乱戦(六)
五日目、AM12:22。
なにをするにせよ、急ぐべきだった。
恭介は素早くマーケット画面を表示し、検索し、ある商品を購入。
すぐに取り出して使用する。
想像以上に音と光が、そこに発生した。
身構えていた恭介はともかく、そうではない者、つまり敵には、完全に不意打ちになった、はずだ。
素早く周囲を伺い、恭介の後方、ほんの三メートルほどの場所に立っていた姿を見つけ、振り返るのと同時に鉈を投げつける。
狙撃手の命中補正が、重量物の投擲であっても有効なのは、昨日のうちに確認していた。
流石に敵の体に刺さる、ということはなかったが、敵は一瞬、その鉈を叩き落とすために動きを止めた。
恭介はその足元を狙い、取り出した例の弓を放つ。
これも、昨日、何度も別の弓で練習していたので、流れるような、ほとんど遅滞のない挙動でやり遂げることが出来た。
敵は、鉈を手で弾くのと同時に、真上に飛んで避ける。
恭介は弓を連射し、敵の下、半径三メートルほどの範囲の屋根材を吹き飛ばした。
それから、落下する敵に向かって本格的に連射をはじめる。
まさか。
自由落下中に、自分自身の軌道を変えるスキルとか、持ってないよな。
恭介は敵の姿を追って、自分で穿った穴を覗き込むようにして、弓を連射した。
察知で感知した、自分への敵意が消えるまで。
五日目、AM12:23。
上の方で異音が発生した、かと思ったら、一体の異形が落ちてきて、それを、出来たばかりの穴から顔を覗かせた恭介が弓を連射して、仕留める。
彼方たちの目の前で、確かに敵の一体が消えるのを確認した。
「恭介!」
「そちらにも敵は?」
恭介は、落ち着き払った声で確認してくる。
「出たけど、一度落とした」
彼方は、先ほどの戦士型が落ちた穴を示して答える。
「了解」
恭介は自分であけた穴から飛び降り、二階部分に居る彼方たちに合流した。
「下には誰もいないの?」
「待避する時は裏手の階段からって、取り決めがあったから」
「下に降りた敵は?」
「戦士型だと思う。
すぐに帰ってくるよ」
「わかった」
恭介は頷く。
「おれは一度気配を消す」
「うん。
さっきみたいに、適当にやっといて」
凄い。
青山は感心する。
短い問答で、この場に必要な情報をやり取りしていた。
無駄な質問も、していない。
彼方の言葉通り、敵の戦士型は恭介が姿を消すのとほぼ同時に、自分が落ちた穴に鉤爪を投げた。
ロープのついた鉤爪。
それを手繰って、というより、ロープを引いた勢いで跳んで、再び二階部分に姿を現す。
「普段から、あんなもん持ち歩いているのかな?」
彼方は、小さな声でそんなことをいった。
「今、口にする疑問ですか?」
「いや、重要なことだよ。
スキルやレベルは、どうやらありそうだけど。
やつら、システムとか倉庫は使っていないんじゃないか、って」
あ。
と、青山は、また感心した。
そこに、こちらのアドバンテージがあるとするなら。
確かに、これは重要な情報だ。
姿を現した戦士型は、ここまで来るのに使った鉤爪付きのロープを丁寧に巻き取り、自分の腰に固定した。
悠然とした動作で、焦る様子がない。
おそらくあの戦士型は、特に苦労することもなく、彼方と青山をまとめて始末できる。
と、そう評価している。
別に慢心しているわけではなく、それくらいの実力差はあると、冷静に公正に、判断しているだけだ。
「どうするんです?」
「相手の出方次第」
彼方は、相変わらず飄々とした態度を崩さなかった。
「というより、あいつの出方次第」
ふいに。
戦士型が腰の湾刀を抜いて、なにもない空間を切り裂きはじめた。
だが、魔術師のジョブを持つ青山には、そこでなにが起きたのか、正確に理解している。
「あの剣、どうやら魔法攻撃を無効化する効果があるようです」
「なるほど」
彼方は青山の呟きに答える。
「恭介の射撃を、あれで防いでいるわけか」
彼方はその場でアサルトライフルを取り出して、戦士型に連射する。
戦士型は、その場に立ったまま、腕だけを動かした。
直後に、その周囲の床や天井に穴が空き、粉塵が発生する。
「弾丸も、弾くと。
バトル物のマンガキャラみたいな性能だね」
姿が見えない恭介からの攻撃はまだ続いているみたいで、戦士型はそのまま湾刀を振り回し続けている。
湾刀を振る場所が秒刻みで変わっているのは、恭介が移動し続けているからか。
「勝ち目はあるんですか?」
「勝つ?」
恭介は、首を小さく傾げた。
「そんなことは、最初から考えていないよ。
そもそもまともな勝負にならないくらいの実力差が、最初からあるわけだし」
「では、なにを……」
「罠に、はめる。
もともと、罠師だったし」
それ、どういう意味ですか?
と、問いかけた青山は、その前に口を閉じた。
戦士型が立っている床が、そのまま落下したからだ。
見ると、梁ごと、床のかなり広い範囲が落ちている。
戦士型は腰から例の鉤爪つきロープを取り出し、鉤爪を二階部分に投げつける。
「これで、終了」
しかし、彼方が青山の目には見えない画面を操作して、その言葉通りになった。
つまり、その戦士型は、終わった。
なにしろ頭上、目測で五メートル四方に、黒くて湯気を立てている物体が落下したのだから、いかな戦闘の達人といえども抗する術はない。
「なに、これ」
青山は、おもわずそう口に出していた。
「熱々のアスファルト、二十トン分。
うちの拠点からこの市街地に来るまで、かなり道がガタガタだったでしょ。
おちついたら、あそこの舗装でもしようかと思って、前にマーケットでこれはあるのか確認しておいたんだよね。
こんだけ大量のアスファルトに埋もれたら、まあ普通の生物は生きていけないでしょ。
重量と熱、両方で」
青山は、先ほどの恭介と彼方のやり取りを思い出す。
『下には誰もいないの?』
『うん。
さっきみたいに、適当にやっといて』
あ。
と思った。
あれは、こういう意味だったのか。
というか、たったあれだけのやり取りで、この二人は、そこまでの意思疎通を完遂していたのか。
「お。
やっぱ死んでる。
あれの種族名はデーモンで、ジョブはガード。
守備重視の戦士系、ってところかな。
あと、例の魔法を無効化する片刃剣も手に入った」
内心であきれかえっている青山をよそに、彼方は淡々と戦利品を確認している。
「あれ一体で、一千万五百ポイントだって。
よっぽど強かったんだなあ」
この人には。
この二人には。
なんだか、一生、敵わない気がする。
青山は、強くそう思った。




