契約
「とりあえず、五百メートル四方の土地を貸して欲しいのですが、可能でしょうか?
場所は、どこでもいいです」
「五百メートル×五百メートル、ですか」
桃井に確認されて、彼方は少し考える。
元の世界の、日本の基準で考えると、かなり広い面積になる。
が、このソラノ村の総面積と比較すると、ごく一部分でしかない。
「可能ですが、場所は、どこでもいいのですか?
場合により、開墾作業なども必要になって来るのですが」
彼方たちトライデントや魔法少女隊は、過去に人の手が入っていたらしい、比較的自然の暴威に晒されていない場所を選んで利用している。
が、そうではない、草木がそのまま生え放題になっている場所が、この拠点内では大半を占める。
「構いません」
桃木は即答した。
「開墾作業などが必要となる場合、その労力はこちらが負担します」
「防壁内の西側はほとんど手つかずなので、そこならどこでも選び放題ですよ」
彼方は、続ける。
「場所の選定は、そちらでお願いします。
正直、案内が出来るほど、こちらもそちら方面の状況を把握していませんので」
それに、彼ら酔狂連が、工房の立地としてどういう性格の土地を欲しているのかも、彼方たちは把握していない。
「了解しました。
土地の具体的な選定に関しましては、後ほど、うちの者を呼んで対処させて頂きます。
貸して頂ける面積については、合意が出来たと解釈してもよろしいでしょうか?
次に、賃料についてですが……」
その他、細々とした部分を詰めてから、桃木は持参して来たタブレットを操作して、契約書の文面を作って、彼方に提示する。
「こちらが、仮の契約書となります。
具体的な土地が決まり次第、曖昧な部分を埋めて正式な契約書にするつもりです。
これでなにか疑問に思う点など、ございますでしょうか?」
「ちょっと、確認させてくださいね」
彼方はタブレットを桃木から受け取って、契約書の文面を確認していく。
五百メートル四方の土地を、一年契約でトライデントが酔狂連に貸し付ける。
というだけの内容が、甲とか乙とかその手の契約書にありがちな表現を駆使して、誤解の余地がないように書かれていた。
「これで、問題がないように思います」
少し時間をかけ、慎重に文面を目で追ったのち、彼方はそう答えた。
「それでは、うちの者が土地を選定後、この文面をプリントアウトして正式な契約書にしたいと思います」
桃木はいった。
「これで少し、肩の荷がおりました」
「いや、こんな契約書、作れるだけでも偉いですよ」
彼方はいった。
正直、普通の高校生に出来ることとも思えない。
「こういうビジネス文書は、使い回しが利くテンプレートというのがあるんですよ」
桃木はそういって、薄く笑った。
「こんな面倒な文章、一から書き起こすなんて面倒なこと、いちいちやっていられません。
今から、うちの者に連絡させて頂いても構いませんでしょうか?
かなりの人数が、飛んで来ると思いますが」
実際、それから一時間もせずに酔狂連の残り全員が、この拠点に集まって来た。
「仕事、ちゃんと済ませてきましたか?」
桃木がその面子に確認すると、
「十分な在庫を、生徒会に預けてきた。
明日か明後日か、とにかくダンジョン公開に間に合うように、生徒会主導の売店で売りはじめるらしい」
八尾が、元気な声で答える。
「それより、好きな場所を選んでもいいって、本当か?
随分と気前がいいな」
「面積は、限られていますからね。
うちが支払える賃料の上限で」
桃木が釘を刺す。
「予算以上の買い物は出来ませんから、そのことはちゃんと心得てください」
「わかった、わかった」
八尾は、鷹揚に頷く。
「嬢ちゃんたちは、なにか希望はあるか?」
「静かな場所」
浅黄青葉が、即答する。
「森とか林の奥がいい。
きっと、誰も訪ねてこない」
「そうかそうか。
ってことは、緑が多いあっちの方かな」
「あ。
なんだったら、その土地まで出る道は、借地に含めなくてもいいですよ」
彼方が、つけ加える。
「お互いに不必要な干渉が出来ない距離って、必要だと思いますし」
「そういってもらえると、助かる。
倉庫があるから、元の世界みたいに物量のことを考慮しなくていいからな、こっちの世界は」
八尾がいった。
「工房なんか、誰も寄ってこないような森深くにあるくらいで、ちょうどいいんだ」
「勝手に仕切らせておいて、いいんですか?」
恭介は、傍らの三和に確認する。
「いいよ、別に」
三和は、眠たげな目をして、そう答えた。
「せっかく八尾くんがやる気になっているんだから、それは尊重しておかないと」
この人、ただ面倒くさがっているだけなのでは?
と、恭介は思う。
その後、浅黄青葉の希望通りに森の中に用地を定め、衆人環視の場で正式に測量と縄張りを終える。
ロープで囲った内側が、今後、酔狂連が借りる土地になる。
「内側の開墾作業は、酔狂連の人たちがやってくださるということだから」
恭介は、そのロープから自分たちの家がある方角を検討つけて、指さす。
「ここから向こうまで、道を作ってもいいですか?」
「そうして貰えると、助かるな」
三和がいった。
「すぐにやるかね?」
「時間をおく理由もないんで」
恭介は、そう答える。
「おれが邪魔な木、切るから。
ハルねーは、切った木、片っ端に倉庫に入れて。
根っこも含めて。
彼方は、そのあとの整地な」
「りょーかい!」
「任せて」
「道幅は、とりあえず、三メートルくらいでいいかな?」
「あんまり細くしても、かえって作業しずらいしね。
それくらいでいいじゃない」
「それじゃあ、木を切っていきます」
恭介は倉庫から水魔法のステッキを取り出し、水圧カッターで邪魔な木の幹を片っ端から切断していく。
「ほい」
遥は、切断され、倒れかかった木の幹に手を触れて、倉庫に格納。
残った根も、足で触れて倉庫に格納する。
彼方は、突如消失した根があった空間を土魔法で埋め、歩きやすいように整地していく。
「ろくな打ち合わせもしていないのに、見事なもんだな」
すぐそばでその様子を見ていた三和は、呆れ半分で感想を述べる。
「すごく、効率がいい。
トップパーティになるわけだ」
酔狂連のメンバーも、ロープで囲った内側の木を、同じような魔法混ざりの方法で片づけようとしていた。
ただ、こちらはトライデントの三人ほどには息が合っていないし、手際も悪い。
生産職パーティとはいえ、八尾以外は女子で、肉体労働にも不慣れな様子だった。
途中でしびれを切らした八尾が、自分の倉庫から頼りになる労働力、木人形を大量に出して、その人形たちを指揮して開墾作業を進めはじめる。
八尾は、ジョブとしては鍛冶士だったが、「人形遣い」その他、複数の「役立たず」扱いされている一般スキルを多数取得し、それらを駆使して作業の効率化を実現していた。
八尾が操る人形たちは、基本的には単純な作業しか出来ないのだが、使い方によっては強力な戦力になる。
「人形たちは、この木をこれから切るから、幹が倒れないように支えていろ。
幹と根は、浅黄姉妹が手分けして倉庫にしまうように。
三和、ぼうっと立ってないで、根が抜けた場所の整地な」
マネージャーの桃木は、他のメンバーが作業に勤しんでいる間に、携帯用プリンターを取り出して契約書を二枚、プリントアウトする。
一枚はトライデントに渡し、もう一枚は彼方から署名を貰った上で、自分で保管することになる。




