武器談義
「トライデントのやつらが来ているのってのは、本当か!」
突然、制服姿の男子生徒が現れた。
「八尾先輩、声を控えて」
桃木が軽く眉をひそめる。
「接客はもうよろしいのですか?」
「ん?
ああ、うちで作った分はすべてはけたな。
買取はまだ客が残っているようだが」
「慣れない接客、ご苦労様です。
それで、こちらがトライデントの」
「おお。
ジョブ鍛冶師の八尾巌だ。
それで、忍者なのはどっちだ?」
八尾の背はさほど高くなかったが、体に厚みがある。
それに、腕が異様に太い。
どんなスポーツやったら、こういう体形になるのだろうか。
恭介は少し疑問に思った。
「あ、わたしっす」
「試作品を使った感想はどうだった?
あれがどうなったのか見てみたい。
ちょっと出して見ろ」
遥が片手をあげると、早口にまくし立てる。
「まあ、いいすけど」
遥はそういって、倉庫から試作品の短剣ふたふりを取り出して、八尾に渡す。
「ほう。
刃こぼれもないし、ほとんど痛んでないな。
あれだけ暴れて、これか」
八尾は短剣の刃をマジマジと観察して、感想を述べる。
「こいつは理論上の限界まで硬度を極めてみたんだが、その分、横の力に弱くてな。
刃でまっすぐに受けるんならともかく、こう、刃の横に大きな力が加わるとぽっきり折れかねないので、その点にだけは気をつけてくれ」
「それ、材料なんなんですか?」
恭介が質問する。
「普通の鉄ではないですよね?」
「主成分は、鉄だよ。
おれたちの世界でもお馴染みの、ありふれた物質だ」
八尾は答えた。
「ただいろいろ、混ぜ物はしてある。
この世界でないと出来ないような素材だ。
あとは、企業秘密。
と、いうことにしておいてくれ」
「ああ」
恭介はその言葉に頷く。
「魔法絡みですか」
「お前さん、勘がいいな」
八尾は目を剥いて恭介を睨む。
「それで、どっちだ?
領主の方か、狙撃手か?」
「狙撃手です」
「そうかそうか。
岸見のやつも手が空けば来るから、よろしく相手をしてやってくれ」
「岸見、さん?
ですか?」
「ああ、それ、わたし」
新たに、制服姿の女子が姿を現す。
「岸見値。
ジョブは、武器職人。
で、そっちが狙撃手で、例の、ワイバーンばかすか撃ち落としていたやつ。
それで、間違いない?」
「間違いありません」
「はぁ」
岸見は、大きくため息をつく。
「あんな間に合わせの弓で、なんでああいうこと出来るかなあ」
岸見に先導される形で、恭介たちは一度、酔狂連のテントから外に出た。
「はいはい。
今から魔力弓のデモンストレーションしますからねー」
岸見は広場の隅に木製の的を置き、周囲の人払いをする。
「誤射や流れ矢の餌食になりたくない人は、素直に離れるようにー!」
いい方、と、恭介は内心で呆れる。
こう少し、穏便ないい方があるだろうに。
「ええとだね、狙撃手の君」
岸見は、自分の倉庫から例の弓を取り出しながら、恭介に語りかけた。
「わたし、親類が競技のアーチェリーをやってて、それにつき合ってほんの少し、経験がある程度の腕前なわけだが。
それでも、この距離ならば、どうにか」
弓を引き絞り、放つ。
音もなく、的の中心部分に小さい穴が空いた。
「当てることが出来る。
的までの距離、三十メートルってところか。
命中させるのは、素人でもそんなに難しくはない。
この弓、使用者の意思に反応してある程度軌道を変えるから」
「はぁ」
恭介は生返事をする。
「今、新しい的を出すから、今度は君が射てくれ」
岸見は、続けてそういった。
「ただし、そうだな。
全力で、とはいわないももの、あの的を丸ごと吹き飛ばすくらいの勢いでいってくれ」
岸見が新しい的に取り替えてから、恭介は自分の弓を取りだして引き、かなり上の方に向けてから、放つ。
「お」
岸見は、その様子を間のあたりして、かなり驚いた様子だった。
恭介が放った魔力はほぼ直上にあがってから、大きな山なりの軌道を描き、上方から的に命中する。
的があった場所を中心にして、直径二メートルくらいのクレーターが残されていた。
「これだよ!」
岸見が、いきなり叫び出す。
「魔力を打ち出す。
ただそれだけの、玩具みたいな弓で、なんでここまでの威力を出せるんだよ!
想定外かつ嬉しい誤算だよ!」
「えー」
岸見の感情的な反応を見て、恭介は引き気味になった。
「この弓、こういう武器ではなかったんですか?」
「あのなあ」
岸見は、恭介の目をまともに見据えた。
「わたしらがこっちに来て何日だと思う?
あんな短期間で、そんなに高性能な武器とかほいほい作れないだろう、普通。
あの弓は、元の世界にはなかった魔法とか魔力をどうにか利用しようとした試作品、その一例でしかない。
魔法を使うのが難しいなら、魔力を直接ぶつけりゃいいんじゃね?
程度の思いつきで作った、あくまで試作品、なの!
なんでそんな玩具を、のっけからここまで使いこなすのかなあ!」
「あー」
恭介は視線をさまよわせる。
「でもあれ、おれ、ジョブが狙撃手だから。
そちらの補正っていう線も……」
「今問題にしているのは、命中率ではなく出力の方でね」
岸見がまた、恭介を睨む。
「普通の人は、あの弓を使ってもあんな威力は出ません」
「なるほど?」
恭介は首を傾げる。
「ではなんで、おれの場合はあれくらいの威力が出るんでしょうか?」
「わたしに訊くなよ!
こっちが訊きたいよ!」
岸見は、涙目になっている。
「あのなあ!
わたし、さっきまで、あの弓を入手すれば破壊の射手みたいな活躍が出来るものと、そう信じきって集まってきた連中をずっと説得していたの!
普通の人があれと同じ弓を使っても、そんなに威力は出ませんよ、ってわからせるのに、どれくらい苦労したことか!」
この人がなんでこれほど感情的になっているのか。
その理由だけは、少なくとも理解出来た気がする。
「普通は、ここまで威力が出ないんですか?」
「さっき見たでしょ、わたしの試射。
普通の人が使っても、せいぜいあの程度の威力よ。
まあ、公平に見ても、実用性でいったら、元の世界の火器のが上でしょうね」
「ええっと」
恭介には、腑に落ちないことがあった。
「なんで、そこまで威力に差が出るんです?」
「思うに、あんたには魔法関係、おそらくは、魔力を操作する才能みたいのがあるんでしょうね」
岸見はいった。
「魔力の制御精度と出力が、ちょっと常人離れしている。
一度試しに魔術師に転職して、他の魔術師と自分の魔法を比較してみたら?」
「機会があったら、試してみましょう」
恭介は、素直にそういう。
「それよりも、魔法関係の能力って。
そこまで、個人的な資質に左右されるもんなんですか?」
「そんなこと、わたしに訊かれても。
って、いいたいけど、そうね」
若干、落ち着きを取り戻した岸見は、恭介の言葉に頷いた。
「ぶっちゃけると、うちのパーティの連中とか、今日、うちの武器を買いに来た人たちの様子を思い返してみると。
魔法関係の資質とか才能は、個人差が大きいような気がするわ。
別に統計とかとったわけではなく、あくまで個人の所感でしかないけど」




