第19話 “自然”
目指すなら何事も一番を目指すべき。俺はそう思う。
一番よくないのは、中途半端になることだ。
だから、もし失敗したとしても、全力で一生懸命やればいい。
例えそれが……一番下であったとしても。
「あぁ~あ。つまらなかった」
映画館を出たときに、初めて出た俺の言葉がこれである。
「よかった……」
隣を歩く相澤さんから、まさかの言葉が飛び出ている。思わず俺は聞き返した。
「えっ!? よかったです? 面白かったです?」
「いえ、そっちの意味じゃなくて。私もつまらなかったので、作田さんも同じ気持ちでよかった……と」
なるほど。そっちの意味か。
あの内容で絶賛されたら、いくら相澤さんでも幻滅するくらいだ。
普通の感性を持っているみたいで、一安心。
俺の映画に対する愚痴は止まらなかった。
「特に、あのラストはないよなぁ……主人公が死んで終わりなんて」
「えぇ、キャッチコピーの“死ぬのは簡単だ”って、もっとカッコいい意味かと思ってて」
確かにそうかも。『死ぬのは簡単だ。だから死ぬなんて言うな! 諦めるな!』みたいに、熱血的な言葉が後ろに続けば、また違って聞こえるけども……本当に死んでどうする。
「俺、バットエンドって嫌いなんですよね。やっぱ最後は幸せに終わらないと!」
「私もです! 後味が悪いですよね」
もしかして、クソ映画にも“映画パワー”とやらは存在するのか?
映画のダメなところを語り合う……これはこれで盛り上がるのかもしれない!
「相澤さん、ご飯でも食べに行きません? もっと映画談義したいです」
「ポップコーン食べただけですしね。お腹空きました。ぜひ、行きましょう」
よっしゃ! 今のところいいぞ、ダイソフト。内容はクソだったけど、いい働きしてる!
映画館の周りには、あまりお店が存在せず、移動する必要があった。
駅前には飲食店が並んでいたため、まずはそこまで戻ろうか。
それよりも、問題はどの店を選ぶかだ。
初めて行く店だと、どんな店か分からない。危険度が高すぎる。
俺的には、もう選択ミスは絶対したくないのだ。
そのため、何度か利用したことのある、比較的安めの居酒屋を選んだ。個室が多くあることは知ってたし、ここなら合格だろう。
相澤さんは俺の提案に全く否定せず、二つ返事をしてくれた。
以前、高級焼肉店で食事したからな……実は金銭感覚がズレているのではないかとも考えたが、そんな心配もなさそうだ。
・・・
居酒屋に入り、俺らは酒とつまみを適当に頼む。
通常のデートなら、映画を観て、ご飯を食べて終了だろう。
だが、俺のストーリーにはその続きがあるのだ。
未だに信じられないストーリーだな……本当に俺の家に来るのか?
うわっ、そう考えると緊張してきた………
相澤さんと二人でいることも、だいぶ慣れた。我ながら凄まじい成長だと思う。
ただ、自宅に女性を呼ぶとなると、話は別だ。俺のキャパシティを遥かに越えている。まだまだ経験値が足りない……
これがRPGゲームなら、最初にたどり着く村のあとにラスボスに挑むようなもんだ。
とにかく俺は自分を誤魔化そうと、ドーピングという名の酒を飲み、強く大きく見せるしかなかった。
「あの映画、俳優さんの演技ひどくなかったですか?」
「えぇ、下手でしたね……感動シーンのはずが、思わず笑いそうになりました」
どんな素人でも、お金を払えば作品に文句をつけたくなる。気分は一流映画評論家だ。
それが作品を世に出す、プロの仕事として必要な覚悟なのだろう。
その代わり、良い作品を作れば、称賛される。富も名誉も手に入れられる。
こんなストーリーがめちゃくちゃな妄想小説を書く俺だけには、言われたくないだろうな……
悪いな、ダイソフト。今日だけは許してくれ。話のネタとして、おまえが必要なんだ。
「俳優さんが代わってれば、また違ったのかな……いや、そもそもストーリーがダメか……」
「あぁ~もう。映画観るの凄く楽しみにしてたのに! あの作品じゃ、全然物足りないです!」
──これって……もしかしたら行けるんじゃ……家に誘うチャンスなのでは!?
「ですよね! ですよね! だったら俺の家に来て、もう一本映画観ます? DVDレンタルでもして!」
言えたーー! めちゃくちゃ自然な流れで言えたーー!!
「えっ? いいんですか? そんな、突然家に行くのなんてご迷惑じゃ……」
「いえいえ! 俺は全然平気ですよ! 相澤さんさえよければ」
「本当にご迷惑でなければ、行ってみたいです。作田さんのお家、どんな感じか気になりますし」
うぉぉーーっ!! マジかーー!!
相澤さんって、清楚な見た目して実は肉食系?
肉食系女子、万歳!! 肉食系最高!!
そうか、一見、ダメ映画を選択し、デート失敗かと思われたが、実はダメ映画でなければいけなかったんだ。
仕切り直して、別の映画を観る展開になる……もしこれが良質な映画だったならば、内容に満足して成立しない!
やはり見えていたストーリーに沿って進むべきだな! そうすれば間違いない。
しかし、肝心の、家に来たあとのストーリーを思い出せないんだよな……
それってやっぱり、その先は18禁だから!? 子供には見せられないやつ!?
さぁさぁ、良い子はもう寝る時間ですよ! お引き取りください!!
すでに時間も十時過ぎと遅いため、居酒屋は早々に出ることにした。
電車に乗り、俺の家まで相澤さんと共に向かう。
電車内はガラ空きで、俺達は並んで椅子に座ることができた。これが終電間近なら、もっと混雑したかもしれない。
先程まで会話は弾んでいたはずなのに、電車の中ではお互いが静かとなり、沈黙が続いた。
考えてみれば、相澤さんは本来、反対方面の電車に乗るはずだったんだよな。
相澤さん、今どんな気持ちなんだろう……やっぱり俺みたいに、緊張してたりするのかな……?




