五日目の朝
翌日、この世界に転移してから五日目。
トライデントの三人と魔法少女隊の四人は、いつもより一時間近く早起きし、出立の準備を開始した。
出立、とはいえ、実際には三キロほど離れた市街地に出向くだけであったが。
その三キロの道のりは、足場の悪さで実際の距離以上に感じる。
市街地内でいくつか用事も控えており、全員で少し早起きをした。
わけだった。
「飛びます」
長い箒に跨がった緑川が、いう。
そのうしろには、仙崎も居て、同じように箒に跨がっていた。
箒、といっても、かなり長く、三メートルくらいはある。
実際には箒型のマジックアイテム、なんだろうな。
と、恭介は思った。
ゆっくりと、二人を乗せた箒が浮かんでいく。
「おお」
遥が、感心した声を出した。
「上昇するだけだと、案外安定しているんだよね」
青山がいった。
「この先、うまくいくかどうか」
箒は五メートル以上も上昇し、そこで静止する。
「師匠たち!」
箒に跨がった緑川がいった。
「お先にいってます!」
「これ、試運転も兼ねているんだからね!
くれぐれも、無理をしないように……きゃああああっ!」
緑川の腰に抱きついていた仙崎が言葉を終えるよりも早く、箒は急加速して市街地の方に飛び去っていった。
「あのスピードだと、文字通りの意味で、『あっ』という間に着くんじゃね?」
彼方が、ぽつりといった。
昨日、酔狂連の三和から貰っていた助言は、それなりに役にたっていたようだ。
残りの五人と精霊っぽいの一体は、まず市街地まで出る。
そのため、拠点を出て、市街地まで通っている道、正確には、かつて道だったなにかまで、出て来た。
「はい、出します」
赤瀬がなんの前触れもなく、どん、と、自分の倉庫からランドクルーザーを出した。
「どうしたの、これ?」
恭介が、訊ねる。
「へへ」
赤瀬は答えた。
「買っちった」
「年齢的に、免許ないよね?」
彼方が、確認する。
「免許はないけど、運転の仕方は知ってます。
多分」
赤瀬は答えた。
「そこはそれ。
一本道をちょっといくだけですから」
「まあ、三キロ程度だし」
遥はいった。
「少し試してみて駄目だと判断したら、歩けばいいし」
「いや本当、安全運転でね」
青山の声には、懇願の色が混ざっている。
「ね、ね」
そんなことをいい合いながら、全員で車に乗り込む。
運転席が赤瀬、助手席に青山。
後部座席にトライデントの三人が座り、全員、無言のままシートベルトを締めた。
赤瀬がキーを入れてエンジンを始動する。
「燃料、入れてる?」
「当然でしょ」
青山と赤瀬のそんな、問答が終わると、車が急発進する。
ガコンガコンガコン。
と、車が上下に跳ねた。
「道の状態が悪いから」
彼方がいった。
「乗り心地は、よくないね」
努めて平静を装っていることが、傍目にもわかる口調だった。
「なにもしゃべらない方がいい」
恭介は早口にいう。
「舌を噛む」
数分もしないうちに、一同を乗せた車は市街地に到着した。
市内にそのまま乗り入れると、途端に乗り心地がよくなる。
道の状態がまるで違うので、上下の揺れはほぼなくなった。
「生きた心地がしなかった」
青い顔色をした遥が、ぽつりと呟く。
言葉に実感が、籠もっていた。
「このまま酔狂連の拠点までいっちゃいますね」
赤瀬が気軽な調子でいう。
酔狂連の拠点がある場所は、昨日の時点で教えられていた。
マップにもマーキングしていたので、あとはそこを目指すだけだ。
「慎重にね!」
青山が強調した。
「くれぐれも、安全運転で!」
まだ朝が早いこともあってか、人影は見当たらなかった。
この市街地の広さに比べて、プレイヤーの全数はわずかに百五十名。
人口密度を考えるとかなりまばらになるし、それに、大半のプレイヤーは市街地の中心部あたりに集中して居住している、んだろうな。
と、恭介は推測する。
町の中心部から外れた場所に拠点を構えた酔狂連というパーティが、どちらかといえば例外なんだろう。
指定された場所に着いても、しんと静まりかえっているばかりで、人の気配がない。
「すいませーん!」
赤瀬は車の窓をあけて大きな声を出す。
「誰かいませんかー!
トライデントと魔法少女隊でーす!」
「はいはい、ただいまー」
のんびりとした声で返事が返ってきて、すぐに制服姿の少女が廃屋の中から出て来る。
「酔狂連はこちらでございまーす!」
少なくとも、ここで間違いないらしい。
全員、車から出てその女子生徒に挨拶した。
「あー、どうも」
「おはよーございまーす」
「トライデントの者ですが、今、ここから出て来ました?」
「はい」
その女子生徒は答えた。
「うちの連中、凝り性でして。
廃墟の外観を変えずに、中だけ改装して住んでいます」
「はー。
なるほど」
彼方は頷く。
「見事なもんですね」
「特に意味はないんですけどねー。
あ、あと、先に着いたお二方もおいでになってます」
女子生徒はそういって、完全に瓦礫の山にしか見えない場所に手を置く。
すると、瓦礫の一部が左右に開き、幅の広い階段が現れた。
「他の連中は当分起きないでしょうけど、うちのリーダーが待ってます。
皆様、こちらにおいでください」
その女子生徒を先頭に、全員でぞろぞろと階下に降りていく。
階段自体は薄暗かったか、少しくだるとすぐに明るくなった。
そして、階段を降りきると、意外に開けた場所に出る。
「吹き抜け?」
彼方が呟く。
「いや、地上まで、土を抜いているだけか」
広い。
サッカーは無理でも、テニスくらいなら普通に出来そうだ。
そして、天井が、ほぼガラス張りである。
「建てるよりも掘る方が容易だったものでね」
細身の、胸元をだらしなく開けたワイシャツ姿の少年が、一同を出迎える。
「上のガラスも、建材としてはかなり丈夫な部類だし。
その分、重量があるのが難だが、それは支柱などを強化することで対処した。
ようこそ、二パーティの諸君。
ぼくが、酔狂連の三和だ」
その背後に、先行した緑川と仙崎の二人が立っている。
「他の連中はまだ寝ているし、しばらく起きてこないだろう。
昨夜、かなり無理をしたからね」
三和は自分の倉庫からテーブルと椅子を取り出し、続けて、人数分のペットボトルを取り出してテーブルの上に置く。
「生徒会その他からの依頼が立て込んで。
こんなに急でなければ、歓迎するべき事態なんだけどね。
おかげで、うちの在庫はほぼすっからかんだよ」
「そんな中、わざわざ声をかけていただいて感謝する」
恭介はそういって頭をさげる。
あまり意識したことはないが、一応、恭介がトライデントのリーダーということになっているのだ。
「その上、取り置きまでして貰えるとは」
「いやいや」
三和は、首を横に振る。
「正直にいうと、他の連中が欲しがる製品は要求水準が低くてね。
作る側からいうと、はなはだ面白みというもんがない。
昨日一日だけ、単純作業で一時的に忙しかっただけだ。
そこへいくと君たちの分は、創意工夫のし甲斐がるピーキー仕様だ。
ぶっちゃけ、他に使いこなせそうな人もいないので、余っていた分になるな」
そこまでぶっちゃけなくてもいいだろう、と、恭介は思う。
「まず、魔術師の方にはこの杖。
四種の魔石を使用し、杖を持ち替えることなく四種の属性魔法を使用可能にした。
こちらの二名にはもう渡しているので、もう二本、進呈させて貰う」
そういって、長さ七十センチほどの杖を二本、テーブルの上に置いた。
「それ、魔石同士が干渉し合ったりしません?」
青山が質問する。
「普通は、する。
一本の杖に属性違いの魔石を使うのは、避けるべきなんだろう。
が、そこはほれ。
企業努力というやつで、なんとかした」
三和は、平然といい放つ。
「複数の属性魔法を臨機応変に使い分けられれば、それなりに便利でしょ?」
「まあ、そうですね」
青山は頷く。
「少なくとも、杖を持ち替える隙はなくなりますし」
「それから、応用魔法の杖、第二弾。
こちらは単一属性魔法しか使えないが、その分、遠距離まで魔法が届く」
三和は、一メートルほどのステッキを何本かテーブルの上においた。
「どれだけ遠くまで魔法が届くのかは、使用者の力量による。
属性の種類は、この杖の塗装で判断してくれ。
赤が火、青が水、緑が風、黄色が雷だ。
それから、忍者だったか。
斥候の上位職、という理解で間違いない?
だったら、これ。
片手持ちの短剣セット。
投擲してもまっすぐに飛ぶ重量バランスにしている。
なにより、刃が硬く、滅多なことでは刃こぼれしない。
単純だが、信頼性という点において、うちで製造したものの中でも一番だろう。
それで、狙撃手。
長距離攻撃特化ということで、こういうのを用意した」
三和は、テーブルの上に弓を置く。
形から判断すると、洋弓のようだ。
「矢の代わりに魔力を叩き込む、魔力弓だ。
出力や飛距離は、使用者が調整する。
狩人を選んだプレイヤーは、こちらでは珍しいし、たまに見かけても、たいていは元の世界の銃器を使っている。
それ以上に性能のいい武器がないと、そう思い込んでいるんだろう。
ただ、真っ先に狙撃手に転職した君になら、使いこなせるはずだ」
「ありがたく、使わせて貰います」
恭介は素直に礼を述べる。
「ただ、こちらとは別に、対応職種に関わらず、余っている武器とかないですかね?
失敗作の試作品や、壊れかけのものでも結構です。
お題はそちらのいい値で払いますので、それらを全部譲ってはくれませんか?」
「ふむ」
三和は、ゆっくりと頷いた。
「想定外の申し出だな。
今、こちらに残っている製品となると、みな、なにかしらの問題を抱えている物ばかりになるが」
「それで結構です」
恭介は即答した。
「一種の、保険。
みたいなもんですからね。
使わないで済めばいいんですが、これからのオーバーフローは、なにが起こるのかわからない、っていうし……」




