見通し
「本当にこっちに工房とか、作るつもりなんですか?」
女子が風呂場に移動してから、恭介は酔狂連の男子に確認する。
「さっきもいったように、こっちにはなんにもないし。
それに、施設の建築に関しても、あんまり労働力を回せる気がしないんですけど」
これは、恭介の本音だった。
市街地内もバタバタしているし、もうすぐダンジョンの攻略がはじまる。
さらにいえば、恭介たち自身の家さえ、まだ完成していない。
そこに加えて、降って湧いた酔狂連への協力など、とてもではないがまわせる余力がなかった。
「ああ、それは、こっちでなんとかする」
八尾は、涼しい顔でそういってのけた。
「なんなら、こっちからそっちに、いくらか労力を回すことも可能だ。
まあ、余計な心配すんな。
ってか、生産職を舐めるなよ。
これでも、たった六人で百五十人分の武器や装備を供給する自信があるパーティなんだから」
「そうですか」
恭介は、納得していたわけではないが、とりあえず頷く。
いわれてみれば、この酔狂連の能力、特に、生産能力に関して、実際に使っている場面を目の当たりにしたわけではない。
この段階では、ジョブの名前から、なんとなく役割を想像している程度だった。
「それより、お前らトライデントは、ダンジョン攻略、どうするんだ?」
逆に、八尾からそう質問される。
「最初から、飛ばしていくつもりか」
「さあ」
恭介は、首を傾げた。
「その件については、まだ、身内で意見を固めていませんので」
「どうしようかねえ」
彼方も、天井を見あげてそんな風に呟く。
「ダンジョンの方は他のパーティに任せて、当面はこちらの施設周りの整備に注力する、っていうのも、方法だとは思うけど。
あんまり他のパーティとのレベル差が開いても、先のこと考えると、こちらの負担が大きくなると思うし」
「まあ、それも一つの考え方ではあるな」
八尾はそういって頷いた。
「中堅どころが育ってくれないと、こちらの商売も危うくなるし」
「ぶちゃけ、うちとしては、今回、スタートアップで焦るモチベーションが、ないんですよね」
恭介はいった。
「パーティ全体の本格的な結論は、ハルねーもまじえて固める必要はありますが。
でも、おれ個人としては、最初の何日かは静観して、他のパーティが投げ出すような意地の悪いダンジョンがわかってから、そこに専念する、みたいな方針もありだと思ってます」
「あえて、他のパーティの競合を避ける、か」
八尾はそういって、また頷く。
「お前ら、功名心というか、ナンバーワン願望みたいなのは、あまりないんだな」
「そういうの、疲れるだけですよ」
恭介は、そう答える。
「それでなくてもなにかと、生徒会の人たちに睨まれている身なんですから」
「いや、それは、順序が違うっしょ」
常陸庶務が、即座に反応する。
「あなた方が、ほぼ毎日非常識なことやらかすからで。
こっちとしては、次になにをやらかすのかと、毎日ヒヤヒヤしながら見守っているような次第でして」
「立場が違えば、というやつだな」
それまで黙っていた三和が、はじめて口を開く。
「それぞれに、いい分はあるだろう。
これに関しては、どちらが正しいというわけでもないな。
強いていえば、こんな世界にいきなり飛ばされたわれわれの境遇が、等しく理不尽なのだ」
「まあ」
「それは、そう」
「だな」
各人が力なくそう呟いて、少し項垂れる。
少なくとも、この世界に来て浮かれていたりする者は、ここにはいないようだ。
「おれら、これからどうなるんすかねえ」
ぽつり、と、常陸庶務が呟いた。
「さあねえ」
彼方が、答える。
「先行きは不透明。
そうとしかいえないけど、その上で、こちらとしては、せいぜい楽しく暮らしていける環境を、整えていくしかないよ」
「では、われわれは帰るわ」
風呂場から帰ってきたジャージ姿の小名木川会長は、上気した顔をして来た時よりはよほど元気そうに見えた。
「食事と風呂、ありがとうな。
人生にこういうのは必要だと、改めて実感できたわ。
帰ってから、今後の施策に活かそうと思う」
「それはなにより」
恭介としては、そう返すしかない。
「それより、女子だけで大丈夫ですか?
帰り道、あかりはないし、少し歩くと思いますけど」
「いや、大丈夫だろ。
わたしらもそこそこレベルあるし、ちゃんとしたライト、買って帰るし。
あ、常陸はそのまま、こっちで風呂借りてからゆっくり帰れよ」
「うぃっす」
常陸庶務が、片手をあげて返答する。
視界の隅で、そのままうぃを抱きかかえて帰ろうとした浅黄青葉から、緑川がうぃを奪還している様子が見えた。
「遥ちゃん、凄かった」
「腹筋割れてる系女子、眼福でした」
酔狂連の浅黄紅葉と横島会計が、そんなことをいい合っている。
「スリムなのもあそこまでいくと、機能美というものが」
「こっちはぶよぶよだからね。
うらやましいというか」
男子に聞こえるところで、そんな話題出すなよ。
と、恭介は思う。
この前は彼方と二人だけだったから、これだけの人数が脱衣所に居ると、少し不思議な気分になる。
もともと、この拠点の男女比は、女子の方に大きく傾いているのだ。
それも、今後は変わってきそうだな、とか、恭介は思う。
そんなことを考えつつ、服を脱いでいくと、
「おい」
と、三和から、声をかけられた。
「それ、大丈夫なのか?」
「それ?」
恭介は、一瞬なんのこをいわれているのかわからなくて、数秒戸惑った。
「ああ。
これ、ですか。
これ、古傷なんで、もう痛みすらないです」
と、答えておく。
実際、この傷痕が残った経緯も、昔のこと過ぎてもうおぼえていない。
面倒だよなあ。
と、恭介は思う。
痣は時間が経てば消えるが、縫合した痕はわりと残る。
服を脱ぐと、意外に目立つ。
「そうか」
三和は、少し驚いた顔をしていたが、そういってくれた。
「大丈夫ならば、まあいい」
あっさり流してくれたのは、正直、ありがたかった。
昔のことを説明するのは、手間もあるが、それ以上に心理的な抵抗が、まだある。
いろいろと面倒なことだな、と、恭介は思う。
こんな世界に来てからも、自分の過去は追いかけてくる。
決して、消えてはくれない。
「彼方、明日の予定は?」
「うーん。
中央広場の舗装工事、いい加減に手を着けないと」
恭介が訊ねると、彼方が即答する。
「出来れば、ダンジョン攻略がはじまる前に、終わらせておきたいところだね」
「彼方は、落とし穴を埋める作業もあるんだろ?」
「まあ、そっちは、適当にやるよ。
なんだかんだいって倉庫に、かなりの土砂とかが残っているし」
「舗装工事か」
恭介はいった。
「何日かは、そっちにかかりきりになりそうだな」
「明日朝一から、だね。
人も集めて貰えるよう、手配して貰っているし。
ランマーとかロードローラーも買ったし」
「ランマー?」
「道路工事とか見たことがあると思うけど。
両手でこう持って、だだだだだーって、地面に圧力かける道具」
「ああ。
あれ、ランマーって名前なんだ」
「機械があると、効率的だからね。
こっちは素人の集まりなんだから、なおさら機械に頼らなければいけない」
こうして彼方といつも通りのやり取りを出来るているのが、なんだかんだいって気が楽だった。




