試射と開墾
木がまばらにしか生えていない場所まで道を延ばして、当面の作業を終える。
すると、それを待っていたかのように、桃木が追いかけて来た。
彼方に契約書を渡し、彼方がその紙に署名をしている間に一年分の借地代に相当するポイントを彼方に振り込む。
一般的な水準で見るとかなりの大金だったが、大物狩りを当然のようにこなしているトライデントの三人は、あまり感銘を受けなかった。
こと、ポイントの大小ということに関しては、この三人は完全に麻痺してしまっている。
「次の更新時期まで、よろしくお願いします」
署名の終わった書類を倉庫にしまいながら、桃木が彼方にいった。
「次の一年も、ぼくたち、まだここに居るんですかね?」
彼方は、そう口に出す。
「それか、それだけの時間があれば、酔狂連の皆さんなら自分の地所を確保出来るかと思いますが」
「こんな状況で、先のことは予測出来ないですけど」
桃木は、そう答える。
「それでも、どうにか根無し草状態からは脱したようで、一息ついています」
酔狂連だけではなく、ほとんどのプレイヤーは市街地の適当な場所を勝手に占拠して生活している状態だった。
根無し草、といういい方もどうかと思うが、トライデントや酔狂連のように、なんらかの契約によって地所の使用権をおさえているパーティは、この時点で他にはいない。
「あ、ちょっといいっすか?」
出来たばかりの道を通って、女子のプレイヤーが、こちらに近寄って来る。
「昨日の試作品の改良版、出来たんで、ちょっと見て貰えます?」
武器職人の、岸見だった。
「見るのはいいけど、あっちの作業は手伝わなくていいの?」
恭介は、岸見に疑問をぶつけた。
「あっちはまだ、頑張っているようだけど」
かけ声やら作業の物音やらが、かすかに聞こえてくる。
「あっちは八尾っちが張り切っているから、一人くらい抜けてもどうにかなるでしょ」
岸見は、平然とそんなことをいう。
「だんだん手際がよくなって来ていたし」
「それなら、いいんですが」
恭介は、頷く。
「それにしても昨日の今日で、手が早いですね」
どうせ、酔狂連内部のことだしな。
余計な干渉は、しないでおくのが無難だろう。
「手が早いというか、問題を中途半端な状態で放置しておくのが気になるタイプでして」
岸見はそういって、自分の倉庫から改良型の武器を取り出す。
「それに、今回は、改良する方向性も明確になっていましたから。
実際の作業時間は、そんなにかかっていませんよ」
「形がだいぶ変わっていますね」
岸見から手渡された物体を見て、恭介は感想を口にする。
「少し、大きくなった。
それにこれは、折りたたみ型になるんですか?」
「広げると、ストックになります。
一応、長距離用途にも、ある程度は対応可能かなあ、と」
なるほど。
と、恭介は思う。
「昨日の時点では、出力調整が主な改良点だったと思うのですが」
「そっちもちゃんと、手は打っています。
つまるとこころ、馬酔木くんの魔力が大きすぎて、こちらが想定していたキャパを越えていたのが問題だったので。
そのキャパをおもいっきり広げて、ついでに余剰分は蓄えておけるよう仕様にしました」
「え?」
思わず、恭介は訊き返す。
「魔力って、電力みたいに蓄えておけるもんなんですか?」
「これは、まあ実験版、ですね。
実用品以前の」
岸見は、涼しい顔をして、そういう。
「通常、魔力なんてものは、蓄えておけるほど過剰には出せないものでして。
馬酔木くんの場合は、例外というか特例、というか。
その例外に会わせて、実験的に作ってみました」
「それは、いいんだけど」
恭介は、岸見の顔をまじまじと見て、確認する。
「そんなことをして、爆発したりしない?
リチウムイオンバッテリーだって、痛むと出火したりするんだよ」
「なにぶん、前例がないことで」
岸見は、怯むことなくそういい切る。
「実際に使ってみないことには、なんともいえません」
「つまり、これは、実験台だと?」
「その製品は、実験版になりますね」
再度訊き返すと、岸見は当然のような顔をして頷く。
そのうしろでは、桃木が目をつぶって顔を横に振っている。
まあ、いいか。
と、恭介は思う。
「おれとしては、しばらくこれを使ってみて、あとで使用感とかを報告すればいいのかな?」
「是非是非、お願いします」
岸見は、そういって頭をさげる。
「まずはこの場で、試射などをして頂けると。
あ、的は用意しなくてもいいです。
百発百中なのは、昨日で十分理解出来ましたから」
つまりは、ある程度遠距離を狙って撃った場合、暴発などしないかどうかを確認したい。
と、そういうことらしい。
「普通に使っていれば、余剰分の魔力を勝手に蓄えます」
と、説明された。
出力を最低に絞って、まずは目測で三百メートルくらい先にある、木の幹を撃ってみた。
何度か属性を変えて引き金を引いてみたが、そのたびに木の幹の一点から煙があがる。
まずは、問題ないかな。
と、恭介は思う。
しかし。
「なんか、グリップが熱を持ってきた」
「あ。
そのそこに、魔力を蓄える仕様になっています」
恭介が使い勝手を報告すると、岸見が即答する。
「グリップの断熱構造が、まだ甘かったですかね?」
「いや、それ以前に。
数発撃っただけで熱くなるって、実際に使う立場としたら、すっごく不安になるんだけど。
これ、本当に爆発とかしないよね?」
「……大丈夫。
な、はずです」
その間が怖いな。
と、恭介は思う。
「今後は、少し出力をあげて撃ってみます」
グリップ上部にあるレバーを少し操作してから、恭介は再びその武器を構える。
「あ」
すると、岸見が、声をあげた。
「どうせなら、ついでにあちらの邪魔なのを撃ってみませんか?」
というわけで、恭介は酔狂連の貸した土地まで戻っている。
どうしてこうなった。
「こっちの木々なら、撃ち放題です」
岸見がいった。
「木の周囲に人形しかいないんで、存分に撃ってください」
八尾は人形を増やして、手前数本の木々を支えさせている。
何本か撃ったあと、幹や根の部分を酔狂連の人たちが回収。
というサイクルで、考えているらしかった。
「ついでに、何発撃てば壊れるか、耐久試験も兼ねて、ってこと?」
「簡単に壊れるようには作っていないつもりです。
耐久試験のつもりで、撃ちまくってください」
恭介が確認すると、岸見が即答した。
まあ、いいか。
そう思い、恭介は手前の木々の幹を狙って、何発か、撃つ。
恭介が狙った場所が消失し、結果、分断された幹が、倒れかかる。
それを、倒れる前に左右から人形たちが押さえた。
五本ほどの幹を分断したところで手を止め、
「今までの、収納してください」
と、酔狂連に声をかけた。
手が空いた者が駆けていき、幹や根を倉庫に収納し、土魔法で根が消えた空間を埋めて、戻ってくる。
勝手がわかり、リズムに乗ってくると、案外、全員が効率的に動けるようになった。
遥や彼方も、土魔法を使用しての整地作業などを手伝ってくれた。
結局、結構手伝っているなあ。
と、恭介は思う。
それで別に、不満があるわけでもないのだが。
酔狂連の借地の、面積にして半分ほどの木々を片付けたところで、今日の作業は終わりとすることにした。
恭介たちはともかく、酔狂連の、肉体労働に慣れていない人たちが、バテて来たからだ。
試射に使っていた銃のグリップは、あれ以上に熱くなることはなかった。
「簡単に壊れるようには出来ていない」
という岸見の言葉は、どうやら嘘ではないらしい。
それがわかっただけでも、今日の収穫ということにしておこう。




