読み合い
五日目、AM10:42
以前、察知のスキルについて説明しようとした時、うまく言語化出来なかったことを恭介は思い出す。
漠然とした不安に駆られて、そのまま身を投げ出して地に伏したからだ。
単純な勘、よりは確とした感覚だった。
ヤバいヤバいヤバい。
地面、というより防壁の屋上部分に身を伏せながら、恭介はあれこれと対策を考える。
迂闊だった。
もっと遮蔽物の多い場所を、選ぶべきだった。
高所は、自分が射撃をする場所としては都合がいいのだが、反面、自分が狙われた時に逃げ場がない。
そんな時に、彼方から連絡が来た。
『恭介、今大丈夫?
こっち、今、硬くてはしっこいのがわらわら出て来ててさ。
さっきの艦砲射撃みたいなやつ、もう一度やって欲しいんだけど……』
「すまん」
こちらが返事をする前に一気にまくしたてた彼方の言葉を、恭介は遮る。
「今、狙撃されている最中なんだわ。
そっちの手助けまでしている余裕はない」
『え?』
彼方は、ほんの一瞬、言葉に詰まっていた。
『狙撃している、ではなく、されてる?
なにか助けられることある?』
「ハルねーに支援要請をしようかと思っていたところで」
『わかった。
こっちから連絡しておく』
「頼む」
つき合いが長いだけあって、余計な説明を省くことが出来る。
さて、どうするか。
通話を終えてから、恭介は改めて対策を考えた。
いつまでこうして身じろぎもせずに「伏せ」をしているわけにはいかない。
詳しい事情までは聞かなかったが、彼方の方もそれなりに逼迫した状況にあるらしい。
それに、上空も、なにやら騒がしくなっている気配がする。
あっちもこっちも、だな。
と、恭介は思う。
単純に考えるなら、こちらが押されはじめているのだろう。
こちら、プレイヤーサイドは、個人プレイの集まりに過ぎないが、相手側はかなり戦略的に動いている。
その差は、この衝突が長引けば長引くほど、大きな物になるだろう。
ここいらで少しは盛り返さないと、ずるずるとやられっぱなしになるような気がする。
それでなくとも、これまでのモンスターとは違い、今日のモンスターは殺意が高い。
恭介自身は別に戦局全体を見渡して制御する立場にあるわけではない。
それでも自分の周辺ぐらいはどうにかして勝ち越しくらいに持っていきたい、とは、思っている。
しかし、狙われているとあっては。
どうにも、身動きが取れない。
『キョウちゃん、どうした?』
遥から連絡があった。
「察知で、狙われている感覚があった」
恭介は手短に説明をする。
「でもおれの察知はまだ未熟だから、危機感はあっても相手の数とか方角がはっきりしない。
今は地面に伏せて相手の出方を待っている感じ」
『了解』
遥は頷く。
『キョウちゃんを狙える場所を捜して、狙撃していそうなやつを見つけて叩けばいいわけね』
短絡的な理解だったが、対応としては正しい。
「叩けなくても、場所さえわかればこちらで叩く」
『それやると、キョウちゃん、相手に体晒さなけりゃ駄目でしょ。
リスキーだし、察知スキルの感度はこっちの方が上だから、わたしが直接叩く方が早いよ』
「タイミングを合わせて、同時に攻撃できれば最上なんだが」
『そりゃ、相手の能力とかにもよるね。
察知スキルの感度と有効距離で負ける気はしないけど、相手の方が上手である可能性もあるし』
「まあ、そうだな」
恭介は頷いた。
「出来る範囲内でやってくれればいい」
そうとしか、いいようがない状況だった。
察知というスキルは、特に恭介のように不慣れだと、微妙に思えることがある。
恭介もこのスキルの使いにくさについて、以前、説明しようと試みて途中で断念したことがある。
だが、今ならば説明出来た。
察知スキルは常に「現時点」に焦点を当てたもので、インターフェース的にも、レーダーというよりはソナーに近い。
今、そこに敵ないしは獲物があると教えてはくれる。
しかし、あくまで「その時点」の位置と脅威の大きさを示してくれるだけだ。
瞬間、存在を感知出来たとしても、相手が恭介自身のようにステルス性能を持って姿を消してしまえば、その痕跡を追うのは難しい。
そういう捜索なり探知なりは、狩人やその延長上にある狙撃手というジョブではなく、斥候やその延長上にある上位職の方がよほど得意だった。
ジョブによる長所と短所、あるいは得手不得手が明瞭に分けられており、それらは補い合う関係にある。
少なくとも、戦闘職のジョブに関しては、そう断言出来た。
多少、他ジョブの固有スキルを教えて貰ったとして、不得意な作業がその日から得意になるわけではない。
この世界のジョブとスキルのシステムはかなり自由度が高いといえたが、それは、誰もが万能な存在に成長可能なことを意味していなかった。
万事、そこまで都合よくはいかないものだ。
そんなことを考えながら恭介は、
「どこから、来るのか」
と思いつつ、全身を耳にしたつもりで周囲を警戒していた。
断じて、気のせい、ではなかった。
殺気、というより、もっと精緻で淡々とした、作業的に標的を見定めたような、気配がした。
感じたのはほんの一瞬のことだったが、恭介はその気配を軽視せず、こうして地面に伏して可能な限り姿勢を低くしている。
敵は、存在する。
そのつもりで行動する。
そうでないと、今後の安全を確保出来ない。
どうするどうするどうする。
周囲を警戒しながら、恭介はひたすら今後の対策を考え続ける。
いつまでも這いつくばって、遥が敵を狩ってくれるの待ち続けるのか?
時間のロスが多いし、そういのは恭介の趣味ではない。
先ほど彼方から救助要請が来ていたように、目下、予断を許さない状況なのである。
だったら。
恭介は伏せたままマーケットで清涼飲料水のペットボトルを購入し、それを握って自分の頭の位置、その上あたりに、あげる。
即座に、そのペットボトルは破砕された。
瞬時に恭介はその攻撃が来た方角に弓を構え、弦を引き、放つ。
無音、無色透明の攻撃が弓からまっすぐ伸びて、ゆくてにあるすべての物質を破壊しつつまっすぐに走る。
防壁の上からまっすぐ、下の廃墟群に線状に穴をあけ、地面に刺さるまで純粋な魔力とやらは進み続けた。
再び地面に伏せながら、
「今のでやったかな?」
と、恭介は思う。
そうであったら、いいのだが。
『ちょっとキョウちゃん!』
遥から通信が入る。
『ああいうのやるのなら、事前にいってくれないと』
「すまん」
恭介は素直に謝る。
「今の、巻き込まれなかったか?」
『心配するのが遅い。
ま、大丈夫だったけどね』
遥はいった。
『でも今ので、一体はやっつけたよ。
そっちの方に弓を構えてたのが、丸ごと消えてった』
弓、なのか。
通常の弓ではなく、恭介が使っているような、特殊な弓なのかも知れない。
「その一体だけだと思う?」
『わかんないねー』
遥の返答は端的だった。
『少なくともこの近くには、それらしい個体はいないけど』
その近辺にいななくても、他の場所には居るかも知れない。
さて、どうするか。
恭介は少し、考えた。
「ハルねーは、そのまま中央広場に向かって」
そして恭介は、結論する。
「さっき、彼方が助けを求めてきた。
そっちでなにか難しいことが起こってるみたいだ」
『キョウちゃんの方は大丈夫なん?』
「多分、ね」
恭介は答える。
「ちょっと、試してみたいことがある」
通信を切った恭介はPPを消費して結界術のスキルを限界まであげる。
ちなみに、各スキルにはレベルが設定されており、その上限は十のようだ。
今後、特殊な例外とかが見つからなければ、だが。
レベル十の結界術で自分の周囲に強固なバリヤーを張ったあと、恭介は弓を倉庫に入れ、その代わりにアサルトライフルを出して三点バーストに設定し、立ちあがる。
察知が、反応した。
そのスキルが示す方向に銃口を向け、引き金を引く。
銃口を別の方向に向け、もう一度。
空中から恭介を狙っていた有翼人が姿を現して落下していき、ちょうど今、朽ちかけたはしご伝いに防壁の屋上に足をかけたもう一人が、銃弾を受けて落ちていく。
恭介は、アサルトライフルを手にしたまま油断なく周囲を警戒する。
察知に、反応がない。
恭介は大きく息を吐いた。
どうやら、今回は生き延びることが出来たらしい。




