぜストーリーが進む? 俺が書かなきゃ、続きを書けるわけなんて──!!」
そうか……そういうことか!!
俺が書けないなら……“他の誰か”が書けばいい!!
いるのか……ストーリーの続きを書いている“何者か”が!!
この世界の中ではなく……“外”の世界に!!
この事実が分かったことにより、今まであった謎という謎が、自然と繋がり始める。
「くそっ……誰かが続きを書いてるっていうなら……“過去”も……そうだったんじゃないのか!? 今までの“すべて”が……こいつの仕業だったんだ!!」
変だと思っていた……ずっとおかしいと思っていた!!
俺が見ていたストーリーと、実際に起こる出来事では、相違する点がいくつもあった。
例えばタバコの事件では、予想外のイベント発生に加え、犯人までもが変わってしまっていた……
これは俺の記憶が間違っていたからではなかったんだ。
外の世界から何者かが、俺の小説に手を加え、“改変”していたんだ! 俺が書いたものとは異ったストーリーを作っていた!
また、そいつはそれだけに留まらず、途中で終わってしまっていた、ストーリーの続きまで書こうとしているんだ!!
・・・
翌日、普段よりも早く家を出発し、相澤さんに言われた通り、職員室に入る。
「おはよう。作田さん。来てくれたんですね!」
「おはようございます。相澤先生。えぇ……言われた時間通りに来ましたよ」
「……先生呼びは、止めるんじゃなかったの?」
「ここは学校ですし……誰かに見られてたら、嫌だなって」
相澤さんは職員室の中を軽く見回した。
「誰もいないですよ? 私達しかまだ来てないじゃない」
分かってる……誰もいないことくらい。そのために、わざわざ朝早く来たんだから。
ごめん。相澤さんは、まったく悪くないんだ……
このストーリーも……誰かが追加したストーリーなんだろ!?
そう考えると気味が悪い……一切楽しめなくなる……
「さっ、こっちに座ってください」
相澤さんは俺を指定の席へと案内した。
その席は、いつも相澤さんが座る席の隣である。
別の先生の場所ってことになるわけだが、誰もいないのをいいことに、相澤さんは大胆な行動を取っている。
はいはい……行きますよ。どうせ俺は流れに逆らうことはできないんだ。
拒否しておかしな行動を取れば、時間を戻されるに決まってる。俺は為すがままに従うしかないんだろ。
「……失礼します」
相澤さんに挨拶すると共に、この席の持ち主にも心の中で謝罪する。
「なんか昔を思い出しますね、こういう感覚」
「そうです? あまり俺、こういう経験なくて……」
相澤さんは職員室から見える窓の外の景色を、ぼんやりと眺めていた。
「ほら、男女で机並べて座って……学校のクラスって、昔はこんな感じだったじゃないですか」
「あぁ……それなら。昔は男子と女子の席は隣って、だいたい決まってましたもんね。席替えとかが、すごく大事だったりして」
あまり深くは考えず、よくありそうな、誰にでも当てはまりそうなことを言っただけに過ぎなかった。
けれども、相澤さんは俺の発言に、とても共感してくれていたようだった。
「そうそう、その感覚のやつです! 私が伝えたかったのって!」
窓の外を見ていた相澤さんは、俺の方に顔を向けて微笑んだ。
お互いの顔が、かなり近い距離にある。悔しいが、思わず見とれてしまった……
くそっ……誰かが作ったストーリーだというのに……相澤さんの可愛さの前では、俺は無力か……
このあと、もう少しだけ相澤さんと会話して、他の教師が入ってくる前に、自分の席へと戻った。
何事もなかったかのように、そのまま通常通りの業務をこなしていく。
二人だけの秘密の時間……
これが自分で書いたストーリーなら、どれほど嬉しかったことか。
何者かに、まるで俺の気持ちを弄ばれでいるかのようなストーリーには、心底腹が立つ。
いい思いも、悪い思いも、そいつが書いた通りに事は進んでしまうのだ。
俺は誰かの手のひらで、ずっと踊らされている。
誰なんだ……一体誰が、こんなことをしているんだ……
それに、おまえの罪は俺の作品に手を加えただけではないはずだ……
分かってるぞ。俺にはもう分かっている! “全部”おまえの仕業なんだろ?
俺をこの世界に閉じ込めたのも……きっとおまえなんだろ? 全部、全部!!
くそっ……絶対見つけてやるからな。おまえの好きなようにはさせない!
そして、俺は必ずこの世界から脱出してやる!!




