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事実も小説も奇なり  作者: Guru
偽りの世界で
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第20話 “本棚”

 最寄り駅に着いた後、近くのコンビニで適当に買い物を済ませ、俺の家へと向かう。

 あまり栄えた土地ではないため、街灯も暗く、夜道では女性一人だと恐怖を感じるかもしれない。


「──ここです。狭い家ですけど、どうぞ」


 ここが自分の家だと紹介するのも、正直恥ずかしい。それほどまでにボロく、そんな場所に女性を連れ込むなど、失礼だった可能性すらある。


「お邪魔します」


 靴を脱ぎ捨てた俺とは違い、相澤さんは丁寧に玄関口で靴を揃えた。

 そのついでに、不揃いの俺の靴も直してくれている。


「すみません。日頃の癖が出ますね」


「いえ、気にしないでください。ここは作田さんの家なわけですし」


 お世辞とは言えない、本当に狭いキッチンの横の通路を通って、部屋へと案内した。


「ど、どうぞ。汚いですけど」


「はい、ありがとうございます」


 相澤さんは、部屋の中に入るなり、軽く辺りを見渡している。

 扉すらないほど狭い家の造りのため、玄関からでも、すでに中は見えていたはずだ。


「全然綺麗じゃないですか。失礼かもですけど、男の人の部屋って、もっと汚いかと思ってました」


「綺麗ですか? ははは……いつもこれくらいにはしてますよ」


 あぶねーーっ。掃除しといてよかったーー。

 昨日の段階で、ストーリーが見えてたからな。普段はもっと部屋汚い……イメージアップに成功か!?


「適当に座ってください。荷物もその辺に置いてもらって大丈夫ですので」


「はい」


「映画観る準備しますので、ちょっと待っててくださいね」


 普段テレビやDVDなどをあまり見ない俺は、レコーダーを持っていなかった。

 見るには何世代も前のゲーム機を使用する必要がある。ゲーム機は押し入れの中に入っている。


 やべっ……押し入れは綺麗にしてなかった……見られたらまずい……


 やはり見せかけだけというのはよくない。

 昨夜慌てて部屋を掃除したわけだが、正確には掃除したというよりは、散らかった物を押し入れの中に放り込んだに等しかった。

 

 汚さ壊滅級だろ……絶対相澤さんには見せられない!


 押し入れを小さく開け、俺は自分の体を盾にするようにして、必死に中を隠した。

 もっと広く開ければ楽に取れるが、それだけはできない。


 見通しが甘かった……ゲーム機を初めから外に出しておけば、こんなことには……


 ここで、「普段から片付けておけば」という思考回路に至らないのが恐ろしい。

 何せ面倒くさいからな。独身の独り暮らなんて、こんなもんさ。


 やっとの思いで、俺は押し入れからゲーム機を取り出す。

 肝心なのは、相澤さんに汚い押し入れを見られてないかどうかだ。

 不自然な開け方で、こそこそとしてたことは、かえって裏目だっただろうか?


「お待たせしました。相澤さん」


「あ、はい。ありがとうございます」


 俺が振り返り、相澤さんの方を見るも、相澤さんは全く別の方角を見ていた。

 俺の健闘も無意味なものだったようだ。相澤さんは、まじまじと俺の部屋を眺めている。


「いっぱいありますね。本」


「えぇ、小さい頃から本を読むのが好きだったもので」


 俺の部屋には、物凄く大きな本棚がある。

 小説や漫画だけでなく、教材で使うものを含め、百冊は軽く越えている。

 趣味で集めた小説などは、これでも実家にかなり置いてきた。

 よく読むものや、新しく買ったもの、それだけでこの数だ。


「さすが国語教師って感じですね。推理小説や、私でも知ってる有名な小説もある」


 そう言って、相澤さんは立ち上がり、目の前にあった本を手にした。


「へぇーこういう本は、国語教師は否定するかと思ってました」


 相澤さんが手にしたものは、ライトノベルと呼ばれる若者をターゲットにした本だった。通称『ラノベ』だ。

 あらゆる小説を読んだ俺にとっては、ラノベはとても斬新だった。

 最近はハマりもハマり、読むものはもっぱらラノベとなっている。


 相澤さんは本に書いてあるタイトルをいくつか読み上げる。


「異世界転生……異世界……こっちも異世界転生……似たようなタイトルばかり」


「あぁ、ラノベの中でも異世界転生ってジャンルが人気なんですよ!」


「転生って……一度死んで、生まれ変わるって意味ですよね?」


「えっ、そうですけど……それが何か?」


 相澤さんの様子がおかしい。先程まで笑顔だったのに、本を手にしたまま、俯いている。


「あの……悩みがあるならちゃんと言ってくださいね! 私でよければ、相談乗りますから!」


 相澤さんは目を潤ませながら、真剣な表情を見せていた。


 俺が抱える悩みといえば、恋愛関連になるけど……まさか本人に言えるわけないよな。


「は、はい……突然、どうしたんです?」


「まさか作田さんが自殺を考えているだなんて……まだまだこれからですよ! 諦めないでください!」


「自殺!? そんなこと全く考えてないです! あ、転生からそんなことを……それはあくまでフィクションで、俺の願望とかではないですから!!」


「そうなんです……? それならいいんですけど」


 なんてピュアな人なんだ……大事(おおごと)になるとこだった!


 相澤さんは手にした本を、本棚に戻そうとするも、そこで何かを発見する。


「あれっ? 後ろにまだ本が隠れてる」


「──あっ! その後ろは……」


 あまりにも本の数が多く、本棚には奥と手前、二列に本を並べていた。

 本はびっしりと詰めて置いてあるため、奥の本を取るには、手前にある本をどかす必要があるのだ。


 奥の本が気になったと思われる相澤さんは、手前にあった本を二、三冊手に取った。

 そして、隠れていた本を見つけ、またタイトルを読み始めた。


「これもライトノベル! えっと……ハーレム、悪役令嬢、ハーレム、ハーレム……」


 ま、まずいもん見られた!!


「あの……随分とハーレム多いですね。好きなんです? ハーレム」


「いや……好きといいますか……もしかして、引いてます?」


 俺の問いかけに対し、相澤さんはそっぽを向いて答えた。


「いえ、別に。先程の異世界転生みたいに、願望とは限りませんものね。ハーレム、イコール願望とは繋がりません。第一、小説ですし、フィクションですし、それが現実に起きるとは到底──」


 めっちゃ早口になってる……分かりやすっ! 引いてるどころか、何か怒ってる?

 しかも、ハーレムに関しては、俺の願望入ってるだなんて、死んでも言えねぇーー。


 どうにかしなきゃ! うまく誤魔化さなきゃ、相澤さんに嫌われる!


「じ、実は、ハーレムも勉強のうちのひとつなんです」


 まだ終わっていなかった相澤さんの呪文のように長い話を、俺は無理矢理遮る。


「勉強……ですか?」


「はい、俺小説を読むのはもちろん、書くことも好きなんです。だから、どんなジャンルが人気あるのか、色々と調査してるんですよ!」


 本心も混ざっていたが、俺の嘘の弁解は、相澤さんをうまく誤魔化せたようだった。

 半分しか開いていなかった相澤さんの目が見開き、それと同時に、表情も一気に明るくなる。


「すごーーい! 小説書いてるんですか? それ、読みたいです! ぜひ読ませてください!」


 よかった……機嫌も戻ったみたいだ! あっ!


 機転を効かせ、うまく話をすり替えたかに思えたが、重要なことを思い出す。

 小説を書いていたのは事実だが、それはこの世界に来る前の、外の世界での話であったことを。

 こちらの世界では作田として生活し、小説を書いているわけではない。


「いや、それが残念ながら見せれないんですよ」


「えっ、何でですか? 恥ずかしいとか? 絶対私、バカにしたりしませんから!」


 どうしよう……せっかく相澤さんの機嫌が戻ったのに、これではまた悪くなってしまう……


 あまりいいことではないが、この場を乗りきるためには、嘘を嘘で固めるしかなかった。


「それが、まだ書いてる途中なんですよ! だから見せられなくて──!」


「そういう理由だったんですね!」


「え、えぇ……途中で……」


「じゃあ書き終えたら見せてくださいね! 絶対ですよ? 約束です!」


「──は、はい……分かりました」



 とりあえず、何とかこの場を乗りきることには成功したようだ。

 あとは、この先……果たしてどうなることか。俺にも予測できない。

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