ガーゴイル
五日目、AM10:42
ゴーレムっぽいのに続いてワイバーンまで出て来たことで、彼方は妙に達観した気分になった。
「もうなにが出て来ても驚かないぞ」
と。
「えー、生徒会。
今、取れます?」
『なんでしょうか?』
「現在の達成率は?」
『ようやく50パーセントを超えました』
「わかりました。
それだけです」
彼方は、
「ようやく半分を超えたか」
と、安堵する。
まだ、というか、もう、というか。
ようやく、という気分が強かった。
今回のオーバーフローが開始してからすでに四十分ほど経過している。
この分だと今回も、一時間前後で終わるのかな?
彼方としては、この聖堂や生徒会が直に指揮している低レベル勢のことが心配だった。
レベル自体は、これまでの働きにより全員、かなりあがっているはずであったが、なにげに休憩時間が初期以外、まともに取れていない。
皆、今のところ元気よく動いてくれるのだが、だからかえって、ある時点で突如動けなくなるのではないか。
と、そんな心配をしている。
体力的な部分はレベルアップによる身体能力の向上で相殺可能なのかも知れないが、メンタル面の方は、そうもいかない。
この緊張状態がいつまでも続くとなる、どこかでぷっつりその緊張の糸が切れてしまうかも知れなかった。
本当は、適度に休憩を挟んだ方が、なにかと長持ちするんだけどなあ。
そう思いつつ、次から次へと変事が起こるので、彼方自身もそれに対応するだけで手一杯な感じだ。
「あ」
彼方がそんな思考を続けていると、また目の前で変事が起こった。
「今度は、あれ、ガーゴイル、かなあ?」
「ガーゴイルですねえ」
すぐそばに居た倉石芹那が答える。
「ワイバーンが、ワイバーン以外に見えなかったみたいに」
「石造りで、翼がある悪魔みたいな姿」
「結構、動きが速いですね。
あ、飛んだ」
「あの重量で飛ぶのか。
それとも、見かけより軽いのか」
「そんなことよりも数、凄い数が出て来てますよ!
早くなんとかしないと!
指示をお願いします!」
「ええと、魔術師の人たち、片っ端から手持ちの攻撃魔法、試してみて」
彼方は早口に指示を出す。
「それ以外のジョブの人は、余裕があれば狩人に転職しておいて。
狩人、狙撃スキルっていうのがあるから、それのレベルをあげられるだけあげる」
狩人の固有スキル「狙撃」と狙撃手の固有スキル「命中補正」とは、両方を経験している恭介によると、厳密には異なるものであり、後者の方がずっと強力。
と、いうことだったが。
今、この瞬間に上位職に転職する術がない以上、手持ちの範囲内でどうにかするしかない。
「魔法が効いてくれればいいんだけどなあ」
などと思いつつ、彼方はマーケット経由でアンチマテリアルライフルと徹甲弾を購入、その場で徹甲弾をライフルに装填し、すぐそこまで迫っているガーゴイルに銃口を向けて発砲した。
こちらの全員が結界術を取って構築したバリヤーに阻まれ、しかし密集してその見えない壁に取りついているガーゴイルたちは、密集していてろくに狙いを定めないでも命中する。
彼方が放った一発はあるガーゴイルの肩に命中して片腕を落とし、次の一発は片方の翼の中央付近に命中する。
薄い部分だったためか、そのガーゴイルの片翼は破砕されてそのまま落下し、地面に落ちて全身が砕けた。
「物理攻撃は、効果あり、と」
彼方は呟く。
「魔法の方は、あんまりですね」
倉石が報告する。
「多少のダメージはあるようですが、魔法だけで押すのは効率が悪すぎます」
「よし」
彼方は、その言葉に頷く。
「青山さん以外の人は狩人に転職して、狙撃スキルを目一杯上げて。
これからアンチマテリアルライフルっていうのを配るから、それにこれから渡す弾丸を装填しておいて。
青山さんは、水圧カッターで対処の方、よろしく」
青山とその他の魔術師とでは、魔法の効果にかなりの差があった。
レベル差がそのまま魔法の威力に反映しているのか、他の魔術師には出来ないことが、青山ならば可能になる。
魔法少女隊の四人は、全プレイヤーの中でも最高位の魔術師であり、このオーバーフローによってさらにレベルをあげていった。
これは紛れもない事実なのである。
彼方自身が狩人に転職しないのは、そうするとこの場に居る全員にかかっているバフ効果がまとめて無効になるからだった。
全員への指示を終えると、彼方は恭介に連絡を取った。
「恭介、今大丈夫?
こっち、今、硬くてはしっこいのがわらわら出て来ててさ。
さっきの艦砲射撃みたいなやつ、もう一度やって欲しいんだけど……」
先ほど、中央広場に居た有象無象を蹴散らし、まとめてクレーターに変えたあの攻撃。
あれをもう一度やって貰えば、こちらとしてはかなり楽を出来るのだが、恭介は恭介でなにやらごたついている様子だ。
であれば、仕方がない。
自分たちだけで、どうにかするしかない。
「はい、ライフルへの弾丸の装填、終わりましたか?」
彼方はその場に居る皆に伝えた。
「それではその銃口をガーゴイルに向けて、引き金を引いてください。
胸元あたりを狙うといいですよ。
おそらく、慣れないうちは反動で銃口が跳ねて、胸を狙えば首か頭に当たります。
号令とかかけませんから、おのおの好きなペースでガーゴイルを落としていったください」
随分といい加減な指示だ。
と、自分でも思うのだが、ガーゴイルの急所というのがこの時点でよくわかっていないのだから仕方がない。
これまでの例から見ても、頭部を砕くか首を切断すれば、少なくとも行動不能にはなると思うのだが。
魔法少女隊の青山が、即席狩人組の動きとは無関係に、淡々と水圧カッターでガーゴイルたちをまとめて両断していた。
にもかかわらず、バリヤーに張りついているガーゴイルが少しも減ったように見えないのは、ガーゴイルが出現するペースが早すぎて、こちらが倒すペースを完全に上回っているからだ。
彼方自身もアンチマテリアルライフルを構えて、ガーゴイルの胸元に狙いをつける。
「先に、耳栓とゴールを買ってつけておけばよかったな」
と思いついたのは、何発か徹甲弾を撃って、ガーゴイルをいくらか減らしてからだった。
このライフルという代物、想像以上に銃声が大きいし、硝煙のせいか、ひどく目が乾く。
一気にこのガーゴイルたちを片付ける方法が思いつかない以上、こうして地道に数を減らしていくしかない。
「グレネードなんちゃらってやつは?」
「試してもいいけど、多分、駄目。
だって、あれ、全身石で出来ているやつらだよ?
多少勢いよく破片が当たっても、たいしたダメージは入らないでしょ」
「そうすると、水圧カッターくらいしか」
「それも、赤瀬さんくらいしか効果が認められません。
どうも、レベル差によって魔法の威力にも差が出るみたいで」
一方、中央広場を挟んだ反対側、生徒会直属部隊の方でもガーゴイル対策について検討されていた。
「聖堂の方では、ほぼ全員が転職して銃撃を敢行しているようですが、それも効率はあまりよくないとかで」
「ああ、もう」
赤瀬が、叫んだ。
「まだろっこしい。
ようするにあいつら、まとめてぶっ潰せばいいんでしょう?」
「なにかよい思案があるのですか?」
築地副会長が冷静な声で問いかける。
「よい思案かどうかわからないけど、ちょっち試してみたいことがあります。
ええと、聖女様。
よかったら手伝って貰えます?」
「わたし、でしょうか」
やんわりとした口調で結城紬が返答する。
「やぶさかでは、ありませんが」
結城紬が築地副会長の顔を見ると、築地副会長はかすかに頷く。
「では、ごいっしょしましょう」
それを確認してから、結城紬は赤瀬に回答した。
「やった!」
赤瀬は一人でもり上がっている。
「それでは聖女様、こちらへどうぞ。
いや、今日のお召し物は随分とお似合いで」
「これ、派手過ぎはしませんかね?
この間ドロップした宝箱に入っていたものなんですが。
これ、一式身につけると、とても強くなるそうで……」
そんなことをいい合いながら、二人は階下へ、一階へと降りていく。
「ちょっと待ってくださいね。
今、出しますから」
建物を出てすぐ、赤瀬は一度結城紬を制して、その上で正面に倉庫から巨大な物体を出す。
「これ、ですか?」
「これですぅ」
赤瀬はいって、結城紬を促した。
「ささ、お乗りください。
足元に気をつけて」
二人は黄色いボディーのパワーショベルに乗り込む。
赤瀬が正規の運転席で、結城紬はボディーの上に直立し、手で運転席にあるパイプをしっかりと握っていた。
「なんなら、膝の上に乗ります?」
「わたし、重いですよ」
結城紬は、赤瀬にそう答える。
「それよりも赤瀬さん。
こんなものを運転できたのですね」
「そうですね。
昨日やったときは、なんとか運転できました」
重機のエンジンをかけながら、赤瀬はいった。
「慎重に運転するつもりですが、気をつけてください」
「はい」
結城紬は、頷く。
「それでわたしは、これの周囲にプロテクトをかければよろしいのですね?」
「そういうことです。
それじゃあ、いきますよ!」
ひあういごぉー、と、叫んでから、赤瀬は重機のアームを振りかざし、ガーゴイルの群れに突っ込んだ。




