結城紬
生徒会の面々が結城姉弟と対面したのは二日目の昼過ぎ、生徒会執務室において、ということになる。
その時の小名木川会長の第一印象は、
「姉弟揃って、おとなしい人たちだな」
というものだった。
その印象も決して間違いではないのだが。
初対面時の打ち合わせで、結城紬は生徒会の立場と目的、それのこの市街を取り巻く現状について素早く把握し、
「それでは、生徒会の支援を目的としたパーティを作るべきではありませんか」
と、提案してきた。
「すぐに役に立つ、ということはないにせよ、なにか仕事を与えてCPを放出すれば、それなりに人は集まってくると思います。
自力でポイントを獲得出来ないプレイヤーへの救済措置にはなると思いますが」
実は同様の意見は他の役員からも出ていたのだが、その施策を統括して指揮するだけの人員が、その時の生徒会にはいなかった。
役員たちはすでにそれぞれの役割を持ち、活動していたわけで、そこまで手が回っていなかった形になる。
そう説明すると、結城紬は即応した。
「それでは試しに、わたしにやらせてみてはくれませんか?」
「具体的にはどうするつもりかな?」
小名木川会長は問いかける。
「まず、今、生徒会が手を着けたい、しかし手が回りきれない問題などがありましたら、それのリストを作ってください。
優先順位の情報などもつけてくださると、助かります」
結城紬は、考えるそぶりも見せずに蕩々と回答した。
「次に、皆様が市街地を見回る時、多少でも困っている人を見かけたら、声をかけてください。
こちらの建物の一階、あの広いスペースは、現在、使用していないとのことですね?」
小名木川会長は頷いた。
「でしたら、そちらを使わせていただきたく。
そこに行き場のない人たちを集めて、当面の仕事を世話して、その対価としてCPを渡します。
同時に、近隣で比較的破損していない建物があったらそこも確保して、そうした人々の宿泊場所として整えましょう。
これは、無償ではなく、一晩あたりいくらと相応の対価を設定した方がいいかと思います。
あまりにいたれりつくせりに扱うと、かえって勤労意欲を損なうこともあるでしょうし。
そうですね。
集まってきた人たちに与える最初の仕事は、この宿泊場所の整備ということになりますか」
早口でこそないものの、遅滞ない口ぶりで淡々と続ける。
「生徒会のCPに、余剰はありますか?」
「かなり、あるな」
問われて、小名木川会長は頷いた。
「あるけど、気軽にばら撒きすぎるとプレイヤーのやる気をかえって損なう。
そう思って、なかなか使えない状況だ」
「この事業の場合、無償で与えるのではなく仕事の対価として与えるわけですから、問題はありませんね」
結城紬はそういって頷く。
「モンスターを倒す以外にも、人間が生活するために必要な仕事はいくらでもあると思います。
戦う意欲がない方は、そうした仕事を担当していただく方がいいかも知れません」
「どう思う?」
小名木川会長は隣に居た副会長に意見を求めた。
「彼女に一任させてみるのもいいかも知れませんね」
副会長は即答する。
「われわれも、実務方面については、彼女と同じくらいには素人なわけですし。
失敗を恐れるよりも、やる気のある人に任せてみる方がよろしいかと」
小名木川会長は、他の役員たちの顔を見渡し、反対意見を持つ者が居ないか確認した。
そのあと、
「それでは、お願いするわ」
と、結城紬に裁量権を与えた。
「CPと、その他備品の購入など、好きにして貰っていいい。
ただ、なにを購入したのか、誰にどういう名目でCPを与えたのか、その辺の記録だけはしっかり残しておいてくれ」
その機構が本格的に始動したのは、翌三日目、生徒総会において結城紬が聖女のユニークジョブを持つことが公になってから、だった。
その時まで、生徒会に入ってからわずか半日の間に、結城紬は、人数は少ないながらも男女のプレイヤーを集め、仮の宿泊場所を整備していた。
結城紬が聖女であることを明かして以来、一階の倉庫跡を訊ねて来る者が激増した。
また、この三日目のオーバーフローでは、魔法耐性と分厚い外殻を持ち、一言でいえば「倒しにくい」モンスターが大量に出現した。
このことでプレイヤーたちは、「今後も工夫を重ねてどうにかモンスターを倒していく」者と、それ以外の方法でCPを稼ぐことにした者、その両極端に別れる。
数からいえば、戦い続ける者の方が少数派であり、そうではない方が多数派だ。
そして、そのうちの後者は、真っ先に結城紬の元に駆けつけた。
その頃には生徒会のその事業はかなり周知されており、生徒総会における聖女宣言によるイメージアップもあって、
「困ったときは、とりあえずあそこを頼ろう」
という空気が醸成されていたのだ。
結城紬はこの、生徒会の活動を支援するためのパーティを、「フリーランサーズ」と命名している。
フリーランサーズの存在が知れるにつれ、これまでよい成績をあげられなかったパーティやプレイヤー、それに女子寮チーム(仮)のように、現在所属しているパーティに不満があるプレイヤーが気軽に脱退して、合流するようになった。
結城紬の差配は、小名木川会長が想定していたよりもずっと的確だった。
まず、人を使うのがうまい。
一度会った人の顔と名前は絶対に忘れず、顔を合わせれば声をかけて元気づける。
また、各人に向いた仕事を斡旋することも、うまかった。
どうもこの結城紬は、誰かの得手不得手を見分けることが得意らしい。
流石に、事務など実務的な仕事に関しては数名のプレイヤーたちに割り振って任せていたが、フリーランサーズの中心には常に結城紬が居た。
つまり、結城紬は、ごく短時間のうちにかなりの人数から信頼を受ける存在になったのだ。
このことについては小名木川会長は、
「もう、あの人に生徒会長やって貰おうかな」
と、感想を述べている。
そして、四日目。
この日のオーバーフロー時に、通称「結城紬による殲滅戦」事件が発生する。
前代未聞の壮挙であり、このことにより、「ユニークジョブ聖女」結城紬の名望は、一気に高まった。




