第21話 “天使”
十六インチしかない小型のテレビで、借りたDVDを観る。
数時間前まで観ていた、映画館の巨大スクリーンとは雲泥の差だ。
今回観るのは恋愛映画だしな。さっきみたいに、アクションだったら大きいスクリーンのがいいけども、そこまで影響はないか。
いや……いくら画面が大きくなろうと、迫力が出ようと、つまらないものはつまらない。
ある意味、誤魔化しの効かない小さいテレビで観た方が、面白さが本物かどうか判別しやすいかもしれない。
「この作品、ずっと前から観てみたかったんですよね」
「それならよかったです。俺はこういう機会がなかったら、観ることもなかったでしょうから」
「そうですよね。男の人は、あまり恋愛作品を好んで観ないかも」
正直、俺にとって映画の内容など、どうでもよかった。
いかに、いい雰囲気を作ってくれるか。それが一番大事だ。
この作品は恋愛モノとしては超メジャーで、面白さは万人が証明してくれている。
映画パワーを存分に発揮してくれるであろうことは、約束されたようなものだ。
現在の時刻は夜の十一時を回っている。
今から二時間の映画を観るということは、確実に終電は無くなる。
お互いの家はそれほど遠くないため、仮にタクシーを使って帰っても、比較的安く済むと思うが……
やはり相澤さんは見た目によらず、肉食系だ!
草食系男子代表、作田明は、肉食系女子を支持します! 応援します!
・・・
映画を観始めてから、数十分がたった。
当たり前だが、アクション映画のように、派手なシーンがあるわけではない。
だめだ……退屈すぎて、眠気が……
家で映画を観るメリットとして、好きなときに一時停止できることが挙げられる。映画館ではそうはいかない。
ただ、まだDVDを観始めたばかり。休憩には早すぎる。
緊張を取ろうと、居酒屋にて急ピッチで酒を飲んだことが、かなり裏目に出てしまったようだ。強烈な睡魔が、俺を襲う。
アクション映画にしてれば、少しは違ったのかな……
いや、それでは意味がない……俺は映画パワーを……相澤さんとのお楽しみを……
「──あ、ごめんなさい! 寝ちゃってました!」
ついつい睡魔に負けて、俺は寝てしまっていたようだ。
相澤さんに謝罪して、ここから先は集中して映画を観るよう心掛けるも……
その相澤さんが、隣にいない。
それまでもか、点けてあったテレビも消えている。
「えっ!? うそっ!? 寝たの一瞬でしょ!?」
体感的には、ほんの五分だった。少し目を瞑っただけだった。
しかし、窓の外からは光が差し込んで来ている。
「──朝!? 今、何時!?」
慌てて床に落ちていた携帯を手に取り、時刻を確認する。
現在の時間は──朝の五時半だ。
「そんなバカな!! うそだ! 絶対うそだ! もしかして、ついに俺は時間を巻き戻すだけでなく、進める能力を──」
ふと我に返り、俺は気づく。
日付は変わって一昨日になるが、そのとき見た、自身の小説のストーリーのおかしな点を。
一緒にアクション映画を観て、そのあと相澤さんを連れて家にやって来る。
しかし、その先のストーリーを見ることはできなかった。以前の野球部のイベントの時は、もっと詳しく中身を見ることができたにも関わらずに。
その理由が今、はっきりと分かったのだ。
「もしかして、中身を思い出せなかったのって……単純に俺が寝ちゃったから?」
うわーーっ!! 俺のバカ野郎!! てかなんで、こんな時こそ時間は戻らないんだ!? 戻れ!! 頼むから、戻ってくれーー!!
神に祈るように両手を組み、天に向けて腕を上げ、俺は必死に叫んだが……
一向に何も起きる気配はない。外から雀の声が聞こえてくるだけである。
好きな時に時間を戻せればいいのだが……例え小説の世界と言えど、そう人生は甘くないものだ。
「──あっ、それより相澤さん、絶対怒ってるよな!? 何時に帰ったんだろ!? とりあえず謝罪の連絡を……」
相澤さんには大変失礼なことをしてしまった。自分から誘っておいて、最悪だ。
謝ることを先決に考え、俺は携帯のメッセージ画面を開くが……俺が送るよりも前に、相澤さんからのメッセージがすでに届いていた。
「相澤さんから来てる! 怒りのメッセージだったらどうしよう……」
俺は最悪のパターンを想定する。
あの仏のように優しい相澤さんがブチギレ、悪魔の化身となっているのではないだろうか。
“仏の顔は三度まで”と言うが、“相澤の顔は一度も許さない”……かもしれない。
俺は恐る恐る、メッセージの中身を読んだ。
『起こそうと思ったんですけど、気持ち良さそうに寝てたので起こしませんでした。自分の家に帰ります』
どうも文章だけでは、人の感情は分かりづらい。
直接話す時のように、表情が見えないため、不思議と冷たさを感じてしまう。
「怒ってる……やっぱ怒ってるよな!?」
相澤さんのメッセージは中々の長文で、まだメッセージは続いていた。
『借りたDVDは、机の上に置いてあります。私が一人で外に出たことにより、鍵が開きっぱなしになってます。不用心でごめんなさい』
「いや、しょうがないよ! 俺が悪いんだから! 相澤さんは悪くない、悪くないから怒らないで……」
返ってくるわけないのに、俺はずっと独り言を呟いていた。
伝わるはずもないのに、ひたすら相澤さんに謝り続けていた。
「そう言えば相澤さん、ハーレムの小説見つけたとき、すごい早口で怒ってた……このメッセージも長いし、やっぱり相澤さんは……」
俺は確信した。相澤さんは怒っている。
きっと俺達の関係性は終わった……と。
そして、最後に書かれた一文を、俺は読んだ。
『作田さんの寝顔って、意外と可愛いんですね笑。風邪引かないよう、気を付けてください』
「──えっ? 俺って寝顔可愛いの……? もしかして、これ怒ってないやつ?」
やはり相澤さんは、天使だ……女神だ……
もう何て言い表していいのか分かりません。
俺はますます、相澤さんのことが好きになった。
これは作田明が相澤美幸を好きという、設定なんかではなくて、俺自身が、本気で好きって思えた瞬間だった。




