表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
事実も小説も奇なり  作者: Guru
偽りの世界で
13/38

第13話 “進歩”

 相澤先生の好きなタイプや、新たな一面を発見するなど、この食事会はとても有意義なものとなった。

 しかし、俺の緊張は一向に解けることはなく、酒の利尿効果も相まってか、頻繁にトイレに行っていた。


 俺が本日四度目となるトイレで用を済ませ、洗面所で手を洗っていると、突然、背後から何者かに声をかけられる。


「おい! (あきら)! おまえトイレ何度目だよ」


「──達也か! しょうがねぇだろ、緊張してんだから」


 上原は用を足しながら、背中越しに俺に話しかけていた。


「まだ緊張してんの? でも、だいぶ先生と話せるようになってんじゃん」


「まぁ……最初よりは。酒の力も借りてるけど」


「おまえって、ほんとウブだよな」


「わ、悪かったな」


 意地悪だな。上原だって知ってるはずだ。

 今まで俺に──彼女が一度もできたことがないのを。


「話すだけで緊張って、中学生じゃねぇんだからよ。むしろ、それ以下か。うちの生徒達より進んでないぜ」


「うるせーよ」


「けど、相澤先生にはいいのかもな。誠実な人がいいって言ってたし」


「いや、誠実ってそういう意味じゃねぇだろ」


「どうやら俺はだめそうだし……あとは任せた。俺の分も頼んだぜ」


「俺の分って……もしかして、おまえも相澤先生を狙ってたのか?」


「まぁな。明には黙ってたけどよ」


「やっぱ先生って可愛いもんな。そりゃモテるよな……」


「いいや、俺は見た目ってよりは、先生の性格に惹かれるかな。持ってる雰囲気とか」


 意外だな。上原はてっきり面食いかと思ってたから。

 確かに先生は性格だっていいし、そっちで好きになる理由も共感できる。


 用を足し終えた上原は、俺と目を合わさず、どこか別の方角を見つめていた。


「俺さ、実はタバコ吸うんだ。そこまでヘビーってわけじゃないけど」


「えっ、そうだったのか? 知らなかった」


「明もタバコ嫌いなの知ってたからな。おまえの前では吸わないようにしてた」


 俺にそんな気使わなくてよかったのに……

 でも、それが理由? さっき上原は『俺の分まで』って言っていた。


「だからって、それだけで諦めるなよ! ヘビースモーカーってわけじゃないなら、タバコ辞めれるだろ」


「いや、理由はそれだけじゃねぇ。俺は合コン行ったり、色んな人追いかけたりしてよ。相澤先生一筋ってわけでもなかった……その間、おまえは先生を一途に想い続けてた。だから、相手として俺はふさわしくないんだ」


「ふさわしいかどうかは……相澤先生が決めることだ」


「そうかもな。でも、おまえが先生とうまく行くなら、素直に応援できそうなんだ。だからあとは任せたってことだ! とにかく、俺はおまえに託したぜ!」


 そう言って、上原は俺の両肩を叩き、話を続けた。


「ちょっと俺、外行って来るからよ。しばらく二人きりで頑張れ!」


「二人きり!? そんなの無理だ! それにどこ行くんだよ」


「今日は昼から“タバコ”、“タバコ”言い過ぎた。吸いたくて堪らないんだ。外で吸ってくる」


 三人で居たときも緊張が取れなかったのに、二人きりなんてどうなっちまうんだ……


 もちろん嬉しい気持ちもあるが、それよりも不安の気持ちの方が大きかった。

 上原は俺に試練を与えるつもりなのか? 我が子を谷底に落とすような気持ちで。

 

「おい、待ってくれ! 俺にはまだ早い気がはする! 頼むから一緒にいてくれ!」


 俺は上原に助けを求めるが、上原は無視してトイレの外に出ようとしている。

 しかし、トイレの出口を目前にし、上原の足が止まった。


「あっ……わりぃ。明。ひとつ大事なこと忘れてた」


「大事なこと? まだなんかあるのかよ」


「それがよ……手洗う前に、おまえの肩普通に触ってたわ」


「き、汚ねぇ! てめぇふざけんな!!」



・・・



「随分と長かったですね」


「すみません……お待たせして」


 上原とトイレの中で、ついつい長話してしまい、相澤先生をずっと一人にさせてしまっていた。

 さぞ、先生は退屈してただろう。本当に失礼な話だ。


「あれっ? 上原先生はどちらに」


「あ、あぁ……なんか電話するっていって、外行きましたよ」


 いくらなんでも、タバコを吸いに行ったとは言えないよな。


「そうですか」


「はい…………」


「…………」


 しばしの間、沈黙の時間が流れた。

 誰も手をつけずに残った、コーンの焼かれる音が聞こえる。


 明るい上原がいないだけで、こうも違うものか。 

 だめだ、何か喋らなきゃ……せっかく二人きりのチャンスを上原が作ってくれたんだから。勇気を振り絞ろう!


「あの……」


「はい……?」


「相澤先生の、ご、ご趣味は?」


「趣味ですか。あまりこれといったものがないんですよね」


 定番の質問だとしても、“ご”はいらなかったか。お見合いじゃないんだから。


「休みの日とか、何してるのかな……って」


「そうですね、映画観たりしてます」


「いいですね、映画。やっぱり恋愛モノとか?」


「はい、恋愛系も見ますけど、アクションとかも観たりしますよ」


「へぇ~意外ですね!」


「作田先生は、趣味あるんですか?」


「僕の……あっ!」


 そういえば、さっきトイレで去り際に上原に言われてたっけ。



ーーー



『そうそう、あと相澤先生の前で“僕”とか呼ぶのやめろ。普段は“俺”だったろ』


『あぁ、それか。どうしても相澤先生の前だと、自然とそうなってしまって……』


『普段通りでいいんだよ。俺と話してるときは、普通の“男”なんだから。あんまナヨナヨすんな』


『それができたら苦労しねぇよ』


『緊張したらあれだ。先生をコーンだと思えばいい。そうすれば緊張もほぐれるだろ』



ーーー



 よし、試してみよう! 相澤先生はコーン、焼肉のコーン……ん? コーン? いや、普通そこの例えはカボチャだろ。

 焼肉屋に来たからって、コーンに引っ張られてんじゃねぇよ。


 でも、くだらない上原のアドバイスのおかげで──肩の力が抜けたような気がした。


()の趣味は、小説を読むことですかね」


「さすがは国語教師って感じですね!」


「えぇ、昔から本を読むのが好きだったんです」


「へぇ~今度お薦め教えてください! 教師として、本を読むことって大事でしょうし」


「相澤先生は真面目だなー。いいですよ、今度お薦め持っていきます!」


 他愛もない会話、どこにでもある会話が、小気味いいテンポで続いていく。

 出身地を聞いたり、家族構成を聞いたり……やはり、どこかお見合い感は否めないが、俺にとっては大きな進歩だ。



 その後、上原も戻ってきて、また三人で会食を楽しんだ。

 約束通り、会計は割り勘にしたが、それでも料金の高さに驚いた。


 もう二度と来ることはないだろうな。俺には薄っぺらい肉で十分だ。

 相澤先生とご飯を食べれるなら、きっと何だっておいしく感じるはずなのだから。



・・・



──その日の夜。

 自宅に戻り、ほろ酔い気分にながらも、俺は今日の出来事を振り返っていた。

 

 相澤先生との楽しい食事会ができたことに満足して、『はい、終わり』とはいかない。

 なぜなら、今日実際に起きたストーリーには、昨日見たイメージとは、いくつもの相違点があったからだ。


 途中入った高崎との野球対決は、まったく俺のストーリーには存在しなかったし、タバコの犯人に至っては、人物すら変更されていた。


 しかし、俺も自身のストーリーの一部を思い出しただけで、すべてを網羅していたわけではない。

 理由はそのせいなのだろうか……?


「うーん……だからといって、犯人まで変わるか? ストーリーの結末が大きく変わりすぎだろ……」


 俺は布団に入りながら、答えの出ない自問自答を、ひたすら繰り返していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ