空中戦
五日目、AM10:32。
「ふぁ!」
赤瀬は、間の抜けた声をあげる。
赤瀬はその時、生徒会執務室が入っている建物の二階において、他のプレイヤーたちとともに、中央広場に出現するモンスターの対処にあたっていた。
ゴーレムっぽいのは倒しきれずに何体も地面に転がったまんまだし、ワイバーンは絶え間なく出現してはこちらの視界を塞ぐ。
あるいは、そのまま空へと羽ばたいていく。
様々なタイプの、大小のモンスターも、途切れることなく出現する。
聖堂側とこちらとで、両側から苛烈な攻撃を続けているのだが、どうしても倒しきれないモンスターが出て、中央広場から出ていく。
他から寄せられた情報によると、斥候職のようなステルス性能を持つモンスターもその中には含まれていて、警戒を要する状態だという。
そんな中、ある種の混沌に支配されていた中央広場の光景が、一瞬にして開けたものになった。
いったい、何が。
疑問に思う間もなく、誰かが、
「破壊が降ってきた」
などという。
そんな声が、聞こえた。
降ってきた、のか。
と赤瀬は思う。
だとすれば、師匠。
つまり、馬酔木恭介の仕業だ。
恭介が例の弓を三和から手渡された場面に、赤瀬も同席している。
その時の説明によれば、
「属性に捕らわれない、純粋な魔力を射出する」
弓だ、ということだった。
具体的に、その言葉が意味するところが、その時の赤瀬には理解出来なかったが。
目下にある中央広場の光景を見ると、こう思わずにはいられなかった。
「弓って、なんだっけ?」
やり過ぎというか、すご過ぎというか。
これ、絶対、弓による攻撃跡には、見えない。
中央広場は、一面の更地になっていた。
さっきまで居たモンスター、やけに頑丈なゴーレムっぽいの、ワイバーン。
すべて、きれいさっぱり消失している。
今の中央広場は、半球状の窪地がいくつも重なっているだけ、だった。
爆発、ではなかった。
単純に、消されたのだ。
純粋な魔力、とやらによって。
こんなの、反則やん。
と、赤瀬は思う。
源平時代のいくさに核兵器を持ち込んだようなもの、だと思った。
圧倒的に過ぎる、というか。
少なくとも、赤瀬にはこれの対抗策、あるいは、防御策というものが思いつかない。
「次のモンスターが出て来ます」
結城紬の声が聞こえてきた、ものおもいいに沈んでいた赤瀬は我に返る。
「皆さん、気を引き締めて!
これまで通りの対応をお願いします!」
その通りだ。
と、赤瀬は思う。
いったん更地になった程度で、中央広場の状況が大きく変わったわけではない。
この程度の被害でモンスターの出現が止まるなら、今までに、なんらかの変化があってもおかしくはなかった。
つまり、赤瀬たちがするべきことは、今までとなんら変わりがない。
赤瀬は杖とステッキを握り直し、中央広場に向き直る。
ユニークジョブ聖女の結城紬。
これまで、別に深いつき合いがあったわけではない。
この日が初対面というわけでもなかったが、おっとりした普段の挙動に反して、現実的で冷静な判断を示す時があった。
ある意味では、赤瀬自身よりもよほどしっかりしている。
一方、中央広場周辺の上空を箒で周回していた二人は、ほんの一瞬、ワイバーンの出現が途絶えたことを不審に思った。
しかし、いくらもしないうちにワイバーンが空に昇りはじめたので、余計なことを考える余裕はすぐに消え失せたが。
「いつまで続くの、これ!」
「わからない」
仙崎の悪態に、緑川が律儀に答える。
「ただ、確実なことがひとつ、ある」
「それってなに!」
「この箒、ドッグファイトには向いていない」
「そーね!
わたしもそうじゃないかと思っていたところ!」
この箒は、加速性能も、旋回性能も、実にお粗末な代物だった。
さらにいえば、乗員は箒の上に腰掛けているだけであり、元の世界での航空機のように、キャノピーに収まっているわけではない。
遊覧飛行ならともかく、戦闘用には到底向かない。
と、仙崎は結論する。
これをはじまる前に、その結論に達していればよかったのだが。
救いは。
と、仙崎は思う。
師匠が、断続的にワイバーンを間引きして、減らしてくれていること。
これがなかったら、仙崎と緑川は二人してワイバーンの餌食になっていたはずだ。
多分、三和が朝に渡していた弓、だと思うのだが。
ワイバーンたちは、あの新兵器の前では単なる的に過ぎなかった。
とにかく、当たる。
当たったら、確実に落ちる。
必中であるだけではなく、必殺。
とんでもない対空兵器を、作ってくれたものである。
あれがもっと早く師匠の手に渡っていれば、この箒ももっと別の使用法があったはずなのに。
「あれ?」
緑川が、首を傾げる。
「ワイバーンの様子が、変」
「変、って……」
具体的に、なにが。
いいかけて、仙崎も気づいた。
空に昇ったワイバーンたちが外に、市街地を抜けて森の方へと向かいはじめている。
つまりは、二人が乗る箒を無視しはじめた。
と、いうことなのだが。
「とりあえず、なぜこんな行動をしているのか、解明しなけりゃ」
仙崎は、箒のパイロット担当である緑川に声をかける。
「手近なのを、追いかけて」
「了解」
ワイバーンが森に出てなにをするのか?
実際には、森を通過してさらにその外に出て行くのではないか?
などの疑問を持ったまま追尾していたのだが、その疑問はすぐに氷解することになる。
「え?」
「ワイバーンが、鳴いている」
ワイバーンの鳴き声は、複数の管楽器を合成したような音色だった。
「映画の怪獣みたいな声」
緑川は、端的にそう表現する。
それは別に、いいのだが。
「なんか、下から、わらわらと集まってない?」
「前日までに出現した、飛行可能なモンスターを招集していると思われる」
「って、なに落ち着いているの!
この数で市街地まで襲いはじめたら!」
「千尋。
攻撃は、ガンナーの仕事」
「ああもう、この子は!」
仙崎は頭を掻きむしりたくなった。
師匠に応援要請して、迎撃して貰う?
出来ないこと、ではない。
しかし、効果はそれほどないかも知れない。
敵モンスターが、周囲に分散し過ぎている。
例の弓で攻撃したとしても、その一部分しか対処出来ない。
どうする。
どうする、どうする。
仙崎は忙しく思考を巡らせる。
いや。
これはむしろ、魔法の領分ではないか。
幸いなことに、近くにワイバーンはいない。
「パイロット」
仙崎は冷静な声で告げる。
「これから大きな魔法を使う。
なにかが襲ってきたら、しばらく逃げて時間を稼いで」
「了解」
緑川の返答は簡潔だった。
仙崎は新式の、他属性対応の杖を取り出す。
出来るのか?
いや、出来なくても、やるんだ。
仙崎はまず、水属性魔法により、広範囲な霧を作った。
たっぷりと水分を含んだ、雲に近い霧だ。
ここは高度百五十メートルそこそこ。
この程度の高度に発生した霧を、通常、雲と呼ぶことはない。
ワイバーンの周辺に集まってきたモンスターを、その霧で包む。
かなり大規模な魔法になってしまったが、それは仕方がないものと、割り切る。
「サンダー!
ブレイク!」
その霧に向けて、最大出力で雷魔法を放つ。
雷、すなわち、電気。
そして水は、伝導体だ。
多分、だが。
水分を多く含んだ霧は、雷撃の効果を大際限に高める。
霧の中で、無数の、赤や黄色の火花が散った。
焼け焦げたモンスターの残骸が、煙の尾を引いて落下していく。
念のため、仙崎はさらに何度か雷魔法を霧の中にぶち込む。
マップを確認すると、モンスターを示す光点は、少ないながらも残っていた。
そのすべてを落とすまで、気を抜くべきではない。
「千尋!」
緑川が、切迫した声で注意を喚起する。
「来る!」
緑川は急旋回して、飛来するモノを回避する。
仙崎は、しがみつく。
それが側面を通過すると、風圧が箒を煽り、しがみついていた二人は箒から落ちそうになった。
「この!」
緑川は、箒を強く握って姿勢制御を試みる。
旋回したそれ、全身が焼け焦げ、煙をたなびかせたワイバーンが追いすがってくるのを、仙崎は視界の隅に認めた。
「この!」
仙崎も、叫ぶ。
ワイバーンは、すでに至近距離にまで迫っている。
箒に追いつくまで、あと数秒といったところだろう。
そちらに目線を向けると、迫ってくるワイバーンと目が合う。
「いけぇ!」
仙崎は、二種類のステッキを握り、ワイバーンに向けて振った。
この距離ならば、やりようはある。
風属性と、水属性のステッキ。
風魔法でワイバーンの体を煽るのと同時に、水圧のカッターでその巨体を両断する。
肩から脇にかけて線が走り、分断されたワイバーンの体はそのまま落下していく。
そして、地面に着く前に、消えた。
「……はぁ」
その様子を確認して、仙崎は大きく息を吐いた。
正直、生きた心地がしなかった。




