考察
「それで、お前さんはどう考える?」
さっそく、小名木川会長が声をかけてくる。
「どう、とは?」
「ゲームチェンジのことだよ。
迎撃戦とダンジョン攻略とでは、いろいろ事情が異なるだろ?」
小名木川会長は続けた。
「それと、システム側の思惑とか。
いくらか、推測しているところがあるんじゃないか?」
「なんでおれに聞くんですか?
それ」
恭介は不機嫌な表情になる。
「他に、参考になりそうな意見を持っている人、いろいろ居るでしょうに」
「お前さん自身の自己評価はさておき、なんだかんだいってお前さんは特別なんだよ」
小名木川会長は指摘した。
「初日、みんながどうしていいかわからずうろうろしていた時点で、お前さんたち三人は真っ先に動いて結果を出していた。
中でもお前さんは、たった一人であの超大型に立ち向かっている。
直接目撃した人数こそ少なかったが、あの光景がどれほど他のプレイヤーの指針となったのか。
お前さんはもう少し自信を持っていい。
それに、妙なところに知恵が回る。
宙野弟もそれなりに切れるが、あっちはどっちかというと実務系だな。
最終目的、ゴールが決まっていてそこに到達するためにはどう動くべきか、とか、そういうのを考えるのに長けている。
お前さんの場合は、もっとこう、得体が知れないというか、未知の現象に対して理解を可能にするための筋道を立てるのが得意、みたいだな」
「過剰な評価だとは思いますが、よく観察していますね」
「短いとはいえ、かなり濃いつき合いだからな」
小名木川会長は、そう答える。
「この程度の分析くらい出来なけりゃ、お前らとつき合えんよ」
「で、おれは、ゲームチェンジとやらについて、意見を述べればいいんですか?」
「おう。
せいぜい参考にしてやるから、好きに吠えてみろ」
「まあ、この告知を額面通りに受け取るとすれば、ですが」
恭介は、そう続ける。
「これ、二種類のゲームに分類されますね。
個別のダンジョンを攻略するのと、すべてのダンジョンを攻略するのとでは、性質が違います」
「面白いな」
小名木川会長は笑みを浮かべた。
「生徒会の面子だけでは、絶対に出てこない意見だ。
どう違うんだ?
続けろ」
「個別のダンジョンを攻略するまでは、競争原理に基づいたゲームです。
わかりやすくいうと、早い者勝ち、ですね。
しかし、それ以降は……」
プレイヤー同士が協力していかないと、難しいでしょうね。
と、恭介は続ける。
「情報交換なども含めて、場合によっては、パーティメンバーを入れ替えるなど、柔軟な対応を迫られるかも知れません。
それくらいの、難易度にはなるかと」
「根拠を聞いてもいいか?」
「まず、ダンジョンの数が十二カ所と多いこと。
おそらく、それぞれに特色があり、差別化が図られているかと思います。
万能のパーティというのはあり得ませんし、プレイヤーごとに得手不得手はあるはずですから、特定のダンジョンを攻略するために、特定のジョブやスキルが必要になる、という事態は、十分にあり得ると思います。
これが、まずひとつ。
次に、用意された報償、ですね。
個別のダンジョン攻略は、先着順に一パーティ分しか報償が用意されていないようですが、ダンジョン全部を攻略したパーティについては、そういった文言が明記されていません」
「システムになんらかの望みをかなえさせる特権を授与します。
としか書いていないな、確かに。
ということは、この特権授与は、数が制限されていない?」
「というように、読むことも可能です。
程度でしょ。
明記されていない以上、そう解釈することも可能だ。
ということ以外の意味はありません。
今のところは、ですが」
「ふむ」
小名木川会長は、頷いた。
「数の制限がない、という方が、こちらとしても都合がいいな。
この特権、なにに使うかっていったら、大半のプレイヤーは元の世界に戻ることを願うだろう。
それが先着一パーティということになったら、おそらく、競争が過剰になるおそれがある。
それこそ、他のパーティを妨害してでも自分たちが先に全部のダンジョンを攻略する、と息巻く連中が増えるだろう。
そうなると、生徒会としては困るな。
単純に、面倒が増える」
「その、元の世界に帰る、ですが。
そんなこと、システムが許しますかね?」
恭介は、首を傾げた。
「生徒会に最初に与えられたミッションは、プレイヤーを減らすなという文言があったと聞いていますが」
「あるな」
小名木川会長は、頷く。
「確かに、そんな意味の文章が記されていた」
「では、システムは、基本的にはプレイヤーに減って欲しくはないんだと思います」
恭介はいった。
「システムになんらかの望みをかなえさせる特権を授与します。
としか書いていないのであれば、それは、システム内部でのみ有効な変更、たとえば、特定のスキルなりジョブなりの性能を変えるとか、そんなことを示すのではないかなあ、と」
「システムがそれを望まない、か」
小名木川会長はいった。
「それもまた、解釈のしよう、ではあるが」
「いや、ひょっとしたら、元の世界に帰る、という願いも叶えてくれるかもしれませんよ」
恭介は、続けた。
「その場合、願いを叶えたパーティは、こちらの世界から居なくなります。
そして、残されたわれわれは、その人たちが確かに元の世界に帰還したのかどうか、確かめる術はありません。
だから、まあ。
この、システムがかなえてくれる願い、については、今の段階でどうこういうより、実際にそうなった時になにが起こるのか、観察してみないと確としたことはいえません。
この段階では、無闇に騒ぐのはよしておきましょう」
「一部、競争をする部分もあるが、全体としては協力し合った方が有利に進むゲームである」
小名木川会長は、そう念を押してくる。
「今の時点では、そういう結論でいいんだな?」
「これまでに公表されている告知をそのまま解釈するのなら、そういうことになります」
恭介は、頷く。
「しかし、ダンジョンが十二カ所、か。
微妙な数だなあ」
「微妙、とは?」
「今のパーティ数は、いくつになりますか?」
「ええと、今朝確認した時は、確か四十ちょいだったかと。
ただ、こうしている今も減ったり増えたりしているんで、正確な数まではわからない」
「結構、パーティの解散とか結成、多いんですね」
「まあな。
トライデントみたいに、最初からずっとメンバーが固定しているのは、かなり例外的だ」
「その、四十前後のパーティが、同時に十二カ所のダンジョンに挑むとします。
となると、一度に同一のダンジョンに挑むのは、せいぜい三つのパーティくらい。
試行錯誤もあるでしょうし、パーティごとに得意なことも異なるでしょうから、攻略の速度はそんなに速くなるとは思えません。
ましてや、同一のパーティがすべてのダンジョンを攻略するまで、となると」
「かなりの時間がかかる、と」
小名木川会長は、渋い顔になった。
「まあ、短期決戦、というのは、無理っぽいわな」
「長期戦になりますよねえ」
恭介も、その言葉に頷く。
「ほぼ確実に」
「だったら腰を据えて、こっちの生活環境を整えることに重点を置いた方がいいかな。
生徒会としては」
「まあ、快適な生活は、出来ないよりは出来る方がいいですね。
ダンジョン攻略もままならず、こっち戻ってもあまりいい生活が待っていない、となると。
プレイヤー側の不満とフラストレーションが、溜まりまくりますよ」
彼らがこちらの世界に転移してから、まだ五日しか経っていない。
これから先、長期戦のダンジョン攻略が控えているのだとすれば、性急に成果を求めるよりも、プレイヤーに快適な生活を保障する方が、かえっていい結果を出せそうだ。
「今さらだが、面倒なことになったもんだなあ」
小名木川会長はそういって、ため息をついた。
「面倒ですよねえ」
恭介もしたり顔で同意する。
「おれたちをこの世界に転移させたやつが何者なのか。
おれにはさっぱりわかりませんが、おれたちが右往左往している様子を見てほくそ笑んでいるのは、十分に想像出来ます。
やつらがおれたちの様子を、リアリティショーかなにかのように鑑賞して娯楽として消費していても、おれはちっとも驚きませんよ」
「リアリティショー、か」
小名木川会長は呟く。
「この前、うちの副会長なんかは、なんらかの学術研究が目的ではないかとか、いっていたもんだが。
そっちの方が、説得力がありそうだな」
「学術研究、ねえ」
恭介は、難しい顔になる。
「まったくあり得ないとは、いえませんが。
その副会長さん、真面目な性格なんでしょうね」




