第25話 序盤で揉めるレベルのデカさじゃなかった……でもまあ一章で潰しちゃっても別に良いよね
「さて……次は――」
気を取り直したユーリが少なくなってきたマフィアを物色する。既に人数はかなり少なくなり、全員の顔から闘志というものが消えかけているのが見て取れる。
完全に腰が引けているマフィアだが、そんな事などお構いなしと「君に決めた!」ユーリが駆け出した。
「くそ! 撃て撃て! 撃ちまくれ!」
マフィアたちは完全に混乱のさなかにある。無理もない撃っても、殴っても、何をしてもユーリに当たらないのだ。それでも攻撃を続けねば、叩き潰される。そんな恐怖が彼らに引き金を引かせ続けている。
恐怖でブレる魔弾を躱すユーリのロンダート。からの連続バク転――締めは、再びの踏み倒しドロップキック。
今度は後ろ向きで滑走するユーリは「ヒャッホーゥ」と心底その乗り心地を楽しんでいる。
ユーリはそのまま遠ざかるマフィアたちに、魔弾のプレゼントを忘れない。
何人かのマフィアが床に倒れるのを確認し、停止のため前を向――いたユーリの眼前に、迫る物体。
「調子に乗るんじゃねー!」
怒声とともにユーリ目掛けて、マフィアが銃身を持ち手にした魔導銃をバットのように振り抜いたのだ。
ユーリの滑走先にいたマフィアの直接攻撃。
不意をついた攻撃。
タイミングも完璧。
速さも申し分なし。
その完璧とも言える一撃は――ブリッジのように身体を仰け反らせたユーリの腹を掠めただけだ。
身体を仰け反らせたユーリは、滑走の勢いのままフルスイングマフィアとすれ違う――瞬間その襟首へ右手を伸ばして掴んだ。
掴んだ右手を引きつつ、自身は後方へ宙返》――バランスを崩し転倒するFマフィア。
仰け反って地面に近かったはずのユーリが、一瞬でFマフィアの上を取る。
転倒した男に、ユーリはそのまま馬乗り。
「なかなか良い一撃だったな――」
笑うユーリに
「テメー! どきやがれ!」
仰向けで倒れた男は怒り心頭。
「喚くな。うるせぇ――」
今も下で喚くマフィアの口にユーリは魔拳銃の銃口を突っ込んだ。
「男に跨がる趣味はねぇからよ――」
男の口腔内から赤紫色の光が漏れてくる――。魔弾をわざとタメて相手の恐怖を煽っているのだ。
「さっさと死ね――」
「ンー! ンー――!」
口が銃口で塞がれ、何を言っているか分からないが、間違いなく焦っていることだけは表情から見て取れる。
そんな男の顔をみて、ユーリはマスクの中でニヤリと笑う。
「――バン!」
わざとらしいユーリの大声。
いつの間にか男の口腔内から漏れていた光は霧散している。
「……フー。……フー」
目に涙を溜めつつも、男はユーリを睨みつけている。
「あれ? こういうのって大体ションベン漏らすか、気絶するかのどっちかじゃねぇの?」
期待外れの結果に、ユーリは一瞬残念そうな声をあげた。
ただ何か思いついたように、頷くユーリの口から出たのは「腐っても裏の人間ってわけか――」という、どこか感心した声であった。
Fマフィアの口に銃口を突っ込んだまま、ユーリは満足げに何度か頷いき、その銃口を無理やり横に向けて躊躇いもせず引き金を引く。
男の頬を貫通する赤紫の魔弾が、床を穿つ。
「ン゛ーーーーー!」
声にならない悲鳴が部屋中に響き、他のマフィアの足をその場に留める。
ユーリが立ち上がると、男は頬を押さえ「ん゛ーーーー」と喚き床を転がっていった。
「んー? ガッツがあるんだか無いんだか……」
ユーリの溜息がだだっ広い部屋に響く中、マフィアたちは戦意を失ったように呆然とユーリを眺めているだけだ。
「おい、もう終わりか? 準備運動にもなってねぇぞ?」
ユーリが両手の魔拳銃を指でクルクルと回す。
回転させる魔拳銃を両手に、ユーリがゆっくりと歩き出した。
ユーリが近づく度マフィア達が道を譲るように脇へと避けていく様は、まるで旧約聖書のモーセのようだ。
化け物を見るように、ユーリを見送るマフィア達。
「いやあご苦労さん」と偉そうに踏ん反り返り、その間を手など挙げて歩くユーリ。
ゆうゆうと歩くユーリは、遂にドン・レオーネの座るソファの前へと辿り着いた。
「……好き勝手やってくれたものだ」
ドン・レオーネが大きく息を吐き出した。吐き出された紫煙はユーリの目の前で見えない壁に打つかり上下左右に広がっていく。
ドン・レオーネの言葉通り、最上階のワンフロアは既にボロボロだ。
部屋の調度品は無惨に壊れ、窓は割れ、壁にはいくつもの穴が空いている。
そんな中、一番被害が大きいのは床だ。穴が空き、床石がめくれ、血溜まりが散乱し、それらを隠すように無数の男たちが倒れ伏している。
風が抜けることで血の臭いがマシなことだけは救いだろうか。
「本当に……地獄程度では生ぬるい」
怒りに打ち震えるドン・レオーネ。
「生ぬるいのは、テメェんところのザコどもだろ」
ユーリが魔拳銃を、クルクルと弄ぶ。
「ソルジャーを何人か倒したくらいで調子に乗るなよ? 小僧――」
不意に部屋全体を殺気が包む。
透明な壁越しでも分かる殺気は、全身を刺すように鋭く、氷のように冷たい。
部屋全体の温度が下がっていると感じられるそれに、仲間であるマフィア達の頬を脂汗が伝って落ちる中、
「……おいおいおい。あれでソルジャーとか、与太飛ばすなよ」
ユーリは驚いた表情を隠すことなくドン・レオーネを見ていた。
ソルジャーとはマフィアの構成員のことだ。
ドンを筆頭にアンダー・ボス、カポ、その下に構成員であるソルジャーがいる。
ちなみにソルジャーの下に準構成員であるアソシエイトと呼ばれる階級もある。
もちろんソルジャーの中でもピンきりだろうが、ユーリが今まで倒してきたのは全員平役というわけだ。
「そうだ。ソルジャーだ。何を得意げになっているのか分からないが――」
「………与太飛ばすなって。あれがソルジャーのわけねぇだろ」
震えるユーリの姿に、ドン・レオーネはその目を細めた。ちなみに先程の乱戦中にカポも何人かやられているのだが、ユーリはそれに気づいてはいない。
「ソルジャーだ。そしてここからはその上のカポそしてアンダーボスが相手だ」
「俺がどんだけ苦労して……」
ユーリの呟きにドン・レオーネはその口の端を大きく釣り上げた――
「俺がどんだけ苦労して手加減したと思ってんだよ!」
ユーリの叫びが部屋に木霊した。
流れるのは沈黙……
「は?」
転がった疑問符はもちろんドン・レオーネのものだ。
「ソルジャーとか与太飛ばしてんじゃねぇよ! あんな弱いのアソシエイトどころか構成員水増しのチンピラエキストラだろ?」
頭を抱えているユーリに、少し離れた所でエレナがやれやれと言った雰囲気で首を振っている。
「こちとら殺したら駄目って制限があんだよ! 弱すぎて気ぃ抜いたらぶっ殺しちまうような奴らがソルジャーとか舐めてんのか!」
イライラの止まらないユーリは「本調子じゃねぇから、手加減も気ぃ使うんだぞ?」とフードの上からその頭を掻きむしっている。
「おい、もう帰ろうぜ。こんな弱っちいやつら放っといても潰れるだろ」
盛大に溜息をついたユーリは敵に背を向け、入り口へと向かって歩き始めた。
「……どこまで……どこまでコケにする気だ?」
立ち上がったドン・レオーネが初めて怒声を発した。
「あん? コケにしてんのはテメェらだろ。イスタンブール最大とか言っといて人数だけじゃねぇか」
振り返るユーリは心底面倒だと大きく溜息をついた。
「人数だけ……ね――良いだろう見せてやる」
ユーリを睨みつけるドン・レオーネが指を鳴らせば、ガラスのような壁が床に消え、吹き抜ける風がドン・レオーネの髪の毛を僅かに靡かせる。
「――おい!」
横に控えていた男に声をかけるドン・レオーネ。その言葉を待っていたかのように、ハットを目深に被った男が口角を上げながら、ユーリ達に向かってゆっくりと歩いてくる。
背丈はユーリよりも高い。恐らく防衛隊のゲオルグ隊長と同じくらいありそうだ。
横にも大きいその身体は、荒野ではトロルと言われても納得できそうなほどの巨体である。
コートとハットを脱ぎ捨てた男の顔はゴツゴツと厳しく、そこについた無数の傷がより一層男の不気味さを増している。
「ンだ? このデブは?」
ユーリは目の前まで歩いてきた男と向かい合いながら、その向こうにいるドン・レオーネに問いかけた。
ちなみに男はデブではなく、どちらかというと筋骨隆々だ。
「そいつはウチのアンダーボスでね」
再び落ち着きを取り戻したように、ドン・レオーネはソファにその身を預けている。
「元ゴールドランクのハンターだ」
自信満々に言い放つドン・レオーネ。それに答えるように、半分ちぎり取られたタグを胸元からチラリと見せてくる大男。
「聞いたことくらいあるだろう? 【剛腕】のラッセル――」
残念ながらユーリは聞いたこともない。仕方がないので知っていそうなエレナを振り返ると――無言でうなずいている。
一応エレナは名前くらい知っているようなので、ある程度有名人なのは間違いないようだ。とはいえ、ユーリはエレナのことすら知らなかったのだが。
「私は何回もこいつの殺しを見てきたが、剛腕に違わぬ――」
「あー! いい、いい。こんな奴の紹介とかどうでもいい。必要ならあっちのねーちゃんに後で聞いてやるからさ――」
ユーリがその右手を前に突き出し掌を上に向け「――少しはマシなんだろ?」クイクイっとその指を上に曲げる――かかってこいとの挑発だ。
「ボス……こいつは殺してしまってもいいんですかい?」
「ああ。やっちまえ」
ラッセルもドン・レオーネもその顔は満面の笑みだ。
「ボス。あっちの女はどうしましょう?」
「あん? なんだ? 欲しいのか? この前やったばかりだろう?」
「もう壊れちまって」
ラッセルの笑顔が下卑たものに変化する。それに呆れたように「好きにしろ――」と、ドン・レオーネが溜息をついた。
瞬間、部屋全体を信じられない程の圧力が包みこんだ。まるで空間全体がビリビリと振動しているかと思うほどのプレッシャーに、ドン・レオーネは息を吸うのも忘れてその目を見開いた。
「……ほう? 貴様程度が私を好きに出来ると?」
プレッシャーの出どころはエレナだ。ゆっくりと歩いてくるエレナから、尋常ではないプレッシャーが放たれ、ドン・レオーネだけでなく、その場の全員が動くことすら出来ない。
「……『壊れた』と言ったな。何がどう壊れたか、ぜひ貴様の身体に聞かせてもらおうか」
あまりの殺気にドン・レオーネの顔色が青褪めていく。
プレッシャーと殺気を放ちゆっくりと歩いてくるエレナ――をユーリが叩いた。
「バカか! お前が殺すなって言ったのに、何でお前が殺す気満々なんだよ」
「いや、しかしだな――」
「しかしも、お菓子もあるかよ。お前が言うから俺は頑張って手加減――ッ!」
ユーリの抗議の声を掻き消す「バチーーン!」という肉と肉がぶつかったような轟音。
音の出どころはユーリの腹部付近――ラッセルのボディブローとユーリの掌との間で生じた音だ。
「おい、デブ。『人が話してる時に殴りかかってはいけません』ってママンに教わらなかったのか?」
エレナに向かって怒鳴っていたユーリが、ラッセルに鋭い視線を向けた。
「挨拶代わりとはいえ、よく止めたな。次は半分くらいの力で殴ってやろう」
拳をユーリに掴まれたまま、ラッセルが口の端を上げる。
ラッセルの拳を払ったユーリが、ゆっくりと腰を落とす。
「半分とは言わず全力で――」
「ここは私にやらせてほしい」
再び手招きをしようと構えるユーリの前に、エレナが割って入った。
「はあ? お前は手出ししな――」
「頼む」
短く発せられた言葉。だがそこに感じられるのはエレナの強い意志。間違いなくラッセルに怒っているだろうエレナに、ユーリは小さく溜息をついた。
「……時間かけんなよ」
ジト目のユーリだが、正直エレナの戦闘を見てみたいという本音もあったりする。
「さて、許可もおりたことだ……かかってくると良い」
構えも何もなし。ただ棒立ちの状態のエレナがその両手を、チャック全開のパーカーのポケットに突っ込んだ。。
どこからでも、どこでも、殴ってくれと言わんばかりだ。
「女の相手をするならベッドの上の方がいいんだが……そんなに壊されてぇなら――」
助走をつけたラッセルが、エレナの腹にその拳を叩きつける。
言葉にするなら「ドゴン!」。およそ人が人を殴ったとは思えない轟音が部屋全体に響いた。
「今は顔を殴らないでいて――」
ニヤニヤと笑っていたラッセルは、ようやく異変に気づいた。
殴ったはずのエレナがピクリとも動いていないだ。
「どうした? 女だからと小指の先程の力に手加減》してくれたのか?」
ポケットから出した両手を広げたエレナが溜息を吐いた。
「遠慮はいらない。全力で来い」
口調は穏やか、だが発せられる圧は尋常ではない。
その圧力に一瞬たじろぐラッセルだが――
「うおおおおおらあああああ――!」
恐怖を掻き消すように、エレナに向けた猛ラッシュを放つ。
「くそ、死ね死ね死ね死ね! 化け物がああああ!」
ラッセルのラッシュは止まらない。
エレナもその場から動かない。
「はぁ…。はぁ……」
どのくらいの時間が経ったのか。気がつけばラッセルのラッシュは終わりを告げ、その場に残ったのは対照的な二人だ。
方や肩で息をする大男のラッセル。
方や腕を組んで小さく溜息をつくエレナ。
ラッセルが出来たことは、エレナの衣服の一部を破けさせただけだ。
「先程から何をしている? ダンスの練習か?」
「く、くるな……」
怯えた目をしたラッセルが後ずさっていく。
「私の知っているダンスとは違い、少々不格好だったが……一応、礼だ。取っておくと良い」
「ヒッ――ボヘェェェェェェェェェ」
怯えたラッセルにエレナの平手打ち一発。
途轍もない速度で吹き飛んだラッセルは、遠く向こうの壁に頭からめり込み、動かなくなってしまった。
後にユーリはこの時のことをこう語る――頭に胴体が引っ張られてるかと思った。
そのくらいの勢いで首が横を向き、頭が先行して吹き飛んでいったのだ。
「……お前。あれ死んでねぇよな?」
「ゴールドランクならあの程度では死なぬよ……多分」
「多分…て……」
横に並び、ジト目で自身を見つめるユーリから、エレナは若干バツが悪そうに視線を逸らした。なんせ「殺すな」発言の主が、今の一撃だ。エレナ自身手加減したはずだが、ちょっとやりすぎた感はある。
「ま、ストレス発散出来て良かったんじゃねぇか?」
そう言ってユーリがエレナにかけたのは、破れてしまったパーカーとほぼ同じ新しいパーカーだ。
腹部から胸部に近い部分までが開けて、白い陶器のような肌が露出したエレナだが、ユーリに借りていたパーカーも同じ様にボロボロで肌を隠すには心許ないのだ。
「……すまない」
気恥ずかしそうにそれを受け取ったエレナは、手早くパーカーを替えてジップを閉め直した。
そんなエレナに「? 妙に素直だな。さては変なもん食ったな」とユーリがジト目を見せる。
ジト目のユーリに突き刺さる、無言のエレナのボディブロー。
腹を押さえ、しばし蹲っていたユーリが徐に立ち上がる。
「さ、さーて。チェックメイトだぜ?」
何事も無かったように格好つけたユーリの視線の先、ドン・レオーネは額に青筋を浮かべ完全にキレた表情をユーリに向けていた。




