生徒会への訪問
魔法少女隊四人組は、予定通り給水塔の設置作業。
トライデントの三人は朝食を終えてから市街地に向かう。
まずは、屋根の修繕を済ませなくてはならない。
ついでに、生徒会にも昨日、恭介に現れた新ジョブについて、報告しておこう。
と、いうことになっていた。
昨日、あれこれと意見を出し合った末、
「仮に報告したとしても、今の時点では、それ以上の発展性はない。
けれども、報告しないであとでそうと知られたら、きっと生徒会に怒られる」
という結論に、達したからだ。
ちょうど屋根の修理でいくところだったし、その時に相談実績を作っておけばいいや。
というわけである。
屋根の修理が終わったら、酔狂連のところにも寄って、恭介のオーダーメイド武器について相談するつもりだった。
なんだかんだで、タスクが増える一方だなあ。
と、彼方は思う。
三人は話し合った結果、
「市街地との行き来も増えるだろうから」
自転車を買うことにした。
三人ともレベルアップしているので、その気になれば自転車以上のスピードで駆けていくことも可能だし苦でもなかったが、それはそれ。
よく考えてみればここでは、ポイントさえあれば元の世界では手に入らなかった高級品も入手可能なわけであり、この機会に多少の贅沢をしてもいいだろう、ということになった。
これまでにマーケットで購入したのはほとんど必需品であり、食糧の一部分がかろうじて嗜好品、というころになる。
あんまりストイックな生活を送る必然性も特になく、「気軽に手に入るのなら、手に入れてしまおう」の精神だった。
考えてみれば、魔法少女隊の赤瀬など、その精神で乗用車一台を購入している。
「メインで利用する場所が不整地で完全オフロードだから、この場合はマウンテンバイクが最適かなあ」
と、彼方が勧める。
「値段、ピンキリだねえ」
「ってか、ママチャリとは全然違うんだな、価格設定が。
下手なスクーターより高いのもある」
「値段が高いのは、部品の精度とか剛性とか、あと重量とか。
細かい部分が、いちいち違う。
実用品だけど、同時に嗜好品でもあるからねえ」
彼方はそう説明してくれた。
「ロードバイクやクロスバイクも、だけど、上を見ればキリがないよ」
三人は相談の末、さほど高級品というわけでもない、そこそこの値段のマウンテンバイクを三台、購入する。
実際に使用する頻度は、そう多くはないだろう。
と、いうこともあったが、単純に、三人揃って、根が貧乏性なのである。
三人は早速、購入したマウンテンバイクに乗って、市街地に向かう。
「これは」
「結構面白いねー、これ」
市街地に向かう途上、恭介と遥はそんなことをいい合う。
昨日、車の後部座席に座っていた時は不快でしかなかったが、自分で漕ぐマウンテンバイクに乗っていると、段差に乗りあげたときに発生する上下運動も、意外に楽しい。
市街地に着くまでの三キロほどの道のりは、マウンテンバイクに乗るとあっという間だった。
三人はそのまま市内を通って、中央部へと向かう。
昨日と違うのは。
「チャリやスクーターに乗っている人が、増えているな」
昨日のオーバーフローで、大勢のプレイヤーがポイントを稼ぐ機会に恵まれたからか。
割と、乗り物に乗って移動している人が多かった。
昨日の朝、車で来たときよりは、少し遅い時間帯だったことも、人出が多いと感じる理由のひとつだろう。
まあ、いくらかでもプレイヤーたちが潤っているんなら、それはいいことなのか。
と、恭介は思う。
それまでは、そこまでの余裕がないプレイヤーも、多かったはずなのだ。
この市内の人々も、徐々に、ではあるが、豊かになっては来ている。
「あら、皆さん。
おはようございます」
生徒会執務室が入っている建物に入ると、早速結城紬に捕まった。
「皆さん、お揃いで。
今日は、生徒会にご用事ですか?」
「おはようございます。
そんなもんです」
彼方が代表して、応じる。
「メインの用件は屋根の修理ですが、他にも細々とした用事がいろいろ」
結城紬も他のプレイヤーとやり取りをしていて忙しそうにしていたので、早々に立ち去って階上へと向かった。
「あの子、もうここの顔役みたいになってない?」
階段をのぼりながら、遥がいった。
「人望は、あるみたいだね」
恭介が答える。
「フリーランサーズ、っていったっけ。
生徒会の下部組織みたいなパーティ、実質結城さんが仕切っているらしいし」
「仕事が多そうだよね」
彼方も、感想を述べる。
正直、市内のことに関しては、この三人は完全に部外者であったため、他人事という認識が強かった。
大きくコケたりすればそれなりに影響が来るのだろうが、うまくいっているのならあまり強い関心を抱く必要もない。
「おはよーございまーす!」
ノックと挨拶をしてから、執務室のドアを開ける。
「約束通り、屋根の修理に来ましたー」
「はい、おはようございます」
小橋書記が挨拶を返してくれる。
「今日はよろしくお願いしますね」
この小橋書記について、彼方は「生徒会女子の中で一番人当たりのいい人」と記憶している。
他の生徒会女子も、相応に社交的なのだが、愛想はあまりない気がする。
「あーと、それから」
なんでもないことのように、彼方はつけ加えた。
「あとでちょっと、相談したいことがあるんで。
お時間を頂けるとありがたいです」
「それ、なにか重要な報告、とかではないですよね」
小橋書記の顔が、若干強ばった気がする。
「トライデントの皆様は、山ほどその手の実績がおありになるので」
「いやいや。
今までの報告と比較すると、そんなに重要な用件ではないですよ」
彼方は、内容に関する明言を避けた。
「少なくとも、緊急性がないことは確かなんで。
それじゃあ、ちょっと上にあがらせて貰いますね」
三人は脚立を使って昨日、今日あけた穴から屋根にあがった。
「今の、誤魔化せてるの?」
「いや、誤魔化せてないでしょ。
会計の人、じとーとした目でこっち見てたよ」
「会長、なんか察したような顔になってたな。
諦めたような、悟ったような」
三人は勝手なことをいい合いながら、修理に必要な材料や道具を倉庫から出して屋根の上に置く。
「それじゃあ、簡単に説明するね。
この屋根、昨日調べたところ、主な構造材は木の板、樹脂、樹皮、粘土など。
表面に他の構造材があった可能性もあるけど、風化して今は残っていない。
このうち粘土は、おそらく防火材、だと思う。
火災の時、延焼を防ぐ役割ね。
屋根瓦みたいに、陶器や磁器的なものを屋根に敷く習慣はなかったみたい」
「よく今まで腐らずに残っていたな」
恭介が疑問を口にする。
「日本だったら、そんなに保たないだろう」
「多分、だけど、通年で湿気が少ない土地、なんじゃないかなあ、と」
彼方が憶測を口にする。
「この建物はほとんど石造りだけど、市内の他の建物、特に小さい規模の建物なんかは、土と草、それに粘土なんかを混ぜたもので壁を作っていたみたいだし」
「雨期がない、とか?」
「そうかもね」
彼方は、恭介の言葉に頷く。
「この辺、大きな河川が見当たらないし。
森があるってことは、地下かどこかに大きな水源はあるんだろうけど。
ひょっとしたら、だけど、この街を築いた人たちは魔法が使えて、水くらい自由に出せていたかも知れない」
「その可能性はあるか」
恭介は、そういって頷く。
「河川もだけど、井戸も見当たらないからな」
「それで、修理って、具体的にどうやるの?」
遥が、本題に引き戻した。
「ああ、それ」
彼方はいった。
「ほくら、日本人の目から見るとこの屋根、頼りないからさあ。
ぼくとしては、いっそのこと全部葺き替えたらどうか、って、昨日、会長に提案したんだけど、秒で却下された。
だから素直に、破損箇所のみを修理します。
まず、この金網を破損箇所に被せて、固定して、その金網に固めのモルタルをつけていく。
で、そのモルタルが固まったら、その上に防水加工をする、って感じかなあ。
強度とか雨よけ機能的にも、それで十分だと思う」
作業の内容がはっきりすると、あとは早かった。
結界術を使って足場を作り、三人で機敏に動いて作業を続ける。
左官コテを使ってモルタルの表面を整える作業など、三人ともこれがはじめてだったが、どうにかやり遂げた。
今回は速乾性のモルタルを使っていたので、そんなに時間もかからず防水加工に移れるという。
その時間を利用して、三人は昨日判明した件について、生徒会に相談することにした。
「お前らなあ」
一通りの説明を聞いた小名木川会長は、深いため息をついた。
「昨日夜の異変から、ああ、またあいつらがなにかやらかしたな、とは、思っていたんだが。
いや、狙撃手が他にいない今、確かに再現実験は出来ないよ。
その意味で、緊急性がないっていうのは、その通りなんだけど。
でも、さあ。
三人の中の、特に馬酔木恭介。
お前、なにかに憑かれてでもしているんじゃないのか?
いくらなんでも、お前ばかり優遇されすぎのような気がする。
他のプレイヤーと比較して、ってことだが」
「仮にそうだったとしても」
彼方は抗弁した。
「恭介は、自分で好んでそういう立場になっているわけではありません」
本人の意思によってそうなった。
というわけではない以上、恭介が制御してこのような「引きのよさ」を変更出来るはずもない。
「魔法の資質に関しては、どうやら完全に体質に由来するもののようですしね」
筑地副会長も、冷静な声で指摘をする。
「それに、彼らがこちらに友好的に振る舞っている以上、彼らを責める筋合いもないと思います」
「敵対する理由がないけら、今のところは友好的に接しているけど」
遥は、そう応じる。
「別に、心の底から賛同して、こちらに協力しているわけでもないからね。
はっきりいっちゃうと、わたしら、市内の状況に手を貸す理由も特にないので、今後、関係が悪化すればさっと手を引くこともあり得ますからね。
ぶちゃけ、あんまり期待を持たれすぎても、それに応じる義理もないっていうか」
「そういわれると、返す言葉もないんだがな」
小名木川会長はそういった。
「いや、すっごく役に立ってはくれているのよ、お前たちトライデント。
その点には、すっごく感謝している。
それは、本当。
本当なんだけど、同時に、な。
他のプレイヤーの動向をある程度把握しているこちらとしては、その格差と理不尽さに目眩がしてくるわけだ。
わたしはこっちに来てから異世界転移って言葉を知った口なんだがな。
それって、とても不公平な代物なんだな、って」
「まあ、主人公補正に勝るチート能力はありませんからね」
彼方は、したり顔でそういってのけた。
その言葉をすぐ隣で聞いていた恭介は、
「他人事だと思いやがって」
と、心の中で毒づいた。




