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事実も小説も奇なり  作者: Guru
偽りの世界で
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第11話 “犯人”

 タバコの箱かと思っていた“ブツ”は、トレーディングカードを入れる、ただのカードケースだった。

 トランプの入った箱のような、何枚もカードが収納できるものである。

 黒瀬はコンビニで新しく買ったカードを、箱のケースにしまっていただけだったのだ。


 一体、俺のストーリーの記憶は何だったのだろうか……


 気まずい空気が流れる。

 俺は苦し紛れの言い訳をするしかなかった。


「あまりにも黒瀬がコソコソしてるから勘違いしてしまったんだ! おまけにここは喫煙所……条件が揃いすぎている!」


「ここが喫煙所ってのは知らなかったです。俺……恥ずかしかったんですよ。中学生にもなってカードゲームやってるってのが、誰かにバレたくなくて……だからこっそりと……」


 そんな理由かい! 紛らわしいやつだな。


「自分の好きなものなんだろ? 趣味なんだろ? いいか、先生だってな、小説──」


 黒瀬には『自分の好きなものなら、もっと自信を持ってやれ』と、説教を垂れてやるつもりだった。

 だが、このタイミングで、俺の熱くなった気持ちを冷ますように、一本の電話が入った。


「ん……上原からか。ちょっと待ってろ、黒瀬」


 俺が通話ボタンを押すと、興奮気味の上原の声が聞こえてくる。


「作田か? 捕まえたぞ、犯人!」


「えっ……」


「やっぱり犯人は高崎だったんだよ! あいつ隠れてタバコを吸ってやがったんだ!」


 犯人は黒瀬ではなく、高崎!?

 俺のストーリーとは犯人が違う……


「ちょっと! 上原先生、やっぱりってどういう意味ですか!」


「うるせーー! やっぱりはやっぱりだ! タバコ吸ってたのは事実じゃねぇか!」


 スピーカーから上原と一緒にいる高崎の声が漏れ出ている。

 どうやら二人は言い争ってるようだ。俺は一刻も早く状況の整理をしたかった。


「おい、喧嘩してる場合か! まずは詳しく事情を説明してくれ! おい! 上原!」


 俺は必死に呼び掛けたが、上原が応答する気配はない。この状態では、まともに通話などできるわけがないだろう。

 

 だめか……相当熱くなってるな、上原は。

 それならば、この間に、俺はしっかりとけじめをつけておこうか。言い訳ばかりはよくない。


 俺は携帯から一度顔を離し、黒瀬の方に体を向き直した。そして、黒瀬に対して深く頭を下げる。


「黒瀬、変な言いがかりつけて、すまなかった。本当に申し訳ない」


「いえ、そんな……やめてくださいよ先生。誤解だったなら大丈夫です。俺も怪しい動きしてたみたいですし。それより……その電話の相手って、誰なんですか?」


 俺は慌てて携帯のスピーカー部分を手で塞ぎ、無理矢理ボリュームを小さくさせた。


「いや、これは気にしなくていい。黒瀬には関係ない話だ」


 聞こえていなかったのなら、ちょうどよかった。あえて他の生徒達に広めるような話でもない。


「邪魔して悪かったな、黒瀬。気をつけて家帰れよ」


「はい、先生もお気をつけて」


「あぁ、また学校でな」



 黒瀬は完全にシロだった……何が何だかさっぱりだ……

 いや、ひとまずは上原と合流するべきか。考えるのはそれからでいい。


 俺は黒瀬が見えなくなったのを確認した後、再び携帯に耳を当てた。


「──ゴタゴタは終わったか? 上原」


「なんだよ! 遅せぇよ! こっちはずっと呼んでたんだぞ? 話しても何の反応ないしよ!」


「それはお互い様だ! とにかく俺も一旦そっちに行く。どこかで落ち合おう」


 

・・・



 上原と話し合いの結果、近くの公園で合流することになった。俺は大急ぎで自転車を漕ぐ。

 公園には、上原だけでなく高崎もいる。そこで詳しく話を聞くとしようか。



「──で、一体何が起きたんだ、上原」


「何が起きたも何も……俺は高崎達を追ってたわけだけど、帰宅途中に高崎が一人になったんだ。そしたら、一人になった途端、高崎はタバコを吸い始めた……それだけだよ」


 高崎は公園のベンチに座り、俯いていた。

 時刻は夕方頃で、公園には小さい子供や、その家族達、何人もいる。

 もちろん反省の意味もあっただろうが、人目が恥ずかしかったのかもしれない。


 俺のストーリーでは、高崎は野球に真摯に向き合う人物だった。タバコは害と、吸うことはしなかった。


「高崎にとって、野球は何よりも大切だったんじゃなかったのか?」


 俺は純粋に、疑問をぶつけただけだった。

 ストーリーにあった高崎と、今の高崎、どう違うのか聞いてみたつもりだった。

 しかし、今の高崎には、俺の言葉は説教としか受け取れなかったらしい。


「すみません……そうですよね……野球のために今まで頑張ってきたのに……何してんだろ、俺……」


 希望した答えとは違ったが、とりあえず高崎が十分反省しているのだけは分かった。

 きっと上原の目にも、そう映ったに違いない。


「ったく……どうする? 作田」


「うーん……元はと言えば、相澤先生からの要望だしな。まず相澤先生に話してからだろ」


 相澤先生の名前が出た途端、高崎の目付きが変わった。


「もしかして、相澤先生も関わってる……? だから先生達、今日の試合を見に来たのか!!」


「あぁ、別に騙したつもりもないさ。高崎達が、何も悪いことをしてなきゃ、純粋に試合の応援に来て終わっただけだ」


 どう足掻いたところで、悪いのは高崎。

 そこに変わりはない。そのことに高崎自身

も気づいたのだろう……

 ベンチから立った高崎は、俺達に向かって、その場で土下座した。


「お願いします! 相澤先生には言わないでください! もう二度としませんから! お願いします!」


「おぉい、なんだいきなり!」


 突然の高崎の大声に、子供達の声で騒がしかった公園内が静まり返った。

 遊んでいた子供や大人が、一斉にこちらの方を見ている。 


「やめろ! 高崎! 俺達が悪者みてぇじゃねぇか! 汚いぞ! やり口が!」


「ごめんなさい! 相澤先生にだけは言わないでください! 本当にお願いします!」


 上原は周りの目を気にして焦っていたが、高崎の態度は一向に変わらなかった。

 

 これはきっと、上原が言う、計算なんかじゃない……高崎は本当に相澤先生に、自分が悪いことをしてたのを知られたくないんだ。

 高崎は本気で──相澤先生のことが好きだったんだ。


「分かったから! とりあえずその土下座はやめろ! 一旦、ベンチに座れ!!」


 なんとか高崎を言い聞かせ、ベンチに座らし直す。高崎も少しは落ち着きを取り戻していた。


「で、結局、振り出しに戻ったな。どうする作田」


「……いいんじゃないか。相澤先生には黙っておいても」


「──作田先生!!」


 高崎の目には涙が浮かんでいた。

 伝わったよ。反省してる気持ち……それに、相澤先生に対する想いも。

 

「そうか……じゃあ、もちろん相澤先生には連絡を入れるが、誰が犯人かは黙っといてやるか」


「上原先生まで!! ありがとうございます」


「その代わり……二度とタバコなんて吸うんじゃねぇぞ!」


「はい! もう絶対やりません!!」


「このっ!!」


 上原は高崎のおでこに人差し指を当て、軽くつついた。

 

 この程度で済ますだなんて……ちょっと甘いか?

 でも、本人も反省してるし、俺達が黙認すれば、学校側にこの件が伝わることはない。

 当初の目的は、十分果たせたってわけだ。



・・・



 高崎を家に帰し、俺と上原はそのまま公園に残った。


「じゃあ作田、そろそろ相澤先生に電話入れるわ」


「あぁ、頼む」


 俺じゃ電話なんて緊張しちゃうしな。そもそもが俺には無理な話だ。


「きっと先生も喜んでくれるはずだ。俺()の手柄だな!」


「俺達? いや、見つけたのは上原ひとりだろ? 俺は大したことしてないよ」


「何言ってんだ! そんなおまえを裏切るような真似、俺がするわけねぇだろ!」


 上原……おまえは何ていいやつなんだ。

 俺は独り占めするつもり満々だったぜ……

 

 なぜだろう。今日の夕日が、やたらと俺の目に染みるのは。

 原因は分かってる……でも、どうか今は知らないフリをさせてくれ。

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