第110話 老朽化してるし仕方ないと思うんだ
ガラスが割れる音と「ユーリ、なるべく壊すな!」というエレナの悲鳴に似た声が館内に響き渡る――そんな音と悲鳴を置き去りに、ユーリとエレナが降り立ったのは、中央に巨大な吹き抜けを持つ階層状の館内だった。
そんなフロアの一角に降り立ったユーリが、面倒くさそうに耳の穴に小指を突っ込み「うるせぇな。このフロアでの陽動ってやつだろ」とボヤく姿にエレナは片手で額を押さえている。
既に一階部分は騒がしくなっており、地上部隊の陽動も開始されている。であれば、このフロアの敵はユーリ達が受け持ち、三階の敵を四階へ引き付けて、ダンテやフェン、そしてカノンに任せた方が賢い。
如何に地上部分に戦力を集中させているとは言え、オーガ達なら三階四階から余裕で一階へと飛び降りられるのだ。受け持てる敵は引き寄せた方が被害は少なくて済む。その事に関してはエレナも理解している。理解はしているが……
「陽動は分かるが、何も壊さずともいいではないか」
……もっとやり方があっただろう。と文句の一つも言いたくなるのは仕方がないだろう。
「いいだろ。どうせ壊れてたんだ。今更穴の一つや二つ増えた所で……」
そうボヤくユーリの肩にパラパラと何かが落ちてきた。その現象にユーリが口を閉じ、エレナと見つめ合う。そうしてどちらともなく、ゆっくりと上を見上げた二人の視界の先には――
「嘘だろ――?!」
落ちてくる大きな鉄骨だ。
慌てて飛び退いたユーリとエレナの目の前で、轟音と埃を舞い上げる鉄骨。舞い上がった埃に「ゴホッゴホッ」とエレナが咳き込む声が館内に響き渡った。
あまりの轟音に、一階から聞こえていた筈の戦闘音すら今は小さくなっているような気がする。
静かになった館内。舞い上がる埃の中響くエレナの咳き込む声に、何処からか「グダグダですね!」とカノンの呆れた声が聞こえてくる気がするから不思議だ。
そんな埃がようやく収まり、惨状が顕に――
「……よ、よし。向こうに橋がかかったな。計画通りだ」
――吹き抜けを横断するように落下した鉄骨は、確かに橋に見えなくも無いが……それを前に満足そうに頷くユーリとは対照的なのは、顔を引きつらせて蟀谷に青筋を浮かべたエレナだ。
「何が『計画通り』だ! ビックリしてたではないか!」
ユーリの頭を叩く「スパーン」という綺麗な音が館内に響き渡る頃、フロアが俄かに騒がしくなってきた。どう考えても無数の足音が、ドタドタと二人がいる場所へと一直線に向かっている気配だ。
「君のせいだぞ」
そんな気配に、恨めしそうな瞳をユーリに向けるエレナ。
「うっせ。お前がぎゃぎゃあ騒いだのも一因だろ」
エレナに視線を合わせずに口を尖らせるユーリ。
そんな二人の目の前に、ついに足音の主達が現れた。筋骨隆々の真っ赤な身体に額から突き出た二本の角。つり上がった瞳は身体の色よりも赤く燃え上がり、耳まで裂けてると思える口からは立派な牙が覗いている。
そんなオーガ達を、見てみろとユーリが指差しエレナにジト目を向けた。
「お前が人ん家で騒ぐから、怒り狂って全身真っ赤っ赤じゃねぇか」
「オーガの肌が赤いのは元からだろう」
何を言ってるんだ? と言わんばかりのエレナの顔に、「……真面目かよ」とユーリが突っ込んだ瞬間、館内にオーガが上げる巨大な咆哮が響き渡った。
「こうなったら作戦変更だ。全部倒すぞ」
エレナが門から剣を抜き
「バカか最初からそのつもりだわ」
ユーリが肩を回して笑顔を浮かべる。
「そんじゃ、ボスが出てくるまで暴れ倒そうぜ」
「なるべく壊すなよ」
その言葉が合図だったかのように、ユーリとエレナが一気に駆け出した。
エレナが一瞬でオーガとの距離をゼロに。
振り抜かれる拳よりも速く、エレナの剣がオーガの肉体を上下に分かつ。
返す刃が別の一体の首を飛ばした。
首をなくしたオーガの身体をエレナが思い切り蹴り飛ばせば、それが後続を巻き込んで転がっていく。
首なし死体が後続を数体巻き込み転がる中、左右から二体がエレナに飛びかかる。
その二体を無視するように、エレナが更に敵陣へと踏み込んだ。
接近するエレナにオーガが腕を振り上げ――た腕の肘から先が吹き飛ぶ。
舞い上がる腕をオーガが見上げた瞬間、その背から切っ先が顔を覗かせた。
突き立てた剣をそのまま横に薙げば、オーガの腹が裂けて臓物が溢れ出す。
それでも止まらないエレナが剣を横に一回転。
周囲を囲むオーガがその一撃で吹き飛ぶ――
「……やはり予備の剣では心許ないな」
呟くエレナだが、それでもオーガの固い肌を斬り裂けるだけの性能は有している。だが微妙な違和感というのは、エレナクラスになれば大きなハンデとなる。
握った剣に眉を寄せるエレナだが、突進してきた一体を一刀のもと叩き伏せた……ハンデなど感じさせないその一撃が、床に到達してヒビをいれる。
「あ、危なかった…」
ユーリにあれだけ言っておきながら、このザマである。そのヒビを隠すように、エレナが足でホコリを引き伸ばす――
急に奇行に及びだしたエレナを囲んでいたオーガ達はと言うと……どうやらエレナの強さを認識したようで、今はジリジリと間合いを詰める様子見に移行している。
頑張ったが隠しきれなかったヒビに、エレナが溜息。
「来ないならこっちから行くぞ――」
証拠隠滅とばかりに場所を移そうと、エレナが加速――剣を横に薙げば、数体のオーガの首が吹き飛ぶ。
至近距離まで近づいたエレナに向けてオーガが腕を振り下ろした。
それを躱しつつエレナが斬り上げれば、血を舞い散らせてオーガが倒れた。
その音に反応したように、一匹がエレナに掴みかかる。
それをバックステップで躱したエレナ。
着地を踏み切りに変えて、エレナの刺突がオーガの腹を貫いた。
オーガの背から吹き出す血と切っ先。
口から血を吐いたオーガだが、その口角を上げたかと思えばエレナの剣を抑え込んだ。
腹に突き刺さったままの剣。
それを両腕でガッチリと掴むオーガ。
仲間の命がけの足止めに、残りのオーガが一斉にエレナに飛びかかる――
オーガに押しつぶされたかに見えた瞬間、エレナの門が光輝き、飛びかかってきたオーガを全て斬り飛ばした。
「作戦としては悪くはないが……予備なら数本もってるからな」
新たな剣を出したエレナを前に、身体を張ったオーガが悔しそうに膝をついて倒れ付す――その腹から剣を抜いたエレナが血振りをして門へとそれを放り込んだ。
「どうした? まだまだ数はいるのだろう?」
剣を構えたエレナを前に、オーガ達も爪を歯を剥き出しにしてエレナを睨みつけた。
「意気や良し――」
笑ったエレナにオーガ達が飛びかかった――
エレナの方から吹き飛んできたオーガに、ユーリが飛び上がって蹴りを叩きつける。
吹き抜けから一階まで落ちたそれが、轟音と埃を舞い上げた。
四階まで届くほどの埃。
それを突っ切るように、ユーリは鉄骨の橋を駆ける。
眼前に見えるは反対側に集まっているオーガの群れ。
そんな群れに向けてユーリの飛び蹴り。
数体を巻き込む程の飛び蹴りで、ユーリは敵の群れのど真ん中へ。
ユーリへ振り抜かれる屈強な腕。
それが到達するよりも前に、ユーリの左拳がオーガの顔面を捉えて弾き飛ばした。
その一撃が合図のように、一斉にユーリへと飛びかかるオーガ達。
飛び上がった一体へユーリの前蹴り。
吹き飛ぶ一匹を他所に、突き出した蹴り足を後ろへ叩きつける。
後ろも見ずに繰り出したユーリの後ろ蹴りが、別の一体を吹き飛ばした。
その一体が吹き抜けの防護柵を突き破って階下へ落ちる。
三階からの地響きがユーリに届く頃、
ユーリの左肘がオーガの胸を砕き、
右の縦裏拳が別の顔面を叩き潰した。
それでも尚止まらないオーガの猛攻。
ユーリの後方からオーガの前蹴り。
ユーリの開脚飛び上がり。
回避と同時に両隣の顔面をユーリが蹴り飛ばす。
宙に浮いたままのユーリが腰を捻って右後ろ横蹴り。
前蹴りを繰り出した一匹の首をへし折って吹き飛ばす。
再び階下へと落ちていくオーガ。
着地と同時に回転。
その勢いを殺さないユーリの後ろ回し蹴り。
前方で腕を振り上げた一体を腕ごと首をへし折り吹き飛ばす。
吹き飛んだ一体が店舗跡に突っ込み埃を舞い上げる。
舞い上がる埃の中、ユーリの左拳が唸りをあげれば
二体の顔面が文字通り弾け飛んだ。
崩れ落ちる仲間の死体の影から――
ユーリの側頭部へオーガの腕。
それを左手で受け止めつつ右肘でオーガの首をへし折った。
首をへし折ると同時に、受け止めた腕を掴んで後方へ一本背負い。
オーガの死体が後方の数体を巻き込む。
放り投げたユーリの背後からオーガの横薙ぎ。
それを飛び上がって躱したユーリがバク宙とともにオーガを踏みつけた。
そんなオーガを踏み台にユーリがもう一度跳躍。
飛び後ろ回し蹴りが一体を吹き飛ばす。
着地したユーリが、ダメ押しにと下敷きのオーガの頭を踏み抜いた。
骨が潰れる音に混じり、「バキッ」と床がきしむ嫌な音。
そんな音など何のその。頭を踏みつけたユーリがもう一度跳躍。
再びの飛び後ろ回し蹴りで別の一体を吹き飛ばし
着地と同時に地面すれすれを回転して足払い。
両足を刈られた一匹が、勢いよく下半身を宙に投げ出せば――
それを空かさず掴んだユーリが、その場で思い切り回転。
――ジャイアントスイング。
ホコリを舞い上げ、オーガを巻き込み、肉と骨が潰れる音を響かせながらユーリが尚も高速回転。
回転が収まった頃には、ユーリの周りには倒れ伏すオーガの死体……
振り回していた筈のオーガは度重なる衝突でいつのまにか上半身が吹き飛び、下半身だけに。
「……流石に足だけはいらねぇな」
そんな下半身をユーリは放り投げ、悪くなった足場を変えるように、近くに見える開けた部分へと駆け出した――
場所を変えるユーリを目で覆うエレナが、近くの一体の首を刎ね飛ばした。
「アイツに任せたらココが崩れかねん」
先程までユーリの方で上がっていた竜巻のような風を思い出したエレナは、苦笑いを浮かべている。
エレナも若干床に傷をつけたが、ユーリのそれはエレナの比ではない。
天井は崩すわ、オーガを一階に叩き落とすわ、挙句の果てに床が抜けるのではと言うほどオーガを踏みつけるわ……。
このままでは拙い、とは思うが…目の前に展開するオーガの群れがそれを許してはくれない。
一先ずはこの群れをさっさと殲滅してしまおう、とエレナは剣を持つ手に力を込めた。
一気に間合いを詰めて、オーガの首や腹を斬り裂いていく。
なるべく一撃で、一瞬で倒す。
そうすることで、被害を最小限に――そう考えるエレナの視界の端で、恐らく店舗の壁だったろう物が吹き飛んだ。
埃を突っ切って出てくるのは勿論――ユーリに蹴り飛ばされたのだろうオーガだ。
「くそ、本当に全部壊れるぞ」
顔を歪めたエレナが慌てたように剣を数度翻した。




