乱戦(九)
五日目、AM12:31。
「達成率、八十四パーセント」
筑地副会長は自分のシステム画面を確認し、静かな声を発する。
「まだ、終わっていないのか」
「ちーっす」
どこからともなく、全身汗まみれ、長身の少女が姿を現す。
「まだ終わりじゃないんすか?
じゃあ、さっき倒したやつの大きな杖、ちょっと貸して貰えませんかねえ。
無理にとはいいませんけど、知り合いの魔術師に使わせる方が有効に活用出来ると思うんで」
「あ、はい」
結城ただしは自分の倉庫から鹵獲品の杖を取り出し、遥に手渡す。
結城ただしにとってこの遥は旧知の人物であり、過度に警戒する必要も感じなかった。
「さんくす。
あとでご入り用でした、連絡ください。
ことが終わったら、生徒会の人に渡しておきますんで」
そういい残すと、遥はまた姿を消した。
「あのー、もしもし」
黒い獣に乗ってきた少女が、獣に乗ったまま近寄って来た。
「無視されると、地味に傷つくんですけどー」
「あ、いや。
そうですね。
ご忠告、感謝します」
筑地副会長がはっとした表情をしてから、その少女に言葉をかける。
「失礼ですが、お名前を頂いてもよろしいでしょうか?」
「吉良明梨、ユニークジョブ付与術士の」
吉良は、拗ねたような表情になる。
「あんた、生徒会の人でしょ?
レアなユニークジョブ持ちも把握していないわけ?」
「いや、面目ない」
筑地副会長は、素直に頭をさげる。
「ご無礼の段は、平にご容赦のほどを。
それで、吉良さん。
わざわざここに来たということは、ご協力頂けると考えてもよろしいのでしょうか?」
「ヤバそうな予感がしたから、急いで駆けつけてきたんだけど」
吉良は周囲を見回して、「納得いかない」という表情になる。
「ってか、すでにこの付近一帯、誰かがバフかけてない?
全員の性能、二割以上増してるみたいだけど」
「あ、それ、ぼくです」
聖堂の方から駆けて来た少年が、話に割り込む。
「新しいジョブの、効用のようで」
「新しい?
上位職ってこと?」
「そうなりますね」
彼方はあっさりと頷く。
「あ、この盾、使ってもいいですか?
結構な特効がかかっているみたいだし」
剣士=戦士タイプの個体が持っていた盾を見て、彼方はそんなことをいい出した。
「あ、ああ」
筑地副会長は頷く。
「問題はない。
と、思うが」
「あの、吉良さん、でしたっけ?」
結城ただしが、吉良に声をかける。
「吉良さんは、付与術士っていってましたよね?
テイマーではなくて」
「うん、そう」
吉良は、あっさり頷く。
「この、動物は?
暴れたりしないですか?」
「そこいらの人間よりよっぽど信用出来るよ。
今は、左内くんの召喚獣だし」
「召喚獣?」
「左内くん、召喚術士だから。
で、この子は、今日、召喚獣になったばかりのクァール」
「クァール?」
「くぁーって欠伸をする様子が可愛いから、クァール。
たった今、わたしが名づけた」
「あ、はい」
なぜだか、結城ただしは恐縮した様子で頷いた。
「それでこの子は、いっしょに戦ってくれるのですか?」
結城紬が、吉良に問いかける。
「うん。
多分、大丈夫なはず」
吉良は、頷いた。
「左内くんも、おっつけ来るはずだし」
ここで軽いエンジン音を響かせて、一台のスクーターが近づいて来る。
「間に合ったか」
スクータから降り、そのままエンジンを止めてそのスクーターを倉庫の中に収納しながら、坂又満が挨拶する。
「妙な胸騒ぎがしてな。
なんでもないんなら、それに越したことはないんだが」
「そこの吉良って子がいうには、これからなにかが起こるそうですよ。
十中八九、新手の敵が出現する、ってところだと思いますけど」
彼方が答える。
「坂又さん、この剣、使いますか?
さっき倒した敵の遺物になりますが」
「一応、お借りしよう」
坂又は彼方の手から直剣を受け取る。
「ロングソード、っていったところかな。
剣士ほどにうまくは使えないと思うが、無手よりはましだろう」
「軽く鑑定してみたところ、バリバリに特殊効果ついてますから、きっとお役に立ちますよ」
彼方は請け合った。
「あとは、この錫杖が残っているかな」
「あ。
誰も使わないんだったら、それ、わたしに貸してくれない」
吉良が、片手をあげる。
「一応、付与術士もその手のアイテムの効果があるようだし」
「そうなんですか?
まあ、いいや」
彼方は軽い口調でそういって、吉良に回復役らしい個体の錫杖を渡す。
「はい……重っ!」
手渡された吉良は、その錫杖を一度取り落としそうになり、それから持ち直して、自分の肩に乗せる。
「皆さん、来ますよ!」
結城紬が、珍しく切迫した声をあげる。
「思ったよりも大きいです!
さがって!」
全員がその声に従い、広場の中心部から距離を取った。
五日目、AM12:37。
「大きい。
それで……」
「悪魔だ」
「悪魔ね」
「悪魔にしか見えない」
それぞれが、出現したモンスターについて似たような感想を漏らす。
「うん。
座高が五メートルってところかなあ」
盾を構えながら、彼方がそう評した。
「立ちあがったら、十メートルくらいはありそう」
「あぐらかいているしなあ」
坂又も、意見を述べた。
「かなり太っているように見えるけど、あの肉のつき方、半分以上は筋肉と見た。
ほどよく衝撃を吸収し、動けば機敏。
肉弾戦にも強い体つきだな」
「毛皮に覆われていない部分は、びっしりと硬そうな鱗に覆われている。
で、コウモリみたいな巨大な翼まで背中に生えていて」
「それに……」
「臭い!」
「臭い!」
「臭い!」
「臭い!」
「臭い!」
全員の声が重なった。
結城紬など、先ほどから涙目にながら、
「浄化!
浄化!」
と、繰り返している。
「なんというか、汚物溜めの臭いを凝縮して、硫黄の臭いをふりかけたような」
とは、彼方のコメントになる。
「汚物は消毒です!」
半泣きの結城紬が、珍しく語気を荒くする。
「早急に倒しましょう!」
「あ、皆さんにはバフかけておいたんで。
わたしは、お邪魔だろうし向こうにいってますね」
吉良は片手をあげて、そそくさと去ろうとする。
「あ、クアールくん。
君はここに残って皆さんのお手伝いをしなさい」
そういわれた黒い巨獣が、なんとも情けなさそうな表情になったのは気のせいか。
「このモンスターを倒さなければ終わらないのであれば、是非もありませんか」
筑地副会長は、表情も変えずにそういった。
「幸いなことに、今のところモンスターは積極的に攻撃してきませんし」
「プロテクト!」
結城紬は宣言した。
「防御はこちらに任せ、皆さんは攻撃に専念してください!」
よほど早急に、このモンスターを倒したいようだ。
「攻撃、勝手にはじめてもいいのか?」
坂又が、他の全員に確認する。
「号令とか、欲しいですか?」
筑地副会長が、真面目な表情のまま返す。
「軍隊ではありませんし、なにより、敵モンスターの出方がわからないので、一斉攻撃して全滅するのは避けたいのですが」
「それはまた、正直なことで」
坂又は気にした様子もなく、自分の倉庫から鉄パイプを取り出す。
「あんまり近寄りたくないからなあ。
初撃は、こいつで」
坂又はそのまま鉄パイプを両手で握り、巨大モンスターに突っ込んでいく。
助走の勢いもそのままに突きいれたが、あっけなく弾かれた。
「うん。
表面が、思ったよりも硬い」
巨大モンスターはその攻撃に対して、大きくあくびすることで応えた。
周囲にさらに巨大モンスターの口臭が漂い、悪臭に加わる。
「浄化!
浄化!」
結城紬が、また涙目になっている。
「これ、悪臭だけではなく、歴とした瘴気ですよ!
多分、健康に影響すると思いますので、出来るだけ吸わないようにしてください!」
「人間にとっての害悪な存在、として具現化しているのかな?」
彼方は、巨大モンスターの方に盾を掲げながら、そういった。
「それでは、次は誰が攻撃します?」
「あ」
結城ただしが、顔を上に向けていった。
「上から攻撃が。
みんな、伏せた方がいいかも」
これまで中央広場で交戦したいた全員が、その場に伏せた。
合流したばかりの坂又は、
「ん?
みんな、どうした?」
と、首を捻っている。
次の瞬間、巨大モンスターの上空から、大量の土砂が降ってきた。




