第15話 “センス”
ハプニングのおかげもあって、俺は相澤先生にデートを誘うことができた。あとは、いい結果を待つのみだ。
俺はこの小説の主人公なわけだし、自信満々にしてればいいはずだが……どうも不安に陥ってしまう。
人間、そうは変われない。根っこにあるネガティブな部分は、どうにもならないみたいだ。
部活の合間や帰宅前の職員室で、相澤先生からの返信がないか、小まめに確認する。気になって仕方がない。
しかし、届いたメッセージは、すべて飲食店のクーポンのみ。
お得情報のはずが、今の俺には、お得なものなど一切なかった。
結局、学校にいる間に返信はなく、俺は自宅へと帰宅した。きっと直に返信もくるはずだろう。
まず俺が帰宅後にすることと言えば、風呂に入ることだ。
季節は秋だが、これが例え冬場であろうと変わらない。
日中の授業や、部活のテニスで必ず汗をかく。一刻も早く体をさっぱりさせたいのだ。
「よし、あとは飯でも食べるか」
風呂から出たあとは、買っておいたコンビニ弁当を食べる。これが大体の俺のルーチンである。
「と、そのまえに携帯、携帯と……」
念のため画面を覗いてみると、メッセージが一件届いていた。
「はいはい、またいらないクーポンだろ……」
人生とは不思議なものだ。
期待すると別のものが手に入り、強く望まない時ほど、本当に欲しいものが手に入る。
「──相澤先生からの返信!!」
中を身るのが怖かった俺は、薄目にしながら、ゆっくりとメッセージ内容を読み始めた。
通知表を見る時、今と同じことをしている生徒を見たことがある。何だか気持ちが分かった気がした。
「えっ……『ぜひ行きましょう』って書いてある……? 書いてあるよな!? よっしゃーー!」
俺は静まる部屋の中で、ガッツポーズした。携帯片手に──全裸のままで。
「寒っっ……」
あまりにもメッセージの返信が気になり、服を着る前に携帯を見てしまっていた。今の俺の一番の優先事項は、メッセージの確認だったのだ。
「まずは──上原に電話だ!」
合格発表を親に伝える気分だぜ! これも上原のおかげだ!
ワンコール、ツーコール……
上原の都合などお構い無しに電話していたが、早くも上原との電話が繋がった。
「上原か!? やったぞ!! 俺、やったぞ!!」
「うるせーーよ! そんなデカイ声出さなくても聞こえるから!」
興奮のあまり、俺は声のボリュームのつまみを間違えていたようだ。
「鼓膜が破けるわ! だいたいの話の内容は想像できるが……一旦、落ち着け」
「あぁ……そうだな! 深呼吸……深呼吸だ……」
「どうだ? 落ち着いたか?」
「おう……まずは服を着るわ」
「何してたんだ!? おまえ!?」
・・・
「そうかー! オーケーの返事もらえたのか! やったな!」
電話越しからでも、上原が喜んでくれているのが分かる。
「これも合コ……恋愛マスターのおかげだ」
「俺だけじゃなく、久保にも感謝しないとだな」
そうだな。今となっては、久保もナイスアシストだ。
「それで、もう相澤先生に返信はしたのか?」
「いや、まだ。俺がそんなすぐ返せるわけないだろ」
「おいおい……連絡する順番、おかしいだろ」
「後でちゃんと返すよ。ついついテンション上がって、上原に電話しちまったんだ」
「ったく。明日ちゃんと話聞いてやるから、今日中には返しとけよ」
「あぁ、また明日頼む」
早速返信するべきなのだろうが、どうせ俺のことだ。悩んで時間がかかるよな。自分のことは、自分がよく知っている。
まずは先に飯を食って、色々済ませてからにするか。
今日の夜ご飯は、コンビニで買ったカルビ丼だ。
よく食べる弁当のはずだが、今日は格別に美味しく感じた。相澤先生達と行った、高級焼肉店に匹敵するくらいだ。
・・・
翌日の夜、自宅にて。
職員室では梅野先生が入るのが予想できるため、上原への相談は電話ですることにした。
「悪いな、上原。毎晩のように電話して」
「ほんとだよ。電話する相手、間違ってねぇか? まぁ冗談はこれくらにして、どうよ。先生何だって?」
「今週の土曜の夜から、映画を観ることになった!」
「今週か! 早速だな。ちなみに、どんな映画を観るんだ?」
「それがまだ決まってなくて……相澤先生、何でもいいんだってさ。俺のチョイスに任せるって」
「なるほど……センスがいるやつだな」
センス……もしかしたら、俺が最も嫌いなものかもしれない。
これといった正解はなく、相手の希望にそぐわないチョイスをすれば、『センスなし』の烙印を押されてしまう。なんと理不尽なものだろうか。
優柔不断な俺からしたら、「何でもいい」が一番困るのだ。
上原は不安な気持ちに駆られている俺に、更なる追い討ちをかける。
「どの映画を選ぶかは重要だな! “映画パワー”ってのは偉大だからな」
「映画パワー? 何だそれ」
「知らないのか? もちろん映画のあとって、ご飯行くよな」
「あぁ、そのつもりだけど」
お互いの仕事の都合上、夜七時頃から始まる映画を観る予定だが、そこでデートが終わるのも寂しいところだ。
特に声をかけたわけではないけれど、映画の後にご飯、もしくは飲みに行くのは、恐らくデートのセオリーなのだろう。
「だったら、よく考えてみろ。今度のデートは二人きり……前回みたいに俺はいない。さて、どうなる?」
「二人きり……緊張するに決まってる……!」
前回の焼肉屋で、何とか先生と一対一で話せるようにはなっていた。
でも、それは上原があの状況、空気感を事前に作り出してくれたからで、上原の功績は大きい。
それらを俺が一から作り上げるだなんて……そんなの無理だ……
「安心しろ、作田。そこで発揮するんだよ。映画パワーがな。特におまえみたいなやつに必要なものだからな」
「えっ? 俺に?」
「あぁ、名作と呼ばれる映画を観るんだ。そうだな、恋愛モノなんていいかもしれない。おまえが作らなくても、映画がいい雰囲気を作り出してくれる!」
「おぉ! そうか! ラブラブ映画を観れば、俺らもその流れでラブラブに!?」
映画パワーすげぇ!! これなら俺も行けそうだ!! 急に自信が湧いてきてた!!
「だが……早まるな。作田。映画パワーを侮ってはいけない」
「──えっ……」
「それほど影響力があるんだ……もし、クソ映画を選んだらどうなると思う?」
そ、そうか……映画パワーは強大な力を持っている……
しかし、それは味方にできればの話なんだ。
仮に俺がクソ映画をチョイスすれば……今度は、恐ろしい敵として俺の前に立ちはだかるってことか!!
映画パワーの恐ろしさを知った俺は、電話片手に叫んだ。
「うわわぁっ!! ミスれねぇ!! 絶対ミスるわけにはいかねぇ!!」
「ふっ……気づいちまったようだな。おまえも。映画パワーをどう利用するかは──おまえ次第だ! じゃあな!」
やたらとカッコつけたところで、上原は電話を切った。
まだ俺の話は終わってないのに……
「──お、おい! 待ってくれ! くそ! 切りやがった!」
いや、上原も忙しいんだろうな。十分ヒントはもらえた。
俺にとって、映画の選択はセンスが問われるだけじゃない……俺と相澤先生の今後を左右する……究極の選択ってわけだ!!




