第18話 “正規ルート”
またしても無限ループに陥ってしまった。
気づけば、映画館の入り口に戻されてしまっている。
どうすれば……どうすればこのループから抜けられる……
販売機からもチケットの操作はされていた。さすがに機械相手にはどうすることもできないはず。
やはり突破の可能性があるとしたら、映画館スタッフの方だろう。
俺はオペレーターがいる、チケット売り場の最後尾に再度並んだ。
今度こそは絶対、恋愛映画の方を買ってやる……!!
「いらっしゃいませ。どちらの映画をご希望ですか?」
「四番スクリーンの恋愛映画です! 大人二名です!」
無駄なジェスチャーはやめとこう。勘違いされる。そして、ここは更に念押しだ。
「俺はアクション嫌いですからね! ダイソフトは観ませんよ? 絶対間違えないでくださいね!」
少々やりすぎたか……? 俺があまりにも常識から外れたことをすれば、時が戻って結果同じことに……
俺は周囲を見回した。特に異変は起こらない。
おかしな点があるとするならば、「変な客がいる」と、白い目で俺を見つめてくる、大勢の人達くらいだ。
なりふり構ってられるか! 時間が巻き戻りさえしなけりゃ、何でもいい!
「か、かしこまりました。大人二名、こちらになります」
──行けたか!?
いや、まだ油断はできない。
俺は受け取ったチケットを確認した。さすがに俺の勢いに負けたのか、今度こそチケットに間違いはない。
「相澤さ~ん! やりました~!」
俺は嬉しさのあまり、無我夢中で相澤さんのもとへと走っていた。
手にしたチケットを高く掲げ、大きく手を振る。
「ど、どうしたんです? 作田さん。すごく嬉しそうですね」
「はい! 買えたんです! とうとうチケットが買えたんです!」
「あの……ここ笑うとこです? 子供じゃないんですから、チケットくらい買えますよね……?」
はっ! しまった! 嬉しさのあまりつい……相澤さんは事情を知らないんだった!
これじゃ、本当に初めてのおつかいじゃないか!
「ははは、冗談に決まってるじゃないですか! はい、相澤さんの分」
「ありがとうございます。チケット代はあとで払いますね。あっ、恋愛映画にしたんですね!」
「はい、この映画で大丈夫でした?」
「えぇ、ちょうど観てみたかったので」
「そうでしたか! それならよかった!
あ、そろそろ時間みたいですよ」
館内に上映時間を知らせるアナウンスが流れる。
映画の定番とも呼べる、ポップコーンにドリンクを買い、早速中に入ることにした。
俺はチケットもぎりのスタッフに、二人分のチケットを渡す。
すると、別のスタッフが俺らのもとへと近寄ってきた。
「よろしければ、スクリーンまでご案内しましょうか?」
「──ん?」
映画館に、こんなサービスはあったか……?
「親切な映画館ですね。よろしくお願いします」
相澤さんは何の疑いもなく、スタッフに誘導されようとしている。
「相澤さん! 待ってください! 別に調べれば場所は分かることですし、自分達で行きましょう!」
「あ、はい……」
相澤さんは俺に圧倒され、少し引いていたが、こればかりは仕方がない。
今のスタッフの誘導は、きっと罠なんだ。まだ油断はできないぞ……
「相澤さん、すみませんがスクリーンの場所まで、俺を連れていってくれませんか?」
「ちょっと言ってる意味が……」
「俺は常に奴らの動向を見張っていなければなりません!」
「奴ら……? よく分かりませんが、とにかく、スクリーンに向かえばいいのですね」
相澤さんは何のことか理解できないだろうし、これでは俺は変人じゃないか……
でも、この映画館のスタッフは、俺らの恋路を邪魔するような悪の存在だ!
こいつらは次に何をしてくるか分からない……警戒を怠ってはならないんだ!
「──着きましたよ、作田さん」
「ありがとうございます」
俺はスクリーンに着くまで、一瞬足りとも気を抜かなかった。移動はすべて、相澤さんに任せきっていた。
奴らを振りきることに成功し、安堵の思いで、俺は入り口に書いてあるスクリーン番号に目を向ける。
「──二番スクリーン!?」
思わず俺は手元のチケットを確認した。やはり勘違いなどではなく、チケットには“四番”と表記されている。
「さぁ、入りましょうか作田さん! 私、このアクション映画観たかったんですよね!」
ダイソフトじゃねぇか!!
何なんだこのストーリーは!! 映画館のスタッフだけでなく、相澤さんにまで影響を及ぼすのか!?
俺は一人、スクリーンから離れるようにして逃げた。
すると、辺りは色を失い始め、またしても時は戻っていく。
だめだ……何度やってもだめだ……
相澤さんまで利用されたら、どうすることも出来ない……
どうすれば……一体、どうすれば……
「作田さん、どうしたんです? ずっとここで棒立ちしてますけど……」
「あぁ、すみません。少し時間を貰えませんか?」
「まだ迷ってるんですか! いいですけど、早くしないと映画始まっちゃいますからね!」
「はい、それまでには」
よかった……いつも通りの相澤さんだ。
もう相澤さんをダークサイドに堕としてはいけない……
時間は限られてはいるが、今一度考えてみよう。まずは、昨日俺が見たストーリーを思い出すんだ。
大まかな流れとしては、映画を観たあとに、なぜか俺の家に行くことになる。
観ていた映画は、ビルが立ち並び、車が走り……恐らくアクション映画かなんか……ん?
アクション映画!! ってことは、これが正規のルートなわけか!!
そうか、俺は上原直伝の映画パワーの恩恵を受けようと、必死に恋愛映画に持っていこうとしていた……これが間違いだったのか!!
もしかして、ずっと邪魔してたのって……俺の方?
それにしても、クソ映画なんだよな……その後に、俺らがいい雰囲気になることなんてあるのだろうか。
いや、もう考えても仕方がない。やれることはやった。現実を受け入れよう。
「──決めました。チケット買ってきます」
「はい、お願いします! 楽しみです!」
もうスタッフに誤魔化す必要もない。堂々と迎え入れようじゃないか。ダイソフトを。
「買ってきました。はい、相澤さんの分」
俺は相澤さんの分のチケットを手渡す。
相澤さんは宝くじの当選発表でも見てるかのように、チケットに書かれた文字を目を輝かせながら見ていた。
「あ、アクション映画にしたんですね! やった! 私これ観たかったんですよー」
無邪気に喜ぶ相澤さんが可愛い。相澤さんも観たかった映画なわけだし、選択肢としてハズレってわけではないのかもしれないな。
相澤さんはポスターを指差し、あのキャッチコピーを読み上げる。
「“死ぬのは簡単だ″……やっぱり面白そう!」
うーん、そこに関してはどうだろうか。何度聞いても共感はできない。
館内にアナウンスが流れる。そろそろ上映が始まるみたいだ。
「さぁ、行きましょう」
俺が余計なことをしなければ、レビューサイト何て見てなければ、素直にダイソフトを選んでいたのかもしれない。
一応、レビューには最高点を付けている人もいたんだ。
感性は人それぞれ……もしかしたら俺達にはハマるかもしれない。
ポップコーンとドリンクを手にし、夢にまで出てきそうなほど恐ろしかった、二番スクリーンへと入る。
お決まりの今後公開される映画の広告をいくつか観て、いざ、本編スタートだ。
開始三十分、まだ物語の序盤。
ここで判決を下すには早すぎるが、もう充分だろう。
この映画は、紛れもなく──クソ映画だ。
うわ~っ……つまんねぇ~……俺の金と時間を返してくれ!




